はらりと青空に桜が舞い散る。 木刀を手に見合う二人はヒュッと鋭く息を吸った。 同時に相手の懐を目掛けて地面を蹴る。 激しくぶつかり合う音。 幸村はそれに負けないくらいの胸の高鳴りを聴いた。 高揚した政宗の青灰色の瞳には同じく興奮を露にした自分の姿。 今見えているのも感じられるの互いに二人だけ。 強敵と切っ先を交える事への悦びと昂りだけじゃない。 なにか、他の感情も感じていたが、幸村にはそれが何か解らなかった。 ただ、この時間は二人だけのものだと思いたかった。 永遠的に続けばいいとさえ願った。 それは政宗も同様のようで彼は口の端釣り上げて、笑った。 「この時が永遠ならばいいな。アンタもそう思わないか?真田幸村」 「無論!貴殿との交わりこそが、我が胸の高鳴り、生き甲斐にござる!」 「Excellent!」 さらに笑みを深めると、政宗は鋭い一閃を放った。 幸村も負けじと焔を噴き上げて、激しい一撃を繰り出す。 思いの全てを託した刀身が何度もぶつかり合った。 大気が震え、桜の花びらがひらひら舞い落ちる。 澄んだ青を彩る無数の薄紅色。 日差しは目映く、世の中の荒廃を忘れさせるような幻想的な風景。 だが、そんな桜吹雪の美しさも二人には目に入らなかった。 両者とも、ただ見えるのは魂を震わす唯一無二の存在のみ。 何にも邪魔されたくない、そんな風に二人は思っていた。 「はいっ、そこまでっ!」 呑気さと鋭さの混じった声が響き、背筋を震わすような殺気が辺りを包んだ。 二人はビクリと身を震わせ、ピタリと止まった。 「佐助っ!」 幸村が声のした頭上を見上げると、佐助が飄々とした笑みを浮かべていた。 佐助はひらりと幸村の隣に飛び降りて横に並んだ。 政宗の顔が俄に不機嫌になる。 鋭い隻眼が佐助を射ぬいたが、相変わらず佐助は余裕めいた笑みを浮かべていた。 「忍ごときが邪魔してんじゃねーよ。猿、とっと失せな! それとも俺の切っ先をその身に刻むか?」 「はいはい、主の暴走を止めるのもお仕事なんでね。 おたくら、放っておいたら殺し合いになりかねないだろ? ほら、今は織田を前に停戦とは言え、もとはといえば敵同士なんだからさ」 佐助の言葉に政宗は片眉を吊り上げさらに瞳を鋭くした。 竹刀を捨てると、政宗は六爪の鍔に長い指を絡めて佐助をまっすぐ見た。 憤怒の混じったその表情に、幸村は慌てて佐助の前に立つ。 「ま、政宗殿、その手をお納め下されっ! 佐助は某を守るのが仕事ゆえ、このような事を…… 水を差されたのは某とて残念にございますが、佐助は悪くありませぬ」 庇うように佐助の前に立つ幸村に、政宗は眉を顰めた。 幸村の肩越しに佐助が政宗を見ている。 優越感の滲んだにやりと歪んだ口許に政宗は苛立ちを覚えた。 刀に掛ける指にさらに力が籠る。 だが、思い立ったように刀から指を離すと、政宗はフッと笑った。 悪巧みを思い付いた様な笑み。佐助は顔を少し顰めた。 「……Ha! All right! わかったよ。ちっとばかし熱くなっちまった」 「ありがとうござる、政宗殿」 「ただ、アンタにもうひと勝負申し込みたいんだが、いいか?」 「は?俺様の話し聞いて無かったの?手合わせは終わりって言ってんでしょ?」 「I understand! 誰も刀でケリつけようなんざ言ってねーだろ」 「じゃあ、一体何の勝負するわけ?」 「忍風情が口挟むんじゃねぇよ。Hey,幸村。ちょっとオレの方に来な」 くいくいと人差指を曲げて政宗が幸村を自分の方に呼び寄せる。 