第七話 ―変調―



今朝から晋助の様子が可笑しい。
万斉は自分の席から高杉の方を盗み見ながら首を捻った。

いつもは遅刻かホームルーム開始スレスレの高杉が、
殆ど誰も来ていないような時間に来ていたのも驚いたし変だと思うが、
それ以上に顔付きが可笑しい。
いつもは冷酷ささえ感じる鋭い眼差しだが、今日はどこかぼんやりしている。
ぼんやり、というよりは色っぽい。
もとより高杉はセクシーな雰囲気を纏っているが、
いつもの妖艶さとはどこか違う。危なっかしくて、弱々しさを感じる。

「晋助。本当に大丈夫か?」

一限目が終わった途端ぐったり机に伏せた高杉の肩に万斉が触れた。
気配を消して近付いたわけでも、強く叩いたわけでもないのに、
大袈裟なまでに高杉はびくりと肩を跳ねさせる。

「すまぬ、驚かせたか?」
「……い、や。べつに……何の用だ?万斉」
「……なんでもござらぬ」

鬱陶しそうな目を向けられて、万斉は黙った。
高杉を恐れたわけではない。これ以上聞いても嫌がられるからだ。

「晋助、拙者では頼りになり申さぬか?」

代わりに別なことを尋ねてみる。
すると、虚をつかれたのか珍しく驚いたような顔で高杉が万斉を見上げた。
万斉は無表情な顔に少し柔らかな笑みを浮かべて、
再度、「拙者は頼りにならぬか?」と問い直した。

「ばん、さい……?」
「いや、いい。答えずともけっこう」

まだ戸惑ったような顔をしている高杉に肩を竦めてみせると、
万斉はまた席に戻った。



二限目の授業が始まる。二限目は数学、担当は坂本辰馬だ。

高杉は相変わらずつまらそうな顔でぼんやりと窓の外を見ている。
時折、ぴくりとその身体が何かに反応する。
いつもは白い頬が色っぽく薄紅に染まり、特折、切なげな顔をする。
押し倒したくなるような顔だ。

高杉の近くに寄った時に、ほんの僅かだがモーター音がした。
それに晋助の艶やかな唇からは、小さな色めいた吐息が零れていた。
常人の耳には聞こえないだろう音だったが、
生まれたときより万斉は人一倍優れた聴覚をしていて、
確かにその音を拾い上げた。

あの晋助が、まさか―…。
いや、まさか、絶対ない。
あのプライドが高い晋助が羞恥プレイを愉しむなんて有り得ない。
一瞬過ったあらぬ考えに万斉は苦笑した。
きっとモーター音は聞き違えで、晋助は体調が悪いだけだと結論づける。


「高杉ー、おんし、これを解いてみぃ」

チョークで黒板を叩きながら、辰馬が高杉を指名する。
教師の中でも高杉を当てたりするのは、坂本辰馬と坂田銀八くらいだ。
他の教師は高杉を恐れ、関わりたがらない。

万斉は、坂本辰馬の事はなかなか面白い男だと思う。
だが、何故だか坂田銀八は気に喰わない。
奔放な性格も、柵に囚われない考えも好きだし、
たまに見せる瞳の輝きも悪くないと思うが、好きになれない。
何よりも、銀八の高杉を見る視線のねばっこさが嫌だった。

銀八も晋助も、互いを前にすると何故かいつもと違う音色を奏でる。
普段は酔っ払いの歌のようなちゃらんぽらんな音を奏でる銀八も、
優雅な旋律の中に荒々しさを秘めた魅惑的な歌を奏でる晋助も、
互いを前にすると、胸が痛くなるような色を奏でる。
けして悪い音色では無い。ただ、それは切なく甘いラブソングのようだった。
たとえるならそう、ロミオとジュリエットのような恋。
甘美で劣悪で、身勝手で悲しくて燃えるような恋。

その音を耳にすると、万斉はいつでも嫉妬に駆られた。
サングラス越しにぼんやりと高杉を見る。
指名された高杉は億劫そうにのろのろと立ち上がり前へ出た。
黒板には難しい問題が書かれている。
並の人間では正解など得られない意地悪な問題。

高杉の細く長い指がチョークを取り、すらすらと数式を解く。
迷うことなく黒板に書きつけられた端正な文字。
繊細で美しく、鋭い文字は万斉には高杉晋助そのもののように思えた。
それを見ていると、本当に字は人をあらわすのだなと感じる。

無言でチョークを置いた高杉に、坂本辰馬がにっと笑う。

「流石じゃ、高杉!正解ぜよ。おんし、やはり頭がいいのう!」

褒められても、高杉は無表情で無言のままだった。
得意そうな顔もしないし、嬉しそうにもしない無関心な高杉に、
辰馬が徐に手を伸ばす。
その手が、くしゃくしゃと高杉の頭を撫でた。

