−兄弟遊戯−






生意気で斜に構えていて、それでも純粋な所があって可愛い幼馴染。
どこでもかしこでも偽らないからすぐ衝突して、一人ぼっち。
そんな高杉晋助と一緒に居るのは自分一人だった。

ずっと二人きりだった世界に、新しい仲間ができて、それから世界が広がった。
坂田銀時との出会いが、高杉を動かした。
士籍も家も捨てて、高杉は松下村塾の生徒となり、自分もそうした。
仲間が増えて嬉しい。その反面、独り占め状態だった高杉が
皆とつながり始める寂しさを覚えていた。



「銀時!」

高杉が自分とは別の人の名前を呼ぶのが聞こえてきた。
桂は密かに小さく溜め息を吐く。
毎度毎度、高杉は銀時に勝負を仕掛けては怪我をこさえる。
勝率は初めは銀時が圧倒的に上だったが、今となっては互角だ。
ただし、ケンカする度に勝ち負けなど関係ないぐらい互いにズタボロになる。

「おい、やめんか二人とも。お前らはいつもいつも喧嘩ばかり」

地面を転げ回り、もみくちゃになって喧嘩している二人に桂は近付いた。
どうやら今回は武器なしの素手の殴り合いのようらしい。
髪の毛を引っ張ったり頬を抓ったりと低レベルな喧嘩に、
喧嘩理由がたかがしれているのだなと桂は溜息を吐いた。

「うるせーっ、黙ってろクソヅラ!」
「桂、止めんじゃねえ。今回は銀時が悪い」
「悪いのはテメーだ!俺の楽しみ奪いやがって、チビチビ、ドチビっ!」
「ふぜけんな、お前の物じゃねえだろ!」
「甘いモンは全部俺のモンなんだよ!貴重なんだぞ、最後の一粒だったのに!」
「知るか!」

ボカスカ殴り合いながら叫ぶ二人を、桂が引き剥がした。

「いい加減にしろ。何があったと言うんだ」
「高杉が最後の一粒の金平糖食ったんだよ!楽しみにしていたのに」
「知るか!机の上にほったらかしてあって邪魔だし
 食べていいって言われたんだよ。だから食べただけだろ!」
「食べようと思って出した直後に松陽に使い頼まれたんだよ!」
「なら、片付けてから行けよ。だらしねぇからそうなるんだ!」
「なんだとっ!」

気を抜けばまた殴り合いを始めそうな二人を捕まえながら桂は言った。
「それは銀時が悪い。銀時、ちゃんと片付けないからいけないんだぞ」と。
銀時はチェッと舌打ちすると、高杉から離れて去っていった。

「大丈夫か?高杉。擦り傷だらけだぞ」
「ふん、大丈夫だ。にしても、銀時の奴むかつく」
「ん?」
「あいつ、他の奴がうっかり銀時の物食っちまった時は
 謝ったらしょうがねえなって許すのに、俺だと怒り狂いやがる」
「……」

ムスッと不貞腐れて瞳を伏せる高杉に、桂は少し眉根を寄せた。
銀時が高杉に異常なまでに突っかかる理由を桂は解っている。
銀時はドSで天の邪鬼な性格だ。
だから、好きな子ほど虐めたい。要は構いたいのだ。
どちらかというと思った事をそのまま口にして、
正直に気持ちを表現する高杉には解らないだろうが、
銀時は高杉が好きなのだろう。だから、構いたがる。
それを知らない高杉は、銀時に虐められる度に少し落ち込んでいた。

自分よりもか細い高杉の手首を取ると、腕の擦り傷を消毒薬が染み込んだ
綿で優しく撫でながら、桂は苦笑交じりに言った。

「それはしょうがないだろう、高杉」
「しょうがない?」
「銀時は甘いものが好きで、甘い物の事となると見境がなくなる。
最近は甘い物など口にしてなかったからな。
相当ショックだったんだろう。それで怒り狂ってしまったんだ。
許してやれ。食い物の恨みは恐ろしいという位だ。しょうがない」

桂は尤もらしい嘘の理由を口にした。
銀時が高杉を好いているなど、口が裂けても教えたくない。
高杉が上手く納得するか少し不安だったが、
案外高杉はすんなりと自分の言葉に頷いてくれた。

「そうか……。ま、それならしょうがない、か」
「ああ。しょうがないさ。お前が悪くない事は
 俺がちゃんと知っている。ここはぐっと堪えてやるんだ」
「ん……。わかった」