幸村はキョトンとした顔をしながらも政宗の方に近付いた。 その肩を政宗が引き寄せ、形の良い小さな耳へと唇を寄せた。 「なあ、幸村」 吐息を注ぐようなブレッシーな甘い声が耳元に響き、 くすぐったさに幸村は思わず肩をびくんと跳ねさせた。 「閨で、勝負をしねぇか?テクを競うなんてどうだ?」 「なっ、はれっ!」 破廉恥だと喚こうとした唇に、政宗はそっと人差指を付けた。 幸村が叫び出すのを難なく止めると、低い低音で誘惑するように囁く。 「武士たるもの、どんな勝負にも逃げないのがルールじゃねぇか?」 「ぐっ、しかし、閨でなど……神聖な勝負ができるのでござるか?」 「あれこれ理由をつけてるが、オレに負けるのが怖いのか?」 その言葉に、弱気な表情をしていた幸村はキッと目尻を吊り上げて 政宗を強い眼差しで見た。 「怖いなどありえぬっ!受けて立ちましょうぞ!」 宣言するように大声で幸村が叫んだ。政宗はニヤリと笑みを浮かべる。 「Hey!聞いただろ?猿。今度は邪魔すんじゃねぇぞ。 邪魔なんてしたら、真田幸村は受けた真剣勝負に逃げた腰抜け武将になるぜ? 安心しろ、命が関わるような勝負はしねぇよ。 見てたいなら、見ていてもいいんだぜ?」 「くっ、最低だね。このクソ蛇が」 「Ah-Ha? そう言うの、負け犬の遠吠えってんだぜ?」 「なんとでも言えば?」 佐助は不機嫌な顔で政宗を睨むと、幸村の腕を掴んで自分の胸に引き寄せた。 自分より背の低い幸村の目線に合わせるように僅かだけ腰を落とすと、 柔らかな頬を包み込んで心配そうな目で幸村を見た。 「佐助?」 「いい、旦那。なんか嫌な事があったらすぐに俺様を呼んでね。 変なことされたら、逃げてもいいから。そんな事で武士の名折れになんないから。 むしろ、もっと屈辱的で武士として有るまじき事されちゃう可能性あるからね!」 「な、なんだ?それは?閨でする勝負とは、一体どんなものなんだ?」 「さあね。独眼竜の考える事は俺様には判らないから。 でもね、あのスケベの考える事だから碌でもないことに決まってるでしょ」 「す、助平?政宗殿が、か?俺にはそうは見えんぞ」 「猫被ってるだけ。でも、本性はケダモノなんだから。 ホント、貞操が危なかったら俺様を呼ぶんだよ!いいね。約束だからね」 「お、おう?」 何度も念押しする佐助に、意味が解らないまま幸村が頷いた。 納得した顔はしてなかったが、佐助は薄く頷くと政宗を睨んで影の中に消えた。 夕餉を終え、風呂に入ると幸村は政宗の泊まる寝所へ出向いた。 閨だから寝巻の白い着物で行こうかとも考えたが、 一国の主たる政宗の前で寝間着姿というのも無礼かと思いなおし、 幸村は藍色の着物を黒い帯で締めて政宗の待つ場所へと歩いた。 キシキシと廊下が軋む音がやたら響いた。 外は静かで、虫の音もしない。 夜の闇と静寂が心を乱し、わけもなく幸村は緊張した。 「政宗殿、幸村にござる。失礼仕る」 いつもより固い声でそう告げ、幸村は薄明りの漏れる障子を引いた。 「よく来たな、真田幸村。Hurry! 畏まってねぇでとっと入ってきな。」 「は、はい。それでは」 敷布団の上に布団を掛けずに寝転がり、寝間着姿で自分を呼ぶ政宗に幸村はドキリとした。 いつもの蒼い戦装束は甲冑を着ていて、肌の露出もないから隠れがちだが、 政宗は意外にも筋肉質だった。着物の襟から覗く胸は分厚く逞しい。 殆ど隠れている首も自分よりずっと太く筋張って男らしかった。 