「愛しい緋」





薄闇を駆け抜ける無数の灯火。先頭を切る朱がやたら目を灼いた。
すれ違う刹那に朱を纏う男と目があった。真っ直ぐで大きな瞳。
この瞳を捕えて離さなかった。



川中島に乱入した蒼の軍勢。
黄金の三日月を掲げた蒼の陣羽織の男が此方を見詰めていた。
整った顔立ち。切れ長の瞳は強い光を放っている。


刃が火花を散らして交わる。重く鋭い太刀筋。
血が沸騰し、全身が熱く燃えた。
初めての高揚――この時がずっと続けばとさえ思った。
だが素早く舞い込んだ影がそれを邪魔した。

「真田幸村ぁ、その名前覚えたぜ!勝負は一時お預けだ」

鴉にぶら下がった忍に抱えられて去ってく幸村にそう告げると、
「伊達殿、必ずや」と返答があった。
同時に、迷彩服の忍が冷たい瞳で此方を睨んだ。
その時はただ、奴は厄介な敵の登場に顔をしかめただけかと思っていた。
――だが、それは違った。その事に、この時は気付きもしなかったが……



奥州へ帰った後も、交えた刃の高鳴りが消えない。
光より眩しく焔の様に熱いその姿が胸を焦がす。
再戦だけじゃ物足りない。あの細い腰を抱き寄せ柔らかな唇を奪いたい。

「政宗様、ご自重なされよ真田は一武将ですぞ」
「解ってるよ、お前の小言は聞き飽きたぜ」
「でしたらその様に締まりの無い顔をなさるな」

いつか命を奪う相手とは百も承知だ。だが惚れたものはどうしようもない。
なら、必ず勝ちを取りその暁には奪ってみせる。
この手に掴み、二度と離さなければいい。天下と共に―…

瞳孔が縦になり、薄闇色の瞳が蒼に煌めく。
新しい目的を見つけた若き主に小十郎は溜め息を吐いた。




二槍が空を薙ぎ、焔が散った。気合いの篭った瞳が宙を睨む。

「すごいね旦那。朝から休みなしだよ」
「おう、佐助か」
「流石は旦那、本当どんどん強くなるね」
「うむ、お館様の役に立つ為だ」

嬉しそうに笑みを浮かべる幸村に、佐助は見惚れた。
呆れる位、いつも大将の事を考え崇拝している主。
戦場では凛々しく険しい表情が多いが、普段は時々可愛く微笑んだりする。
特に大将に関する事ならその笑顔は尚更可愛く麗しい。
主の生は全て大将の為という程の忠義で、
それは致し方無いと然程嫉妬しないで済んでいた。
今までは大将一人が主の心を占めていた。
だが、最近は違う。
あの嵐の日の出会いから、槍を振るい続ける瞳には別の男が映ってる。
それが酷く憎かった。

「羨ましいね、それ程旦那の心を捕えるなんて」

ポツリと呟かれた言葉に、幸村は槍を止めて佐助を振り返った。

「どうしたのだ?佐助」
「ん?別に」
「別にと言う顔じゃないぞ。俺が伊達殿に心を馳せるのは気に喰わないのか?」

幸村の言葉に佐助は瞳を鋭く細めた。

「気に喰わないって言ったら?旦那はアイツの事考えるのやめてくれる?」
「それは出来ぬ!」
「ふーん、そんなにアイツが好き?この俺様よりも?」

佐助の言葉に幸村は固まった。
佐助の意図が掴めず、ただ困った様な顔で彼を見上げる。
その表情があどけなくて、思わず汚したくなった。
頬を包み込み、顔を近付けて唇を寄せた。
不意に接近した秀麗な顔に胸が高鳴り、幸村は思わずぎゅっと目を瞑った。
白い頬に朱が差し、細い肩が震えていた。
はっと我に帰り、佐助は幸村を解放して背を向けた。

「ごめん旦那今の無し。忘れて」

手をヒラヒラ振り、おどけた声で言ったが、
幸村は真剣な眼差しで彼の背に呟いた。

「佐助、お前と政宗殿を比べる事は出来ぬ。
  お前も俺にとってはかけがえの無い存在だ。だから比べられない」

幸村の言葉に佐助は背を向けたまま眉根を寄せた。

(あんたの忍である事はきっと死ぬ程幸福で、
 それと同時に同じ位に不幸なのかもね―…)

忍ごときに心を明け渡して信頼し、愛でる優しい人。
そんな彼だからこそ此方も命さえ賭し、同時に自らの命を惜しむ。
最も怖いのは、主を失う事に恐怖する事だ。
忍なんてのは本来、情を持つ事も持たれる事もない。
金を貰って駒になるだけの関係だ。
主を見限れば蔵を変え、主が死ねばお役御免という感情の介在しない関係。
だからこそ、どんな時も非情でいられだが、
主に対して愛情を持ったらそうはいかない。

(あんたが死んだ日が俺様の命日だね)

黙ったまま背を向け続けていた佐助の背に、不意に柔らかな熱が触れる。

「死んではならぬ。俺の為に死ぬなど許さぬ!」
「旦那…、大丈夫だよ。俺様を生かしたいなら、あんたも絶対死んじゃダメだよ」

振り返って今すぐ抱き締めたい。
だが、背中に抱き着いている幸村を引き剥がすのは気が引けた。
それに、今抱き締めたらそのまま押し倒して全てを奪ってしまいそうで怖かった。


抱き着かれているのか、抱き締められているのか。
どちらか解らないが、とても心地良かった。
腰に回っている筋肉質だが細い腕を、佐助はそっと握った。
蒼い竜には渡さない。たとえ、主が負けても、守ってみせる。

(ずっと傍にいられる事は俺様の特権。独眼竜、あんたには奪わせない)

腰に廻された幸村の右手を外して持ち上げると、
誓いを込めてそっと手の甲に口付けた。








--あとがき----------

初書のヘタレ駄文ですみません。
筆頭は狙った相手は絶対に逃しません(笑)佐助はきっと幸村の
貞操ガードに奔走する事でしょうね。
幸村は気付かない内に筆頭と佐助をナチュラルにたらしてます。
佐助はきっと理性を抑えるのに毎日必死だと思います。