「甘味中毒」





吐く息が白い煙となり一瞬だけ宙に残って消えた。
まだまだ寒い最中の2月14日。

男にとっては一年でもっともドキドキする日かもしれない。
だが佐助にとっては別にどうでもいい日だった。
先に言っておくがモテない訳じゃない、毎年のように貰っている。
でも、正直嬉しいと思った事はない。今年も多分そうだ。

昔はそうでもなかった。
女の子にもてることはある種のステータスとなったし、悪い気はしなかった。
可愛らしい顔の女の子が恥じながらもチョコを渡す所は
見ていて和んだ。たとえ相手に欠片の興味もなくとも。
しかし、そう思う事は数年前から無くなった。
好きな子なんていないと思っていた自分に、実は好きな子がいたと気付いた時からだ。
だが、その人からチョコを貰える可能性は、低い。いやむしろない。

想い人は幼い頃から共に過ごしてきた最も身近な愛しい人。
愛らしいぱっちりした瞳、凛として整った小顔。筋肉質で華奢な身体。
尻尾の様な長いサラサラとした柔らかな茶髪。
年は同じ高校二年生。そして、その性別は紛れもなく雄だ。

佐助は思わずはぁ〜っと深い溜め息を零した。

別にホモでもないのに、男を好きになるなんて……
女は嫌いじゃないし経験もある。
なのに、好きになったのはよりにもよって熱っ苦しい男、だ。
これが溜め息をつかずにいられようか。
その上、相手は恋愛沙汰にはテンで鈍い。
女の子と付き合ったことは愚か、みてきた限りではAもまだだ。
異性と手すらつないでない。
何かと言えば「破廉恥な!」と連呼して逃げてしまう程の朴念仁。
そんな奴から、チョコを貰うなんて夢のまた夢だ。

「どうした?佐助。朝から溜め息などついて」
「べ〜つに。何でもないよ、旦那」
「むう。何でも無いという風には見えぬぞ?」
「本当に何でもないの」

疑う様な顔で頬を膨らませる幸村の頬を、佐助は人差指で突っついた。

「今日は二月十四日だね、旦那」
「ん?ああ。それが?」
「それがって、アンタね……。毎年死ぬほどチョコを貰いながらバレンタイン忘れるかね?」
「おお、ばれんたいんか。すっかり忘れておった」
「忘れてた、か」

ハハッと佐助は乾いた笑いを漏らした。その横顔を幸村は密かに見詰めた。
「佐助、そんなにバレンタインが気になるのか?」
ポツリと独り言のような言葉が呟かれる。
意味深なようなそうではないような台詞に佐助は反応が遅れ、何も言えなかった。

「真田君、これ受け取って!」
「キャーッ!私も受け取って下さい」

女子が波の様に押し寄せて幸村に群がった。
訳のわからないままチョコを押し付けられ、幸村は困惑の声を上げている。

(あ〜あ、さすがは旦那。モテちゃって―…)

たとえ顔のカッコ良さに群がるミーハーな魑魅魍魎だろうと
幸村の魅力を多くの人が理解している事は嬉しいことだ。
だが、同時にその中の誰かを幸村が気に入ったらどうしようかと不安にもなる。
なんとなく見ていられなくて、佐助はチョコ責めにあっている
幸村を置いて先に学校に向かって歩き出した。

独りになった佐助にも、登下校中の女子がチョコレートを渡しに寄ってきた。

「ありがとね〜」

例年のように、佐助は適当にお愛想笑いを浮かべてチョコを受け取った。
チョコを両腕に抱えて佐助を追いかけて来た
幸村はその様子をぼんやりと見ていた。
ひんやりとした風が頬を撫でる。
普段は寒さに強い幸村だったが、今は無性に寒さが身に沁みた気がして身体を震わせる。
幸村の視線に気付いた佐助は、引き返して来て幸村の傍に小走りで寄った。
なんとなくその事にホッとすると、佐助のブレザーの袖を引っ張って
少しだけ不貞腐れた顔で佐助を見上げた。

「酷いぞ、置いて先に行くなど……」
「ごめんね。俺様、お邪魔かと思って。女子が群がってきたのも怖かったし」
「自分だって女子に言い寄られてただろう。チョコも貰っておったし」
「あ〜、せっかく貰えるものは貰っとかないとね。
 けっこう高級そうなのもあるんだぜ。ね、帰ったら一緒に食べようよ旦那。
 俺様あんまり甘いの得意じゃないし、旦那食べてよ。好きでしょ?甘いの」