高杉が小さく頷くと、桂はそっと頭を撫でた。
プライドの高い高杉だが、家で甘やかされ慣れてない所為か、
こうやって頭を撫でたり、手を繋いだりしても怒らず、嬉しそうな顔をする。
高杉の家は固く、父親は高杉に愛情の欠片もない。
ただ、家を継がせる為の道具のように思っている。
だから、高杉は愛情に飢えている所があるのだ。

サラサラと絹のように細く滑らかな髪に触れる。
自分も髪は綺麗だと言われるが、高杉の髪もかなり柔らかく綺麗だ。
心地良い感触に桂は目を細めた。

「髪が乱れているからな、直しておいてやったぞ。高杉」
「ああ」
「まあ、喧嘩もほどほどにしておけよ。絆創膏を取ってくる。待っていろ」

腰を上げると、桂は高杉を置いて絆創膏を取りに屋敷へ戻った。
絆創膏を手にして高杉がいる野原の木へと戻っている途中、
猫の叫び声の様な声が聞こえてきた。
何事かと桂が急いで走って戻ると、そこには半泣きの高杉と
ケラケラ笑う銀時の姿があった。

「どうした高杉、さっきの声はお前か?」
「桂っ!」

高杉は珍しく瞳を潤ませて桂の方へと走り寄った。
胸に飛び込んでくる勢いで高杉が飛び付いてくる。
胸元の着物を握り締めて見上げてくる顔はレアな年相応の子供らしい表情だ。

「は、はやくとってくれ、桂っ!」
「取る?何をだ?」
「背中っ、銀時のアホが虫いれやがったっ!」

ぐすぐすと若干涙交じりに訴える高杉の可愛らしさに
思わず抱締めたくなるのを堪えて、桂は高杉の着物の中を
襟から覗き込んだ。
高杉の言う通り、高杉の背中には大きな青虫が蠢いている。
高杉は虫、特に芋虫系のものが大の苦手だ。
男っぽい性格で怖いものなしの生意気な高杉の唯一の弱点とも言える。
それを背中に入れられて、高杉は珍しく焦ってうろたえてしまっていた。

可哀相に、と思う反面、可愛いと思ってしまう。
泣いている高杉の顔は、反則なまでに可愛らしいのだ。
もっとこの顔を見ていたい。そんな風に思ってしまう。
その気持ちを隠して、いかにも心配している声で
「大丈夫か?今とってやるからな」と声を掛けながら、
桂はきっちり着こんでいる高杉の着物を少し寛げて、
襟から手を突っ込むと潰さないように青虫を掴んでとってやった。

「高杉、安心しろ。虫はもうとってやったぞ」

桂は優しく高杉の背中を抱き寄せた。
高杉は顔を桂の胸に埋めたまま「ありがとう」と呟く。
まだ気持ちが落ち着かない様で、高杉は肩で息をしていた。

「オイオイ〜。これだからボンボンはよ。
 なに、オマエ虫なんて怖いの?虫は人を襲ってなんかこねぇぞ」

銀時がヘラヘラ笑いながら近付いてきた。

「こら、銀時。どうして高杉の背中に虫を入れたりするんだ」
「怒んなよ、ヅラ。毛虫入れた訳じゃねぇだろ」
「毛虫でなければいいという問題ではない」
「んだよ、怪我したりかぶれたりしねぇじゃん。
 それとも何?武士になろうって男が虫を女みてーに怖がんの? 
 ったく、せっかくデケェ青虫見つけたから見せてやったのに逃げるなよ」
「高杉が逃げたから虫を入れたと言うのか?銀時」
「そうだよ。 近付けんなって怒って逃げようとするからつい、
捕まえて背中に入れちまったんだよ」
「銀時、高杉は毛虫や芋虫の類が苦手なんだ、止めてやれ」
「へぇ、知らなかった〜。そりゃあ可愛らしいこって」

高杉が虫を嫌いと知らなかったなどと銀時は嘯いたが、
それが嘘だと桂はわかっていた。
多分、これも愛情の裏返しの一つだ。
いや、裏返しと言うか、単に銀時は泣いている高杉の顔が見てみたく
なったんだろう。だから、態と虫をいれた。
泣いている顔を見られて満足したという顔をしている。
確かに滅多に見られない高杉の涙ぐんだ顔は可愛かった。
内心ラッキーだと桂は思っていた。
だが、やられた高杉の方は溜まったものじゃないだろう。