「っ!なにしやがる!」

流石に驚いたらしく、珍しく高杉が鋭い声を上げて辰馬の手を払いのけた。
バシリと痛そうな音が響いたが、相変わらず辰馬はによによと笑っている。

「あはは、すまんすまん。おんしがこんまくて可愛いからつい」
「てめぇ、嘗めてんのか?」
「嘗めてなどおらんぜよ。……ん?どうした?高杉、顔色が優れん」
「……別に」
「無理するな。辛かったら保健室に行ってもいいぜよ」

笑っていた顔を急に真摯な表情に変えて、辰馬が高杉を見る。
心配そうな眼差しを向けられると、高杉は一瞬だけ赤くなった。
そして不貞腐れたような顔をして、短く舌打ちして席に戻っていった。

席に戻った高杉は、ぐったりとした様子で授業を受けていた。
やはり、体調が悪い様だ。
万斉は授業そっちのけでずっと高杉の様子を見詰めていた。
保健室にでも行けばいいのに。
いつもの彼なら、体調が少しでも優れなければエスケイプしているだろう。
なのに、どうして今日は大人しく教室に居るのか。
ここ数日、高杉はえらく真面目に授業に参加している。
何かあったのだろうか。

理由を考えてみたが、万斉には結局何も解らなかった。



三限目、音楽の時間が始まった。
今日の音楽の授業内容は酷く手抜きのもので、五十分間ずっと
ひたすら音楽のビデオを鑑賞するという何とも眠たい授業だ。

歌唱じゃなくてよかったと、高杉は内心胸を撫で下ろす。
まあ、仮に歌唱を強いられたとしても、歌っているふりどころか、
口を開く事さえしないから関係ないが、今の状態だと立っているのさえ辛い。
座っていられるので、音楽鑑賞は楽なものだ。

気を抜いた隙をついて、ローターの振動が激しくなる。
さすがに監視されてはないだろうが、まるで計ったようなタイミングに
思わず盗聴器や監視カメラの存在を疑う。
あの男なら、そういうこともしかねない。

声を漏らさないように、高杉は息を詰める。
強い振動が続いたかと思えば、じれったい弱い振動に変わる。
弄ぶような動きに、だんだん追い詰められていった。

もっと強い刺激が欲しい。イカせて欲しい。
そんな事を願っている自分に溜息が出てくる。
だが心では否定しても、身体が熱と快楽を欲していた。
銀八の太くて固いイチモツで貫かれている時の刺激を思い出し、
身体がピクピクと勝手に反応していた。
心では銀八に犯されるのを拒否しているのに、
近頃、身体は銀八の雄を求めている様な気がしてならない。

銀八は授業中に一人で悶えている自分を想像して、喜んでいるのだろうか。
本当に嫌な奴だ。眠たそうな顔に反したドSの性格。
銀八は人間の皮を被ったケダモノだ。

銀八の顔を思い浮かべていると、下肢がずくりと甘く疼いた。
堪えきれなくなって、高杉はこっそりと席を立つ。

「どうした?晋助」

流れる音楽に集中していた万斉が自分に気付いて、声を掛けてくる。
無視しようと思ったが、返事をしなければついてきそうな気がしたので、
「便所だ」と短く告げた。

いつも自分につき従っているが、万斉は本来は孤独を好む性分だ。
間違っても連れションするような男じゃない。
思った通り、「そうか」と素っ気ない返事をすると、
万斉はまた音楽の世界に没頭し始めた。

音楽の教師には何も言わずに、高杉は音楽室を出た。

教師は自分が教室から出ていくのに気付いていたが、不良であることに臆したのか、
見て見ぬふりで授業を続けていた。
だいたいそんなものだ。
自分に何かと構ってくるのは数学の坂本と、銀八くらいのものだ。

音楽室を出ると、フラフラした足取りで高杉はトイレに向かった。

全身が燃えるように熱い。
一度熱を吐き出さなければ、耐えられそうになかった。

トイレの個室に入り、高杉は鍵を閉めようとした。
その時、無遠慮に個室のドアが開けられる。

「よお、高杉ぃ」

いかにも不良ですという感じのごつくていかつい男五人立っていた。
たぶん、喧嘩を吹っかけてきて倒した奴なのだろうが、
全く興味が無かったので顔にイマイチ覚えがない。
どうやらトイレに入る前からつけられていたらしい。
五人の内の二人は、名前は覚えてないがクラスメイトだった。
快感で情けない顔になりそうになるのを堪えて、高杉は眉を顰めた。