不意に佐助は余り外では見せない優しげな笑みを浮かべた。
その表情にドキリとして、思わず幸村は視線を反らす。

「お、お前が貰ったものだろう。佐助が食べねば女子ががっかりするぞ!」
「いいの。俺様別に気持ちに答える気ないし。くれるって言うから貰っただけ」
「そう、なのか?」
「旦那はそうじゃないの?」
「お、俺は押し付けるようにして返事も待たぬうちに逃げて行くからしょうがなく……」
「確かに、旦那にチョコくれる女子って初心な子多い所為か渡し逃げしてくよね」
「そうなのだ。捨てる訳にもいかぬし……」
「かるーい気持ちで貰っときなよ」
「よいのか?それで」
「渡すだけで満足って子が多いからね」
「そういうものか?」
「そういうものだよ。遅刻しちゃうよ、行こ、旦那」

さり気無く袖を握ってきた幸村の手を取って、佐助は学校に歩き出した。
佐助の少し冷たい手を握り返すと、二人は学校に向かって歩いて行った。


学校に着いてからも二人のチョコの数は順調に増えた。
幸村はお昼休み弁当を食べ終えると、早速貰ったチョコを食べていた。
佐助も自分が貰ったチョコの中で手作りじゃない、
買ったチョコだけを空けて幸村と分け合って食べた。
手作りのはどうにも食べる気がしない。
こう言ったら失礼だが、女の情念――むしろ怨念さえ籠っていそうだからだ。
味の保証もないし、何が入っているかも謎だ。
そんな佐助に対して、幸村は手作りだろうが既存品だろうが気にすること無く、
村ったチョコを頬張っている。
流石は善意の塊の様な人物だと感心しつつも、
変なものが入っていて腹を壊さないかとか、とんでもない失敗作が混じっていて
不味い思いをしないだろうかなど、母親じみた心配をしてしまう。


自分自身は甘いものはそれほど好きではないが、
幸村が嬉しそうにチョコを頬張るのを見るだけで佐助は幸せだった。
食べているのが女の子から貰ったチョコというのは少し引っ掛かったが、
幸村がチョコは女子からの愛の告白っていう部分を全く気にしていないので
それほど気にならなかった。
むしろ、無料で幸村の蕩ける様な笑顔が見れるのだからお得な気分でさえある。

「にしても沢山貰ったね〜旦那。さすがモテモテ」
「佐助こそ、沢山貰っておるではないか」
「いやいや、せいぜい十五、六個だよ。旦那は三十個は固いでしょ」
「うう、まあ……。よくわからぬが数だけは沢山あるな。
 チョコをくれる目的や意図が解らぬものがけっこう多いがな……」

困ったように笑いながら幸村は立ちあがってフェンスに腕を乗せて遠くを見詰めた。
絵になる横顔を佐助はジッと見詰める。
綺麗な瞳に空の青が映っている。その青が何となく気に入らなかった。
幸村の貰ったチョコに混じっていた、青い包装紙に黄色いリボンで
ラッピングされた差し出し人不明のかなり高級そうなチョコレート。
イニシャルしかないチョコに幸村は誰からだろうかと首を捻っていたが、
佐助にはなんとなく見当が点いていた。
――いや、邪推かもしれない。
見た感じでは、奴はそんな女々しいことをするタイプではなさそうだ。
どちらかというと、幸村からチョコを貰いたい側の人間だ。
だが、それがどうしても無理だと悟った末の苦肉の策とも考えられる。

(もし、あのチョコが本当にあの変態竜があげたものなら、俺様は――)

ぎゅっと鞄を抱締めた。中には密かに昨晩幸村が寝てから
こっそり作ったチョコが入っている。
それを渡すべきか渡さぬべきか朝からずっと迷い続けていた。
毎年、バレンタインにはチョコレートを使った料理や飲み物を夕飯に出して
お館様と幸村と自分の三人でバレンタイン行事にのっかっていたが、
今回はそれ以外にも、思い切って幸村だけに特別チョコ菓子を作ってみた。
ラッピングも完璧にしたチョコレート。渡さないまま済ませるなんて馬鹿馬鹿しい。
軽い調子で何気なく渡してしまえばいい。どう受け取られるかは相手次第だ。

