「竜狐論争」





「いい加減、ウチの旦那に執着すんのはやめてくんない?」
「Ha!てめーこそそろそろ子離れしたらどうだ?」
「子離れって、俺様は旦那の親じゃないんだけど」
「どこがだよ。正直、真田のオカンじゃねえか。 
 誰がどう見たってそうだ。前田慶次もそう言ってたぜ?」
「そういうアンタん所はどうなんだよ、
 アンタと片倉の旦那、誰がどう見たって親子だよ。
 いい加減、片倉の旦那の迷惑も考えてちょっとは大人になったら?」
「オレが餓鬼だと?」
「そ、我儘なクソガキ」
「上等だ!表へ出な!」

睨みあう二人の間には青白い火花が散っていた。
まさしく一触即発状態だ。
佐助は巨大手裏剣を手に、政宗は六爪を手に握りいつでも戦闘に
入れる様にスタンバイしている。


ここは甲斐の領地で上田城が門のド真ん前。

既に外に出ているのに「表へ出ろ」と発言した政宗の脳天の空っぽ具合に、
彼を止めるべく追って来た小十郎はますます頭が痛くなった気がした。


「政宗様の言う事は絶対!」という信条は無いが、
むやみやたらと命令に背く事は出来ない小十郎にとって、
国主と敬う彼が一介の忍ごときに侮辱された事実は許し難い事だ。
だが、今この状況限りは佐助の言う事に賛同したい。
本当にちょっとでいいからこっちの身にもなって欲しいものだ。
いつもいつでもブッ飛んだ事に付き合わされ迷惑を被るのは自分なのだ。
その迷惑の中でも、今回は飛んでもない迷惑だった。

「一国の主が、敵国の武将に恋をした」

などと、戦国乱世においては笑い話で済まない事態に直面しているのだ。
初めから嫌な予感はしていた。
真田幸村。主人である政宗と宿命の好敵手として出逢った男。
熱く燃える様な覇気と、水晶の様に曇りない真っ直ぐな心の持ち主の彼。
華奢な身体に、大きな瞳。凛としているが可愛らしさあどけなさの残る面立ち。
そう、主人の伊達政宗は身も心も彼にゾッコンなのである。
彼と出会ったその瞬間から、主人の心を占めたその存在。
「今頃幸村はどうしているだろうか」とか、
「今度、幸村と会えるのは何時だ」とか、寝ても覚めても幸村、幸村。
いい加減、こちらが飽き飽きしてしまうぐらいだ。

挙句の果てには近頃、
「あ〜、幸村とヤりてぇ。今すぐに。出来ればベッドのなか希望で―…」
などと不穏不吉極まりない事を呟く始末だ。

(もっと言ってやれ、猿飛。あわよくば政宗様が帰るように仕向けてくれ!
 ただし、政宗様に怪我をさせたら承知しねえ……)

などとかなり勝手なことを希望しながら小十郎は二人のやり取りを見ていた。

「だいたいさ、アンタ奥州筆頭の癖にウチの旦那とどうなりたいのさ?」
「it is a joke! 言わなくても解んだろうが」
「分んないから聞いてんだけど」
「you are kidding!ま、いいぜ。答えてやるよ。
 オレは幸村をヤリてぇんだ。そして奥州に嫁に迎える」

政宗の発言に佐助も小十郎も卒倒しそうになった。
絶句してしまった小十郎の分まで、佐助の怒りの嵐が吹き荒れる。

「やりてぇって、戦の事じゃないよねえどう考えても!
 つまりあっちでしょ?夜、閨でってことでしょ?ダメに決まってんだろっ!!
 なんでアンタみたいなドラ猫にウチの子喰われなきゃいけないのさ。
 俺様がずっと死ぬ気で守って来たのに、アンタみたいな 腐れた棒に
 犯られたりしたら今までの苦労が水の泡でしょ!
 ウチの旦那はあげないよ。第一、旦那がお館様おいて奥州なんか行く訳ないし!」
「HA!オレの魅力で奥州に来させてみせるぜ」
「無理無理。アンタじゃ魅力不足だよ。100両かけてもいーよ」
「テメーに言われたかねえよ、猿が」
「猿じゃないっつーの!略さないでよ。それとも馬鹿だから覚えられない?」
「なわけねーだろ!興味ねぇから覚える必要もねえんだよ」
「こっちだってアンタなんかに興味ないよ。
 ストーカーも大概にしてよね。斥候送りこんでまで追いまわして。この変態」
「なんだと?風呂も着替えも便所も四六時中アイツに付き纏ってる
 猿には言われたかねーぜ!お前こそstalkerじゃねえか」
「ちょっと、誤解を生む様な発言やめてくんない!?
 俺様のはお仕事なの!旦那を何時如何なる時でも見て守るのが役目なんだよ!」

