「宿命の絆」





どう足掻いたって、一国を背負う主である自分と幸村の距離は近付かない。
いくら望んでも、幸村が身も心も自分に捧げることは無い。
既に大きな指針を持つ彼の全てが手に入るのは、戦場でしかあり得ないのだ。

「行くぜ、小十郎!ド派手なパーリィになるぜ!」
「はっ!何時如何なる時もこの小十郎が貴方様の背をお守りします!」
「OK!Here we go!」

部下達の歓声が巻き上がる。
黒毛の愛馬・太刀風を駆って戦場へ急いだ。
早く会いたかった。この鼓動を高鳴らせるただ一人の好敵手に―…




「よお、真田幸村!久しぶりだなぁ!魔王を一緒に倒して以来か?」
「お久しゅうござる、政宗殿!」
「この時をどんなに待ち詫びたことか。
  アンタとヤりあいたくてウズウズしてたんだぜ、幸村!」
「それは某も同じでござる。早く貴殿と戦いたかった!」

嬉々として吠え、まっすぐ自分を見詰める瞳が眩しかった。
逢いたかったのは本当だ。だが、この時を待っていたかどうかは正直半々だった。
待ち望んだ筈の決着の日―…
それは、どちらかの勝利、即ちどちらかの死を意味していた。

死なせたい訳じゃなかった。だが、決着を付けたいと願ったのは確かだ。
決着が付かない限り、オレの天下統一は達成されない。
奥州の民の安寧の為にも、天下統一は絶対の理だ。
オレには国主としての義務と責任がある。
いくら敵に情が湧いたからとはいえ、闘わない訳には行かない。
それに、奴との戦いは自身とて望んだこと。
戦場で刃を交える時の一体感と二人だけしかいない様な
絶対の世界はこの上ない快感だった。
奴のまっすぐな瞳がオレだけを捕え、オレの事だけを考えている。
こんなにも気持ちが昂ぶり、熱く通じ合えるのは残念な事に戦場だけだ。

「どっちが勝っても負けても恨みっこなしだぜ!」
「無論!某、貴殿に討ち取られるならば悔いは有り申さぬ!」
「オレもだぜ、真田幸村。I love you……」

南蛮の言葉が通じる筈もないと知って告げた。
思った通りその気持ちが通じる事も無く、
幸村は満面の笑みで此方を見詰めていた。
燃える様な紅蓮の曇りない瞳。その瞳がオレだけを映す。
それだけで全身の血が熱くなり、この身体を、心を炎の様に燃え上がらせる。
六爪を引き抜くと、構えを取る。真紅の焔を纏った二槍を振り回し、
真っ直ぐと幸村がオレの心臓目掛けて走ってくる。

「うぉぉぉぉぁぁっっ!!伊逹ぇっ、政宗ぇっっ!!!」
「真田ァァァ、幸村ァァッッ!!!」

縦横無尽に空を薙ぐ二槍を六爪で受け止め、宙へと華奢な身体を放り上げる。
宙に飛ばされた幸村はその場で身体を捻り、
炎の推進力を利用して再び自分の方に刃と共に突っ込んできた。
流石はオレのライバルだ。その身のこなし、威力、スピード。
何をとってもそこいらの奴じゃ敵わない。
真正面から攻撃を受け止め、互いの顔を近付け合う。
この瞬間の全てが愛おしく、大切だった。
澄んだ瞳に映るのは、このオレだけ。
戦っている時だけは、アイツはオレのもので、オレもアイツのものだった。
互いに戦好きというのもあるが、
他人であるアイツと一つになれる、同じ熱さを共有できるこの瞬間が好きだ。
この乱世にある限り、戦場でしか繋がれない。
それでもいい。
ただ、この限りある時間だけでも幸村が自分だけのモノとなるならば。


「この時が、永遠に続くと良いなぁ、アンタもそう思うだろう、真田幸村!」
「同じ気持ちに御座いますっ!政宗殿ぉっ!!」

――このまま時が止まってしまえば、どんなに幸福だろうか。

儚いと知りながら願ってしまう。
いつまでも、こうやって互いだけを見詰めて、
世界に二人だけになっちまえばいいと。

こうして戦場で何度も逢い、交り合う宿命。
最高の宿縁だ。手放したくない。この縁は永遠で在って欲しい―…

二槍がオレの腹部を掠め、一方竜の爪がその肩を貫く。
刀を伝う真っ赤な血が甘い香りを漂わせる。
奴を象徴する紅が愛おしい。
互いに斬り合っていると言うのに顔が綻んだ。
オレの事だけを考えているその気持ちが槍の切っ先から流れ込んで来て
さらにオレの身体を熱くする。
理性も頭を巡る思考も全て消え失せ、ただ本能のままに身体が動いた。