「いっぱい貰い過ぎてチョコ、嫌になってない?」

ポツリと呟いた佐助の言葉に、幸村は空から視線を外して彼を振り返った。
小首をを傾げ、きょとんとした瞳を佐助に向ける。
その可愛らしい仕草に内心鼻血を吹きながら、やや真剣な顔を保ったまま
佐助は幸村を見詰め返した。

「いや。全然嫌になどならぬが?」
「そう。よかった。なら、これ―…」

サーモンピンクとモスグリーンの包装紙でラッピングされた包みを佐助は
幸村に差し出した。

「佐助、これは?」
「旦那にだけ特別、俺様お手製のバレンタインチョコだよ」
「まことか?嬉しいぞ佐助っ!」

満面の笑みを浮かべて幸村はチョコを受け取った。
受け取ったなり、ラッピングを丁寧に空けて箱を開けて生チョコを一つ口に放りこんだ。
さっきまで散々チョコを食べていた幸村がまさか、
自分があげたチョコを目の前で食べ出すとは予想していなかった
佐助は少し面喰った顔でそれを見ていた。
チョコを咀嚼して呑み込むと、さっき以上に蕩けそうな笑みを幸村が浮かべた。

「うむっ!すごく美味いぞ佐助っ!」
「ホント?よかった」
「佐助からもらったのが今までで一番嬉しいぞ!」

少し頬を染め、幸村は照れたように笑う幸村に、心臓が高鳴る。
抱き寄せたい衝動を堪えるのに必死だった。
そんな佐助に困ったような寂しげな笑みを浮かべ、幸村が言った。

「すまぬ佐助。すぐにでもお返しをしたいが
 俺は知っての通りこういった事に疎くて、まさか、お前がくれるとも
 思ってなかったから、お前に渡せるチョコを用意しておらぬのだ……」

(ねえ、それってつまり気持ちに答えてくれるってことなの―…?)

単に、チョコを貰った返しをしなければと思っている可能性もある。
だが、幸村の心が読めない以上、どんな答えもただの仮定に過ぎなかった。
それならば、思い込みでも玉砕でも一番前向きな答えを信じたかった。

「いいよ、お返しは勝手に貰うから」

そう言うと、佐助は自分が上げた生チョコを一つ摘まみ上げ、
幸村の口にそれを近付けた。
佐助の行動の意味が読めずにキョトンとする幸村に
目で口を空けるよう促すと、幸村は不思議に思いながらも佐助の
意図を汲んで口を開いた。舌の上に優しくチョコを置く。
そして幸村が口を閉じる前に唇を重ねた。

「んぅっ……」

大きな瞳をさらに見開く幸村の瞳を、佐助の黄緑色の瞳が見詰めた。
その瞳が揺れるのを見て幸村は瞳を閉じた。
幸村の腰にはいつのまにか佐助の腕が回されていて、
身体を密着させる様に抱締められていた。

幸村の口の中に自分の舌を差し込んで佐助はチョコと一緒に
柔らかく熱い舌を食んだ。途端、甘さが口の中に広がった。
緊張した様に少し震えている幸村に佐助は瞳を細める。
初々しい反応が可愛らしい。
甘さと一緒に幸せに心を満たされていく気がした。

存分に幸村とのキスを堪能してから佐助はそっと唇を離した。
ガクリと膝から力の抜けた幸村は佐助の腕に体重を預け、
恍惚とした瞳で佐助を見上げた。
その唇に、ちょんと人差し指を付けると佐助はにっこりと微笑んだ。

「ごちそうさま。さすが旦那、チョコよりもずっと甘かったぜ」
「なっ……!は、破廉恥なぁっ!!」
「嫌……、だった?」
「う……」

若干不安気に瞳を覗き込んでくる佐助に、幸村は言葉を詰まらせた。
頬を朱に染め、フイっと横を向くと小さな声で言った。

「いやじゃ、ない」
「嬉しいよ、真田の旦那。俺様の勘違いじゃないんだよな?」
「あ、当たり前だっ!でなければ抵抗しておるわっ!」
「だよね。本当に嬉しいよ。好きだよ、旦那」
「俺もだ。好きだ、佐助」

ぎゅっと佐助に抱きつき、佐助が抱き返す。もう一度二人は唇を重ねた。
人生二度目の最愛の人とのキスは、チョコよりもさらに甘い味がした気がした。







--あとがき----------

バレンタインで現代ものの佐幸です。
二人とも高校二年生の同い年設定です。
幸村は佐助よりもモテるイメージです(笑)
佐助がちょっと乙女っぽくなりましたが、紛れもなく佐幸です!