「戦場の華」





戦場を駆け抜ける紅の焔。
覇気を纏い勇ましいながらも
どこか凛としたその姿は美しくすらあった。

紅蓮の鬼――何時からかそう呼ばれるようになった。
主のその仇名を、佐助は誉にさえ感じていた。
彼ほど人を惹き付ける光は、いまだに見たことがない。

だから不安だった。
年若く瑞々しい肉体に、あどけなく可愛いい顔立ち。
まさしく男の世界の戦場では可憐な華だ。
半端者は姿を見ただけで恐ろしくて逃げてしまうが、
真の兵ならば彼に惹かれる者も少なくは無い。
現に既に、悪い虫が一匹ついてしまった。
伊達政宗。奥州筆頭と呼ばれる自称・竜。
まあ、国主たる彼がおいそれと甲斐まで足を運んでくることは少なく、
彼に関してはそれほど心配してない。
だが、彼は主の強さだけでなく、その見目に惹かれているので
その辺は心配といえば心配している。
隙を見せたら、いつか襲い掛かってくるだろう。
だから、絶対に伊達と幸村を二人きりにしてはいけない。

彼のように、戦場で出会ってすら寄ってくる虫がいるのだから、
普段はもっと危険だ。

普段の幸村は極めて穏やかで、鬼と称される戦場と同一人物とは思えない。
くりっとした大きな瞳は可愛らしいとすら感じる。
しかも天然で、抜けた所さえある。この間は木の根に躓いて転んでたくらいだ。
運動神経はいい癖に、ボーとしているからドジをするのだろう。
殺気には鋭いが、欲望の眼差しにはまったく気が付きはしない。
今日もまた、無防備に縁側で眠ってしまっている。

「だ〜んなぁ、ダメでしょ?こんな所で寝たら」
「むぅ〜……」
「もう、旦那ってば!起きろってば!」

呼んでいたらしい本を胸の上に置いて、仰向けに寝転んでいる。
長い睫毛が頬に濃い影を落としていた。
こうして眠っていると安らかな顔で幼さが際立つ。
戦場での険しい表情が嘘のようにさえ思える。

まったく起きる気配がない幸村の隣りに座り、その寝顔を佐助はじっと見詰めた。
見ていて見飽きない。ずっと見詰めていたいとすら思った。
戦場での幸村は自分が共に居ることを許される程の美しい鬼で、
血で汚れた自分が気兼ねなく隣りに並べるからとても好きだ。
だけど、こうやって穏やかにしている幸村はもっと好きだった。

(しょうがないお人だね。寝込みを襲われないように、俺様がいてやるよ)

一番狼になりそうなのは自分かもしれないが、
愛している人の安らかな眠りを邪魔するほど利己的には出来ていない。
そっと頬に掛かる幸村の髪を払い退け、佐助も穏やかに微笑んだ。
それを邪魔する影が一つ現れた。

「おや、佐助殿」

布団を片手に持って部屋の中から現れたのは、小山田信茂だった。
内心邪魔だと思ったが、佐助はそれを表情に出さず、
仮面を被る様にいつもの笑顔を浮かべて愛想よく返事した。

「どうも、小山田の兄さん。どうしたんですか?」
「いや、幸村殿が転寝をしているようだったので、布団をと思って」

そう言って幸村の方に視線を流した小山田の目には、思慕が混じっていた。
彼も自分の主に魅せられている一人だ。
武田の武将は殆どそうだ。この炎に魅せられている。
大将である信玄すら、若く純粋な炎に引き寄せられている。
そのうちの数人は間違いなく、自分と同じ穴のむじなだ。
つまり、多かれ少かれ幸村の肉体にも興味を持っている。
小山田はそのなかでも、相当にやられている方だと佐助は踏んでいる。
ただし、武田兵士はみな堅実で誠実で、無理矢理ことに運ぼう何て
考えているような最低な輩はいない。
だが、幸村がそういった性的な目で見られているのさえも
佐助には耐えられなかった。
そう、嫉妬深いのだ。自分でもほとほと呆れるほどに。

「お忙しいのにありがとうございます。俺が掛けておきますね」

極めて丁寧に親切心を滲ませて佐助は微笑んだ。
その胸裏を知る筈のない信茂は名残惜し気にだが佐助に布団を渡し、
「お願いしまいします」と頭を下げるとその場を去っていった。
彼の胸中は佐助には痛いほど解った。
“邪魔ものさえいなければ、もっと見詰めていたい”といっただろう。

小山田が去っていくと、起こさないように毛布を掛け
安らかに寝息を立てる幸村の顔を覗き込んだ。

(あぁ、接吻したい。触れたい……)

込み上げる欲情。見詰めているだけで、身体が熱くなる。
こんな所で自慰に耽るわけにはいかず、佐助は必死で欲望を掻き消す。

(ちょっとなら、いいかな……)

気配を探り、周囲に誰もいない事を確かめると、
佐助は幸村の顔に自分の顔を近づけていった。
もう少しで唇が触れるところで、パチリと幸村の瞳が開き、
澄んだ薄茶の瞳がじっと佐助を見詰め返した。

「うおぁっ!」

思わず佐助が間抜けな叫び声を上げると、幸村は眉間に皺を寄せた。
起き上がり、訝しげな顔をして佐助に視線を遣る。

「人の顔を見て叫ぶとは失礼だぞ、佐助」
「ゴメン、旦那。急に起きたから驚いて」
「起こそうとしてたのではなかったのか?顔を近づけていただろう?」
「え、ん〜、ああ、まあね」

ん〜と伸びをすると、幸村は佐助に自分の身体を預ける様に凭れかかった。
また、目がとろんとし始めている。二度寝するつもりなのだろうか。
佐助は呆れた顔をすると、幸村の鼻を突いた。

「ねえ、前にも言ったと思うけど、旦那はちょっと無防備過ぎだよ」
「どこがだ?」
「どこって、こうやって縁側で転寝しちゃうところだよ」
「城内だ。大丈夫だろう」
「まあ、殺される心配はないだろうね」
「いや、殺される以外はあるでしょうが」
「なんだそれは?」

小首を傾げる仕草は愛らしく、今すぐにでも押し倒したくなった。
いっそこのまま縁側で襲ってしまおうか。
ふとそう思った佐助に、幸村は幼子の様な無垢な笑顔を浮かべて続けた。

「お前の言う危険が何かは見当はつかぬが、大丈夫だ。
 何と言っても、俺の隣りにはお前がいるのだからな。だから心配などない」

――嗚呼、そんな事を言われたら襲えないではないか……

頭を抱えたくなるような思いの佐助に構わず、
幸村は佐助の肩に頭を預けてまた小さな寝息を立て始めた。

「しょうがないね、旦那は。俺様がちゃんと守ったげるよ―…」

幸村に欲情する男からも、命を狙わんとやってきた侵入者からも、
そして、我が身に巣食うこの裏黒い獣の様な感情からも―…

そっと幸村の肩に手を回して抱き寄せると、佐助はまだ穏やかに微笑んだ。






--あとがき----------

本当は、こんな日常の話を書こうと思ってたんじゃなかったんです(笑)
幸村が戦場で倒れた時の話を書こうと思ってたのに、
書き上がったらまったく違う話になっていたミラクル。
私は攻めの視点が好きなので、佐助の思いから書き始めたら、
予定していた話とまったく違う方向になってしまった。
創作には魔物が住んでます。そう信じて疑いません。
書いている時の私はまた別の私みたいな感じがしてます。
なにはともあれ、小山田殿は幸村に片思いです(笑)
アニメの小山田さん、幸村に教える為に命はるとか凄すぎです!