「かんざし」





真昼の偵察帰り、佐助はいつも通りに当地の団子屋に足を運んだ。
毎度毎度、我ながら甘やかしてるとは思うが、
あの笑顔が見たくて飽きもせずに甘味を貢ぎ続けている。
守銭奴で倹約家、悪く言えばどケチな自分だが、主の為に払う金は惜しくない。

暖簾をくぐると、幸村と同じくらいの年齢の少女がカウンターに立っていた。
髪の色が少し明るい、ぱっちりした目の可愛い顔の娘。
その娘は佐助の顔を見るなり、呆けた様な顔をして彼をじっと見詰めた。
その視線の意味に気付いた佐助は、口許に笑みを湛えて少し瞳を細めた。
ハッとして娘は慌ててペコリと頭を下げた。

「い、い、いいらっしゃいませっ!」
「餡のと蜜の団子六本ずつ包んでくれる?」
「は、はい」

桃色の紬を着た可愛らしい店員が団子を包み出す。
その数は佐助の指示した物とは異なり、一本ずつ多かった。
小首を傾げ佐助は女の子にそれとなくそれを伝えた。

「あれ、一本ずつ多くない?」
「あ、あの、そのおまけです!」

頬を朱に染め上げてワタワタする娘に佐助は唇の端を吊り上げる。

「ありがとね」

軽くウインクして見せると、彼女は顔を真っ赤にして更に慌てたような顔になった。
ブルブル震える手から包みを受け取り、金を渡すと佐助は店を後にした。
背中にはじっと突き刺さる様な視線が追い縋っていたが、
知らんふりして佐助はさっさと店を出ていった。

(ラッキー二本もおまけして貰っちゃった。流石俺様いい男だからね)

別に可愛い子に好意を寄せられた事はどうでもよかった。
ただ、余分に団子をもらったことだけが嬉しかった。
数は多いだけ多い方がいい。その方が幸村は喜ぶ。

もしも自分に好意を寄せてきたのが幸村なら、たぶん舞い上がってただろう。
美人の告白に微塵も心が動かない自分が少し悲しかったが、
案外一途だと前向きに考えておいた。
それだけ幸村にゾッコンなのは、忍の身としては恥じるべきだろうと一瞬思ったが、
とくにその事で障害が起きていない今は、何もかも目を瞑って気付かないふりをした。



軽い足取りで帰路を行く佐助はふとあるものを目にして足を止める。

彼の視線を捕えたのは服屋の店頭に並ぶ、垂れ紅葉のかんざし。
真っ赤な炎のようなそれに思わず主を思い浮かべた。

(――きっと似合うだろうな)

チラリと値段を見ると、結構値は張るが買えないほどのものではなかった。
買って帰ったりしたら「女じゃないのだぞ」と怒るかもしれない。
そう思ったが手を伸ばしてかんざしを取り、店主に渡していた。

団子とは一桁も値が違う紅葉のかんざし。
使って貰えなければ埋め立てゴミになるだけだというのに……

買ったかんざしを手に溜め息を吐きながら歩いていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
忍びなのに触れられるほど近くで背後を取られるなんて、なんて間抜けなんだろう。
よほどぼんやりとしていたらしい。これが戦場なら確実にあの世に召されていた。

だが、いくらぼんやりとしていたとはいえこの自分の背後を取るなんて
相手はタダものじゃない。
佐助はそう思ったが、殺気は感じなかったし嫌な感じも無かったので、
感情を動かさずにただぼんやりと後ろを振り返った。