仕事でやっている事を変質者呼ばわりされて佐助は声を荒げた。
珍しく気色ばむに佐助に政宗はにやりと唇の端を持ち上げる。

「Don't get angry!図星つかれたから怒んじゃねーよ」
「なっ、図星なんてつかれてないけど!」
「だったら何顔色変えてやがんだ?
 流石の猿も幸村の事が絡むと回りが見えなくなるか?Ha!」
「政宗様、それは貴方様が言われるべき言葉ですが……」

突っ込むまいと心に決めていたが、思わず小十郎は突っ込みをいれてしまった。
的確、かつ嫌味極まりない従者の発言に政宗はムッとした。

「黙れ小十郎。Love is blind!
 人を愛すると誰しも目が見えなくなっちまうもんさ」
「何それ、超迷惑だし微妙に恰好悪いよ、独眼竜」
「人じゃねえ猿は黙ってな!」
「猿で結構!ともかく、俺様のはお仕事でアンタのはただのストーカーなの!」
「チッ、仕事で幸村の全裸を拝めるとは羨ましいじゃねえか」
「でしょ?これ、俺様の特権だもんね……って、やましい気持ちなんてないよ!」
「何処がだよ?厭らしさが前面に出てんぞ」
「なっ、ド変態ヅラのアンタにだけは言われたくないっ!」
「なんだと?このオレの何処が変態ヅラだ!言ってみな!」
「全部だよ、全部。顔面性器に見えてくるわ〜。あ〜キモ」
「テメェ、舐めやがって!小十郎、何とか言ってやれ!」
「……」

何とか言ってやれと言われても、幸村の事を考えている主人は確かにキモイ。
そう思っていたので否定の言葉が浮かんでこなかった。
どこか締まりない表情を浮かべ、あまつさえ鼻血を出してヘラヘラしている事もある。
本人は多分気付いていないし、黙っておくのが彼の為だろうが……
何を想像しているかは、どうせ碌でも無いのだろうから知りたくもない。


一番の味方の小十郎に加勢してもらえなかった政宗は更に苛立った。
小十郎に尚も「言い返せよ」と詰め寄る政宗に佐助は呆れた様な表情を浮かべた。

「片倉さんにまで見捨てられたね。みっともな〜」
「さ、猿飛、そんな言い方すんじゃねえ!別に見捨てた訳ではねえ!」
「どうだか〜」
「黙れ!テメェにオレと小十郎の何が解る?」
「解るよ〜、アンタの我儘に片倉さんが振り回されてることはね」
「なんだと?OK!オレに六つに捌かれてぇようだな。上等だ」
「あれ、八当たり?最悪だね〜」
「shit!今すぐ構えな」
「後悔しなさんな。俺も、本気だぜ!」
「なっ、ふざけんな猿飛!お前まで熱くなってどうする?
 政宗さまもこんな所で六爪を抜かれるなど何をお考えか!御自重召されよ!」

佐助は自分と同じで保護者的なポジションだから上手く政宗をいなしてくれると
思っていたのは大誤算だった。
保護者だからこそ、彼は政宗を阻止すべく頭に血を昇らせてしまったようだ。
この暴走する二人を止めなくてはならないのか。
そう思うと小十郎は今すぐ奥州に帰って野菜の世話に逃亡したくなった。
だが、政宗の危機を放っておける筈もない。
しょうがなく自分も愛刀に手を掛けた時、上田城の門が開いた。

「おお!佐助、ここに居たのか!!」

パッと華やいだ声が修羅場に舞い込んで来た。
二人は睨み合いを止めて、声の方を振り返る。
そこには着物を纏った幸村が輝く様な笑みを浮かべて立っていた。

「あ、旦那……」
「真田幸村っ!」
「着替え中に急に出ていくから帯の場所が解らず難儀したんだぞ!
 才蔵に手伝ってもらったからなんとかなったがな。こんな所で何をしている?
 ん?其処に居られるのは政宗殿と片倉殿ではございませぬか?
 甲斐まで遥々いらっしゃるとは!何用でございましょうか?」
「よお、真田幸村!アンタに逢いたくてな」