いつもとは違う、どこか男独特の艶やかさを纏ったその姿に、幸村は緊張した。 ぎこちなく政宗の傍に近寄ると、いきなり手を握られた。 自分より二回りは大きい手。節だっていて厚みがあった。 「寝間着でよかったんだぜ?わざわざキッチリ着てこなくても、な。 その着物姿もレアだが、どっちかというと白くて薄い寝間着の方がいいぜ」 「し、しかし。それでは礼に反するかと思いまして」 「Ha!ここは閨だ。礼なんざ必要ねぇよ」 そう言うと、政宗はいきなり幸村の首筋に唇をふれさせた。 「ひゃっ!あっ、ま、政宗殿ぉっ!?」 「閨では騒ぐんじゃねーよ。しおらしくしてな」 「し、しかし、某は勝負する為に来たので……」 「Yes! そう、勝負だ。閨での勝負。テク、つまり色事の手管比べだ」 「なななな、なんと、はは、破廉恥なぁぁぁっっっ!!!」 「破廉恥上等!それとも怖いか?だったら呼べばいい。アンタの犬を」 「ぐぐっ、い、いえ!どんな勝負でも一度受けたら逃げぬ!」 「Good boy!イイ子だ、じゃあ、続けるぜ」 「し、しかし、某は何をすれば……」 「アンタは黙ってオレの攻めを受けていればいい。 最後まで我慢出来たらアンタの勝ちだ。イッちまったら負けだ。 まあ、アンタがオレの摩羅を触って攻めてくれるのもいいぜ?」 意地悪な笑みを浮かべる政宗に、幸村はきゅっと唇を噛んだ。 いくら男同士とは言え、他人の摩羅に触るなんて堪らなく恥かしくて、 幸村にはできそうになかった。 政宗に言われた通り、彼の手や舌が織りなす妙な感覚を堪え、 幸村はじっとしていた。 つっと政宗の舌が首筋を這いあがり、耳朶に触れた。 柔らかい耳朶を甘噛みし、息を吹きかけながら舌が這いまわる。 腰が疼く様なくすぐったさに幸村の口から思わず高い悲鳴が漏れた。 恥かしくて口を手で押さえると、幸村は必死に声が出るのを堪えた。 「ふっ、……うっ、あっ」 「なかなか我慢するじゃねぇか。しかし、アンタ敏感だな。 耳をねぶっただけで感じちまってるじゃねぇか。ククッ、何処まで持つ?」 愉しそうに政宗は幸村の腰帯を解いた。肌を晒すと、 割れた腹筋をゆるゆるとなぞり、胸をまさぐる。 その度に面白いくらいビクビクと幸村の細い腰が跳ねた。 固く目を瞑って、声を出すまいとしている幸村に政宗の意地悪心に火が付く。 上半身を這っていた政宗の手が幸村の下半身へ移動した。 下帯びの上から、政宗がおもむろに幸村の股間を握った。 「ひぃぁぁっ!?」 不意打ちで繊細な場所に強い衝撃を与えられ、幸村が声を上げた。 「あっ、ま、政宗殿っ!そ、そのようなところに触るのはっ!」 「ココに触らねぇと勝負になんねぇだろ。いいから、頑張って耐えてな」 「ひっ、しかし、あぁっ」 竿を握られて幸村の先端から先走りが大量に零れた。 湿った下帯の上から政宗が幸村を攻め立てると、ジュブリと淫猥な音が起こる。 その音と、下半身から沸き上がる強い快感に幸村が悶えた。 「うっ、はぁっ、あぁっ」 「幸村、アンタ色っぽい声で啼けるじゃねえか。 Ha!上等だぜ。オレの方ももう熱くなって来やがった」 政宗はそう言うと、自分の寝間着を寛げた。 ぐったりとしている幸村の手を掴むと、自分の股間に触れさせる。 熱くて固い政宗の雄に触れると、恥かしさに幸村は瞳を伏せた。 初心なその反応が好ましく、煽られる様に政宗は幸村に覆い被さった。 そのまま好意に及ぼうと幸村の下帯を奪い、身体を重ねた。 