「未回答の答え」





バレンタインなど自分には関係ないと思っていた。
気にすらしていなかった日が、今年は違う。

去年の暮、大晦日にライバル関係だった伊達男に告白された。
動揺してちゃんと返事はできてないが、友達以上恋人未満の関係になった。
相手も期待してなかったのか返事を強要すること無くずっと待ってくれてる。
ずっと未回答のままの答え。その答えを出すのは今日しかない。
愛の告白の日にのっかって、ちゃんと自分の気持ちを伝えよう―…



昨晩は緊張であまり良く眠れなかった所為で、
幸村は目を覚ますなり疲労感に襲われた。
昨日、家に帰ってから佐助からの手ほどきを受けて作ったチョコレートを
手に取り、自分の鞄に忍ばせた。

モタモタと学校へ行く準備をしていると自分の部屋のドアをノックする音が聞こえた。
聞き慣れたノック音に幸村が答える前に、制服の上にエプロンを纏った佐助が入ってきた。

「おはよう旦那。って、どうしたの?珍しく顔色良くないよ」
「おはよう佐助。何でもない、大丈夫だ」
「そう?ならいいけど。もしかして、チョコの事で悩んでんの?」
「う……」

佐助は何でもお見通しのようだ。幸村は小さく溜め息を吐いた。

「そう、なのだ。渡すべきかどうか悩んでる」
「何でさ?旦那からチョコ貰って伊逹が嫌がるハズないだろ?悩むなよ」
「果して本当にそうだろうか。あの時の告白の答えも返さずにいる。
 もう、愛想を尽かされているかもしれぬ。
 今更チョコで返事をしても断られるのではないだろうかと思うと不安なのだ」
「旦那が恋愛を不得手なことは伊逹だって知ってるし大丈夫だと思うよ。
 それに、待たせたくらいで離れてく奴なら
 チョコ渡して玉砕してとっととフラれちゃった方がいいぜ?」
「うう、玉砕などと不吉なことを言うな、佐助」
「自分だって断られるって言ったじゃん。ま、渡さないとその辺は解らないよ」
「それだけではない。チョコが上手く出来た自信がない」
「な〜に、弱気になっちゃってんの!俺様がちゃんと教えてやったし、
 味見もしたからだ大丈夫に決まってんでしょーが。ホラ、もっと自信を持てよ」
「そうは言っても、俺なんかからチョコを貰って喜んでくれるのだろうか?」
「俺様は嬉しかったよ。たとえ義理でも」

“本命ならもっと嬉しかったけれど”という言葉を辛うじて佐助は呑み込んだ。
幸村が好きだからこそ、恋路を邪魔する真似はしたくない。
相手があの伊逹政宗というのは非常に気に喰わなかったが、
昔っから幸村にベタ惚れだったし、幸村相手なら他の女のように泣かすこともしないだろう。
だから、幸村の恋を見守ると決めたのだ。

佐助の言葉に幸村は笑みを浮かべた。
ぎゅっと佐助の手を握ると、大きく頷いて力強い声で宣言する。

「ありがとう佐助!お前のお陰で自信が沸いた。
 せっかくお前が必死に教えてくれて作ったのだから、ちゃんと渡す!」
「そうだよ。俺様は陰ながらも応援しているからね」
「うむ!」

不意打ちで手を握られたことにドキマギした事を上手く隠して佐助はエールを送った。
損な役回りだとは思ったが、幸村が幸せなのが第一だ。

「さ、ちゃっちゃと朝飯食って、学校に行こうぜ、旦那!」
「おう!」

元気よく幸村は部屋を飛び出して行った。


佐助に励ましを貰ったものの、家を出るとまた不安と緊張が募る。
佐助と並んで通学路を歩く幸村は、既に平常心を失っていた。
胸が破裂しそうなくらい痛む。バレンタインがこんなに緊張する日だなんて、
今まで知らなかった。
この緊張感にめげずに、毎年チョコを渡している女はすごい。
毎年さんざんチョコを貰っている幸村は今更ながらに感心した。
それなのに自分ときたら、チョコに大した意味も感じずにただただ渡されるままに
受け取って、なにも気にせず食べていた。
全てがそうだとは思わないが、中には本命のチョコも混じっていたのだろう。
そう思うと、なんだか申し訳ない気がした。

受け取ってもらえるかどうか、それ以前にちゃんと渡せるのか不安を抱え
少しいつもより鈍重な足取りで路を歩いていた。
そのずっと前方にお目当ての人の後ろ姿を見つけて、幸村の心臓が跳ね上がる。
さっさと渡してしまおうと駈け寄ろうとした。
だが、その足は彼に近付く女子の姿を見るとピタリと立ち止まる。
悪いとは思ったが、伺う様に彼に近付き電柱の裏にそっと身を隠した。
しょうがなく佐助も一緒に電柱の裏に隠れて聞き耳を立てた。

