「クリスマスの福音」





12月25日聖夜、恋人たちの日。
外国ではそんな風習があるが、攘夷戦争に勤しむ銀時たちには無縁だった。

今日は戦はなく待機状態だったが、
むさい男共に囲まれて、クリスマスパーティなどと浮かれる余裕もない。
不機嫌な顔で銀時が刀の手入れをしていると、
辰馬がヘラヘラとした顔で隣に腰を下ろした。

「なんじゃあ銀時。そがな不機嫌なツラして。
 今日はクリスマスじゃ。そがな顔しとったらいかんぜよ」
「うるせー、何がクリスマスだ。 祝うどころか、ケーキさえ食べないのに、
 クリスマスなんて浮かれていられるかっ!」
「はははっ、それもそうじゃのう」

呑気に大声で笑う辰馬の顔面に一撃お見舞いしてやろうか。
などと物騒なことを考えていると、
辰馬がピタリと笑うのをやめた。
まさか自分の施行に気付いたわけではあるまいが、
余りに良すぎるタイミングに銀時は少し焦る。
辰馬は銀時の方を向くと、妙に真剣な顔をして言った。

「なあ、銀時。一ついいことを教えちゃろうか?」
「な、なんだよ、いい事って……」
「クリスマスに関する事じゃ」
「もったいぶらないでとっとと教えろ」
「耳を貸せ。クリスマスにはのう、こんな風習があるらしいんじゃ」

辰馬が銀時の肩に手を置き、耳に顔を近付けた。

「……それ、マジか」
「おう、真ぜよ。銀時、ここは一つ試してみとうせ」

悪戯っぽく笑う辰馬に、銀時も笑みを浮かべる。

せっかくのクリスマスだ。
チャンスをものにしなくてどうする。
後が怖い気もしたが、銀時は辰馬に教えられた風習を試してみる事に決めた。



「高杉」

銀時に声を掛けられて、素振りをしていた高杉が刀を降ろし、
怪訝な顔で彼の方を振り返った。

「なんだ、銀時」
「今夜十時に一人でここに来てくれないか?」

そう言って銀時は高杉に一枚の紙を渡した。
広げると、そこには墨で簡易地図が掛かれている。
この場所から一キロも離れていない、森の中だ。
目印は大きなモミの木。
その下で待っているように指示が書いてあった。

「夜に一人で……か。果たし合いでもしようてっか」

フフンと鼻を鳴らし、物騒な笑みを浮かべる高杉に銀時は眉を顰める。

「なんでお前はすぐ危ねー方に話を持ってくんだよ?」
「お前と俺、二人でやることっつったらやり合う以外ねぇだろ」
「まあ、確かに何度も勝負してっけど、今回は刀はナシだ。丸腰で来い」
「丸腰ねぇ。まあ、いいぜ。行ってやるよ」
「絶対だぜ」

念押しすると、高杉は頷いた。
それを確認すると、銀時は足早に去って行った。

聖夜に相応しくチラチラと雪が舞い降りる。
既に降り積もった雪の上に、また白い雪が重なっていく。

新雪を踏みながら、銀時は緊張した面持ちで森へと向かった。
長いマフラーを首に巻き、完全防備で雪の中を歩く。

高杉はちゃんと来ているだろうか。
几帳面な性格だ。約束を破るようなことはしないし、遅れてくることもない。
そう思ってはいたが、理由もない呼び出しを不振がっていたから、
もしかすると面倒くさがってこないかもしれない。