そこにいたのは、竜の右目と呼ばれる男、片倉小十郎だった。

いつもの戦装束では無く、畑でも耕してたのか農夫と大差ない、
独眼竜の腹心という身分の高さを感じさせない服装をしていた。

「よう、猿飛じゃねぇか」
「ああ、片倉さん」
「随分と粋な物を買っているじゃねぇか」

茶化すようにニヤニヤ笑う小十郎に、佐助は不貞腐れたような表情を浮かべた。

「からかわないでくれる?俺様だってたまには贈り物の一つでもするさ」
「ふっ、恋人にか?」
「恋人にならもっと浮かれた気分なんだけどね―…」
「なんだ片思いか?」
「ま、ね。貰ってくれそうにないかも…」
「自信家のお前にしちゃ随分弱気だな。余程の相手のようだな。
 まあ、拒否されたら別の奴にでもやるんだな。
  中身はともかくその外見だ。引く手数多だろ?」
「中身はともかくって、酷いね。 それに、俺様ってそんな浮気性に見える?
 かんざしは婚約の証しに渡たしたりするでしょう。
 そんな物、ホイホイ他の奴にあげたりしないよ」
「そうだな。からかって悪かった。
 いつも煙に巻かれる側だからたまには意向返ししたくなっただけだ」
「酷いね、もう」
「ハハ。ま、折角買ったんだ、グダグダ悩んでねえでとっとと渡しな!」
「流石は片倉の旦那、男気あるねぇ、振られたらあんたにやるよ、このかんざし」
「ざけんじゃねえ、いるかよ」

憤慨する小十郎にケラケラ笑い声を上げ、佐助は手を振って姿を消した。
からかったつもりがやり返され、一方的に逃げられた小十郎は溜め息を吐いた。
お喋りで口の立つ佐助は、何となく苦手だった。
そもそも忍自体が苦手だ。何を考えているのか解りはしない。

(にしても、アイツが悩んでるなんて珍しい事もあるものだ。
 俺に背後を取られるほどとは重症の様だな。
 一体、誰にあのかんざしをあげるつもりなんだ?
 あの男を惚れさせるなんて、よほど大した女なんだろうが―…)

ふと、相手が誰なのか気になった。
女で一人思い当たるのは、金髪の上杉の女忍くらいだが、
なんとなく彼女ではなさそうな気がしていた。
一人、あの紅葉のかんざしが似合いそうな奴に心当たりがあった。

(いや、まさかな……。あの優秀な忍がそんな禁忌を犯すわけない、か)

紅の似合う人物はただ一人、あの者しか考えられなかった。
だが、性別や立場的にそれはないだろうと、小十郎は自分の考えを捨て置いた。
馬鹿なことを考えてないで、農作業に戻ろう。
詮索を止め、小十郎は農地へと戻っていった。




「ただいま、旦那」
「おお、ご苦労であったな」
「これお土産の団子」
「おおっ!ありがとう佐助!」

包みを受け取り微笑む姿に佐助も嬉しくなって笑みを浮かべる。
もっとずっと幸村の笑顔を見ていたいが、
早食いの主が団子を喉に詰まらせないよう、茶を淹れてあげようと佐助は立ち上がった。

「お茶、淹れて来るね」
「待て佐助!」
「え?」

幸村に腕を掴まれ、佐助は少し驚いた顔で彼を見詰め返した。
すると、幸村はにこりと笑って席を立つ。

「仕事帰りであろう?茶は俺が淹れてやるぞ!」
「ええっ?いいよ、そんなこと旦那にさせることじゃないし」
「いいから待っておれ!俺がお前の分も淹れて来てやるから」

止める佐助の言葉に耳を貸さず、幸村は部屋を出た。
数分後、茶を淹れた湯呑を持って部屋に戻って来る。

「ほら、佐助」
「ありがとね、旦那」
「かまわぬ。団子の礼だ。さて、一緒に食べよう」
「うん」

包みを開けると、幸村は目を輝かせた。
餡子の団子を口一杯頬張るその姿は、いつもどおりとても可愛らしい。
それを見ただけで、佐助は腹が一杯になるような気さえした。
淹れてもらった茶を飲みながら、佐助も一本ずつ団子を食べた。
仕事の疲れもふっとぶ至福の時を過ごしながらも、
佐助は懐に隠し持つもう一つの土産の存在が気になっていた。

いつ、どうやって、何と言って渡そうか―…。

何時も規則的に打つ鼓動が不規則になる。
冷ややかな体温が上昇する。
頭が、真っ白になる。

忍らしからぬ感情に、密かに苦笑いを浮かべた。
そうこう考えている内に、幸村は団子を完食した。
すかさず佐助は、口の周りや手に着いた蜜や餡子を拭う。
すると、幸村は子供の様に無邪気な笑みを浮かべた。

