―不条理な想い―





この気持ちが何かは解らない。でもこれだけは解る。
佐助を他の人に取られるのは嫌だ。


金色に輝く髪。琥珀色の神秘的な眸。息を飲むようなプロポーション。
女に疎い自分にでさえ彼女が綺麗な女性だと言う事がわかる。
かすがと仲のいい慶次に言わせると、男が虜になる女であること間違いなし。との事だ。

佐助とは何やら同郷で2〜3年前里帰りしてる時に知り合ったらしい。
それから随分と親しい様で、彼女の姿を見掛けると笑みを浮かべるし、
時折話にも出て来る。「ほんとイイ女だよな〜」と事あるごとに口にしている。
見目の美麗さだけでなく、強さも兼ね備えている。
戦場で上杉謙信の剣として戦う姿を何度も見たし、
自分自身刃も交えたがその強さも申し分ない。



信玄から謙信への伝言を頼まれ、佐助は浮き足立つように楽しげに屋敷を出た。
その後ろ姿を幸村は密かに隠れて見送った。
軽い足取りの佐助に胸がチクリと傷む。そんなに、あの女性に逢いたいのだろうか。

普段人に興味など余り示さない佐助がこれほどまでに執着するのは、
やはり彼女が好きだからだろうか。
そう思うと酢を飲んだ様な苦しさが込み上げる。その理由は相変わらず皆目見当もつかない。
初めはただ単に、仕事ついでとはいえ女に逢えることを愉しみとして
仮にも敵地に楽しそうに赴くなど不謹慎なと、怒りを覚えていたにすぎなかった。
だが、佐助がかすがに親しげに話し掛けるのや、
彼女に熱烈な視線を送るのを何度も目にするうちに、
怒りでは無い別な感情が深淵に揺らぐのに気付いた。

(別に、束の間の時間の逢瀬を愉しむくらい笑って許してやればいいのに―…)

心の狭い自分の情けなさに悲しくなってくる。
くすむ心を振り払おうと朱槍を握り締めると庭に飛び出て思うがままに振った。
槍を振っている間は心が凪ぎ、頭はクリアになる。
考えたくなかった。考えれば考えるほど苦しくなるから―…。

やがて黄昏が迫り、夜の気配が近付いて来た。
夕餉の時刻になって信玄に呼ばれ、ようやく幸村は槍を置いた。
風呂に入って部屋で書物に目を通し始めた頃、佐助は屋敷に帰ってきた。


「お帰り、佐助」
「ただいま旦那」
「何処へ行っておったのだ?」

答えを知りながらも何気なく幸村は聞いてみた。
幸村が答えを知っていることに気付いた様子はなかったが、
佐助は隠すことなく事実を答える。

「大将のお使いで上杉だよ」
「かすが殿と会ったか?」
「うん。もー相変わらず美人でさ!特にあの悩殺的なカッコ。
 あ〜いい目の保養になったわ〜」

佐助の口から出る賛辞に胸がズキリと傷んだ。
気分がまるで靄が掛かったようにはっきりしない。
佐助が出掛けて行った時と同じ、可笑しな感情に心が掻き乱される。

「佐助はかすが殿が好きなのか?」

思わず、そうポツリと呟いていた。
いつもと異なる雰囲気で呟かれたその言葉に、佐助は内心驚いた。

(あれ?なんか旦那怒っている?でも、なんでだ―…?)

御機嫌を損ねる様な事はしてないと思う。
仮に知らぬ間に怒らせたとしても、その怒りとさっきの質問とでは
あまりにチグハグで繋がってなさすぎる。

(もし旦那が俺様の恋人かなんかだったら、
 質問の意味と旦那が怒っていることと繋がるんだけどね〜)

普段は解りやすく感情を露わす幸村には珍しく、
今の彼の感情は読心術に長けた佐助にさえも読み解く事は出来なかった。
その事に軽く混乱しつつも、佐助は幸村の問いに答えた。
幸村相手となると、化かしあいなど意味をなさない。
素直に答えるより他はなかった。

「ま〜好きか嫌いかって聞かれたら好きだよ」
「そうか、好きか……」

ふうっと幸村は長く息を吐いた。
瞳を伏せ自分から視線を反らした幸村の表情は何処か艶めかしく、
佐助は思わず息を飲んだ。
長い睫毛が頬に影を落としている。
笑った顔が一番好きだけど、こういう表情も良いなどと不謹慎なことを思った。

「かすが殿は俺と違って綺麗な御人だから、な」

独り事なのか自分に対して言ったのか解らない幸村の言葉。
見た目の綺麗さなど気にしない彼らしからぬ言葉。

(確かにかすがも美人だけど、旦那の方がずっと、もっと綺麗だよ)

そう言ってしまいたい衝動が佐助を襲う。
それは不意に言葉となって口から零れた。

「俺様は、旦那の方が綺麗だと思うけどな」

佐助の手が幸村の頬を包む。
彼の言葉に、その大きな手のぬくもりに不意に鼓動が速くなる。
衝動に突き動かされるまま幸村は彼の胸の中に飛び込んだ。
幸村の柔らかな髪からふわりと微かに甘い香りが漂ってくる。
いつもの甘える子供の様な抱き方とは違う手付きに佐助はドキリとした。

(オイオイ、誤解しちまうよ?これじゃ旦那が俺様を好きみたいだって―…)

抱締め返したい。だが、震える手では幸村の身体を抱き返すことが出来なかった。
このまま抱き返したたいけないと、闇の中から自分が警告をしている。
そんな気がして腕が持ち上がらなかった。