「……馬鹿っ!死ね、クソ天パッ!」

まだ目尻に涙を浮かべながらキッと高杉は銀時を睨み付けると、
桂から離れて、何処かに走り去って行ってしまった。

「あ〜あ、いっちまった」

銀時が呆れた声を上げる。
「やりすぎだぞ」と銀時を軽く注意すると、桂は高杉を追って走り出した。




怒りと半泣きになった恥ずかしさの余りめちゃくちゃに走って
きてしまったが、此処はどこだろう。

高杉は辺りを見回してみた。見知らぬ町並みと景色。
闇雲に走ってきた所為で、どうやら迷子になってしまったらしいと悟る。
別に食べたいわけでもなかった金平糖を食べて銀時に恨みを買うわ、
銀時に背中に虫を入れられるわ、挙句、道に迷うわ。
本当に今日は踏んだり蹴ったりだ。厄日なのだろうか。

一人、人が行き交う往来をとぼとぼ歩きながら、高杉は溜息を吐いた。
空を見上げると、鈍色の雲が浮かんでいた。
にわか雨の気配がある。早く松陽の所に帰らないと。

ともかく、北へ向かって適当に走って来たのだから、
今度は南へと引き帰せばいい。そう適当にあたりをつけて高杉は歩き出した。

大丈夫、たぶん、桂が自分を心配して追いかけて来てくれている。
昔っから桂だけはいつでも自分を気にかけてくれていた。
口煩いし、うっとうしい時もあるけど、桂に構われるのは嫌いじゃない。
一人っ子の自分に兄が出来たようで嬉しかった。

いつの間にか、帰り道ではなくて桂の顔を探して歩いていた。
暫くして、遠くの人混みに桂の姿を見付ける。
道行く人に、何かを尋ねて歩き回っていた。
きっと、自分の事を探してくれているのだ。
ホッとして高杉が桂の方へ駆け寄って行こうとした時、
目の前に二度と見る事はないと思っていた顔を見付ける。
驚愕に見開かれた高杉の瞳が、虚ろに上等な着物に身を包んだ男を映す。
男は高杉に気が付くと、ズカズカと近付いてきた。

高杉は凍りついた顔で近付いて来る男を映していたが、
ハッと我に返ると、顔を俯けて逃げるように男の隣を通り過ぎようとした。
だが、腕を掴まれて捕えられてしまう。

「晋助、この恥知らずが。こんな所で会うとはな……」
「ち、ち、うえ……」
「来い、この愚息め」

前から歩いてきたのは、高杉の父親だった。
彼は高杉を捕まえると、そのまま連れて行こうとする。
高杉は足を踏ん張って、必死に抵抗した。

「離せよ。俺は勘当くらった身。もうあんたの息子じゃないんだろう?」
「ふん、あんな得体の知れぬ若造にかどわかされおって。
 貴様には高杉家を継ぐ使命があるんだ。何としても連れ帰って、
 二度と反抗する気など起きぬように折檻してくれるわ。ほら、さっさとこい!」
「やめろ、離せっ!」

剣の腕は既にたぶん自分の方が強いだろう。
だが、捕えられてしまっては、大人と子供の間の単純な力の差は如何ともし難い。
銀時のような怪力の持ち主ならともかく、体格の小さな高杉には、
成人男性で剣の腕もそこそこ立つ、いかつい父親からは逃げられない。
暴れていると、腹に思い切り拳を叩きこまれて意識が飛びかける。

「喜兵衛、麻縄を持ってこい。この馬鹿を縛り上げてでも連れ帰る」
「はい、旦那様」

自分を捕まえた父親が喜兵衛に縄を取りに行かせた。
捕縛された一環の終わりだ。
このままじゃ連れていかれて、二度と戻れない。
そう思うと、無性に悲しくなった。
もう、銀時や桂や松陽と会えなくなるかもしれない。
絶望しかけた時、「高杉っ!」と自分を呼ぶ桂の声がした。
はっと顔を上げると、走ってきた桂が父親の顔に砂を投げつける。

「うおっ、このっ……目がっ!」

砂がまともに目に入って怯んだ父親は、たまらず高杉を解放した。
よろける高杉の手を桂の一回り大きな暖かい手が掴む。

「桂っ!」
「逃げるぞ、高杉」

桂に手を引かれて、高杉は人の群れの間を紛れるようにジグザグに逃げた。
「待て、晋助!」と鬼のように恐ろしい声で叫びながら父が追いかけてくる
気配がしていたが、振り返らずに高杉は町の中を駆け抜けていった。

商店街の通りを抜けて野原を駈け、二人は森に逃げ込んだ。
空からはぽつりぽつりと雨が降り、森の中は薄暗い。

「ここなら見つからんだろう。暫くここに隠れていよう」
「ああ」
「大丈夫か?高杉。すまん、お前の親父殿に砂をぶつけたりして」
「いや、いい。もうあの人とは何の関係もねぇよ」
「そうか」