「ありがとう、佐助!」
「どーいやしまして。……ねえ、旦那」
「ん?なんだ?」
「いや、もう一つ、土産があるんだよねー……」

少し口籠る様に佐助がそう言うと、幸村はキョトンとした顔をした。

「土産?団子以外に?」
「うん、食べ物じゃないんだよね」
「じゃあ、何だ?」
「いや〜、気に入ってもらえるか不安でさ」
「佐助のくれた物なら、何でも俺は気に入るぞ!」
「……ホント?」
「当然だ。佐助は誰よりも俺の好みを知っているからな!」

偽りのない幸村の言葉に背を押される様に、そっと佐助は懐から包みを取り出した。
無言で差し出されたそれを受け取ると、幸村は包装を剥がして中身を取り出す。

「これは―…」

中から姿を見せた枝垂れ紅葉のかんざしに、幸村は驚いた表情を浮かべた。
当然だろう。かんざしなど、男への贈り物じゃない。

(やっぱ、止めた方がよかっただろうか―…)

佐助は不安になった。だが、幸村は穏やかに笑んだ。

「綺麗な紅葉だ。燃える様な紅。やはり、お前の好みに間違いはない」

嬉しそうに笑うと、かんざしを佐助の手に渡す。
そして、「着けてくれ」と幸村は笑いながら言った。

「失礼しますよ」

歓喜と緊張で僅かに佐助は手を震わした。
勘付かれないように無表情で佐助は幸村の左のこめかみ辺りににかんざしを挿す。
左のこめかみに一本だけかんざしを挿すというのは、
既婚であることを意味していた。
ただ、その場合に刺すかんざしは吉丁というごくシンプルなデザインの物で、
今自分があげたような派手な紅葉のかんざしではその意味をなさない。

薄茶の髪に、真っ赤な紅葉がよく映えた。
立ちあがって姿身を覗き込むと、幸村は佐助の方を振り返った。

「ありがとう、佐助。とても綺麗だ」
「うん、本当にとても綺麗だよ。良く似合ってる」

そう言うなり、佐助はギュッと幸村を抱締めた。
柔らかくて暖かい身体。伝わって来る幸村の鼓動が自分のそれに融け合う様な、
そんな恍惚とした感覚に支配される。

(ああ、このまま白無垢を着せて攫いたい―…)

沸き上がる衝動をぐっと堪え、更に腕に力を込める。
だが、幸村にこのかんざしの意味など知る筈もない。
そういった恋愛の事には全く疎い人なのだから。

(いいさ、それで。ただ、俺が上げた物を喜んで身に付けてくれるだけで充分だ……)

多くを望みはしない。
ただ、こうやってかんざしを着ける事で一層綺麗になった幸村を見詰められる、
密やかな独占の証を付けたことに自分が満足するだけで充分だ。
束の間の独占欲に浸りながら細い肩口に顔を埋めていた佐助に、
幸村のとんでもない言葉が届く。

「この紅葉は、俺の紅でもあり、お前でもある」
「俺様の?どこが?」
「どこがって、お前の髪の色そのものだろう。
 俺とお前の紅。これを着けていると、離れていてもお前と一緒にいるようだ。
 俺とお前がこの先もずっと一緒だという証しのようだな!」

その言葉に佐助は驚いて顔を上げた。
嬉しそうに笑う幸村と目が合い、佐助は密かに耳を赤くした。

(可愛い顔して、とんでもない口説文句言うんだから―…)

きっとその言葉の意味を解って言っているのではない。
だけど、ずっと共にという言葉はまるで婚約の誓いのようだと佐助は思った。






--あとがき----------

なんか、色々酷い話でごめんなさい(苦笑)
かんざし=婚約指輪的な話を聞いたことがあるような気がして、
こんな話を掻きあげてみました。
後で調べたけど、そんな事実はありません。
とんだガセの話ですが、広い目でみてやってください。
ただし、吉丁を一本だけ左こめかみに刺すのは
既婚の証しというのは調べた事実です。時代は知りませんが(笑)
縄文時代からかんざしはあり、魔除けの意味として付けられてました。
というわけで魔(政宗)避けって事で、佐助はかんざしをあげました。