―Trick or treat―





「Trick or treat」

いつもの青い陣羽織とは違う、南蛮の風変わりな洋服姿で
意味不明な言葉を告げる政宗に幸村は首を捻った。

「とり憑く尾は鳥と?鳥の霊にでもとり憑かれたのでござるか政宗殿っ!?」
「What?何だよそれ。全然違うぜ真田。
 トリックオアトリートっつったんだ。ハロウィーンの挨拶だぜ」
「はろいん?……何でござるか、それは」
「ハロインじゃねぇ、ハロウィーンだ。ハロウィーンってのは西洋のfestivalで、
 化け物の格好をしてお菓子を貰いに歩く。この格好がそうだ。
 どうだ?何かわかるか?この牙と黒いマントがヒントだぜ?当ててみな」
「わ、わかりませぬ……」
「まあ、無理もねぇか。こいつぁヴァンパイア、血を吸う悪魔だ。つまり吸血鬼だな」
「きゅ、吸血鬼でござるかっ?名前だけでも恐ろしいでござる」
「ああ、夜な夜な美女の血を吸いに行き、血を吸われた相手は生気も吸われて
 やがて老いて死んでいく」

バサリとマントを翻すと、白い手袋を嵌めた手で政宗は幸村の顎を掬った。
左手で細い腰を抱き寄せ、自分の身体に密着させる。
自分よりもはるかに高い体温と、瑞々しい肉体の感触に政宗は笑んだ。
筋肉が柔らかいので抱き心地は女のそれとは違うが、柔らかい。
子供の身体に近いのだろう。
柔らかいがちゃんと肉の手ごたえも有り、抱き寄せただけで政宗を昂ぶらせる。

じっと蒼い目で見詰めると、幸村の赤褐色の瞳がうろたえた。
顔を近寄せると、政宗はもう一度幸村に問う。

「Trick or treat」

問われた内容が解らず、幸村は困った様な顔で政宗を見上げた。
フッと笑みを零すと、政宗は英語を訳して今度は日本語で尋ねる。

「お菓子をくれないと、悪戯するぜ?って訊いたんだ」
「な、なんと、そう言う意味でござったか」
「Yes,で、どうする?菓子を寄越すか?それともこのオレに悪戯されたいか……」
「うぅ、あ、生憎菓子など持ち合わせてはおりませぬ」
「Ha!sweet好きのアンタも流石に普段Takingしてるわけじゃねぇんだな」
「あ、あたりまえでござる!武士なので浮ついては居られませぬ故」
「All right!いいぜ、じゃあ悪戯だな」

瞳孔が獰猛に縦に伸びる。青い目がいつもより爛々として愉しそうだ。
オタオタする幸村の顎を上げると、政宗は白く細い項に唇を寄せた。
吐息が掛かった瞬間、幸村はびくりと腰を震わせる。
逃げようとする身体を腰に回した腕で抑え込み、政宗はその首筋に歯を立てた。

「ふわっ…くぅ、っ!」

プツリと肉に犬歯が喰い込み、赤い珠が浮かび上がる。
じゅるりと音を立てて政宗はそれを啜った。
鉄の味が口に広がる。それはどこか、甘く感じられた。

「ひぅ……!な、政宗殿っ?」

傷口から血を啜りあげられ、幸村は怯えた表情を浮かべた。
逃げようと思ったが、血を吸われると言う倒錯じみた行為への
奇妙な快感と背徳を破る恍惚に頭の芯が痺れて抵抗できなかった。
薄い首の皮膚を吸い上げられるのがくすぐったくも気持ち良く、
下半身が甘く疼くのを抑えられなかった。
膝から力が抜け、幸村は政宗に体重を預ける様に崩れる。
政宗は漸く首筋から口を離し、幸村の血に濡れた唇を舌で拭い取った。

「な、何をなさるのでござるか政宗殿っ!血、血を飲むなど……っ!」
「Hum,オレも血なんざ初めて飲んだが悪くねぇ。
 アンタの血、甘くて蕩けそうだったぜ。もっと飲んでやろうか?」
「なななっ!?い、嫌でござるっ!」

地面に座り込んでいた幸村は慌てて立ち上がると、政宗から逃げ得る様に走り出した。

「Hey,Waiting!まだ悪戯は終わってないぜ?待ちな、真田!」
「こ、これ以上血を飲まれたら倒れてしまいまするっ!」
「You're Joking!アンタ血の気が多いからまだまだいけんだろ?」
「い、いけませぬっ、無理でござる!」

