「色狂い」






京の都、洗練された静かな宿の奥まった一室を借り、
晋助と万斉は、春雨の一員である天人のガイアと密談を交わしていた。

長机には食べきれないほどの料理が並べられている。
和牛の陶板焼きに舟盛、天婦羅、寿司、湯葉など豪奢な和食ばかりだ。
肌の色は人間と似た象牙色だが、耳が尖って牙が長く、
明らかに地球の者ではない風貌のガイアとその部下たち。
常人なら恐れ慄くだろうが、晋助はいつもの不敵を浮かべて堂々としていた。
傍らに並ぶ万斉も至って普通の表情をしている。

天人達が料理に次々と箸をつける中、万斉も勧められて料理を口にする。
だが、晋助は勧められても酒を飲むばかりで、料理には一向に手をつけない。

「高杉殿は、料理に口をつけておりませんな。
 貴殿らが用意した酒肴なのに、お気に召さないのかな?」
「フッ、俺は料理よりもこいつのが好きなんでね」

そう言って杯を掲げて見せる晋助を、ガイアが目を細めて見る。

「ほほう、それでそんなに華奢だと言うわけですな」

侮蔑に取れなくもない言葉に万斉はサングラスの下で鋭い目をするが、
言われた張本人の晋助はただ笑うだけで気にした様子はない。

ガイアの三白眼が晋助の身体を上から下まで嘗め回すように見詰める。
酷く嫌らしい目つきだった。
万斉は更に苛立ちを募らせるが、晋助は意にも介さなかった。
晋助の瞳がじろりと万斉を睨む。
殺気を出すなと窘められているのだと気付き、万斉は密かに深く息を吸った。

悪辣な視線に晒されるのは慣れていた。
侮蔑、殺気、憤怒、嘲笑。その感情は相手や場面によって万別だが、
共通して好意的な瞳でない事は確かだ。
今更、不躾な視線くらい気にするなということなのだろう。
それは分かったが、万斉は晋助を見るガイアの目が酷く気に食わなかった。

晋助は自分のものだ、などと傲慢なことをのたまう気はないが、
誰だって好きな人が嫌らしい視線に晒されれば耐えられないだろう。

それを知ってか知らずか、晋助は自分に挑発するような目を向けてきていた。


鋭い晋助が自分のこの感情に気付いているのか甚だ疑問だ。
からかう様な視線を向けてきている当り、気付いているのかもしれない。
だとしたら、なおのこと不愉快な話だ。

短絡的にガイアの醜い顔を切りつけてやろうかと物騒なことを一瞬考えたが、
万斉は怒りを鎮めて無感情に徹した。
自分としてはここで殺し合いになって天人共が襲いかかってこようが
どうでもよかったし、春雨と組むのはどちらかと言えば反対だ。
だからこの会合がどうなろうと構わなかったが、
晋助はそうは思っていないからだ。
彼の意志に反してまで、醜い自分の嫉妬心を押し通す気はなかった。

このくだらない晩餐会など、さっさと無事に終わってしまえばいい。
それだけを考えて、万斉はただ黙々と晩餐会に参加していた。



日付が変わるころ、ようやく会はお開きとなった。
互いの情報の提供や助力の申請は無事締結された。

「それでは今日はこれにて。遊郭でも予約しましょう」

万斉は早々に立ち上がった。
相手にも立ち上がるように促す。
だがガイアは座ったまま、しげしげと晋助を見詰めていた。

「ガイア殿?」
「遊女は結構。それよりも美しい御人がいるだろう?万斉殿」
「どういう意味でござるか?」
「いやはや、高杉殿は美しい。その辺の女よりもいい。
 できれば私は彼に相手をしてもらいたいのだが。如何ですかな?」

ガイアは晋助の手を取ると、手の甲に口付けた。
晋助は愉快そうに笑っていたが、万斉は腸が煮えたつような
苛立ちを感じていた。

「その汚らしい手を離すでござるよ、ガイア殿」

冷たく言い捨てると、万斉は晋助の腕を強引に掴んで立ち上がる。
怒りに満ちた顔でガイアが万斉を睨むが、
万斉は全く意に介さず、今度は馬鹿みたいに丁寧な言葉を使う。

「商談は成立しました。我らは忙しい故長居せず帰ります」

にやにや笑いながら態とらしく首を傾げる晋助を引っ張り、
憤然とするガイアに恭しく頭を下げると万斉は部屋を出た。

「離せよ、万斉」

廊下を歩いている途中で立ち止まり、晋助は万斉の腕を払おうとする。
だが、万斉は晋助の華奢な腕を強く握り、逃がさない。

「痛っ、万斉、いい加減にしろ」
「いい加減にするのは晋助の方でござるよ」
「あぁ?」
「あんな下衆の視線に自分の身を晒させて、妖艶に微笑んで見せ、
 あまつさえ、手にとは言え簡単に唇で触れさせた。
 どういうつもりだ?晋助。視姦される趣味でもあるのか?
 それとも、豚共に触れさせて汚されるのを愉しむ趣味でもあるのか?」
「……言わせておけば、随分と言ってくれるじゃねえか」

