「Bitter chocolate」





チョコを貰えない男にとって、バレンタインほど腹立たしく虚しい日は無い。
仕事の依頼がこない万事屋でソファに踏ん反りかえって銀時は呟いた。

「あ〜あ、バレンタインなんて消えてなくなればいいのに」

呪いがましい言葉を口にした。
独り言のつもりだったが、新八がそれに勝手にうんうんと頷く。

「ほんと、バレンタインなんて浮かれて。
 僕達は侍ですよ。こんな浮ついた行事にうつつを抜かすなんてダメです」
「ホント、ホント。なーにがバレンタインだっつーの!」

二人が一緒になって吠えていると、神楽が呆れた顔をする。

「二人とも、モテねえからってうるさいアル」
「銀さんはもてますー。モテない男じゃありませんー」
「何言ってるアルか?モテる男はバレンタインなんて
 消えればいいなんて言わねえアルよ。銀ちゃん、見栄はるのみっともないネ」
「張ってねーよ。モテ過ぎてチョコ貰い過ぎるから、
 困るから、バレンタインが消えればいいって思ってるんですー」
「その貰ったチョコはどこにあるアルか?」
「隠し倉庫ですー」
「そんなモン、見たことねえアルよ、ったく」

盛大に溜息をつくと、神楽は銀時に赤いハート型の箱を放り投げた。
銀時はそれを受け取り、驚いた顔をする。

「神楽?」
「ふん、チョコあるよ。アタシからのだけどな」

照れたようにそっぽをむく少女に、銀時はふっと笑みを浮かべた。
神楽の傍に近寄ると、クシャリと紅色の髪を撫でる。

「ありがとな、神楽」

嬉しそうに笑った銀時に、神楽は少し顔を赤らめて同じように嬉しそうに笑った。
今年は神楽だけでなく、月詠や日輪、さっちゃんやお妙からもチョコを貰った。
バレンタインも悪くない。
貰った甘いチョコを頬張りながら、銀時は頬を緩める。
でも、まだ足りない。

「ったく、約束は果たせよな。ばか杉……」

誰にも聞こえないように、ぽつりと銀時は呟いた。
昔、まだ高杉と共に戦場を掛けていた頃。
坂本の情報でバレンタインという南蛮の行事を知った時の事を思い出す。
鬼兵隊の部下と坂本からチョコを貰った高杉に嫉妬した自分に、
貰ったチョコを分けてくれながら、高杉は言った。
“戦が終わったら、お前にチョコをやるよ”と。
約束して抱き会った日は、もう遥かかなたのことだ。

約束は守られていない。
戦は敗戦という形で終わり、そして、自分達は大事な物を失った。
一緒に居る事の重さに耐えきれなくなって逃げた自分。
一人、修羅の道を突き進もうとする高杉。
会えば敵同士だと啖呵を切って別れた紅桜の一件を思い出し、
また深く溜息が洩れる。

さっさと約束守れよ、バカ。
そう呟くと、銀時はまたチョコを一つ口に放り込んだ。




日がとっぷり暮れ、美容の為だと神楽はさっさと押し入れへ入って行った。
たぶんチョコを渡すのに緊張して、昨夜眠れなかったのだろう。
押し入れに消えるなり、すうすうと寝息が聞こえてきた。

銀時はもらったチョコを肴に一人酒を傾ける。
その時、いきなり窓が開いて夜風が舞い込んで来た。
雪花と共に入ってきた、白い足首。
ぎょっとして窓を凝視すると、ベランダの窓から不法侵入してきた
高杉が妖艶な笑みを浮かべていた。

「よう銀時。久しいな」

黒い羽織を雪でところどころ白く色どられている。
外はうっすら雪が積もりつつあった。

「た、かすぎ……」
「ククッ、そう化け物を見るような目を向けるなよ」
「いや、向けるだろ。つーか、何しにきた?」
「つれねえな。今日がなんの日か知らねえ訳じゃあるめぇ」

机の上に乗っているチョコレートを見て、高杉が薄く笑う。
まさか、バレンタインだから来てくれたというのだろうか。
それはない。高杉がそんな事の為にわざわざ足を運んでくれるはずが無い。
一瞬沸いた淡い期待を銀時は全力否定した。
だが、高杉は笑いながら白い紙袋を差し出して来る。