「ぐぁぁぁっ!!」

全身から血飛沫を上げ、幸村はがくりと地面に膝を着く。
はぁはぁと細い肩を激しく上下させ、槍を地面に突き刺してよろめきながら
立ち上がると、また幸村は槍を構えた。
だが、身体は限界の様でフラついて構える事すらままならない。
終わりだ。決着は付いた―…
若虎の瞳はまだ覇気を灯し、まっすぐと此方を見据えていた。

「燃える心は炎の如く……真田幸村、立ち止まること、無しっ!」

そう叫ぶと、瞳を閉ざして仰向けに幸村は倒れた。
苦しげな息が柔らかな唇から漏れている。
ゆっくり近付くと、オレは刀を掲げた。

「惜しい男だが……しょうがねえ」

小十郎が苦々しく呟くのが遠くで聞えた。
熱から冷めた身体がまるで自分のものでない様な気がした。
殺すな。まだ、コイツとは話したいことも沢山ある。
そう、心の中で自分が叫んでいるのを空になった身体が聞いていた。
だが、そういう訳にはいかない。
首級を取るまでは勝ちとも決着とも言えない。
だから、この刀をオレは振り下ろさなくてはならないんだ―…

いつも幸村に付き纏うあの忍はいなかった。
止める者は誰もいない。
ここで、自分の手で宿縁を絶たなくてはならない―…

刀がその細い首筋目掛けて降ろされたその時、新たな敵の声がした。
武田軍と上杉軍が放った無数の弓矢を弾き返すその男の名は、豊臣秀吉。

雨の様な矢がオレ達の方に降り注いだ。
振り上げた刀で幸村の首を討つ代わりに、
横たわる身体に向かって降り注ぐ矢を払う。
殺させない。オレ以外のモノになど決して―…


また、戦国乱世が幕を上げる様だ。
しばらく幸村との宿縁は切れそうにはない。
決着は頂きの場で。それが、オレ達の交わした唯一の約束だから。


「今度また逢おうぜ、真田幸村」

戦場の混乱に乗じてそっとその唇に自分の唇を重ねた。
柔らかな甘い唇。誓いを交わすような重ねるだけの口付けに自嘲気味に笑うと、
オレは崖に立ち此方を見下す豊臣秀吉に刃を向けた。
一触即発状態の緊張した空気が戦場を渦巻いていた。

膠着状態に入ってから程なくして、猿飛佐助が何処からともなく現れた。
相変わらず薄気味悪い忍だ。幸村の趣味は覗い知れない。

「旦那っ!」

慌てて幸村に駆け寄り、その息がまだしっかりと在ることを確かめると
奴はホッとした様な顔を一瞬浮かべた。
奴も、多分幸村が好きなのだろう。それは何となく、わかっていた。

「おい、猿!テメェ遅ぇんだよ」
「俺様はアンタんとこの右目と違って、
 主にずっとついてるわけにはいかないの。こう見えて忙しいんだよ
 ま、でも今回は助かったよ。旦那を矢から守ってくれてありがとう」
「Ha!当然だ。大猿なんかに殺されてたまるかよ。そいつはオレの獲物なんでね」
「あっそ、ま、何でもいいさ。今回は助けてくれたし狼藉した事は許したげるよ」

冷たい瞳で俺を睨みつけながら、猿飛は幸村の唇をさり気なく拭った。
趣味が悪い事でオレがキスした所を見ていたようだ。
さぞかしその胸中には怒りが渦巻いている事だろうとほくそ笑んだ。

「まだまだ、宿縁は切れそうにねえな、幸村」

猿飛に抱き上げられた幸村に笑みを向けた。
あからさまに嫌そうな顔を浮かべる猿飛を鼻で笑うと、
オレは小十郎と共に豊臣秀吉の立つ崖へと走り出した。


誰にもやらない。この宿縁は、オレ達だけのものだから―…
六爪を握り締め、邪魔ものを排除すべく走った。



豊臣は引き、上杉も武田も上手く逃げおおせた。
小十郎が一枚噛んでいるらしい。
オレに何も言わずに粋な作戦を立ててくれる頼もしい右目だ。
逃げていく馬の中には、幸村の愛馬・月影を駆る忍の姿があった。
荷物の様に幸村を後ろに引っ掛けて、
武田信玄の横を他の馬に守られながら走っている。
オレのライバルはどうやら随分大事にされているらしかった。

幸村が逃げおおせた事にホッと息を吐くと、オレも太刀風に跨り撤退した。

決着の場を踏み荒らされた事は許せなかったが、
豊臣の乱入に密かに胸を撫で下ろした。
まだ、幸村を死なせたくなかったから―…

「Ha!感傷か……らしくねぇな」

自嘲気味に笑うと、空を仰いだ。
星に、蒼と紅の宿縁が永劫であることを密かに願った―…





--あとがき----------

伊逹と幸村の宿縁って最高ですよね☆
幸村を追い回すストーカーな政宗も大好きですが、
シリアスな政宗様も書いていてとっても楽しいです♪
これはアニメ弐期の壱話目の話を自分流に
蒼紅風に書いてみました。
思えばアニメで蒼紅が絡んだのって此処だけだったきが……