ギラリと暗緑色の瞳が万斉を睨み上げる。
ドスの聞いた低い声。晋助が怒っているのが解ったが、万斉は怯まなかった。
晋助を怖いと思った事は一度もない。
怖いのは晋助ではなく、彼に捨てられ、要らないと言われる事だけだ。

予め取っていた部屋に晋助を連れ込むと、万斉は乱暴に布団に押し倒した。
体格が小さく華奢な晋助は簡単に布団に転がった。
両手を一纏めにして押さえ付けると、万斉は柔らかな唇を奪った。

「んぅ……っぅぅ!」

舌と唾液を晋助の口腔に侵入させ、吐息を奪うように小さな舌に絡ませる。
息苦しさに眉根を寄せる晋助の表情に一層煽られ、
もともと肌蹴気味だった襟から手を滑り込ませて、胸の突起に触れる。

「ふっ……はっ、や、めろ。ばんさ……っぁ」
「可愛らしい声だ。もっと聞かせてくれ、晋助」

舌と舌を絡ませながら、万斉は右手で晋助の滑らかな胸を弄る。
筋肉を揉みほぐしながら乳首を転がすように手のひらを大きくのの字に
動かすと、晋助はびくりと喉を仰け反らせて震えた。
手のひらのしたで転がされた乳首がコリコリと固く尖り始める。
足先をびくびくと痙攣させて、晋助は快感に呑まれていった。
白い頬が朱色に染まり、色っぽい表情が浮かべられる。
身体は従順に反応しているが、晋助の態度は相変わらず可愛げがない。

「っ、この、いい加減にしろっ……。抱かせる気はねえ!」
「断る。晋助、ぬしはあの天人に好きにさせていただろう。
 その色っぽい身体を存分に視線で舐め回させていた。
 あんな奴ら相手にその身を投げ出せるのなら、まず拙者に差し出してくれぬか?」
「俺を娼婦扱いか、万斉」
「ぬしがガイア相手にその様な態度を取ったのでござろう」

帯を引き抜くと、万斉は軽く高杉の手首を縛り上げた。
キッと鋭い視線に睨みつけられる。
その顔は酷く扇情的で、万斉は己の股間が滾ってくるのを感じた。

晋助の下帯を解くと、恥部を露わにさせる。
首筋に舌を這わせながら、既に先走りで濡れた晋助の性器を手で握り込んだ。

「ふぐっ……んんっ やめ、ろ」
「嫌だ。感じているではござらぬか、晋助。快感に委ねると良い」
「うっ、だ、めだ。痕はつける…なっ」
「断る。ぬしの白い肌を見ていると、踏み荒らしたくなる」
「つっ、あ……」

白皙の肌を吸い上げると、紅の印が付いた。
普段なら、嫌がる晋助に無理やり痕を残すなど大人気ない真似はしないが、
ガイアなどに色目を使った事が赦せなくて、つい自己主張をする。
あとで切り殺されるかもしれないと物騒な想像が脳裏を過ったが、
晋助の手にかかるのもまた一興だと万斉はほくそ笑んだ。

胸に、腹に、白い太腿に次々と痕を付ける。
自分の物だ。子供染みた自己主張、独占欲。
大概自分も嫉妬深いものだと自分で自分に呆れてしまう。
だが、止められなかった。

グチグチと卑猥な音を響かせながら竿を擦ってやると、
高杉はビクンビクンと激しく身体をのたうちまわらせる。
耳朶を甘噛みすると、ぎゅっと目を閉じてピクンと震えて、
普段は見せない様な可愛らしい反応を示す晋助が愛おしくて、
愛おしくて堪らない。

晋助の中心から溢れ出る蜜を指に絡めて、
万斉は窄まった後孔へツプリと指を突きいれる。

「ぁうっ……く、んっ」
「晋助のナカ、既にどろどろに蕩けているな。具合が良さそうだ」
「ぬ、かせ……っ、突っ込みてぇなら、とっとと挿れろっ」

射精できそうにないゆるゆる続く快感に堪えたのか、
晋助は色気も糞もないぶっきらぼうな口調で命じてきた。
自身もすでに限界まで膨張していて、今すぐにでも晋助のナカに入りたい。
そう思っていたが、ぐっとそれを堪えてねちねちと晋助を責める。

指を二本挿れて、ゆっくり弄ぶように抜き差しを繰り返した。
晋助のナカが蠢き、指にねっとりと絡み付く。
指を抜き差しする度に太腿が痙攣し、足の爪先を丸めてビクビクと晋助が震える。