「伊逹センパイっ!」

走り寄ってきたのはボブヘアの瞳の大きな可愛らしい女子生徒だった。
名前を呼ばれて政宗は気だるそうに振り返った。

「Ah?誰だ?何かオレに用か?」
「は、はいっ!あの、これ受け取って下さい!」

差し出されたのはピンク色の包みに包まれたチョコレート色のカップケーキ。
手紙の添えられたそれは明らかにバレンタインチョコだ。
目を瞑ってドキドキしながらそれを差し出した女子に背を向け、
伊逹は若干申し訳なさげな声で謝罪を述べた。

「Sorry!それは受け取れねーな」

伊逹の言葉に目を開け、可愛い女子は驚いた顔で食い下がる。

「どうしてですか?伊逹センパイ!」
「悪ぃが、今年はチョコは受け取らねぇ事にしてるんだ」
「どうしてっ?理由を教えて下さいっ!」
「オレがチョコを貰い相手はこの世にたった一人だけだからだ。
 だから、受け取れねえ。とくに手作りのチョコは、な。諦めな」
「好きな人、いるんですか―…」
「Yes!とびっきり掛け値なしの奴がな」

去っていく伊達の背後で、ショックで女子生徒は行き場を失った
チョコを抱えて立ちつくしていた。その瞳にはうっすら涙さえも浮かんでいる。

「あ〜酷。受け取るだけ受け取ったらいいのに……」

朝から徹底的にフラれた女子を、憐れみを湛えて佐助が見遣った。
その隣りで、密かに幸村は顔を青褪めさせた。
まるで、自分の末路を見た気がした。

ヒソヒソ女子が「高い望みするからよ」とか「かわいそ〜」とか
含み笑いの滲んだ言葉を交わし合っている。
振られた女子に無数の好奇の目と憐むような目が向けられている。
ジロジロ見られながら受け取ってもらえなかったチョコを抱締める彼女は
非常に滑稽で哀れで惨めだった。

(女子だからまだいいものの、
 男の俺がチョコを渡して受け取ってもらえなかったら、かなり惨めだ―…)

想像するだけでゾッとする。
ぎゅっと鞄を握り締めると、幸村は伊逹を追うのを止めてゆっくり歩き出した。

「あれ、旦那、渡さないの?」
「や、やはり、やめておく。
 何もバレンタインに返事をして振られなくともいい。
 どうせ振られるなら、普通の目立たない日に振られたほうが傷も浅い」
「へ?は?フラれる?」
「言っていただろう。今年はチョコは受け取らぬ、と」

溜め息交じりにそう言うと、唖然として立ちつくす佐助を置いて幸村は学校へ向かう。

「いやいや、それって、好きな人のだけ受け取りたいからでしょ!?」

慌てて佐助が訂正したが、もはや幸村には聞こえていなかった。
元気のない足取りでトボトボ歩いて行くその背中を佐助は追いかけた。
これ以上何を言っても今は届きそうにはない。
それに、心の底では幸村が政宗にチョコを渡すことを望んではいなかった。
だから、もうチョコの話題には触れることなく佐助は何時も通り幸村の隣りに並んだ。

毎年恒例で、幸村は沢山のチョコを渡された。
渡すはずのチョコはずっとその機会無く鞄に残ったまま。
無くなるどころかチョコが増え続ける事態に
甘いものが好きな幸村も、今日だけは嬉しさは薄く泣きたい気持ちに駆られた。

そのまま、無情にも時間が過ぎて行く。
今日は部活もない。佐助は兼任の新聞部に珍しく顔を出しに行っていて、帰りは一人だった。
緊張でどっと疲れてさっさと帰ろうとした幸村を、後ろから低いハスキーボイスが呼びとめる。

「Hey,待てよ、幸村!」
「あ、政宗、どの……」
「一緒に帰ろうぜ。いいか?」
「あ、はい。勿論にござる!」

隣りに並んだ政宗にドキリとした。
青灰色の切れ長の瞳が自分を映している。ただ、それだけで胸が熱くなる。
とたんに頬が熱くなり、鬱血して紅く染まる。
それを見ると政宗は自分が巻いていたマフラーを取り、その首に巻きつけた。
巻かれた黒いマフラーにはさっきまで巻いていた彼の温もりと香りの残っていた。

「あ、あの、何故マフラーを?」
「アンタ、顔が紅いぜ。寒いんだろ?貸してやるから巻いときな。
 だいたい、薄着すぎんだよ。いくら丈夫で健康でも風邪を引いちまうぜ?」
「い、いえ!某は寒くなどありませぬっ!政宗殿が風邪を引いてしまいますっ!」
「オレは平気だ。いいから巻いとけって。暖ったけぇだろ?」
「はい」

キュッとマフラーを握り締め、温もりを味わう様に頬を寄せた。
その可愛らしい仕草に、政宗は見思わず惚れる。
衝動に付き動かされるように、さり気無く幸村の手を握った。
身長は5cmほどしか変わらないのに、手は自分よりも随分小さい。
小さな手は柔らかくとても温かかった。
不意に手を握られて心拍数が大きく跳ね上がる。
耳の奥で自分の鼓動が五月蠅く響く。

(政宗殿に、聞こえてしまわないだろうか―…)