ザアァァッと音を立てて雨が激しくなる。
桂は雨を防ぐように羽織を頭の上で広げ、自分の肩を抱き寄せて歩き出した。

「濡れると風邪を引く。どこか、雨の当たらぬ場所へ逃げ込むぞ」

桂に庇うように抱き寄せられながら、高杉は無言で歩いた。
暫くすると子供三人ぐらいが入れそうな小さな洞穴を見付ける。
「ここにしよう」と桂は自分を連れて穴の中に入っていった。

日の当たらない森は寒く、少し濡れてしまった高杉は震えた。
膝を抱いて座りながら、自分が闇雲に走った所為で桂を巻き込んだと、
高杉は後悔に眉を顰めていた。

「桂、悪かったな。俺の所為でこんなことになって」
「気にするな、高杉。大丈夫、先生や銀時たちが探しに来てくれるさ」
「うん……」

若干しょんぼりとした高杉の隣に桂は腰を下ろした。
それから肩を抱き寄せる。

「寒くないか?高杉」
「……寒ぃ」
「濡れてしまったからな。このままでは風邪を引くな。こっちへ来い」

そう言いながら、胸に飛び込んで来いと言わんばかりに桂が両手を開いて見せた。
なんとなく気恥ずかしくて「いい、大丈夫だ」と断ると、
桂は満面の笑みを浮かべて言った。

「遠慮するな。寒さで風邪を引かせては俺が先生に顔向けできん。
 お前は身体が弱いのだから、このままでは風邪を引く。
 恥ずかしがってないで来い。寒い時はこうやって温めあうものだろう?」
「ん……わかった」

おずおずと高杉は桂の腕の中に入った。
ぎゅっと桂はそのまま自分を抱き込む。途端、暖かな体温が流れ込んできた。
背中を抱き寄せる桂の手の優しさに、緊張していた身体が解けていく。
戸惑いがちにだが、高杉は桂の身体に腕を回した。
肌が重なり合うと、温かさが増す。

「あったかい……」

ぽつりと高杉が呟くと、桂が穏やかに笑って、
「これなら寒くないな」と呟いた。



雨音が一層激しくなる。
薄暗い穴の中で身を寄せ合いながら、桂と高杉はじっとしていた。

桂は腕の中に納まっている高杉の華奢な身体を抱き寄せながら、
満たされた気分だった。
高杉の小さな身体は柔らかくて暖かい。
このままずっと、二人でいたいという思いに駆られる。
高杉も同じ気持ちなら最高だが、そう上手くはいかないものだ。
抱き着いている高杉は肩を震えさせていた。
何か言いたげな瞳でじっと高杉が桂を見上げている。
暫く無言で見つめてきていた高杉だが、「どうした?」と桂が優しく聞くと、
ポツリ、ポツリと高杉は喋り始めた。

「なあ、桂。父上は俺を憎んでいるだろうか?」
「そんなはずないだろう。お前の親父殿は愛情表現は薄いが、
 お前を憎んでいることはない。だから、お前を連れて帰ろうとしたんだ」
「違う。あいつが欲しいのは跡取りだ。俺だけど、俺じゃない。
 高杉家の子息が必要なだけだ。もし、弟がいたら俺なんてとっくに捨てていた」
「そんな事を言うな。高杉」
「ふっ、本当の事だよ。俺も家を捨てて先生の所に行ったのだから、お相子だな」
「高杉……」
「そう心配そうなツラするなよ。俺は何とも思っちゃいない。
 ただ、もし父上が俺を憎んでいて、復讐しようとしていたら、
 お前や銀時や先生を巻き込んでしまうかもしれないって、不安になった。
 先生が以前の塾を追われたのは俺を憎んでいた講道館の奴らが
 先生を追い出すよう仕向けたからだ。また、そうなったら今度こそ、
 俺は出て行かなくちゃいけないと思った。だから、心配になっただけなんだ」

平然と寂しい事を言ってのける高杉に、桂は胸が痛くなった。
抱きしめる腕に少し力を入れた。
「んっ」と高杉は息苦しそうな声を上げたが、拒否する素振りはなかった。

「銀時は、俺の事を怒っているんだろうか……?」
「いくら銀時でも、金平糖を一粒食べたぐらいでずっと怒ってないさ」
「違う、俺の所為で前の場所を離れなきゃいけなくなったことだ。
 俺と関わらなければ、先生が役人に眼を付けられることはなかった」
「そんな事か。銀時や先生がそんな事気にするものか。
 悪いのはお前ではない。先生を悪だと告げた連中だ。前の場所を
 離れる事にはなったが、今は平穏無事にやっていけているだろう。
 俺も、先生も銀時も気にしているはずがない」
「でも、俺、銀時に嫌われているし……」

