「sweetnothing」





甘い香りの漂うバレンタイン。
教室では其処彼処で女の子が恋した瞳をしている。
男は自分の好い人にチョコを貰えるかどうか期待した瞳をしている。

「みんな、恋してるねぇ!」

嬉しくなって思わず慶次はそう呟いた。
デレデレした顔をしている慶次に、幸村は冷たい視線を向けた。

「慶次殿は年がら年中恋、恋と浮かれておりますな」
「えっ?そうかい?う〜ん、そうかもしれないね」
「まったく、ちょっとは顔を引き締められよ。みっともない」
「そうかな?いいよ、恋するって!心が暖かくなるんだ」

エヘヘっと笑う慶次に幸村は溜め息を吐いた。

「幸ちゃんは恋してないのかい?もったいないよ」
「さて、どうでござろうな?」

いつもは「破廉恥なっ!」と真っ赤になって怒鳴る幸村だが、
珍しくふふっと意味有り気な大人びた笑みを浮かべた。
その笑みに慶次はドキリとする。
前々からずっと気になっていた。
最初はただ、からかいがいのある友達だったけど、いつの間にか好きになっていた。
でも、どれだけ好きだと言葉を並べても、「冗談が過ぎる」とか
「某をからかわないで下され」とか「慶次殿は誰にでもそうおっしゃいますな」と
ヒラリとかわされてしまう。
解っている。自分には真剣味がイマイチ足りないのだ。
正面切って真剣に好きと伝えて、振られてしまうのが怖い。
最初から負け戦な気がしていたんだ。
幸村は男だし、恋愛には全く興味がない。それに、どちらかというと
自分みたいなヘラヘラした男よりも、
政宗みたいな野性的で男っぽいタイプが好きな気がする。
だったら、下手に本気になって避けられるよりも、
友達の距離を保って近くからずっと見ているだけの恋で在りたい。

(見ているだけの恋、か。言い訳かな―…)

逃げ腰な自分には少し呆れるが、このままの関係を変える気はなかった。
だけど、不意にもっと傍に寄りたい衝動に駆られる。
今もそうだ。大人びた普段と違う幸村に心を掻き乱されていた。

「幸ちゃん、俺、さ―…」

アンタの事が本気で好きなんだ―…
そう言おうとしたが、バッドタイミングで雪崩れ込んで来た女子達に囲まれて阻まれた。

「慶次くんっ!チョコあげる〜!」
「あっ、私もあげるね♪」
「慶ちゃん、これ食べてっ」

調理実習の授業を終えた女子達が作ったお菓子を持って、慶次を取り囲んだ。
幸村は逃げる様に慶次から離れて行く。

「あっ、待ってよ幸ちゃん!」
「お断り申し上げる。慶次殿が女子といちゃつく邪魔をしては悪いので」
「えぇっ!?イチャイチャなんてしてないじゃん」
「では、失礼致す」

ふいっと背を向けて幸村は何時もの様に佐助の所へいってしまった。
慶次が女子からのお菓子責めに遭っているとこから離れ、
佐助と何やら楽しそうに笑い合っている。
その横顔を見詰め、慶次は溜め息を吐いた。

「どうしたの慶ちゃん、溜め息なんかついて?もしかして迷惑?」
「えっ?いやいやっ、そんなこたぁ無いよ!むしろ嬉しいよ!」
「よかった〜!慶次くんは甘いもの好きだったもんね!」
「うん、好きかな」
「バレンタインチョコの代わりに、私も作ったチョコケーキあげるねっ!」
「嬉しいね〜」

笑顔を振りまき、慶次は快く女子からのお菓子を受け取った。
その様子を密かにチラリと目の端で幸村が見詰めていた。




放課後、屋上に寝転がって慶次は空を眺めていた。
なんだか今はバレンタインの甘い空気から逃げ出したい気分だった。

「慶次殿」

足音も無く屋上に上がってきた幸村が自分を見降ろしていた。
驚いて慶次は間抜けな声を上げて飛び起きる。

「びっくりした〜。どうしたんだい?幸ちゃん」
「別に。慶次殿こそこんな所で寝そべって何をしておられる?」
「ちょっと、ね。新鮮な空気が吸いたくってさ」

ん〜、と伸びすると慶次はぼんやり空を仰いだ。
幸村も慶次の隣りに座ると何気なく空を見詰める。

「幸ちゃんはチョコ、いっぱいもらってたね?好い子はいたかい?」
「別に……。そういう慶次殿も沢山チョコレートを貰っていたように思うが?」
「まあ、ね。でも、俺のは義理ばっかだったよ。
 何でだろ?一個くらい、本命のチョコを貰いたいよね」
「慶次殿が本命チョコを貰えぬのは軽そうだからだろうな」
「ヒドッ、俺ってそんなに軽そうかい?」
「はい。慶次殿を相手にしているとのらりくらりと逃げられそうに思う」
「そうかな?……そうなのかもしれない」