「なんだよ、これ」
「見て解らねえか?チョコレートだよ」
「え、マジ……?」

慌てて銀時は紙袋の中を確認する。確かにそれはチョコレートだった。
それもゴディバだ。元とはいえ、ボンボンらしいチョイスすぎて、
思わず噴き出しそうになる。

「くれるの?」
「やるつもりがなきゃ、こんな所までこねえよ」
「三つも入ってるけど、まさか、万斉とかもうひとりの変態からじゃねえよな」
「変態、武市のことか?そんなワケねえだろ。
 なんで奴らがてめぇなんざにチョコを贈るんだ。有り得ねえ。
 そいつぁ、ガキ共の分だ。新八と神楽つったっけか」
「あ、ああ……。アイツらにまで。ありがとな」

新八や神楽の分までチョコをくれたのは嬉しい。
高杉がチョコをもって来てくれること自体奇跡だ。
そう思ったが、少し納得できない。
バレンタインはお歳暮じゃない。愛の告白だ。
それが、肉体関係を持ち、一時は愛し合ってたと言っても過言じゃない
自分と、自分の助手の子供へのチョコが一緒なのは納得できない。
これじゃあまるで、約束を守る為だけに義理チョコを持って来てくれたみたいだ。
そんな捻くれた思いに駆られて、銀時は少し不満な顔をしていた。
それに気付いた高杉がクツクツと可笑しそうに笑い声を上げる。

「こいつは、お前にだけだ」

そう言って、高杉はダークレッドの放送紙に包まれ、
白いリボンが結ばれた箱を一つ寄越してきた。

「なにこれ、もしかして、手作り?」
「世界に一個しかねえ代物だ。よく味わえよ」

信じられないとい思いで、銀時は慌てて箱を開ける。
中には綺麗な新円の形をしたトリュフが九つ並んでいた。
さっそく一つ手に取ってみる。

「すげえな、本当にオマエが作ったの?
じつは、万斉が作ったとかいうオチじゃねえよな?」
「正真正銘、作ったのは俺だ」
「オマエ、料理とかできたっけ?」
「いや、しねえな。普段は万斉がやる。
 まあでも、本さえ見ていりゃ、それなりに作れるもんだな」
「器用だな、お前。んじゃ、頂きます」

少し緊張した面持ちで銀時はチョコを口へ入れた。
甘いミルクチョコが蕩けて、その中からほろ苦いワインのジュレが流れ出す。
手作りのわりには凝った、本格的な味わいだ。

「すげぇうめえ。この中の、何?」
「赤ワインのジュレだ。大人向けの味だろう?
 チョコはお前の好みに合わせて甘ったりいミルクチョコだがな」
「ほんとうめぇ。つーか、すげぇ嬉しいんだけど……」

まさか、高杉から手作りチョコなどと可愛らしいものが
貰える日がこようとは。意外過ぎて、夢かとさえ思う。
もう一つ手に取ると、銀時は一気に口に入れず半分だけ食べた。
チョコの断面、トリュフの真ん中からは
血のように赤黒いどろりとした液体状のものが流れ出す。

「何か、本物の血みたいだな」

銀時がそう呟くと、高杉がにやりと嫌な笑みを浮かべる。

「よく解ったな。さすが銀時。
 そのワイン味のジュレには、俺の血液が混ぜてあるんだ―…」

狂気を孕んだ瞳が銀時を見上げる。
高杉の瞳が伺うように銀時の赤い瞳を見詰めた。
血色に似たその瞳を、楽しそうに高杉がじっと見る。
どんな反応を示すか期待して待っているような眼差しだった。

数秒固まっていた銀時は、手の中に残った残りのチョコを口に入れた。
それから味わうようにゆっくり咀嚼して飲み下す。
上下する喉仏を、高杉は少し拍子抜けしたような顔で見ていた。

「嘘だと思ってんのか?銀時」
「思ってねえよ。血、入ってんだろ」
「気味悪くねえのか。俺の血だぞ。毒見てえなもんだ」
「確かに、ある意味毒かもしんねえな。見ろ、銀さんのムスコが勃っちまった」