佐助の横を擦り抜けて、政宗は素早く幸村の手を握る。
それを見た佐助は顔を般若の如く歪ませるが
幸村の前で一国の主に牙を向き乱暴な言葉を発する訳にはいかず、
拳を震わせながら佐助は口を噤んで政宗を睨み付けた。
その視線に気付いた政宗は佐助の方を見てフフンとせせら笑った。

「某に会いたい?某も同じ気持ちにございました!」
「what?お前もオレに逢いたかった?何故だ?」

キラキラした瞳で見詰められ、思わず政宗は照れた。
幸村の次の言葉に期待が膨らむ。
逢いたいと思ってくれていた幸村。もしかして彼も自分と同じ気持ちなのか。
もしそうなら今すぐこの場でkissして抱締めて、奥州の米沢城の閨に直行だ。
などと頭の中で妄想が渦巻く。
ゴクリと唾を呑み込むと、政宗は幸村の言葉を緊張した面持ちで待った。

「某、政宗殿と是非とも手合わせがしたくて!お会いしたかったのです!」
「手合わせ……、そう……か」

まあ、やっぱりそんな事だろうと思ったけど―…
一人で期待して、あろうことかドキドキまでしていたのが馬鹿みたいだ。
幸村のパターンを解っていてもがっくりと政宗は肩を落とした。
気の毒にという憐憫だけでなく喜悦の揺れる歪んだ表情を佐助が政宗に向けた。

「ハイハイ残念でした〜。アンタが妄想している様な事は
 天地がひっくり返しても起こりません〜。じゃ、さっさと帰んなよ」

落ち込む政宗の手を幸村の手から引き離すと、佐助は追い払う様に彼を追い立てた。
だが、幸村がそれを阻む。

「こら佐助。折角、奥州から出向いて下さったのに失礼だぞ。
 政宗様、片倉殿もゆっくりと茶でも飲んで行って下さいませ」
「ああ、そうさせてもらうぜ。なあ、小十郎」
「……政宗様。忙しいし帰りませんか」
「No!Hunnyの誘いを断って帰るわけねーだろ」
「そう、ですよね……」

はあっと、小十郎は深く溜め息を吐いた。




佐助の出した茶を飲み、政宗の持って来たずんだ餅をつつきながら
縁側に腰掛けて四人のティータイムが始まった。
この四人が揃って優雅なティータイムと洒落こめる筈もなく、
門の前で繰り広げられた殺伐とした空気に包まれていた。
唯一、幸村に対してだけは二人とも甘い雰囲気を醸し出すが、
どちらかがそうやって幸村と話すと、もう片方が嫉妬に駆られて
地獄の業火の様に燃え上がるので、空気は一向に良くならない。

「政宗殿、ずんだ餅とても美味しゅうございます!」
「All right!アンタの為に老舗で仕入れて来たんだぜ。
 気に入ったなら今度奥州に来な!オレが直々に作ってやるぜ!」
「料理も嗜まれるとは、流石に御座います!」
「まぁな」

幸村に誉められて得意げな政宗に、佐助はムッとした表情を浮かべる。

「旦那〜、明日は俺様が久しぶりに美味しい団子、作ってあげるね」
「おお!真か佐助!佐助の団子は日の本一だからな!楽しみにしているぞ!」
「そりゃもう、愛情をたっぷり込めてるからね〜。
 喜んでもらえて何よりだよ。へへっ、ありがたき幸せってね!」

鼻の下を人差指で擦り、はにかむ佐助に政宗は苛立ちを浮かべる。

(あの猿め。猿の癖に気色悪ぃ猫撫で声出しやがって!)
(フン、蛇なんかには負けないからね!)

バチバチと火花を散らす二人に、小十郎は本日何度目になるか
解らない溜め息を吐いた。
幸か不幸か、幸村は二人の様子に全く気付く節はない。

「もっと喰いな幸村。アンタの為に持って来たんだ」

そう言って自分の皿に置かれたずんだ餅を差し出しながら、
さり気なく政宗は幸村の肩を抱き寄せる。
ずんだに夢中な幸村は肩を寄せられた事に気が付かず、
差し出されたずんだを嬉しそうに頬張った。

