「代償」



穏やかな昼下がり。
怪しい気配も無く、降り注ぐ太陽が優しくフワフワと眠気を誘う日。


愛犬のももが庭で仔犬と戯れるのを眺めながら、
珍しく一人でのんびりした時間を幸村は過ごしていた。
そこに、珍しい客がやって来た。

「よお、真田幸村。遊びに来たぜ」
「これは、政宗殿!遠路はるばるよくぞ参られた」
「ちょいと、邪魔すんぜ」

何時ものど派手な蒼い陣羽織でなく、白の着物に群青色の袴姿の政宗が
にやりと不敵な笑みを浮かべて庭に入って来た。
今は出掛けていていない佐助の代わりに、
ももが警戒して幸村の前に立ち塞がって唸り声を上げる。
眉を顰めて政宗は怪訝な顔立ちでももを見た。

「アンタの犬か?」
「はい。ももと申します」
「Hum、随分と可愛らしい名前だな。
 の割に、態度は可愛げ無いことで。まるでどっかの猿みてぇだな」

ももの横を擦り抜けて幸村に歩み寄る政宗に、ももは
甲高い声でキャンキャンと吠えて今にも噛みつこうとする。
だが、政宗は動じることなく幸村に近付いた。
縁側から腰を上げ、幸村は飛び掛かりかねないももの首を抱いた。

「申し訳ございませぬ、政宗殿。これ、もも。政宗殿は客人だぞ」
「クゥン」
「この御人は俺を襲ったりせぬぞ、もも」

笑って幸村がそう言うと、ももは吠えるのをピタリとやめ、
大人しくお座りして政宗を見詰めた。

「柴犬だな。アンタによく似てやがる」
「佐助もそう言います。飼い主と飼い犬は似るものだとか」
「確かにそうかもな。cuteな眼元がそっくりだぜ」
「きゅうと?とは?」
「Ah〜、なんでもねぇよ。それより土産だぜ。奥州名物、ずんだ餅だ」

そう言って包みを目の前に掲げると、幸村はパッと瞳を輝かせた。

「おお!かたじけのう御座います!」
「いいって事よ。早速喰おうぜ」
「はい!此処では難ですので、どうぞ客間へ」

立ち上がると幸村は中に政宗を招き入れた。
広い茶室に案内すると、忙しなく幸村は立ち上がる。

「今、お茶をお持ちいたします。待っていて下され」
「ああ、悪ぃな」

侍女に任せること無く自分で茶を淹れて幸村は戻ってきた。

「アンタが茶を淹れてくれるなんてな。驚いたぜ」
「折角、遠くから貴殿がいらして下さったので某がと思いまして」
「粋な計らいじゃねえか。頂くぜ、幸村」
「はい」

湯呑茶碗を傾ける政宗を、幸村は少し緊張した面持ちで見詰めた。
そんなに緊張せずとも、好きな人が手ずからら淹れた茶を不味いなどという
筈がないのにと、政宗は内心苦笑する。
家事に関する事はいっさい出来なさそうな上、少々不器用そうな幸村だが、
お世辞で無しに幸村の淹れた茶は美味かった。
もちろん、プロ級という訳ではないが、
そこらの食事処で出されるくらいの味には仕上がっている。

「へえ、美味じゃねぇか」

笑って政宗がそういうと、幸村はホッと肩を撫で下ろして
屈託ない愛嬌のある笑みを浮かべ、隠すことなく喜びを表す。

「ほっと致しました。政宗殿のお口に合わぬのではと心配で」
「大袈裟だな。適当にやりゃいいのによ」
「いえ、某が好敵手と認めた貴殿に適当な物を出すなど滅相ありませぬ」
「そうかい。thanks,幸村。さて、ズンダも喰えよ。オレの手製だぜ」
「真に御座いますか!では、早速頂きまする」

