++++++白い呪い++++++
  最終話 ―未来への約束―



すべて、自分一人で終わらせる。
たとえ、それがこの世の全てから、時間からも自身の存在が消える事に
なったとしても、愛する者を自分の世界を守って見せる。

そう意気込んだ最終決戦だった。

だが、いいのか悪いのか、その意気込みは見事に打ち砕かれる。
自分が救った世界から、馬鹿な奴らがぞろぞろ駆けつけてきた。

「こうなったら、みんなで世界を変えてやろうぜ」

銀時はしけた顔をやめ、前を向いて走り出した。
その後ろには幕府も攘夷も、性別も強さも関係なく、多くの人が揃った。

全員で一体のような動きで、元凶たる厭魅へと迫る。
だが、容易い相手ではなく、
打ち取ったかに思えた厭魅は化け物と化し、赤く光る
四つのコアが逃げるように戦場へと飛んでゆき、
禍々しい黒と絶望が戦場を覆った。

だが、その時。
この時代の英雄たる四人が戦場に現れた。





白い芒がさわさわと揺れる。
薄暗い荒野において、その白は酷く眩いものに思えた。

高杉晋助は白い鉢巻を棚引かせて、颯爽と戦場を掛ける。
赤く光る不気味なコアを見付けると、
小柄な体格の割にはすらりと長い刀を抜き、一閃を放つ。
その切っ先は目で追えぬほど素早いコアを捕え、真っ二つにした。

凛々しく整った横顔に、ふっと笑みが浮かべられる。
その姿を誰にも見られぬまま、高杉は戦場を去った。



小高い丘、すべてのコアが消滅して戦場に太陽の輝きが降り注ぐ。
銀の穂が光で煌めき、青い空によく栄えた。
先刻のおどろおどろしい空気は消え、凪いだ風が草木を揺らした。

一人、遠くの喧騒を眺める男に高杉が歩み寄る。
桂と辰馬は先に自分たちの帰る場所に向けて歩き始めていた。

「銀時、行くぞ」

高杉が声を掛けると、銀時は眺めていた場所から目を離して振り返り、
短く「ああ」と返事をする。

「お前は未来でも馬鹿みたいだな、銀時」

歩きながら、ふと高杉が呟く。
銀時はむっとした表情を浮かべて、一歩前を歩く高杉に並んだ。

「馬鹿ってなんだ。どこが馬鹿なんだよ?」
「遠くからでも、アホ面下げてたのがよくわかった」
「うるせー!てめぇなんざ、いなかったクセに」
「そうだな。ヅラとお前はいたけれど、俺は居なかったな―…」

からかうつもりだったが、高杉は何かを予見しているのか、
思いの他、暗い顔で俯いた。
銀時はしまったと内心慌てる。

こんな戦ばかりの生き方だから、討たれて早死にしている可能性もある。
もしかして、高杉も。
そんな嫌な予感が胸を過ぎり、銀時は急に不安になった。

いきなり高杉の腕を掴むと、銀時は自分の方に引っ張り寄せた。
予期せぬ行動に、高杉は簡単にバランスを崩して倒れそうになる。
その身体を銀時の腕が抱き止めた。

「危ねぇな、何すんだよ、銀時。
 てめぇの馬鹿力でいきなりひっぱったら転ぶだろうが」
「ちゃんと受け止めただろうが」
「そういう問題じゃ……って、銀時?」

不意に抱きしめられて、高杉は殴ろうと振り上げた拳を下ろす。
不思議そうに眉根を寄せて、高杉は銀時の顔を見上げた。

「高杉、オメーのことは俺が守る。
 だから、ぜってーに戦なんかで死にゃしねぇよ。
ちゃんとジジイになるまで生きてら。老けた互いのツラァ見て、笑い合ってる」
「はあ?」
「オメーがいなかったのは、チビだからだ!見えなかっただけだ!」
「てめぇ、さり気に馬鹿にしたな。チビっつうな」

