最近めっきり冷たくなってきた風に佐助はブルリと肩を震わせた。 冬の足が近付き、今朝は霜が降りていた。 まだ秋が来たばかりで紅葉だって満開に近い状態だ。 なのに、もう早くも冬の気配が其処彼処に潜み始めている。 冬は嫌いだ。寒いのは暑いのよりもずっと耐え難い。 季節によって仕事に支障をきたすなどという事は一流である自分に とっては酷く無縁の事で、 寒さで身体の動きが鈍って足を滑らせて木から落ちてしまったり、 吐く息を白く染めて敵に気配を気付かせてしまったり、 指先が悴んで失態を見せるという三流な真似をしたことはないが、 ただただ個人的に寒いのと冬の鬱蒼とした気配が嫌いだった。 ま白に地を染め上げ、道を閉ざす雪も幼子の頃は好きじゃなかった。 「あ〜寒。さっさと屋敷の中に帰るとしますか」 任務を終えて水を浴びると、佐助はいそいそと屋敷に向かった。 水で冷えた身体に吹き荒ぶ寒風が沁みる様だ。 早足で廊下を歩いていると背後から大きな声で「佐助!」と名前を呼ばれた。 振り返った瞬間、懐に名を呼んだ者がドスッと飛び込んできて 「ぐふっ」と思わず間抜けな声を佐助は上げた。 「ちょっと旦那、そんなフルパワーで抱きつかないでよ。 大将じゃないんだから、俺様死んじゃうよ?それに気配消して近付いて くるなんて酷いじゃないの。まあ、気付かなかった俺様も悪いけど……」 忍の癖に気配に気付かなかったという最悪の失態に落胆にしながら、 佐助は幸村を優しく窘めた。 普段は存在感が強く、ドタバタと走り回っていることの多い幸村だが、 一流の忍でも気付かぬ事があるほど気配を消す事に長けている。 流石の猿飛佐助でも、時折こうやって急に背後を取られて驚かされるものだ。 幸村は得意げな顔を浮かべ、佐助を見上げた。 反省の色の無いきらきらとした笑顔を憎らしいと思う事は微塵も無く、 むしろ、佐助にはとても愛らしく感じられた。 「何を情けない事を言っておるか佐助! 俺に抱きつかれたぐらいで死んでいたら命がいくつあっても足りぬぞ」 「そう言うけどね、アンタ物凄いパワーなんだよ。クマ並みだよ!?」 「ふふん、鍛えておるからな」 「そうだね。旦那は偉いよ。解ったから離れてくれる?」 陽だまりの様な体温がくすぐったかった。 鼓動を押さえているものの、気を緩めたら激しく高鳴りそうで怖い。 何よりこのままひっついていたら下半身が自重出来そうになかった。 恋愛事にはてんで鈍い幸村が佐助の心中など解る筈もなく、 素っ気なくされた事に膨れっ面を浮かべて非難する様な目を向けた。 「つれぬな。寒いから良いではないか」 「悪代官みたいなこと言わないの。 それに、俺様今水を浴びて来たからくっついてるともっと冷えちゃうよ」 佐助にそう言われ、幸村は抱きついたまま右手を佐助の頬に近付けた。 頬に触れ、首に触れ、最後にきゅっと手を握る。 「うおっ!?本当に冷たいな」 「そうでしょ。だから、離れ―……!」 引きはがそうとした瞬間、幸村の腕の力が強くなる。 ぎゅっと佐助に抱き付くと幸村はピトリと頬をくっつけて来た。 突然の事に佐助は思わずアタフタとしてしまう。 「ちょっ、何やってんのさ旦那っ!冷たいでしょーが!」 「ああ。だからこうして温めてやっておるのだ」 サラリと笑顔でそう言われて眩暈がした。 (馬鹿、俺様の気も知らないで―… それに、忍びなんかに気なんて遣うなっての。バカ旦那―…) 「やはり、ひっついていると温かいな。佐助の体温は心地がいい」 「もう、しょうのないお人だね」 苦笑すると、佐助はぎゅっと幸村を抱き締めた。 しっかり腰を抱く腕に幸村がふふっと笑った。 温かな体温に、佐助はフッと頬を緩める。 こうやって抱きついてくれるなら、冬も悪くない。 寒くても温めてくれるお日様が傍にいてくれる。 (ちょっとは寒いのも、嫌いじゃなくなったかな―…) 腕にわだかまる愛しい体温。 ずっとこうしてられたらどんなに幸せだろうか。 ふと顔を上げると、庭に白い雪がチラチラと舞い落ちていた。 (汚れない白。まるで、誰かさんみたいだ―…) 自分の闇の心をも純白に染めてくれる。 闇を否定する様な白は、闇を包んでくれる白に変わった。 嫌いだった雪が好きになった。 嫌いだった寒いのも嫌じゃなくなった。 愛しい人が闇の世界に好きと綺麗を増やして行く。 多彩な色彩が溢れ、輝く光が深淵に差し込み、 闇の中では見えなかった輪郭がはっきりしていく。 愛しさが溢れ出していく。 熱い体温、柔らかな肌、仄かに甘い香り、愛らしい真っ直ぐな瞳。 全てが愛しくて、愛しくて―… (もう少し、このままで居たい―…) 何時、誰が通るやもしれない廊下。 部下でしかも忍である自分と抱き合っていたら咎める者もいるだろう。 でも、もう少しこのまま優しい体温を抱締めていたい。 自重する気持ちは溢れ出す愛しさに負け、 佐助は幸村と暫く抱き合ったままでいた。 庭に薄らと雪化粧が施される。 まだ雪は止まず、柔らかな雪が庭の石や木々に降り積もってゆく。 この胸に積もり続ける主への愛のように―…。 苦手な寒い冬の季節、より一層暖かく感じる愛しい体温。 秋を飛び越えてやって来た冬の寒さが和らいでいく。 澄んだクリアな空気が綺麗な暖かな冬の到来の日。 互いの体温の心地良さがより胸に染みた。 --あとがき---------- 最近寒くなったな〜と思いながら書いた作品です。 佐助は毎日幸村に癒されていると思います。 冬は幸村が一家に一匹欲しいですね(笑) 間違いなく、ぬくいと思います☆ しかし、夏だけは何処かに出張して居て欲しいですよね…… |