大きな薄茶色の瞳が悲しそうに揺れる。
その上目遣いにクラリとした。

誘導される様にだらりと下げていた腕を持ち上げ、華奢な身体を抱締めようとした。
その瞬間、ふっと幸村の身体が離れた。
漸く振り絞った勇気の行き場を失い、佐助は困惑したような表情を浮かべる。

「だ、んな?」
「すまぬ佐助。少し、今日は可笑しいんだ。
 主だからとて綺麗などという世辞は要らぬ。解ってる男の俺が
 女子のかすが殿より綺麗などと、そんなことがある筈もないのだ。気を使うな」
「……」

別に気を使っての台詞じゃない、本音だった。
だが、幸村が否定の言葉を連ねた後では何を言っても世辞に取られるかも
しれないと何も言えなかった。
それに、ここでムキになって否定したら怪し過ぎる。
自分が密かに抱く想いが露見するのだけは避けたくて佐助は口を噤んだ。

「そうだね、男前の旦那に綺麗は失礼だったよね〜」

軽い調子でそう返すと、佐助はくるりと幸村に背を向けた。

「じゃあ、俺様もそろそろ休むわ。おやすみ、旦那」
「佐助……」
「ん?なぁに、旦那」
「……いや、何でもない。別に、何でもないんだ……」
「そう、じゃあね」

何か言いたげな幸村の視線が気に掛かったが、佐助は逃げる様に部屋を出た。
これ以上深く掘り下げると、互いの間に築いた関係が崩れそうで怖かった。

障子が閉まり、佐助の気配が遠ざかっていく。
「好きだよ」という佐助の言葉が頭の中で渦巻いていた。
胸の痛みは昼間に感じたものよりももっと、強くなっている。
ぎゅっと拳を握り締めると、幸村は自室を飛び出した。

「佐助っ!!!」

廊下を走って、去っていった佐助を追った。
足早の彼には珍しく、その姿はまだ廊下にちゃんとある。
バタバタ走り寄ると、その背中にぎゅっとしがみ付いた。

「だ、旦那っ?どうかしたの?」
「どうもしておらぬっ!」
「いや、だって、なんか可笑しいよ」
「可笑しくなどない!」

肩越しに幸村の表情を窺おうとするが、
幸村は顔を自分の背中に埋めていて後頭部しか見えない。

「ほら、そんな薄着で廊下にいたりしたら冷えるから部屋に戻って。湯冷めしちゃうよ」
「……大丈夫だ」
「大丈夫じゃない。いくら旦那でも風引くでしょ」
「……なら、部屋にきてくれ佐助」
「え?」
「たまには共寝をしろ。仕事はないのだろう?」
「そりゃ、まあないけど……。つか、いつもちゃんと旦那が寝ている時には
 天井から見ていてあげてるでしょ。そりゃ毎日俺様がってわけにはいかなくても、
 一週間の大半は俺様がちゃんと見てるんだからさ」
「天井では無く、ちゃんと隣りに居ろ」
「……」
「嫌なら、いい……」

佐助が黙っていると、不貞腐れたような声でそう返ってきた。
淋しさの混じる声に、思わず「わかったよ」と答えてしまっていた。

渋りつつも佐助は部屋に付いて来てくれた。
その事が嬉しくて、でも、嬉しく思う自分が同時に情けなかった。

困った顔をしながらも、佐助は「眠るまでだよ」と幸村の手を握ってくれた。
昔も何度もこうして隣りで眠ってもらった事をふと思い出す。

(あの頃から、俺は成長していない―…)

時折わがままを言って、それを受け入れてくれる佐助を見る度に歪んだ
独占欲に束の間の安堵を得る。
佐助は何があっても自分の忍でいてくれるのだという、つまらない安堵。

(忍は道具じゃないと言っている俺が、なんと馬鹿げたことか―…)

道具扱いしていないつもりでも、戦忍の佐助に専門外の事を強いている。
命令だと言わなくとも、主が望みを言えば忍にとってはそれは命令となるのかもしれない。
はっきり命じずとも、佐助が自分の頼みを聞いてくれることに甘えて、
佐助を束縛して、それに満足して―…

(すまない、佐助……)

口に出して謝れば、自分が彼を道具のように思い通りに扱っていることを
認めてしまったような気がした。だから、心の中で密かに謝罪を述べる。
ただの、罪悪の軽減に過ぎない行為だとしても。

自分より一回り大きな掌に頬を寄せ、その温もりに縋った。
そうしている内に昼間から感じていた胸の痛みが消え、心が落ち着いた。
握り締めた手。佐助は今、この時は間違いなく自分だけのものだ。

何故、佐助をこうも傍に置きたいのか?
佐助がかすがの事を好きだとしって胸が痛むのか?

(理由とその根拠が見えないまま佐助を束縛して、満足して。なんて愚かななんだろう―…)

きっと、明日には胸の痛みを忘れ、何時もの通りに戻ろう。
そう誓うと、佐助の手を一層強く握って幸村は瞳を閉じた。








--あとがき----------

幸村は佐助に恋してますが、まだ気付いてません。
佐助も幸村の気持ちには気付いてなくて、自分だけ片想いですが、
その気持ちは隠して誤魔化してます。
ダテサナや慶幸に比べて、佐幸はじれったい感じが好きです。
アニメの佐助は何を想ってかすがを婚約者と言ったのか?
その事に触れようと思ったのですが今回は触れませんでした。
私的には、かすがと幸村が逢った時に、女子と意識して慌てなくていいように。
だったら佐助GJだと思います。現に、幸村はかすがが使者として来てた時に、
女子だ!と焦る様子なく「祝言の日取りが決まったのですな」と親しげに話させてた。
腐的に考えるなら、幸村の反応を見て彼の気持ちを探ろうとした。とか思ってます(笑)