「13日の金曜日」






13日の金曜日。それは多くの英語圏やヨーロッパで不吉とされる日。
イエス・キリストが処刑された日だからとか、
バベルの塔の崩壊、ノアが大洪水から脱出した日だからとか、
北欧で12人の神が祝宴をしていた時、招かれざる13番目の客
ロキが乱入して人気者だったバルドルを殺害したからなど諸説ある。

13日の金曜。果たして、本当に不幸が起きるのだろうか―…



「銀時、外国では13日の金曜日は不吉な日と言われてるんですよ」

外出前に、松陽がにこりと笑いながら銀時に言った。
銀時はつまらなさそうな顔で、「だからどうした」とでも言いたげだ。
松陽は身を屈めて幼い銀時と視線を合わると、
ゆったりとした声で語りだした。

「13日の金曜日にはね、ジェイソンという恐ろしい殺人鬼が出るんです。
 アイスホッケーの白いお面を被って、チェーンソーを振り回す。
 そして次々と無差別に人を殺害する男です。
 ジェイソンは強くて頑丈で、絶対に死なないそうですよ。幽霊らしいですから」

幽霊というワードに俄かに銀時の顔が曇る。

「へ、へえ。でも、そんなん俺なら倒せるから平気だしー」

大口を叩く割には、その声は震えていた。
銀時の横で出掛ける松陽を見送ろうと立っていた晋助は、
馬鹿にするように笑って銀時を見る。

「何ビビってんだよ、銀時。ダセェ」
「うるせーチビ助。てめぇみたいな生意気なのが真っ先に殺されるんだぜ」
「ふん、俺はそんな間抜けじゃねえよ。そういうお前こそ、
 強い癖に腰抜けだからコロッとやられちまうんじゃねぇか」
「んだとー!」
「やる気か?」

睨み合って喧嘩を始めた銀時と晋助に、松陽は苦笑する。

「ほらほら二人とも。すぐに喧嘩するのは止しなさい。
 そんなんじゃ、いざジェイソンが襲い掛かってきた時に二人仲良くお陀仏ですよ」

宥められた二人は振り上げた拳を降ろして、フンと互いにそっぽを向いた。

「それでは、私は夜中まで戻りませんから。
 留守番はキミ達に任せますよ。あ、そうそう。銀時に晋助。
 留守番の前に二人で隣町までおつかいに行ってきてもらえますか?」

松陽は懐からお金とメモを出して銀時に手渡した。

「そのメモの物を買ってきてください。余ったお金で好きな物を買っていいですよ。
 その間、留守番は小太郎達に任せておきます。それじゃあ、私はこっちですから。
 いいですか、銀時、晋助。帰ったら戸締りはしっかりしておきなさい。
 最初に言ったように今日は13日の金曜日。
ジェイソンという恐ろしい化け物がでるかもしれませんから。では」

手を振ると、松陽は東の方に向かって歩いて行った。
その姿を見送ると、銀時と晋助は西に向かって歩き出す。

「なーにが、ジェイソンだよ。誰だっつーの。
 ジェイソンなんかより、よっぽど松陽の方が怖いっつーの」
「同意だな。松陽先生より強い奴なんて、この世にいねえよ」
「ほんと、ほんと」

頭の後ろで腕を組んで歩く銀時の笑顔は、少し引き攣っていた。

「みっともねーツラだな。銀時。やっぱり怖いんだな」
「こ、怖くねぇし。なに言ってんの?怖いってなに?」
「……強がりやがって。でけぇ図体して肝は小さいクセに」
「なにそれ、そんなことねーよ。自分が小せぇからって
 デカい俺にひがんでんだろ?だからそんな事言うんだろ、高杉」
「ひがんでねーよ、馬鹿」
「馬鹿って言った方がバカなんですー」
「うるせぇ。馬鹿に馬鹿って言って何が悪い?馬鹿、クソ天パ!」
「るせー!チビチビ、どチビ。高杉のくせに低杉―」