そんな心配をしながらモミの木の下まで来たが、杞憂だった。
真面目な高杉は約束の五分前だというのに、すでにそこにいた。

「よお、銀時。約束通りきたぜ。珍しく、時間より早ぇな」
「おう、まあな。そういうお前も相変わらず
 約束の時間より早いじゃねえか。いつから来てたんだよ」

高杉の白い頬が赤くなっている。
寒さにわずかだが肩を震わせていた。
顔だけが気丈で何ともないふうを装っていたが、
やはり寒いのだろう。

モミの木の下で、銀時は高杉と向かい合う。
窺うような暗緑の瞳が見上げてくる。

「で、何の用だ?銀時」
「ああ、ちょっと試したいことがあってな」
「試したいこと?なんだよ、そりゃあ」
「ああ。今から教えるから、目ぇ瞑ってくれるか?」
「?」

銀時に促されるまま、高杉は瞳を閉じた。
案外に素直な性格が可愛らしくて、銀時は小さな笑みを零す。
高杉は大人しく目を閉じたまま、次の指示を待っているようだった。

銀時は高杉の肩を抱くと、自分の唇を高杉の唇に重ねた。
寒い中、温度を持った唇が熱くて心地いい。
高杉がびくりと肩を跳ねあがらせ、離れようとするのを
無理やり腕の中に収めて阻止すると、
銀時は唇を舌で割り開かせて、高杉の口腔を愛撫した。

「んんっ!?……っふぅ、んぅ」

くぐもった吐息を飲み込むように深くキスを交わすと、
銀時はゆっくりと唇を離した。
名残のように銀糸が二人の唇を繋ぎ、月明かりに煌めく。

「なっ……!」

目をぱちくりさせ、高杉が珍しく虚をつかれたような表情を浮かべる。
白皙の顔がリンゴのように真っ赤に染まっていた。

「てめぇ、銀時!どういうつもりだ!」

拳を振り上げ、今にも殴り掛かって昂揚とする高杉の手首を
慌てて銀時は掴んだ。

「ちょっ、待てよ高杉っ!暴力反対っ!」
「ふざけんな!てめぇがやった事も暴力以外の何物でもねぇんだよ!」
「気持ちよさそうにしてたくせに」
「ぶっ殺す」
「う、ウソウソ!ごめんなさい!まあ、待てって!」
「待てるか!何のつもりだ?」
「祭りの一興だよ」
「はあ?」

本気で殴り掛かってきそうな高杉に、銀時はアタフタ説明をする。

「知らねぇのか?クリスマスにモミの木の下に居る奴には、
 キスしていいって風習があんだよ。
 お前、風流とか祭りとか好きだろ。そのお前が風習を無視するのか?」
「う……」
「祭りは楽しむモンなんだろ?だったらさらっと流せよ」

銀時の言葉に、高杉は振り上げていた拳を降ろす。
それから無言で銀時にくるりと背を向けると、
そのまま戻って行こうとした。
その後ろ姿が起こっているように、銀時はさらに慌てた。

「待てよ!」

高杉の手首を掴むと、後ろからぎゅっと抱きしめる。

「せっかくのクリスマスだってのに、いい事一つねえだろ?
 これくらいのプレゼント、あったっていいだろうが……」

拗ねたような声でそう呟くと、ぷっと吹き出す声が聞こえた。
不意に高杉が振り返る。
刹那、唇にやわらかなものが触れた。
それが高杉の唇だと気付き、今度は銀時が顔を真っ赤にした。

「え?ちょ、高杉?」
「プレゼント、欲しかったんだろう?」
「そ、そうだけど、これってどういう意味?」
「風習なんだろ?お前もモミの木の下に居るじゃねえか。それだけだ」

腕の中で高杉が悪戯っぽく笑う。
その小悪魔的な笑みは卑怯だろうと銀時は眉を顰めた。

「いつまでも外じゃ凍えちまう。とっとと行くぞ、銀時」
「お、おう」

高杉に手を引かれて、銀時は雪の道を引き返して歩き始める。
高杉がキスしてきた真意は分からなかったが、
今はそれで良かった。
形はないが、心に残るクリスマスプレゼントに銀時は満面の笑みを浮かべる。

普段は役立たずの辰馬がもたらしてくれた思わぬ福音に、
銀時は今日だけは感謝の気持ちを抱いた。









--あとがき----------

銀さんが高杉に片思いしている設定です。
若い高杉は純なイメージ。
高杉はイベントごとや風流を重んじるので、
クリスマスも粋に楽しみそうとか思ってみたりしてます。
海外の風習で、クリスマスはモミの木の下にいる人には
キスしていいっていう風習があるのを読んだのを思い出し、
即興で書いた話です。クリスマス遅刻すみません。