少し不貞腐れた顔で、それでも僅かに寂しげに高杉が瞳を伏せる。
綺麗な緑色の瞳が長い睫毛のカーテンに覆われた。

「どうして、嫌われていると思うんだ」
「だって、今日は虫を入れられたし、この前は墨で顔に落書きされたし、
 いつもいつも、俺にばっかりつっかかって来るし」

それはお前が好きだからだ。と言えば高杉は安心するだろう。
だが、言わなかった。
高杉は銀時に無意識にだが惹かれている。
銀時が自分に気があるなどと知ったら、二人の仲は急速に縮まるかもしれない。
そう思うと、言いたくなかった。

「嫌われてなんかないさ、高杉。銀時はちゃんとお前を仲間だと思っている。
 その証拠にちゃんとお前の名前を覚えているだろう。
 本当に嫌いなら、突っかかってこないぞ。ただ、からかって遊びたいだけなんだ」
「本当か?」
「ああ。本当だ。あいつは多少餓鬼っぽい所がある。
 悪戯小僧の悪ふざけだと思って諦めろ。それにあいつはどSだからな。
 嫌がるお前を見て楽しんでいるだけだ。他意はない」
「それはそれで腹が立つけど。嫌われてないならよかった」

少しホッとした顔をする高杉の頬に桂は手を添えた。
俯けている顔をあげさせて、じっと暗緑色の瞳を覗き込む。
今日はいろいろ嫌なことがあって、珍しく弱った顔をしている高杉の顔。
それを綺麗だとか可愛らしいと思っている自分も大概、外道だ。
そう思ったが、止められなかった。

艶々した高杉の桜色の唇を、桂は不意に奪った。
びっくりして高杉は瞳を見開いて硬直している。
かまわずに高杉の唇を食んで、柔らかく蕩ける感触を味わった。

「んっ……ぅ」

高杉の唇から色っぽい吐息が零れる。
もっと口付ていたい。味わいたい。
湧き上がる欲求を押し殺して、桂は名残惜しげに唇を離した。

「か、つら……?」

零れ落ちそうなくらい目を見開いてパチパチと瞬きする高杉に
桂は内心苦笑しつつ、優しく高杉の頬を撫でた。

「落ち込んでいたからな。元気になるまじないだ」
「まじない?」
「ああ、そうだ。幸せになるまじないだ。
 皆には内緒だぞ。他の奴ともしてはならん、効力を失うからな」
「ん……わかった」
「約束だ」

前髪をそっと払い除けて、柔らかな額に口付ける。
「くすぐったい」と口を尖らせる高杉を再び胸に抱き寄せると、
さり気なく高杉が胸に頬を寄せてきた。
高杉がこうして甘えてくるのは今のところ自分だけだ。
その地位も何時まで続くか解らない。
高杉が自分以外の拠り所を見つけるかもしれないし、
もともと精神的に強い高杉にとって成長すれば、
寄りかかるべき大きな宿り木など要らなくなってしまうかもしれない。
高杉自身が大きな木となってしまうかもしれない。

(本当にこのまま時が止まれば、どんなに幸せだろう―…)

温かな体温を抱締めながら、桂は瞳を閉じた。
腕の中の高杉はいつの間にか、愛らしい寝息を立てている。
ザァザァと降り注ぐ雨音。その中に、水を撥ねる足音が混じっていた。
ああ、迎えがきた。
安心感よりも、残念だという気持ちが強かった。








--あとがき----------

4月21日様、リクエスト本当にありがとうございます。
仕上がりに時間をとってしまいまして、申し訳ないです(汗)
3Zかどうか迷ったのですが、58巻読んでたら幼少期桂高に
すごくムラムラして、幼少期の方で書かせて頂きました。
原作、桂、いつも高杉のことを心配している風でしたよね。
桂と銀さんも仲がいいですが、
「俺はお前が嫌いだ。今も昔もな」とツンしてしまうくらい、
桂は高杉の事好きなのだと理解してます(笑)
桂は銀さんに対してより高杉にの方が遠慮ないんだと思います。
黒い桂と手篭めにされる純な高杉、楽しく書かせて頂きました。
リクエスト、本当に嬉しかったです。楽しんで頂ければ幸いです。