ぎゃあぎゃあ喧嘩しながら二人は並んで町へ歩いて言った。
松陽の買い物は味噌やお茶っぱ、墨や筆、手ぬぐいに包帯と、
多岐にわたる種類だったので、買い物には酷く時間がかかった。
言われた通り買い物を済ませて手元に残ったのは、僅かなお金だ。
二人で大きな揚げまんじゅうを買って食べた。

「ったく、松陽のヤロー!何が好きな物買っていいだよ。
 言われたもんかったら、ほとんど金なんて残らねえじゃねぇか」
「文句言うな。先生に貰った金でまんじゅう買ったろ」
「もっと高級な甘味食べたかったんだよ、俺は」

ブチブチと文句を言いながらも、満足そうな表情で銀時は
揚げまんじゅうを頬張っていた。
なんとも幸せそうな銀時の顔に、晋助は密かに笑みを零した。

「うめぇ〜。甘いモンなんて久しぶりだな」
「ああ。でも、胸焼けしてきた。このまんじゅう揚げてあるし、でかすぎだし」
「そんな程度で胸焼けかよ、オマエ。だから大きくなれねぇんだよ」
「ほっとけ。お前が食べ過ぎなんだよ」

晋助は手に残っているまんじゅうを割ると、銀時に差し出した。

「銀時、食えよ」
「いいのかよ?」
「ああ。俺はもう十分だ。これ以上食べれないし」
「マジで?サンキュー!たまには優しいとこあんじゃねえか」
「別に、優しくなんてねーし」

優しいなんて言われた事がないので、気恥かしくて晋助は照れた表情になる。
その顔を見られたくないのか、ふいと銀時から顔を反らして
無言で晋助はまんじゅうを頬張った。


まんじゅうを食べて帰る頃にはすっかり日は沈んでいた。
夕闇に染まる町を、重たい荷物を持って二人は急いだ。

血の様な夕陽は山に飲み込まれる寸前だった。
影絵のように黒い山の際は紅に染まり、上空の濃紺と混ざっていた。
胸騒ぎがするような不安な空。
足早に銀時と晋助は帰り道を歩いていく。
塾へと辿り着いた時には辺りは薄闇に包まれていた。

「……門が、開いてる」

不自然に開きっぱなしの扉。
桂達が居る筈の屋敷の中は真っ暗闇で明かり一つ付いていない。

「銀時……、変じゃねぇか?」
「……だ、大丈夫だよ。みんな、昼寝で寝過ごしたんだろ?」
「昼寝で日が落ちるまで寝ているのはてめぇぐらいだ」
「ほっとけ。さっさと中に入ろうぜ」

闇の中を怖々と	銀時と高杉は歩いていく。
門だけじゃなく、玄関の扉も半開きの状態だった。
玄関先に荷物を降ろすと、二人は真っ暗な家の中に入っていく。
授業を受ける畳の部屋に近付くと、不快な臭いが鼻を吐いた。
鉄の錆びたような、それでいて生臭い臭い。血の匂いだ。

すぐにそう気付いた二人は顔を見合わせて、部屋に走り込んだ。
その時、何かに躓いて晋助が転ぶ。

「痛っ、なんだ?」

晋助は足元に転がるものに目をやる。途端に、暗緑色の緑が見開かれる。

「なっ、うそ、だ……。か、つら」

足元に転がっていたのは、血塗れの桂だった。
肩から腹まで無残に袈裟がけに斬られた桂が、無造作な格好で転がっている。
晋助は震えながら、床にしゃがみ込んで桂に縋りつく。
銀時は唖然とした顔でそれをみていた。

「桂、しっかりしろよ、桂っ!」

普段冷静な晋助が珍しく取り乱したように桂に縋る。
何度名前を呼ばれても、桂はピクリとも動かないし返事もしない。

「い、医者に連れて行かないとっ!銀時っ」
「あ、ああ……」

晋助の潤んだ瞳に見詰められて、慌てて銀時は桂を起こそうと屈んだ。
その時、ごとりと物音がする。それから、妙なモーター音がしていた。
音は背後からだった。銀時と高杉が振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
アイスホッケーの面。真っ黒の衣。手にはチェーンソーを持っている。