「はぁっ……も、いい加減に、しろ」
「断る。晋助が強請るまでは挿れぬ」
「なっ、ふ、ざけんな ぁっ、も、イかせ……ろ」
「イきたいのならば、懇願して見せてはくれぬか?」
「だ、れがっ……断るっ あぁぁっ」

強がる晋助を追い詰めるように、クニクニと指で前立腺を刺激する。
ゆるい快感に晋助は翻弄されて、甘い悲鳴と荒い呼吸を漏らした。
いつも強い光が宿る瞳は胡乱として、ぼんやりと万斉を映す。

「くぅ……ぁっ、この、ド助平が、いぅ」
「拙者は別段、色事に興味がある方ではないのだが、
 どうにも晋助を前にすると、拙者も変態になるようでござるな」
「冗談、言ってねぇで、もう……っ!」
「だったら、約束してくれ。天人共に安売りなどせぬ、と」
「うぁっ、…お、れが何時、安売りしたっ……」
「ついさっきだ。あんなの、赦さない。晋助の身体を舐め回すように
 見ていたあの男の目を抉り取って踏み潰してやりたいと思ったよ。
 ぬしが視線に犯されるのは耐え難い。想像の中で犯されるのも許せぬ」
「はっ……俺なんぞ、安いモンだが、な」
「拙者にとっては、手を伸ばしても届かぬ高嶺の華でござるよ」

喋りながら万斉は指に緩急をつけて、晋助を責め立てる。
堪らず身を捩りながら、晋助はうわ言のように答えた。

「あぁっ、わか、たから、もう……貫いて、くれっ」

縛られた腕を前に付きだし、縋るような潤んだまなざしで見詰められて
万斉は胸が熱くなるのを感じた。
指を引き抜くと、猛りきった自らの雄を晋助の肛門に捩じ込んだ。

「あぁぁぁっ あっ ひぐぅっ」
「くっ、熱い、融かされてしまいそうで、ござるな」

細い腰を抱き寄せると、万斉は夢中で自分の腰を打ちつけた。
その度に晋助の唇から甘い音色が零れるのを聞きながら、万斉も熱に呑まれていく。

「あぁ、しん、すけ……っ。しんすけっ」
「くぁっ あっ ああぁっ」

シーツの上で乱れる華奢な肢体を組み敷きながら、万斉は昂るのを止められなかった。
晋助の身体を掻き抱き、これは自分の物だ、誰にも触れさせない。と、
決して叶いはしない誓いを立てる。
虚しい、すぐに掻き消される願いと知りながらも、
それを願わずには居られなかった。

肉がぶつかり合う音と結合部が立てる猥雑な水音が部屋に響く。
晋助の手首を戒める帯を解くと、しなやかな腕が首に絡み付いてきた。
必死にその身体を手繰り寄せながら、万斉は快感の渦に身を浸していった。
既に数度達して精液を吐き出した晋助に遅れて、万斉も射精感を高まらせる。

「しんすけっ……!くっ」

愛しい名前を呼びながら、万斉は晋助の中に熱い精液を吐き出した。





情事を終え、ぐったりとした晋助に腕枕をして万斉は布団に横たわった。
すっかり疲れ切った様子の晋助が、恨めしげに愚痴を零す。

「ったく、万斉よぉ。てめぇが激しく揺す振りやがるから
 すっかり酔いが回っちまったじゃねぇか。
 だいたい、たらふく酒喰らっておっ勃てるたぁ、バケモンか、てめぇは」
「拙者は若い故、酒くらいで不能になったりはせぬ」
「はっ、嫌味か。俺はてめぇと違って若かねぇんだよ。労われ」
「すまぬ事をしたな」
「ふん、心にもねー謝罪をしやがって」

拗ねたように晋助はそっぽを向いて瞳を閉じた。
寝息は聞こえてこないが、微動だにしない晋助を抱き寄せると、
万斉は耳元でそっと囁いた。

「願わくば晋助。拙者以外の誰にも触れさせなどするな。
 春雨のやつらにも、幕府にも、そして、白夜叉にもだ。なあ、晋助」

晋助の反応は無かった。
この言葉が思いが届いていればいい。万斉は心からそう願った。








--あとがき----------

高杉は交渉に身体を使ってそうで実は使ってないといいなと思います。
でも、色っぽい感じなので、若干自分の身体を与えて交渉を纏めてそうな……
若い頃の高杉からは考えられないですよね。
でも、エロリストな晋助様も好きです。
私個人の意見としては、ぶら下げるだけぶら下げつつ、
実は抱く事は許さずに上手く交渉している。そんな気がします。
というか、そうだといいなと思ってみたり。
一方で、松陽が死んでからは自分の身体なんてどうでもいいと、
自暴自棄になって、使える物は使っとけとと、股開いてそうな感じも(笑)
そんな事してたら、間違えなく万斉は嫉妬しまくりでしょうね。