+++++ 第五話 結成+++++ 


深夜、屋敷の者も草木も眠る丑三つ時。
昌幸の下命により、真田忍隊の主要メンバーの七人は一同広間に集まっていた。

「ったく、あの親父め。弁丸様の寝所の護衛中なのに何の用なんだよ?」

無表情な佐助が、珍しく不機嫌面で文句を漏らす。

「弁丸様から引き離されたからって不貞腐れるなよ」

からかうように言った海野を佐助が睨み付けた。

「そんなんじゃないし。ただ夜更けに呼び出されて迷惑だって思っただけだ」
「まあ、確かに迷惑だな」

三好兄弟がうんうんと頷いた。
こんな時間に精鋭ばかり集めて今度は何を始めようというのか。
集まった面々の顔を佐助は見回した。
海野六郎、望月六郎、三好兄弟、筧土蔵、根津甚八そして自分。
7人もの勇士が揃い踏みだ。

「みな、集まってるな」

遅れて部屋にやって来た昌幸は、皆を見回し豪快に笑みを浮かべた。

「今日集まって貰ったのはちと先の話をしようと思ってな。
  ゆくゆく先、儂が死んだ時の話だ」
「冗談を、大旦那様が死ぬなんてまだまだ先でさぁ」

三好兄が笑いながら茶化した。望月もクスクスと笑いながら「
寝言を言うなんて呆けてきましたか?」と毒々しい言葉を呟く。
散々な言われようだが、昌幸は笑ったまま言葉を続けた。

「儂も武士。いつ首を獲られても可笑しゅうない。
 その時の為に準備をせねばならんからな。儂が死んだら、家督は信幸に譲る。
 そして弁丸にはそなたら忍衆の主とする」

ざわめきは起きなかった。皆、一様に納得したような表情をしている。

「そなたらに異存がないか聞かねばな。まず、長となる佐助。どうだ?」
「佐助に意義が有るわけないじゃないですか、昌幸様。だって弁丸様にぞっこんだしぃ」

ヘラっと笑いながら言った海野を、佐助は睨み付けた。

「海野、ぞっこんとか人聞き悪い事言わないでくれる?忍の身で異存などありません。
 ――ただし、お家が傾く事あらば蔵を変えますので」
「ククク、解っておるわ。弁丸の手腕次第だ。次に海野、そなたはどうだ」
「俺ももちろん無いですよ、弁丸様付きにしてもらうぐらいなんですから。
 弁丸様は大旦那と違って可愛いし」
「ふん、どうせ儂は可愛いくない!」
「いや、可愛かったらキモいですよ」

海野の容赦ない言葉に拗ねつつも、昌幸は全員に同じ問いを重ねた。
答は皆同じで、可ばかりだった。

「弁丸は人に好かれる才能があるのう。いや、嬉しい限りだ」

昌幸は満足気に微笑んだ。

「儂が死した後の話はこれにて終わりだ。これから一人、紹介したいものがおる。
 出て参れ、霧隠才蔵」

命じられた瞬間、白い霧が現れて消えた。
そして底には黒衣を纏った漆黒の長髪の男がいた。
長い黒髪は後ろで一つに束ねられている。
髪と同じ漆黒の瞳はどこまでも冷たく、無感情だった。
忍装束でなくとも、見れば一目で忍びと解るような男だった。
顔は造形の様に綺麗だったせいで、余計に冷たい印象を受けた。

「彼は伊賀の優秀な忍びだ。弁丸にと思って我が真田忍隊に
 引き抜いて来た。佐助より一つ年上なだけだが、実戦経験も豊富で
 頼りになる奴だ。佐助と共に若き先導者となり、
 真田忍隊の副長として働いてもらうぞ。よいな、才蔵」
「御意」
「みなも、異存はないな?」

昌幸は笑いながら佐助たちを見回したが、誰もが難しい顔をしていた。
彼らは伊賀の使い手である才蔵を計れずにいた。
昌幸は敵意に似た視線を向ける彼らに苦笑したが、
否定の言葉がなかったのを良いことに一方的に話を打ち切って
その場をお開きにした。