二人は松陽の言葉を思い出した。
13日の金曜日には、ジェイソンが出て無差別殺人をする。
松陽はそう言っていた。

「ま、まさか、じぇえいそんってヤツか?」

チェーンソーは血に濡れていた。
不気味な井出達の男に、銀時は怖じ気付いたように一歩引く。
だが、晋助は怒りに滲んだ瞳でジェイソンを睨んだ。

「お前が桂をやったのかっ!許さねえっ!」

素手で飛びかかって行こうとする晋助に、
ジェイソンは左手に持っている斧を振りかぶった。
物凄い殺気だった。あきらかにカタギの男ではない事が解った。

「危ねぇっ!」

銀時が晋助をひっぱって振り降ろされた斧から逃がした。
そのまま晋助の手を引いて、銀時は走りだす。

「丸腰で勝てる相手じゃねえよっ!逃げんぞ」
「銀時!でも、桂がっ!」
「……アイツはもう。たぶん……」

銀時が皆まで言わなくたって解った。酷い出血。
ピクリとも動かない身体。多分もう桂は死んでいたのだろう。
ぎゅっと唇を噛みしめて晋助も走りだす。
その後を、チェーンソーと斧を持った男が追いかけてくる。

走って逃げる途中、廊下では血塗れで転がる三平を見た。
庭では美代が死んでいた。逃げようとしたところを殺されたのだろう。

「くそっ……なんで、こんな」

しゃくりあげながら、晋助は走っていた。
銀時は無言で晋助と手を繋ぎながら走っていた。
闇夜を照らす、望月。
月明かりが照らす夜路を晋助と銀時は必死で走った。

心臓が痛くなるくらい走ったところで、二人は足を止めた。
足を止めた途端、晋助はどさりと地面に座り込んだ。
一度座り込むと立てなくなって、晋助はそのまま荒い息を繰り返した。
ぽたり、ぽたりと地面に透明な雫が落ちる。
米神を伝う汗もあったが、涙も混ざっていた。

「た、たかすぎ?」

気丈な晋助が泣いている。銀時は胸が痛くなるのを感じた。
どうしていいか解らず、銀時は珍しくオタオタした。
晋助の周りを熊の様に何度かウロウロした後、
銀時はそっと晋助の肩を抱き寄せた。

「ぎん、とき?」
「桂とオマエ、ずっとダチだったんだもんな。悲しいのも無理ねえよ」

ぎこちない手つきで銀時は晋助の柔らかな頭を撫でた。
銀時の不器用な優しさに動揺していた晋助の心は落ち着いていく。
銀時の胸の辺りの着物を握り締めながら、晋助は呟く。

「なんで、こんな事に……。あいつ、何者なんだ?」
「わかんねーよ。ジェイソンってヤツじゃねえのか?」
「俺達も、やられちまうのかな?」
「何言ってんだ、高杉!大丈夫だって、松陽が帰って来るまで
 俺がお前を守る!てめぇだけは絶対に守ってやる」
「銀時……」

きょとんとした顔で晋助が銀時を見上げる。
その時、がさりと藪を掻きわける音がした。
すぐ近くの藪から、斧を持ったアイスホッケーの面の男が現れる。

今度は、銀時は後ろに引いたりしなかった。
晋助を守るように、ジェイソンの前に落ちていた枝を手に立ちあがる。

「俺だって、戦える!」

少し元気を取り戻した晋助も枝を手に銀時に並んだ。
二人は息を合わせて、ジェイソンに飛び掛かろうとした。
その時、ジェイソンは手に持っていた凶器の斧とチェーンソーを
地面に放り捨てた。

両方とも重量がある筈なのに、落ちた時に軽い音しかしなかった。
驚いた顔で銀時と晋助がジェイソンを見る。
ジェイソンはクスクスと笑い声を上げると、パチパチと手を叩いた。
二人が唖然としていると、ジェイソンはゆっくり仮面を外した。
仮面の下の顔は、よく見知った顔だった。
優しげな瞳。長い薄い色素の髪。それは松陽だった。