「なんだ……おめぇら。俺に用か?」

高杉が冷たい声で尋ねると、男はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。
男の中でも一番体格の大きいヤツがいきなり飛びかかってくる。
ぼんやりしていた高杉は反応が遅れて、手首を掴まれる。

「ぐっ……!」

壁に押し付けられ、身体を密着させられる。
重たい体重で押し潰されて、息が詰まりそうだった。
押し返そうとしたが、快楽に犯された身体には上手く力が入らなかった。

「何か今日のオマエ、可笑しいよな。身体に力が入ってねえぜ」
「ホントだな。それに、ぼんやりしてやがる。
 この前やられた借りを返すには絶好の機会だと思ってよぉ。
 音楽室から出てきたテメーの後をつけてきて正解だったぜ。なあ、高杉」
「……」

ボコられるのだろうか。まあ意外と身体が丈夫にできているし、
たとえ病院送りになっても構わない。
そんな風に考えていたら、いきなりシャツの中に手を入れられる。

「ンッ……ァ」

節だった男の手が、乳首を抓るように触ってきた。
思わぬ不意打ちに、高杉は思わず女みたいな声を上げてしまう。
男はニヤニヤと下品な顔で高杉を見た。

「高杉よぉ、オメーって色っぽいよなぁ。
 チクビがコリコリに勃ってんぞ、ストイックに見えて淫乱だな」
「なっ……にしやがる……ぅっ」

ねっとりとした舌が首筋を舐め上げて来て、高杉は思わず肩を竦める。
男達の一人が背後に回り込んできて、後ろ手に拘束された。
胸を弄られながら、別の男にズボンを下着ごと脱がされそうになる。
まずい。慌てて抵抗しようとした瞬間、またローターが強く振動した。

「くあぁぁっ」

嬌声を上げたしまった挙句、ズボンも下着も脱がされてしまった。
既に勃起して、トロトロと先走りを零す高杉に、
男は厭らしい笑いを零す。

「おいおい、高杉。テメーとんだ変態だな。
 ケツの中に何挿れてんだよ。もしかして、オモチャか?」

足首を掴んでV字型に広げさせられて、指を突きいれられる。
圧迫感に高杉は息を詰まらせた。

「ちょっ、マジ受けるんだけどー。
 なに、高杉ってホモだったのか?それともドSの彼女でもいるのか?」
「オラ!何とか言ってみろよ」

男は指でローターを前立腺に押し当てた。
ローターが容赦なくゴリゴリと抉るように前立腺を刺激し、
涎を垂らしながら高杉は悲鳴を上げそうになる。
だが、こんな奴らに声など聞かせたくないと、必死に唇を噛んで声を堪えた。
唇から血が滲んでも、高杉は声を堪えていた。

「我慢すんなよー、高杉。我慢は身体に毒だぜ」
「そうそう、メスみてーにアンアン鳴いてみろよ。へへっ」
「意外と可愛いとかあるよな。高杉ぃ」

弄ぶように、五人の男に足の指や耳、乳首や肛門を刺激された。
嫌悪感に吐きそうになるのを堪えながら、
高杉は唇の痛みで快感をやりすごそうとした。

「チェッ、意地張りやがって。
 じゃあ太いの一発注射してやろっかな〜」

ケラケラ笑いながら、一番体格がいい男がずるりと男根を取り出す。
黒くて汚らしいソレに、高杉は顔を引き攣らせた。
このままじゃ犯される。そう思った途端、身体が恐怖に震えそうになった。
嫌だと叫びたくなるのを堪えながら、
高杉は「やれるものならやってみろ」と挑発的な目で相手を睨む。
ゴクリと男は息を飲みながら、汚らわしいイチモツを近付けてきた。
その硬い先端が高杉の入り口に触れようとした時、
トイレのドアがバンと激しい音を立てて蹴り破られる。

「てめーら授業中に何してるんですか?コノヤロー」

やる気のない声でそう言ったのは、銀八だった。
不良生徒が驚いている間に、銀八は素早い動きで彼らを昏倒してく。
唖然とした顔でそれを見ていた高杉に、銀八は僅かにだが眉を顰めた。

「ワリィ。俺の悪戯がすぎたせいだよな。大丈夫か?」
「ぎん、ぱち……」

銀八は茫然とする高杉に近付くと、ギュッとその身体を抱締めた。
死屍累々と倒れる男を虫けらを見るような目で見下すと、
銀八は既に倒れる男に蹴りを数発叩き込んだ。
呻き声を上げて、男達は全員完璧に意識を失った。