何事もないような顔で、銀時は自分の股間を指差す。
高杉が視線を下げると、ズボンの股間の部分が不自然に膨れていた。

「キモッ。なにおっ勃ててやがんだよ、馬鹿」
「キモい言うな。傷付くわ。それにキモくねえよ、フツーだろ」
「普通じゃねえ。血液食わされて勃起とか有り得ねえ」
「高杉、オマエってイカれてそうで意外とまともだよな。
 俺は、お前の血液なら喜んで食える。高杉の血は甘い蜜みてえなもんだよ。
 好きな奴の身体の一部が食えるなんて、幸せだと思う。
 なんなら、今から寝室にいって俺と朝までしっぽりスカトロでもすっか?」

スケベ面を浮かべながら、銀時は高杉の尻をわしっと揉んだ。
一瞬高杉はびくっとしたが、すぐにいつもの余裕な笑みを浮かべる。
誘うような視線につられて、銀時は柔らかく肉付きのいい尻肉を揉みしだいた。
短い吐息を漏らして、高杉はその手の動きに感じて喉を反らす。
このまま行為に縺れこもうと銀時は高杉をソファに押し倒そうとした。
だが、簡単に手を振り払われて、高杉はするりと腕の中から逃れた。
白い頬は僅かに赤く染まり、息が少し乱れていたが、
高杉は強気で余裕の笑みを浮かべていた。

「ガキが起きるぞ、銀時。やめとけ」
「神楽のことか?大丈夫だって、起きやしねえよ」
「嫌だ。俺はてめぇに抱かれる気はねえよ。
 ったく、血が入ってるなんて嘘に決まってるだろう。
 人に喰わすもんに、そんなモンいれたりしねえよ。安心したか?」
「いや、がっかりした」
「……相変わらず、イカれてやがるな」

フッと笑った高杉の顔は、昔のままだった。
銀時は細い手首を掴むと、ぎゅっと高杉の身体を抱き寄せる。

「なあ、高杉。なんでチョコ渡しに来てくれたんだ?」

真面目な声で、銀時が尋ねた。
高杉を見降ろす赤い色が寂しそうに揺れる。
その色を見詰めていると、高杉は僅かに心の奥が疼くのを感じた。

「銀時。俺は嘘は吐かねえ。約束は守る。
 遥か昔のことだからてめぇは忘れたかも知れねえが、俺がした約束を果たしに来た」
「忘れるわけねえだろっ!ずっと、待ってたんだ。俺は……」
「珍しいな。てめぇが下らねえ約束覚えてるなんざ」
「下らなくねえよ。オマエとの約束は全部忘れてねえ」
「そうかい。律儀なこって」

困ったような泣き出しそうな笑みを浮かべると、
高杉は風のようにするりと銀時の腕から擦り抜けてしまった。
背中を向けて、高杉はベランダに身を躍らせる。

「待てよ、高杉!」

銀時が呼びとめると、高杉は飛び降りるのを止めて制止した。
振り向きはしない華奢な背中に、銀時は静かに問い掛ける。

「高杉。どうして、今約束を果たす気になったんだ?」
「……さあな。気紛れだ。
 まあ、こんな身だ。いつおっ死ぬかもしれねえ。だから、早いうちに
 約束を果たそうと思ったのかもしれねえな」
「……」
「じゃあな、銀時」
「待てよ!もう一つ、約束していただろ?」

銀時が尋ねると、高杉は少し笑った。
「そいつはもう、忘れちまったよ」そう言い残して、高杉はひらりと
夜の闇の中に消えてしまった。

「死ぬなよ、高杉」

届かない約束を呟くと、銀時は深く息を吐いてソファに身を沈めた。
また一つ、高杉の作ったチョコを口の中に入れる。
じわりと甘いミルク風味が融けたあとには、ほろ苦い味だけが残った。








--あとがき----------

バレンタイン終わる間際に書き終えた第三弾目です。
最後は現在の銀高。
銀高は敵同士なのでちょっと苦目で糖度低めです。
高杉は料理なんてしたことないし、
ボンボンなんでちょっと一般常識に欠けてますが、
頭いいし、器用なのでがんばれば気合いを入れれば、
料理だってできてしまうと思います。
手作りは銀さんだけ特別。あ、でも神威にせがまれたら、
しょうがねえな、と言って神威にも手作りチョコくれそうですね(笑)