「なっ、松陽先生……」
「松陽っ?」
「ふふ、すみません、銀時、晋助。驚かしてしまって」

にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべ、茫然とする二人を松陽は見詰めた。
その背後から、死んでいた筈の桂がひょっこりと姿を現す。
その手には、ドッキリ成功と書かれた看板を手に持っていた。

「ヅラッ!てめー!」
「ヅラじゃない、桂だ」
「桂だ、じゃねえよ馬鹿!どういうことか説明しろ!」

ムッとした顔で晋助が桂の胸倉に掴みかかる。
桂は笑いながら、全ての経緯を口にした。

「実はな、今日が13日の金曜日で不吉な日だと聞いてな、
 銀時と高杉にドッキリを仕掛けてやろうと決めたんだ。
 お前達が出掛けた間に、みんなでジェイソンに襲われふりをして、
 帰って来たお前達を驚かせようという計画だ。うむ、見事に成功したな」
「成功したな、じゃねえよ!タチ悪ぃんだよ、お前っ!」
「本当にだ。心配させやがって、馬鹿!」

悪鬼の様な形相で銀時と晋助が桂に迫る。
今にも桂をぼこりそうな二人を松陽が止める。

「まあまあ、二人とも怒らないで下さい。
 小太郎は、銀時と晋助が喧嘩ばかりしているのを心配してたんです」
「どういう意味ですか、松陽先生」
「ええ。恐怖体験を友にしたら親密になれるというでしょう?
 それを実践したんですよ。なかなかいい案だと思って乗ってみました」

ニコニコ笑う松陽と、ドヤ顔の桂に銀時も晋助も肩を竦める。

「松陽先生。恐怖体験を通して親密になるのは吊り橋効果で、
 男女間でないと意味のない事です。恐怖を胸の高鳴りと勘違いして、
 男女が恋に落ちると言う効果ですよね」
「ええ。そうですよ。晋助は物知りですね」
「……」

暖簾に腕押しの松陽に、高杉は溜息を吐いた。
疲れた顔の二人の頭を、松陽が優しく撫でる。
桂は満足げな顔で二人を見詰めていた。

「俺は安心したぞ、銀時。お前と高杉、いざという時には
 ちゃんと協力して互いを守り合っていた。
 銀時、高杉を守って前に立つ姿、ナイトみたいだったぞ。
 お前は本当は高杉が好きなんだな。好きな奴ほど虐めたいんだな。
 それに高杉も、死んだ俺を見て泣いてくれて。俺は嬉しいぞ」

桂の言葉に、さっきまで少しメソメソしていた自分を思い出して
高杉はかっと頬を真っ赤にした。
銀時も珍しく顔真っ赤にしている。

「かーつーらっ!俺達をたばかりやがって……」
「ヅラッ!てめーぜってー許さねぇからなっ!」

怒った二人は、足並みを揃えて桂に飛び掛かっていった。

「ちょっ、待て、二人とも!俺は二人を思ってこんなドッキリを……」
「ふざけんじゃねえっ!どうせ焦ってる俺達を見て内心楽しんでたんだろ!」
「タチの悪い冗談しやがって、許さねえ!」
「うおっ、ちょ、二人がかりは卑怯だぞ!」
「問答無用っ!」

団子状態になって喧嘩しだした三人に、松陽はクスクス笑った。

「三人とも、夕飯までには帰ってくるんですよ」

喧嘩する子供達を置いて、松陽は帰っていった。
夜の闇に包まれた森の中、桂の叫び声が響き渡った。







--あとがき----------

せっかく13日の金曜日なので、ジェイソンを題材に書いてみました(笑)
子供の頃の高杉は今より可愛いと思います。
今日に間に合わせようと駈け足で書いたので
最後の方が無茶苦茶になりかけているという……
しかも江戸にジェイソンとかあるのかな、と思いつつ書きました。