義理チョコが嫌ってわけじゃないけど、こうも本命チョコを貰えないのは
何だかとても悲しいことの様な気がして気がめげた。
盛大な溜め息をついてごろりと寝転がると、
腹の上にポトリとぞんざいに何かが置かれる。
何だろうと思って手に取ると、それは綺麗にラッピングされた箱だった。
驚いた顔で幸村の横顔に眼を遣る。
視線に気付きながらも幸村は彼の方を振り返ること無く、前を見据えたままだ。

「ゆ、幸村、これってチョコ、かい?」
「他に何があると申す?」
「えぇっ?これ、幸村から俺に?」
「此処に某と慶次殿以外、誰かいる様に見えるのでござるか?」
「み、見えないけどさ―…」

恋愛沙汰には常に一線離れたとこに逃げる幸村からのまさかのバレンタインチョコ。
かなり嬉しいかったけど、その意図が解らずに困惑する慶次の方を、
幸村がゆっくりと振り向いた。
冷たく透明な風が、長い幸村の髪を棚引かせる。
口許にふっと綺麗な笑みを浮かべ、幸村は艶っぽい声で告げた。

「因みに、義理チョコではござらぬ」
「ゆ、幸村ぁっ!!!」
「うおっ!?」

ガバリと慶次は幸村に抱きついた。その重みで幸村は地面に仰向けに倒れて行く。
離れて行く空。重なる身体から伝わる体重と熱。
耳元に当たる慶次の吐息がくすぐったくて思わず幸村は身を竦めて赤面した。

「ちょっ、いきなり何をなさる慶次殿っ!重うござるっ!」
「だって俺、すっごく嬉しくって。幸村からチョコ貰えただけでも
 とても幸せなのに、まさかそれが本命だなんて―…!」

幸村を押し倒した状態で少し身体を離すと、
慶次は澄んだ薄茶色の瞳をじっと熱っぽく真剣な目で見詰めた。

「俺は、幸村の事が―…」

告白しようとしたその言葉を、幸村の人指し指が止める。
噤んだ唇に当てられた人差指。やんわり笑って幸村は静かに言った。

「答えは、今は聞きませぬ」
「な、なんでだいっ?俺は……!」

戸惑う慶次を押し退けると、スクッと立ちあがり背を向けて幸村は屋上の扉へ向かった。
その腕を慶次がグイッと掴む。

「待ってよ、幸ちゃん!」
「待たぬ」
「どうしてだい?俺の答えは聞きたくないってこと?」
「それは違う。でも、今は聞かぬ」

はっきり答えを聞かないと言われ、慶次は肩を落として俯いた。
すると、幸村は慶次の手を握ってにこりと微笑んだ。

「答えは、3月14日に聞かせて欲しい」
「え?」
「慶次殿は浮気者ゆえ。一ヶ月後、気持ちが変わらねば某を恋人にして下され」

嬉しくて、慶次はぎゅっと幸村に抱きついた。
気が変わるハズなんてない。ずっと、ずっと好きだったのだから―…
柔らかな頬を包み込み、ふっくらした桜色の唇を奪おうとした。
だが、幸村は頬に触れる慶次の大きな手をどけ、唇を避けて逃げ出した。

「返事を聞くまでは、破廉恥は禁止でござるっ!」

ベーッと舌を突き出し、小悪魔な笑みを浮かべて幸村は階段を駆け下りて行った。

「待ってよ、幸ちゃんっ!」

その後を追いかけて慶次も走り出したが、俊足の幸村に追い付ける筈はなかった。
苦笑いを浮かべると立ち止まって、慶次は貰ったチョコをあけた。
ハート形のチョコレートは幸村が好みそうな甘ったるいミルクチョコで、
口の中に入れると気持ちといっしょにスッと溶けて甘さだけを残した。

本当の気持ちが届くまであと一カ月。
それまでお預けされた分は、きっと3月14日にリベンジして見せると密かに心に誓った。






--あとがき----------

バレンタインプチ企画の小説連続up第三弾の慶幸でした。
タイトル通り、糖度低めです
幸村は慶次にはちょっと強気で、小悪魔な感じです(笑)
普段からかわれている分の仕返しをしてるんだと思います☆
タイトルの「sweetnothing」は某声優ユニットの曲です。
知っている方がいらっしゃったら嬉しいですね。
慶次は実は恋愛にちょっと奥手な所がありそうですよね。
それでも戦国時代の慶次は命短し!と考えるので、
相手に逃げられても無理矢理押し倒してやっちゃいそうですが、
現代はもっと乙女っぽく中々責められない印象です。