昌幸が去っていくと、早速、海野は才蔵に近付いて行った。

「大旦那から聞いているかもしれないが、
 俺は海野六郎だ。まあ、いちおう宜しく頼むな、霧隠」
「……馴れ馴れしい」
「え?」
「仕事はすべてきっちりこなすが、飼い慣らされた犬と仲良くする気はない。
 握手など、してどうする?使い捨ての道具である俺達には
 情も仲間意識も必要ない。ただ、己の任をこなすだけだ。
 連係できるだけの技量があればそれでいい。
 主などもどうでもいい。誰が主であろうとやる事など変わらないからな……」

冷たい声音でそう言うと、また煙のように才蔵は消えた。
手を出したまま唖然としている海野に、佐助がクツクツと笑った。

「ムカつくんだけど、笑うなよ佐助」
「あんまりにもアンタが間抜けだからさ、しょうがないだろ?」
「クソガキ。さっきの霧隠もお前も、カワイくないね」
「当たり前でしょ。可愛い性格でやってける仕事じゃない。
 俺達はみんな、操り人形さ。命じられるままに殺して、戦って、死ぬ」
「まだそんな事を言っているのか?佐助。
 お前だってここではそうじゃないって解ってるくせに、強情な奴」
「……なんの事?俺を見縊らないでね」

鋭い瞳を海野に向けると、佐助もその場を後にした。
残された海野はやれやれと肩を竦めた。

「望月、また捻くれたガキが増えたと思わないか?」
「おや、海野。心配ですか?」
「ま、ね。あの二人で将来大丈夫か心配になるぜ。
 二人とも、技術も戦闘力も俺達より高いけどあの性格がな……」
「心配無用ですよ。私達には若がいるじゃありませんか。
 あの太陽の如き炎の御子が照らしている限り心配はないでしょう?
 弁丸様の可愛らしさには、どんな闇さえも闇ではいられなくなりますよ」

嬉しそうに笑う望月に、海野は「そうだな」と頷いた。
三好も「若様は本当に可愛い」とデレデレした顔で笑った。



佐助が部屋に戻ると、いつの間にか弁丸は起きだしていた。
天井裏に戻った瞬間、自分の名前を呼ばれてドキリとした。
返事をせずにいると再度名前を呼ばれる。

「さすけっ!」

気配は消した筈なのに、忍としての自信を失くしそうだった。
呼ばれても姿を見せる義務など無いけれど、
縋るような声で呼ばれると堪え切れずに、佐助は弁丸の横に降り立った。
温かい衝動が胸に飛び込んでくる。
抱締めると体温と心音が流れ込んで来て、とてもホッとした。

「弁丸様、ごめんね。不安になったの?」
「少し、怖いユメを見たのだ」
「そう。でもただの夢だから、安心して寝て下さい」
「うむ。……さすけ、その……」
「何ですか?」
「ここで、いっしょに寝てくれぬか?」
「駄目ですよ。ちゃんと天井裏で見てるから眠って下さい」
「むう、どうしても、だめか?」

大きな瞳がジッと上目遣いで見られて、佐助は口の端を上げた。
自分で頬が緩くなるのを感じた。
密かに笑むと、小さく溜め息を吐いた。
溜め息を吐かれた弁丸は少し強張ったが、
優しげな鶯色の瞳と視線が合うと期待に滲んだ瞳を佐助に向けた。

「今日だけだよ、弁丸様」

そう言って佐助が浮かべたのは、
作りモノの笑みなんかじゃなくて自然と漏れた笑みだった。
柔らかな手を握ると、佐助は弁丸と向かい合う様に寝転がった。

やがて二人の寝息が重なりあって、夜の闇に安らかな音色となった。
その様子を、夜色の瞳がじっと眺めていた。

「猿飛佐助……相当な使い手で化け物だと聞いていたが、
 ずいぶん話しと違う。何が奴を変えた?この、幼い主というのか―…」

才蔵は眠った二人に呆れと侮蔑の眼差しを向けていた。
だが、いつの間にかそのなかに羨望に似た色が混じっているのに
自らその事の気付くと、才蔵は眉間に皺を寄せた。

(馬鹿な――俺に、そんな感情などない)

ただ、忍として生き、忍としての技を残して忍として死ぬ。
それだけだ。それだけだと、思っている。
だけど、才蔵はいつも静かな心の水面が小波立つのを感じていた。

その感情に蓋をすると、才蔵は弁丸の寝所を去った。









--あとがき----------

霧隠才蔵の登場です!
佐助より一つ年上で、身長は佐助より今は二センチくらい高いです。
クールで無口、顔は切れ長一重の美形のイメージです。
佐助の話を聞いていて、なんとなくライバル視してます。