憮然として、高杉は銀時の額を指ではじいた。
「痛ってぇ〜」と大袈裟に叫び、銀時はムスッと頬を膨らませる。

「その顔やめろ、銀時。
 てめぇがやってもちっとも可愛くねぇ。キモい」
「悪かったな。チェッ、心配して損したぜ」

ブツブツ言いながらも、自分を抱きしめたまま放そうとしない銀時に、
高杉はクスリと口元に笑みを浮かべる。
背中に腕を廻して、ポンポンと優しく叩いた。

「たとえ、仲違する事があっても、
 てめぇと俺なら、いつか解り合えるさ。もしどっちかが死んじまっても、
 今度は来世で出逢える。俺とお前の間柄は、
 誰にも、時間にさえも裂けやしねぇよ。ずっと、一緒だ。銀時」

力が緩くなった銀時の腕の中から高杉はするりと逃げた。
一歩離れて、真正面から銀時の顔を見詰めて、
高杉はにっと笑った。
銀時は驚いた表情を浮かべる。赤い瞳に一瞬だけ光が揺れた。


「た、高杉っ……おまえ、可愛いすぎだろっ!」
「うおっ!?」

いきなり銀時に抱きつかれて、高杉は背中から地面に転ぶ。
強かに身体を打ちつけて、痛みに顔を歪めた。

「何すんだ、このクソ天パっ!服が泥だらけじゃねぇか!」
「いいじゃねぇか。どうせ今から泥じゃねぇけど汚れるんだ」
「はっ、ちょっ、何俺の服、ひん剥いてんだよ!」
「服着たままじゃヤりにくいだろ」
「なぁっ、やるって、ここでかっ?外で露出する趣味はねぇ!」
「大丈夫だって、死体しか見てねぇって!」

白夜叉っぷりが嘘のように、無表情だった顔が一変して、
鼻の下を伸ばした間抜けなエロ面を晒しながら、銀時が襲いかかって来た。
怒って退けようとしたが、圧し掛かられて退けられなかった。
やらしい手付きで胸を揉みしだかれ、思わず女みたいな喘ぎが漏れる。

「んぁっ、ちょ、ぎん……。やめろって!」
「そう言うなって、お前だってのり気じゃん」

身体を弄られ、首筋を舐め上げられて高杉もその気になりつつあった。
まあ、いいか。そう思って身を任せようとした時、
足音が近付いてくる。

「高杉ぃ、銀時ぃ。何しとるがか?……って、おまんら」
「何をやっとるんだ、お前ら。にゃんにゃんか?」

ハッと顔を上げると、ついてこない自分達を心配した
桂と辰馬が戻って来ていた。
二人とも、からかうような顔をして自分達を見下ろしている。

「ちょっ、違う。俺と高杉はそういうんじゃ……」
「ヅラ、気持ち悪ぃ。にゃんにゃんとか言うな」
「絡みあってるお前ら二人の方が気持ち悪い。なあ、坂本」
「そうじゃ。わしも混ざるぜよ!」
「どわっ!?ちょっ、辰馬っテメー入ってくんな!」
「おい辰馬っ。重い、どけっ。てめぇと銀時と合わせて
 何キロだと思うんだ!俺を押し潰す気か。銀時と絡んでろ」
「あっははは、そりゃーないぜよ。わしゃ高杉がいい」
「あっ、コラ、辰馬テメーッ!高杉に手ぇだすなっ!」
「嫉妬かぁ〜、銀時。はははっ」
「るせーっ!そんなんじゃねーっ!!」

四人の笑い声や怒声が、青空に響き渡った。



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過去からやってきた銀時が十五年前に戻った頃、
神威に無理を言って、高杉は一人広い原っぱを歩いていた。


かつて、松陽の塾があった思い出の地。
昔と随分と様相は変わっているが、
変わらずそこにある大きな桜の木。
枯れてしまって花を咲かす事はもうないだろうが、
それでも、そこにその木が在るだけで満たされる気がした。