脱兎の如く逃げて行く幸村の後を政宗は執拗に追いかけてきた。
さっき政宗はハロウィーンは西洋の祭りだと言っていたが、
今の状況はそんな楽しいものではない。
むしろ、政宗が本当に吸血鬼に思えてきて真剣に怖かった。
まるで祭りの生贄に差し出される鶏か子羊の気分だ。
半泣きになりながら逃げていると、政宗を迎えに来たらしい小十郎が
前方から歩いて来た。。

「か、片倉殿っ!」

まともな人物を発見した嬉しさで、幸村は思わず破顔する。
縋るように慌てて彼の方に走り寄った。

「片倉殿っ、お助け下されぇっ!」

父親のような安心感を持つ彼に、幸村は思わず抱き付いた。
飛び付いて来た幸村を小十郎の逞しく太い腕が抱き止める。
いつもと変わらない小十郎……だったはずが、よく見ると、
いつもの服装に違和感があるものが二つ付いていた。
頭からはピンと立った大きな焦げ茶の耳が生えていて、
尻からはふっさりとした尻尾があるのがコートのスリットの隙間から見えた。
キョトンとしている幸村をガッチリと抱締める形で小十郎が捕まえた。
完全に腕の中に収められ、幸村は恐る恐る小十郎を見上げた。

「か、片倉殿?」
「すまねぇ真田。とりっくおあとりいと、だ。手を出させてもらうぜ」
「なぁっ!?なんででござるかっ?」
「本当にすまねぇ。だが、政宗さまの粋に付き合ってくれ」

申し訳なさそうな顔をするわりには、小十郎は少しも逃がしてくれる気配がなく、
完全に幸村を捕えていた。
追い付いてきた政宗がニヤリと笑う。

「Good job!でかしたぜ小十郎。そのまま取り押さえてろ」
「はっ、御命のままに」
「そ、そんなぁ、見逃して下され片倉殿ぉぉっ!!」
「泣き出しそうな顔すんじゃねぇ、すぐ済む、諦めろ」
「ひ、酷いでござるぅぅっ!」

後ろに回り込んだ小十郎にがっしり腕を掴まれ、前からは政宗が迫って来る。
政宗はにやにや笑いながら幸村の服に手を掛けた。
そのまま胸元を大きく開いて、肌を剥き出しにする。

「ヒュウッ、いい身体だな、アンタ」

手袋を外して政宗は楽しそうに幸村の胸筋に触れた。
つっと胸をなぞられた幸村はぴくんと身体を揺らし、頬を赤らめる。
いつもは胸当てで隠れている乳首を晒されるとなんとなく心許なく、
幸村は不安そうな顔を浮かべた。
おもしろがるように身体をなぞる政宗の指が、突起を擦るように触れた。

「あぅっ!」

思わず声を漏らした幸村に、政宗はとても楽しげ笑みを浮かべる。
また、指が乳首を掠めた。さっきよりも強い刺激。
漏れそうになる声をぐっと幸村が堪える。
それを面白がるように、政宗の指がきゅっと幸村の乳首を摘まんだ。
「ひぅぅっ!」少しの痛みとそれ以上に強い刺激に幸村は声を上げた。
それを面白がるように政宗は更に乳首をくりっと抓ると、
目尻に涙を浮かべて幸村は唇を更に強くかみしめた。

「悪ノリが過ぎますぞ、政宗様。真田が可哀相です」

ようやく小十郎のストップが入り、政宗の指が乳首から離れていった。
ホッとしたのも束の間、今度は袴の紐に政宗の魔の手が伸びる。

「ちょっ、脱がさないで下されぇぇっ!」
「Ah?脱がさなねぇといけねぇんだよ。残念ながらな」
「な、なんででござるかっ?悪戯の一環ならもう、そろそろおやめ下され」
「No!まあ、黙って大人しくされるがままになっていな」

凶悪に笑うと、政宗はは嫌がる幸村の袴を降ろして褌一丁にした。
そして、黒いショートパンツを穿かせる。
ショートパンツにはフサフサとした薄茶の犬の尻尾がついている。
小十郎の拘束が解け、上には毛皮のタンクトップが着せられた。
突然の事に驚いていると、政宗が首輪を手に近付いてきた。
首に手早く撒き付けられたのは深紅の首輪だ。
仕上げに小十郎に頭にカチューシャをつけられた。