包みを開けると、幸村はズンダ餅を口にほおり込む。
上品な甘さのズンダの餡に、幸村は蕩けそうな笑みを浮かべる。

「とっても美味しゅうございます!手作りとは思えぬほどにござる!」
「当然だ。このオレが情を込めて作ったんだからな」
「嬉しゅうございます。もっと食べてもよいですか?」
「おう、アンタの為に作ったんだから全部喰っていいぜ」
「では、遠慮なく頂きます!」

大量にあったズンダは次々と幸村の胃袋へ消えた。
店の者と比べて遜色ない仕上がりのズンダ餅に幸村は舌鼓を打つ。
甘さや餅の食感のどちらもが自分好みで、まるで自分の為に作られたような
ズンダ餅に、手が止まらなかった。
美味そうに食べる幸村を見詰めていた政宗は口元を緩める。
事前に幸村の甘味の好みを聞いた甲斐があった。
食感、甘さ、全てを幸村の好みに合わせて試行錯誤で作った逸品。
満足してもらえなければ困るというものだ。
ずっと野望を抱いて来た一つの企みの元に作られた、口実でもあった。
幸村が政宗のその意図に気付く筈も無く、ズンダ餅は残るはあと四分の一程の量になった。

「申し訳ござらぬ政宗殿。某が半量以上食べてしまったようで……」
「いいぜ。変わりにオレは別のものをもらう」
「別のもの?」
「All right!目を閉じな」
「?……解り申した」

言う通り幸村は瞳を閉じた。その素直さに政宗は感心すら覚える。
何も知らず、無垢に瞳を閉じた幸村の肩を掴むと
躊躇うことなく政宗はその唇に口付けた。
舌で唇を割ると上顎をなぞる。さすがに幸村は驚いて目を開けて
抵抗しようとしたが、幸村の熱い舌を絡め取りで唾液を呑ませて
腰を抱いて逃さなかった。
唇と舌を蹂躙されて幸村の膝から力が抜けていく。
肩から腰に手を移動させて崩れそうになる幸村の身体を支えて、
左手で逃さないように後頭部を掴んだ。

「あぅっ……、んんっ」

長い間キスと交わしたあと漸く政宗は幸村の唇を解放した。
呼吸の仕方が解らず息を止めた様な状態だった幸村は酸素を求めてゲホゲホと咽返る。
足元がフワフワとして膝が崩れて、政宗の腕に抱き止められた。
呑みこみ切れなかった唾液を口の端から伝い落ちる。
朱に染まった頬。潤んだ瞳できっと見上げて来る大きな瞳。
政宗は思わずゴクリと唾を飲み込む。
このまま押し倒してしまおうか。そう思って再度唇を近付けると
弱々しい力でだが幸村に胸板を押し返された。
迫ってくる政宗を押し戻しながら幸村は顔を真っ赤にして目を潤ませたまま
キッと彼を睨んで声を荒げた。

「な、なにをなさるっ!?破廉恥なぁっ!!!」
「ちゃんと予告しただろうが。アンタだって解ったつっただろ?you see?」
「な、な、なぁっ!!こんな、接吻するなどとは一言も!」
「いや、言ったぜ。貰うってな」
「うぅっ……」
「最高だったぜ、アンタ。甘くて蕩けそうだった。アンタも悪くなかっただろ?」

自身に満ちた瞳に見詰められ、幸村はたじろぐしか出来なかった。
固まってしまった幸村の代わりにももが政宗の脛にドーンと体当たりをした。

「ウウゥ〜ッワンッ!!」
「そう吠えんな。何もお前の主人を取って喰ったりしねえよ。多分な」

ニヤリと笑む政宗に怯えた様に足に尻尾を巻きつけながら、
ももは幸村を守る様に彼の前に立ち塞がった。
幸村に似て忠犬な事だと苦笑いを浮かべると、政宗はももの頭を屈んで撫でた。

「Don't worry. 大丈夫だ、今日は満足したからな。
 真田、残りのズンダも喰っときな。オレからの詫びの印だ」

立ち上がると「またな」と手を振って政宗は上田城を後にした。
挨拶も出来ず、地面にへたり込んでそれを見詰めていた幸村の手を
ペロペロとももが舐める。
真っ黒な瞳が心配げに幸村を覗き込んだ。