もしも聞こえてしまったらとても恥かしい。鎮まってくれ―…
そう思えば思うほどに心臓の音は激しくなり止まない。
手が汗ばんできそうな程の緊張、体温さえも上昇している。
汗をかいた手で政宗の手を握るのは申し訳ないと、一旦手を解いて鞄の中の
ハンカチで手を拭こうとした。
その指先が、固い箱に触れた。渡せていないバレンタインチョコだ。

このまま、答を出すことから逃げ続けていいのだろうか?
好意に甘え、彼を待たせ続け、自分の気持ちから逃げて―…
良い筈ない。政宗だって、自分に気持ちを伝えてくれた時にこんな風に悩んで、
振られるかもしれない事に怯えて覚悟を決めてくれた。
それなのに自分は何も答えずズルズルとしている。そんな事は許されない。


鞄から手を抜いて、ピタリと幸村は立ち止まる。
政宗が幸村を振り返り、首を捻った。

「どうした?幸村」
「ま、さむね、どの……」

自分を鼓舞する様にぎゅっと拳を握り締めると思い切って鞄からチョコを取り出した。
顔を真っ赤にして目を瞑って、勢いのままそれを差し出す。
緊張で声が上ずり、チョコを出す手もブルブルと震えていた。
ただただ必死で、人目も体裁も何も気にしてはいられなかった。

「あの、受け取って下されっ!」
「な、それチョコレートか?」
「は、はい。佐助に教えてもらって作りました。
 政宗殿に気持ちを伝えたくて!す、好きでござる政宗殿っ!!」

その言葉を聞いた瞬間、政宗は幸村の腕を掴んでチョコレートごと自分の
胸の中に引きよせた。
顎を掴んで上を向かせると、ジッと薄茶色の瞳を見詰める。
吸い込まれそうな青灰の瞳から視線を反らせず、大きく見開いた瞳で彼を見詰め返した。
刹那、唇に生温かいものが触れる。
触れてきたのは、政宗の厚めの唇だと気付いて頬が熱くなった。
滑り込んで来た大きな舌が歯列をなぞって、自分の舌を絡めるって吸い上げる。
巧妙な舌遣いに翻弄されながらも、政宗の胸板辺りのカッターシャツを握り締め、
必死にその気持ちに答えた。

「んはぁっ……」

すっと銀糸を引いて政宗の唇が離れていった。
とろんとした幸村の瞳を捕え、政宗は低く囁く様に告げる。

「I love you.幸村、アンタだけがこのオレを昂ぶらせる。
 触れあいたいのも、愛を囁きたいのも、チョコを貰いたいのもこの世でアンタだけだ」
「長い間返事ができずに、すみませぬ」
「No,オレは一生でも待つつもりだった。
 ウブなアンタにしちゃあ、随分早く返事をしてくれたと思ってるぜ?
 まあ、これからは押してくから覚悟してろよ?このオレが手取り足とり恋愛のイロハを教えてやる」
「うぅ、お、お手柔らかに頼み申す」
「生憎、オレはちっと気が短けぇんだ」

そう言って意地悪く笑う政宗に、まだ赤面しながらも幸村はやっといつもの明るい笑みを浮かべた。
手を繋ぎ、二人はまた歩き出した。

「オレの家に寄ってけよ。チョコの礼にオレもチョコで暖かい飲み物でも作ってやるよ」
「本当でござるかっ?」
「Yes,身体も冷えちまっただろうしな。寄ってけるだろ?」
「勿論でござる」

誘われるまま、幸村は政宗の部屋を訪問した。

「ちょっと待ってな」

エアコンで温めた部屋に幸村を残し、政宗はキッチンへ降りた。
手早くミルクを温め、チョコを融かして幸村の分には甘いクリームを盛る。
それを盆に乗せて部屋に戻った。

「ほら、飲めよ。身体が温まるぜ」
「ありがとうござるっ!」

受け取ったホットチョコを早速飲む幸村を、政宗は穏やかな瞳で見詰めていた。
「美味しい!」と太陽の様に微笑む幸村につられるように政宗も自分のカップに口付ける。
当然、甘い味がした。

甘いのは苦手だったけど、偶には悪くない。
穏やかな笑みを浮かべると、幸村の肩を抱き寄せて政宗は深いキスを贈る。
チョコよりもずっと甘い唇。
告白してから約二カ月後、幸村から受け取った答えは甘い甘いチョコの味がした。






--あとがき----------

あまーいっ!!それもかなり中途半端に甘いっ!
自分で執筆しながら砂糖を吐きそうでした。
本当は「家寄ってけよ」の会話で終わるつもりだったのですが、
この壁紙が使いたくて、ホットチョコを飲むシーンを書き足したという、
手段と目的が入れ違った様な事をしてしまいました。
まさかの壁紙重視の話です。本当にグダグダ……
バレンタイン第三弾は慶幸の話です。
佐幸、ダテサナ、慶幸の話の幸村の対応の違いを愉しんで頂ければ幸いです。
あ、ちなみに佐助は幸村が好きですよ。言わずもがなですが(笑)