銀八は高杉の乱れた服を直すと、ひょいと高杉を抱き上げた。
そのまま国語準備室に連れて行くと、ソファにゆっくりと降ろす。

「まだ昼になってねえけど、お仕置きは終了でいいぜ」

そう言うと、高杉のズボンと下着を脱がせて、ナカからローターを引き抜く。

「んんっ、うぁ……」
「オイオイ、名残惜しそうな声出すなよ。もっと挿れてて欲しかった?」
「っ!んなわけあるか、ボケ」
「呆けっつーな。まだ呆ける年じゃねえの」
「うるせえ。てめぇの所為で酷い目に遭っただろうが、馬鹿」

憎たらしげに高杉が吐き捨てると、銀八は珍しく瞳を伏せた。
酷く傷付いた様な、苦しそうな顔をする。
その表情を見ていると、高杉は胸が痛むのを感じた。

酷い事をされたのは自分だ。
殺してもお釣りがくるほどの悪夢を散々見せられた。
なのに、どうして奴が苦しむとこんなにも切なくなるのか。

高杉は自分の神経を疑う。
虐げられすぎて、可笑しくなってしまったのだろうか。
それとも、一緒に過ごすうちに多少でも情が沸いたのか。
自分でも解らない。
辛そうな銀八を見ていると、何かを思い出しそうな気がした。

「ぎん…とき」

唇が勝手に読んだ名前に、高杉は顔を顰めた。
誰だ?ぎんときって。
自分で疑問に思っている目の前で、銀八が驚いた顔をしている。
酷く動揺した表情。何か、とんでもない事を言ってしまった気分にさせられる。
黙って銀八と見詰めあっていた。
暫くそのまま無言の時間が流れる。先に目を逸らしたのは、銀八だった。

高杉から離れて、銀八が真新しい下着と濡れたタオルを投げ寄越す。
それを受け取って高杉がきょとんとしてると、銀八が淡々とした声で言った。

「パンツ、ぐしょぐしょだろ?タオルで拭いてそいつに着替えとけ」
「あ、ああ……」

言われた通り、黙って汚れを拭いて下着を着替える。
痛いくらいの沈黙に居心地が悪くなって、高杉はソファから立ち上がった。
部屋を出ようとした瞬間、ふと温もりに包まれる。

「え……」
「高杉。ほんと、悪かった。あんな奴らに触れさせちまって、ごめんな」
「……べ、別に。犯されてねえし、未遂ですんだし。平気だ」

本当はすごく怖かったし、吐きそうなくらい嫌だった。
だけど、弱みが見せるのが嫌で高杉は強がってみせた。
それを見抜いているのか、銀八が抱締めてくる腕が更に力強くなる。
背後から銀八に抱締められると、すごく安心した。
頭を預けて力を抜くと、銀八にソファに押し倒される。

熱っぽい紅の瞳に見詰められて、キスされた。
優しく包み込む様なキス。
既に玩具で蕩け切った下半身がズクリと疼く。
高杉は思わず銀八に手を伸ばして、求めるように首に腕を廻していた。

銀八の大きな手がシャツの中に入ってきて胸を弄る。
それを気持ち悪いとも、嫌だとも感じなかった。
初めて、感じるまま堪えずに甘い声を漏らす。

「あっ、ぎ……んぱちっ」
「高杉……」

舌と唾液を絡ませ合う激しいキスを交わしながら、
抵抗する事を忘れて高杉は足を開き、銀八の熱い楔を受け入れた。

「あっ あぁぁっ」

突き上げられる度に、脳天まで痺れるような甘い快楽が生じる。
自分から腰を振り、高杉は求めるまま快楽を貪った。

何をやっているんだろう。自分は―…。
射精すると、忽ち冷静な感情が蘇ってくる。
甘えたような声を上げ、銀八を求めていた自分が恥ずかしくなり、
高杉は抱締めてくる銀八の腕から慌ててするりと逃げ出した。
さっと身だしなみを整えると、立ち上がってドアまで走った。

「帰る……」

短くそう告げて準備室から出ると、高杉は大股でズカズカと廊下を歩いた。
教室に走って行って鞄を持つと、足早に学校から逃げ出した。

まるで恋人同士の様な性交。どうかしている。
朝っぱらから玩具なんぞ卑猥な物で快楽を与えられ過ぎて、可笑しくなっていたんだ。
そう決めつけると、高杉は考えるのを放棄した。











--あとがき----------

高杉は洞察力に優れているし、人の性分や考えを看破するのは得意でも、
自分に向けられる恋愛感情には鈍そうな気がします。
万斉は耳が良さそうですね。ヘッドフォンしていても、
人の会話が聞こえているので、相当耳がいいんじゃないかなと思います。
時々人の話を聞いていないのは、聞こえてないのではなく、
聞こえているけど、無視しているんでしょうね。
万斉はかなり曲者で、鬼兵隊で唯一晋助を振り回せる人(笑)