「ああ、大丈夫だもも」

弱々しく微笑むと、幸村はそっと己の唇に触れた。
政宗が触れたそこが熱を持ち、身体の芯をズクリと疼かせた。

「……つっ」

俄かに下半身が熱を持ち、袴の股間の辺りが窮屈になって幸村は前屈みになった。
さっきの接吻で興奮してしまったのだろう。
好敵手に口付けられて、こんな風になるなんて情けない事この上無い。

「な、なんと不埒な……こんな、佐助には見せられぬ……」

幸村はガクリと首を項垂れた。
起き上がる気力がしない。だが、じきに佐助も返ってくるだろうから、
落ち込んでいては彼を心配させてしまう。
溜め息を吐くと、へたり込んでいた幸村はのそりと立ち上がった。
縁側に目をやると、政宗が置いて行ったズンダ餅が目に入った。
一つ摘まんで口にほうり込んだ瞬間、
理由は分らないがさっきの接吻を思い出して顔を真っ赤に染めた。
とても、残りを食べる気にはなれなかった。

「さ、佐助にも、食べさせてやらないと。あとは、佐助にやろう」

言い訳の様にそう呟くと、ズンダ餅を戸棚に閉まって幸村はバタバタと井戸に走った。
火照った熱を冷ます様に、冷たい井戸水で顔を洗った。
何度洗っても、冷めていかない熱に戸惑いを隠せない。
桶の水に映った自分の顔が、まるで自分のじゃないみたいに女々しく感じられた。
ぼんやり水面に映った他人の様な自分を見詰めていると、ふと後ろに気配を感じた。

「あ、佐助―…」
「ただいま戻りました、真田の旦那」

笑みを浮かべた佐助の顔が、何故かとてもうそ寒く感じられた。
さっきまで庭に居たももの姿がない。
地上を穏やかに照らしていた太陽もいつの間にか流れてきた雨雲に隠され、
薄暗さが辺りを包んでいた。

(なんだ?この感じは―…どうして、佐助を怖いなどと……)

政宗と後ろめたい事をしてしまった罰だろうか。
そんな風に心で感じながらも、幸村は平常を装って佐助に「おかえり」と微笑みかけた。
それに対して佐助が浮かべた笑みに、闇の匂いを感じたことはきっと気の所為だと、
幸村は自分に強く言い聞かせる。
空気を入れ変えるように晴れやかな笑みを浮かべると、
使いから帰って来た佐助の手をそっと握って餅を閉まった茶室に誘った。

「ちょうどよかった佐助、お前にも食べてもらいたいものがあるんだ」
「ふぅん、それは楽しみだね」
「おう!」

から元気の様に無駄に明るく振る舞う幸村の背中を、
佐助の冷たい視線がじっと見詰めていた。





--あとがき----------

話は「甘い誘惑」の続きですが、短編で読めます。
ところで、ももって犬が登場してますが、
公式のドラマCDか何かで、ももって出てた気がしたんですよね。
you tubeか何かで聞いた気がするんですよ。
幸村がしようとしている事を佐助が妨害するのに、佐助が
「ももの産んだ仔犬の名前、旦那がつけてよ」と言って、
幸村がそれに「お、おう!」と答えた会話を聞いた様な気が
漠然としているのですが、今探しても見つからないんですよね。
basara嵌まって間もない頃に聞いた覚えがあるのですが、
誰かが書いた話を勝手に脳内で聞いたと思い込んでいるだけでしょうか?
でも、確かに子安&保志ボイスでこの会話を聞いた覚えがあるんですよ。
どんな風にその台詞を言ってたか細かく思い出せるくらいです。
でも、何で聞いたか、その後の会話とか話しとか全く覚えてないんです。
もし、誰かこの会話内容に心当たりがあれば是非とも教えて下さい!!

この話の続きは、佐幸サイドになります。またupしますのでお楽しみに♪