その時、僅かに幸村の身体が震えているのに気付いて政宗はハッとする。 本当なら、このまま無理やりにでも身体を繋げたかった。 恐らく初めてであろう行為に、幸村はついてこれず翻弄されているし、 これを勝負だと思い込んでいる幸村は自分から逃げる事はしない。 だから、大した抵抗なく抱けるだろう。 だが、本当にそんな風に奪って満足かと自分に問い掛ける。 騙して、閨に呼び寄せ、奪った先に何があるだろう。 “敵同士、最後は殺し合う定めだ” 不意に、佐助の暗い声が脳内で甦った。 ならばせめて、無理にでも思いを遂げようか。 一瞬、そんな考えが頭を擡げた。 しかし、政宗は悪辣な思いを断ち切って幸村からそっと離れた。 急に政宗が離れ、幸村は身体を起こすとキョトンとした顔で政宗を見た。 柔らかなその頭をクシャリと撫でると、優しい声で政宗は言った。 「アンタの勝ちだ、真田幸村」 「え?」 「オレはアンタに触れていただけでこんなに感じちまった。負けだよ。 部屋に戻っていいぜ。妙な勝負に付き合わせちまって悪かったな」 「は、はあ……。それでは、失礼致しまする」 「Good night! 良い夢をみな、真田幸村」 「おやすみなさいませ、政宗殿。貴殿もごゆるりと休まれるよう」 ニコリと微笑むと、幸村は部屋を出た。 障子を後ろ手でしめ、急ぎ足で幸村は自分の部屋に向かった。 廊下の角を曲がると、へたりと幸村は座りこむ。 「政宗、殿……」 さっき自分に触れてきた政宗の手や唇の感触を思い出して幸村は口許を抑えた。 あのまま、何をされてもいい。 そう思っていた自分を思い出して、幸村は俄かに恥かしくなる。 けして嫌じゃなかった。むしろ、もっと触れられたいと思っていた。 好敵手相手に、あんな破廉恥な行為を許して、 喜んで醜態をさらしていたなんて―… 「叱って下され、お館様……」 弱々しく呟くと、幸村は膝を抱えて廊下に座り込んだ。 膝に自分の顔を埋めたまま、暫くそうやって座っていた。 「どうしたの?旦那」 足音もなく不意に気配が現れて声を掛けられる。佐助の声だ。 不審げな佐助の瞳が、じっと自分を見下ろしていた。 「独眼竜に、やっぱり変なことされたんでしょ?」 「いや、なにも。くだらない勝負をしただけだ。 交互につまらぬ話をして、先に眠くなった方が負けだという……」 「ふーん、そう。なら、いいけど。 こんな所で眠っちゃうと風邪引くから、ほら、部屋に戻りなよ」 「ああ、そう、だな」 よろよろ立ち上がり、幸村はまた部屋に向かって歩き出した。 その途中、ふと、庭に咲く桜に目をやった。 青白い月明かりに桜の花が止みに浮かび上がっている。 現と思えないほどの幻想的な風景に溜め息が出た。 政宗の部屋に訪れる前にも、みた風景だった。 きっと、桜の美しさに惑わされたんだ。 幸村はそう自分に言い聞かせると、桜を見ないように自分の部屋へと走った。 --あとがき---------- はるか様、リクエストありがとうございましたvv 戦国のダテサナ、好敵手同士だけど実はお互い魅かれあってるのが萌えます! ついでに佐助が幸村を好きで三角関係な雰囲気がツボです。 戦国という設定の良さが活かされた内容になってなくてすみません。 何年やってても上達しない駄文ぶりですが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。 リクエスト、本当にありがとうございましたっvv |