「寝待ち夜話」






深夜、いつもの様に布団に入る幸村を佐助は天井裏から見詰めていた。
だが、幸村が一向に眠る気配がない。
不審に思った佐助は天井裏から幸村に声を掛けた。

「旦那、眠れないなら香でも焚こうか?」
「いや、要らぬ。それより降りてこい」
「ハイハイっと」

幸村の枕元に足音なく佐助が降りた。
幼い頃は甘えたな所があり、よく閨に呼ばれて添い寝したり、手を握ったりした。
弁丸から幸村と名を代えてからは甘えが抜け、
呼ばれる事もなかったが珍しい事もあるものだ。
正直、添い寝は避けたかった。
身分上ひた隠しているが、佐助は幸村に想いを寄せていた。


いくら感情を殺せる忍と言えど、無防備な所を晒され、
傍で温もりや香りを感じていれば耐えられそうになかった。
職を失うのは避けたい。いや、幸村に無理矢理に手なぞ出せば命も危ない。

幸村本人が許せど、間違いなく十勇士の――特に鎌之介か才蔵あたりが危険だ。
彼らもまた、自分と同類なのだから。

内心何を頼まれるかヒヤヒヤしながら佐助は飄々と笑みを浮かべ、呆れたような声を上げた。

「旦那ぁ、こんな夜更けに俺様に何の用。
 まさか、立派な武士が添い寝なんて言わないよね?」

頭の後ろで腕を組み、横目で佐助が幸村を見遣った。
およそ主に向けるような顔でない、侮蔑とからかいを含んだ笑みだったが、
幸村は気にしたふうなく至極真面目に答えた。

「当たらずとも遠からずだ、佐助」
「へ?」
「閨に上げたのは他でもない、夜伽を頼みたいのだ」
「はあぁっ!?」

柄にもなく佐助は思わず叫んだ。
動揺を取り繕うこともできない眼差しを幸村に向けると、幸村は淡々と事情を説明し始めた。

「実はな、お館様に伽を仰せつかった。
 だが、俺にはどうも何をすればよいのか解らぬ。そこでお前に教わろうと思ってな。
 忍はその道にも長けておるだろう」
「そりゃ、まあお仕事でするからね。でも、だからって俺様に頼まなくても。
 色小姓だった御仁に教わんなさいよ。いや、そもそもアンタが伽する事自体変でしょ!」
「そうか?お館様が望まれるなら、俺は何だってする所存だ!」

握りこぶしを作り、意気揚々と宣言する幸村に佐助は僅かに苛立ちを覚えた。
伽の意味を知った上で言ってるとは思えないが、もし知った上ならば―…
下らない嫉妬だ。

「わかったよ、俺様が教えたげる。
 先言っとくけど、旦那が嫌だって言っても途中で止めないよ。いい?」
「無論!武士たるもの途中で逃げなどせぬ!」
「ハイハイっと。じゃー遠慮なく教え込むとしますかねぇ」

自分でも驚くほど歪んだ表情が浮かんだことに苦笑しつつ、
佐助はその表情を隠そうともせず、幸村が少し怯えた顔をするのを眺めていた。
幸村の細い手首を掴むと、真白な布団にそっと引き倒す。
覗き込むように見詰める薄茶の瞳は恥かしがるように反らされた。

「旦那」

腰に響く様な低音で呼びかけただけで幸村の頬は朱に染まる。
いつもとちがう佐助の様子に戸惑う様な顔をする幸村に唇を寄せる。

だが、唇と唇が触れあう前に佐助はピタリと動きを止め、唇を首筋に反らした。
このまま幸村の唇を奪いたいという衝動を堪え、これは仕事だと自分自身に言い聞かせる。

「ふくっ、あ、やめ……っ!」
「やめて、いいの?まだ首筋に口付けただけ。ほんの前戯だよ 
 ううん、こんなの前戯ですらないよ。いいの?やめて。もう降参する?」
「う……ぐ、そ、そんなわけないだろう!続けよ」
「そう。じゃ、続けよっか」

べろりと幸村の首筋を舐め上げると、細い肩が大袈裟にびくりと跳ね上がる。
声を出すまいと慌てて自分の口を掌で押さえる幸村に少し苛立ち、
ムキになって佐助は声を出させてやろうと柔らかな耳朶を甘噛みした。

「ひっ!?っっ!!」
「あ、ごめん。くすぐったかった?」
「い、いや、大丈夫だ……」
「そ?」

わざとニコニコ笑みながら、容赦なく敏感な耳に舌を這わせた。
すっかり俯いて、震える幸村を嘲笑いながら、柔らかな彼の耳朶を存分に楽しんだ。

「さ、さすけっ、その、もう耳をねぶるなっ!くすぐったいだろ!!」
「あーごめんごめん」
「というか佐助、よ、夜伽とはこのようなことをするものなのかっ?」
「……知らずに夜伽しようとしてたの。
 夜伽ってのは旦那が大の苦手な破廉恥なことだっつーの」
「なななななっ!!?」
「やっぱ知らなかったわけ?」
「ううっ、……あ、ああ知らぬ」

しょぼんと項垂れる幸村には申し訳ないが、佐助は心底ホッとした。
意味を知った上で教えてくれなどとのたまっているのなら、
暴走する己の裡の化け物が吠えていただろう。

そっと幸村の頬に触れると、佐助は少し困った様な笑顔を浮かべた。
できる限り優しい声でそっと尋ねる。「まだ、続ける?」と。

幸村は眉根を寄せて暫く逡巡し、獣のような唸り声を上げていた。
だが、決心した様な顔を佐助に向ける。

「ああ。教えてくれ佐助。お館様の期待にこたえねば」

その言葉で、今度こそ真正の魔物が咆哮を上げた。
猿のように奇妙におどろおどろしく佐助が微笑む。

「後悔するなよ、旦那」

空に浮かぶ猫の爪後のような細い月を思わせる口許に、
幸村の瞳に不安が揺れた。






--あとがき----------