「ありがとうございます、政宗殿」
「気にすんな」
「気にするっつーの!この変質者!
 何さり気無く旦那に触ってんのさ、その汚い手を離しなよ!」
「さっきから汚いとか変質者とか変態とか言いやがって
 テメェこそオレに偉そうなこと言える様な身体してんのかよ!
 顔も手もテメェの方がよっぽど変態臭いんだよ!」
「俺様の何処が変態なのか教えて欲しーね。アンタには言われたくない」
「どうだか。オレの方がイケメンだろうが」
「鏡見て言ってよ。俺様の方が美形でしょ。このギザギザ歯並び」
「そんなガタガタした歯じゃねーよ!」
「俺様や旦那に比べたら良くないもん」
「負け惜しみだな。顔はオレの方が良いいぜ。真田はどう思う?」

突然話を振られた幸村は手を止め、キョトンとした顔をした。
じっと政宗の顔を見詰めると微笑みを浮かべる。

「政宗殿のお顔はとても雄々しく整ったお顔に御座います。
 さぞや女子に人気でしょう。とても恰好良いと思いまする」
「Ha!そうだろう!」

そら見たことかという顔で佐助に勝ち誇った笑みを向けた。
政宗の顔が幸村好みだと思ってなかった佐助は思わぬカードに焦った。

「ちょっ、旦那!アイツの顔、好きなのっ?」
「とても良いお顔だと思うぞ」
「何それ……それって好きってことじゃん―…」

何だか負けた気がして落ち込む佐助に幸村は首を捻る。
しゅんとした彼の頬に手を添えると、幸村は爆弾発言を落とした。

「俺は佐助の顔も好きだぞ。佐助はとても綺麗な顔をしている」
「えっ?」

男前な発言&笑顔に佐助は思わずキュンとした。
キュンとした自分をキモイと思いつつ、
好きだと言われた事に舞い上がってヘラリとだらしない笑みを浮かべる。

「ほらね、旦那は俺様の顔が好きだってさ!だからアンタは諦めなよ!」
「オレの顔も雄々しくて好きって言っていただろ。
 幸村が好きなのはオレの顔だ!お前よりオレに男としても魅力を感じてる」
「そんなの解らないでしょーが!」
「解るね。お前よりオレのが持ってる男の武器もデカイしな」
「それこそ解らないでしょ。アンタ俺様のアレ見たことないでしょ!」
「見なくても粗末なのは解るぜ」
「粗末じゃないけど!俺様のアレ、結構すごいんだぜ!
 俺様の方が身長高いし、アンタのよりアレもおっきいに決まってんじゃん!」
「情けねえ体型してるくせに何を言ってやがる。
 体格の良いオレのマグナムの方がデカくて太いに決まってるだろうが」
「ふん、仮にそうだとしても俺様の方がテクだもん」
「オレの腰遣いだって最高だぜ!」
「どうだか?ただガツガツして乱暴なだけっぽいけど」
「そういうアンタはスタミナ不足で愉しめそうにないぜ!」

幸村狂の二人のみっもない応酬が繰り返される。
みっともない下の争いは小十郎にとって聞くに堪えなかった。
もう割って入る気さえ起きず、小十郎は温くなった茶を飲んでまた溜め息を吐く。
そんな二人の様子に目もくれず、言い争いの火種の幸村は
差し入れのずんだ餅を頬張りながら、呑気に茶を啜っている有様だった。
この様子だと、繰り広げられる会話の内容は全く解ってなさそうだ。
解っていたら恐らく「破廉恥な!」と叫んで怒っているに違いない。

(嗚呼、もう駄目だ―…俺は農夫にでもなろう……)

逃避行為に走り、小十郎は幸村に頼んで裏の畑に連れていってもらった。
ああ、野菜について考えている時が一番幸せかもしれない。

土をいじりながら小十郎はさっきまで聞いていた会話を頭から追い出した。


唯一のストッパーの小十郎の逃亡により、
結局日が暮れるまで佐助と政宗の言い争いが続いたのは語るまでもない。







--あとがき----------

ギャグは書いていて楽しいですね♪
支離滅裂でごめんなさい。ただただ喧嘩する二人が書きたかった。
佐助は心の何処かで政宗に似た部分(特に幸村に対する気持ち)を
感じ取っているので、
政宗に対しては幸村を取られる事を危惧しムキになりそうです。
因みに慶次は多分ひたすら邪魔に思われていそう。
それほど興味もない癖に旦那に近付かないで!と
思っている節が有りそうです。

いつもは冷静な保護者の佐助の暴走っぷりに小十郎もぐったり☆
まさか猿飛がこうなるとは……と思っているに違いないです(笑)