「Oh,excellent!さすが真田、よく似合ってやがる」
「まことですな、政宗様。惜しむべきは狼男でなく、
 真田のはただの犬男に見えることでしょうな。
 だが、本当に似合ってるぜ、真田幸村。ウチで飼ってやろうか?」
「ひ、酷いでござる片倉殿まで……」
「そのidea、最高じゃねぇか!奥州へ来いよ真田!飼ってやるよ」
「飼われるなどお断りでござる!そ、それよりこの格好、なにやらスースーしまする。
 太腿もむき出しだし、身体にぴったりしていて破廉恥でござる!」
「破廉恥って、アンタの普段の恰好だって相当だぜ?」
「神聖な戦装束でござる!破廉恥ではございませぬぅぅっっ!」

もはや半泣き状態の幸村に政宗は苦笑を浮かべた。
政宗はくしゃりと柔らかな髪を掻き混ぜると、優しく笑った。

「Sorry,からかいが過ぎたぜ。いつも気まじめなアンタに
 ちっと気を緩めて楽しんでもらおうと思って始めたことだ。
 何もアンタを苛めたいわけじゃねぇ。
 折角だから南蛮の風習を教えてやろうと思ってわざわざ来たんだ。
 Hey,アンタもオレに挨拶してみな。repeat after me!
  オレの後に続けて繰り返して見せな“Trick or treat!”」
「とりっく おあ とりいと?こ、これで合っておりますか?政宗殿」
「Good! 上出来だ。じゃあ両手を差し出せ」
「はあ?」

おそるおそる幸村は手を前に差し出した。
その手に、政宗はラッピングされた綺麗な箱を乗せた。

「南蛮の菓子パンプキンパイだぜ。アンタの為に特別に取り寄せた」
「頂いてよろしいのですか?」
「ああ、アンタにイタズラされるのもわるかねぇが、
 オレはイタズラする方が好きなんでな」
「真田、ついでにこれも受け取んな。
 かぼちゃの餡でつくったキンツバだ。猿飛と一緒に食べてくれ」
「ありがとうござる、政宗殿、片倉殿。
 血を吸われた挙句に面妖な恰好をさせられて驚き申したが、
 はろうぃんとやらは中々に面白い祭りごとでございますな。
 仮装も慣れれば楽しそうでござる。
 それに某は甘党ゆえ、菓子をもらえるのはとても嬉しゅうございまする。
 もらってばかりでは悪いので、よければ屋敷の中に上がって下され。
 こちらも菓子や酒を用意いたしまする。佐助は変装の名人。
 あ奴も巻き込み、皆ではろうぃんとやらを楽しみましょうぞ!」

にっこり笑う幸村の肩を抱き寄せると、政宗も笑みを浮かべた。

「All right!OK,ド派手なパーリィと洒落こもうじゃねぇか!」

敵地まっただなかにも関わらずノリノリな政宗に
小十郎は苦笑を浮かべたが、相手が真田ならしょうがないと小十郎も
上田城の門をくぐる二人の後に黙ってしたがった。
たまにはこんな日も悪くない。そう思えた。


「まったく、御二方とも敵同士だってのに仲良しなこって」

直ぐ背後の頭上から声がして、小十郎は振り返った。
いつのまに現れたのか、くぐった門の上に佐助が笑いながら立っていた。

「猿飛!」
「お久しぶり、小十郎さん。もーアンタまでウチの旦那苛めないでよね。
 あんな恰好させちゃって。高くつくよ」
「す、すまねぇ。政宗様はオレにも止められん」
「だろーね。俺様だってウチの旦那を止めるなんてムリだもん。お互い苦労するねぇ」
「まあ、な」
「でも、偶には破目外すのも悪かないね。ウチの旦那なんて
 年がら年中お堅い頭してんもん。たまには独眼竜に倣うのも必要かな」
「そう言ってくれると助かる」
「じゃあ、俺様達も旦那方の後に続きますか」
「ああ」

すでに屋敷の奥に入っていった二人を追って、
小十郎と佐助も城の奥へと姿を消した。

その日、上田城には久しぶりに男むさい声では無く、華やいだ笑い声が響いていた。








--あとがき----------

吸血鬼なまーくんと、ふさふさ尻尾の幸村が妄想したかった
だけで出来たという作品です。
駄作ですけど、季節ものを楽しんで頂ければ幸いかと。