「銀時、過去へと行ったんだな―…」

ちょっと前にターミナルの跡地で見えた、白い光の柱を思い出す。
確証はないが、確信があった。
あの光はきっと銀時の仕業なのだろうと。
銀時はきっと過去を変えるだろうと。

過去が変わり、この未来が変わる前に、
もう一度だけ、始まりの場所である此処へ来たかった。
塾は残っていなくても、大地は荒れていても、
この場所に。優しい思い出の場所に。


感慨深く一人で歩いていると、一つの気配を感じた。
振り返るとそこには、男の姿があった。

全てを失い、修羅と化した後に自分の傍についた男、河上万斉だった。

「し、んすけ―…」

幽霊でも見たような顔をしている万斉に、
思わず笑い声が零れる。

「万斉、なんて面ぁしてやがんだ。幽霊じゃねぇよ」
「晋助っ!」

黒いコートの裾を靡かせて、万斉が走り寄って来る。
取り乱した万斉なんて珍しいこともあるものだと、
ぼんやり見ていると、自分の元に辿り着いた万斉の
腕の中に抱き込まれる。

逞しく筋肉質な肉体の感触。温かな体温。
懐かしさに目を閉じる。
もっと、万斉の身体を感じたいと感傷めいた事を思った。
もっともそれは万斉も同様で、腕が震えていた。

「苦しい。万斉、てめぇ俺を絞め殺す気か?」
「冗談は止せ。苦しかったのはこっちでござる」

更に強い力で万斉に抱締められる。
本当に息苦しかったけど、嬉しかった。
万斉の身体に縋るように腕を廻すと、彼を見上げる。
高杉は自分から、万斉の唇を奪った。
舌を入れると、すぐに熱くて大きい舌が絡み付いてくる。
熱情に浮かされたような激しいキス。
上がった息までも万斉に飲み込まれる。

「んん……ぁっ、ふぅっ」
「はっ……晋助」

とろりと口の中に入って来た万斉の唾液を飲み下す。
ろくな味がする筈ないのに、不思議と甘く感じられた。

唇を離す時にはすっかり息が上がり、足に力が入らなかった。
自分の身体を万斉が受け止める。
遠慮なく全体重を預けて、己の身を腕に委ねた。

「銀時が来ていた。あいつ、過去に行って未来を変えるみてぇだ」
「元彼の話をするなど、つれぬな」
「クククッ、俺ぁあいつのモンになった覚えはねぇよ」
「なら、よいが……」
「銀時は、俺達がかつて、白詛の元凶たる厭魅と戦った時に戻ったんだろうな」
「もし、白夜叉が過去を変えたら―…」

万斉が複雑そうな表情で、見詰めてくる。
その頬に手で触れると、伺うように彼の瞳を覗きこむ。

「攘夷戦争時代の時点からの未来が変わるなら、
 俺とお前がまた出逢えるのか、解らないな。万斉」
「……そんなことはない。晋助」
「あぁ?」

万斉が少し身体を折り曲げ、肩口に顔を埋めてきた。
男らしい香りのコロンがふわりと漂う。

「拙者は、かならず晋助を見つけてみせる」
「ふっ、ククク。臭い台詞だなぁ、万斉」
「拙者、晋助がいない間に主に向けて沢山ラブソングを書いた。
 その歌詞に比べたら、まだまだでござるよ。一曲歌おうか?」
「けっこうだ。それより俺が歌ってやるよ。テメェは三味線弾け」
「それはそれは。ぜひ、聴かせてくれ」

荒野に三味線の音色と、澄んだ歌声が響いた。
未来の約束を歌う、美しい調べが荒れ果てた荒野を彩った。











--あとがき----------

長かった話も漸くラストです。
色々矛盾が出てそうで怖いですが、
攘夷時代は銀高オチ。未来は万高オチです。
神威には申し訳ないのですが、高杉は銀時や攘夷の仲間の次に、
万斉を大事に思っていそうな気がします。
神威には保護欲が強いかなと。
おつきあい頂き、ありがとうございました。