―陽炎の音色―






「また、随分と派手にやられたなぁ、万斉」

報告にやって来た屋形船に着いた時、
包帯を巻いた自分を見て晋助が発した第一声。
笑った顔をしていたが、声は凄味があって怒っているような音だった。
その感情がどの色かを探る前に晋助は顕していた感情を消して、
彼を取り巻く旋律はいつもの静かでミステリアスな曲へと変わる。

妖艶な笑みで迎え入れられた部屋には、
労う様な酒肴が用意してあったのに加え、三味線が二つ置いてあった。

「まあ座れよ。報告を聞かせて貰おうか」

三味線を手渡しながら晋助は口の端を吊り上げる。
三味線を受け取って軽くチューニングすると、音を鳴らす。
晋助は窓を開けると桟に座って、応えるように音を奏でた。

剣の腕もさることながら、彼が鳴らす三味線の音も優美で上等だ。
今では絶縁状態とはいえ、流石は元武家の子息といったところか。
彼には教養も嗜みも十分すぎるほどに備わっている。
おまけにあの美貌だ。武家の子息として過ごしたなら、
今頃は相当な地位を約束されていたに違いない。

口では淡々と今回の件の報告をし、手では弦を押させて弾く。
そうしながら、窓に凭れて三味線を鳴らす晋助を盗み見た。

ふさふさとして長い睫毛、えらの貼っていない女形の綺麗な輪郭。
普段は狂気を孕んでいることの多い薄緑の瞳には、
彼が奏でる優雅で寂しげな旋律に合わせてか、愁いを帯びた静が揺れていた。
一つ難を言えば、行儀の悪さだ。
振る舞おうと思えば、上品にできるし礼儀だって持ち合わせているだろう。
その癖、晋助は普段の行儀があまりにも悪い。
酷い時には人を足蹴にした挙句、素足を顔の前に差し出して
「舐めろ」などとえげつないことをのたまう事さえもある。
捻くれ者な彼らしい振る舞いだが、もう少し何とかならないかとまま思う。

今だって、ラフに着た上品な着流し姿で片足を桟に上げて
膝を立てて座っている。
その所為で白い太腿が露わになり、あられもない格好になっていた。
あと少し足の位置をずらせば、下着まで見えかねないギリギリの状態だ。

自分が畳に正座しているのに対して、
晋助は高い窓枠に腰かけているせいで、丁度その太腿が丸見えだ。
白く柔らかそうな艶美なおみ足と言ったところか。
視線を逸らすべきなのだろうが、
サングラスで目が隠れているのをいい事につい見惚れてしまう。

「どうした、万斉。具合でも悪いか?」

不意に晋助が口を開く。
さっきまで通りの音を奏でながら、内心ぎくりとする。
彼の顔に視線を上げると、晋助はからかいを含んだ妖艶な笑みを浮かべていた。
確信犯だと悟る。自分が太腿を盗み見て、
少なからず助平心に火を点けていた事に気付いて態と聞いたのだ。

少なくとも音色に動揺は現れていなかったし、
表情も隠れている上にポーカーフェイスを保っていた。
なのに、自分の微々たる感情の変化を読み取るとは、
やはり高杉晋助という男の目は大したものだと感心する。

慌てて取り繕うより、いっそ本音を語った方が為になる。
今までの経験上それは心得ていた。

「いや、何。晋助の足に見惚れていただけでござるよ」
「ほう。そりゃまた酔狂なこって」
「拙者は心底晋助に惚れているでござるからな。
 襲ってもよいなら、今すぐ三味線を捨てて襲いかかるが?」
「クククッ。冗談だろう?音楽プロデューサー殿が
 自分の楽器を放り捨てる筈はぁねぇな。それに、てめぇに
 そんな度胸あんのかよ?ええ?言ってみろよ万斉」
「……さぁ、どうでござろうな」

挑発するように笑う晋助に曖昧に笑いかけると、音に集中した。
今すぐ飛び掛かって押し倒したい気分だが、
怪我をした状況じゃ間違いなく血を見る。
どうせ晋助は抱かせる気などないことが分かっている。
襲うだけ骨折り損というものだ。



セッションしながらの報告を終えた。
白夜叉、坂田銀時の名を出した時に一瞬だけ晋助の瞳が揺れたのを
見逃さなかった。

驚きはさほどなかったように思う。
きっと自分が怪我をして帰った時点で、
漠然と白夜叉の存在に気付いていたのだろう。
だが、切なげに物思いに耽るような懐古が滲んでいた。
その事が、酷く腹立たしかった。

晋助の心の奥にはいまだ深くかつての仲間の姿が刻みついている。
自分たちには決して踏み込ませない禁忌の場所。

掴み掛ってその瞳に自分だけを映させ、
「今、お前といるのは自分達だ。亡霊どもじゃない」と
叫びたいのを堪えて、平静を保つ。

そんな自分の心を知らずに、晋助は仕留め損ねた
真撰組の事をネチネチと責め立てる。

「俺の歌にはのれねぇか」と、拗ねたような表情をするのを見て、
怒りは緩和したが、それでもお釣りがくる。
一つぐらい意向返しをせねば気が済まなかった。

「白夜叉は、今も昔も俺の守るものは
何一つ変わらぬと言った。何かわかるか?晋助」

ほんのちょっとした意地悪で問いかけた質問だった。
だが、これがより大きな怒りを呼ぶことになった。

質問の答えを晋助は多分わかっている。
白夜叉の守るもの。それは自分の世界。仲間だ。
でも、晋助は答えずに黙っていた。
その瞳が揺らいでいる。流れる旋律は悲哀と慈悲の混じった
美しく切なく、どこか甘いメロディだ。
表情すら取り繕えぬ程の動揺。

立ち上がり、部屋の外への扉に向かって歩く。
晋助の気配が動くのを感じたが、振り返らずドアまで歩く。

「奴らの歌に聞き惚れた、拙者の負けでござるよ」

そして、お前も坂田銀時を葬る事が出来ない男の一人だ、晋助。
心の中でその言葉を飲み込むと、部屋を出た。

去ったふりをして、部屋の前のドアに凭れて座る。
晋助が追いかけてきてくれないだろうかだなんて、淡い期待をしてみる。
あり得ない。解っていても、ドアの前から動けなかった。
部屋の中は晋助が確かにいるのに人がいる気配はない。
幽かに聞こえてくる三味線の旋律だけが彼の存在を確かにしていた。

さっき以上の切ないメロディ。
何を想い、何を考えているのだろう。皆目見当もつかない。

音は鳴りやまない。いつまでも、何かを待ち続けるように掻き鳴らされる。
日付が変わるまでか、あるいは疲れて寝てしまうまでか。
晋助はいつまで三味線を弾き続けるのだろう。
彼は強い。精神も肉体も。だが、それは殊更戦闘に置いての話だ。
打撃や銃創、刃物による裂傷などものともしないが、
儚げな見た目通り身体は然程丈夫ではないように思う。
風邪を引きやすいし、ときどき熱を出す。

涼風吹き付ける窓辺で夏でもないのにあの薄着のままずっと演奏など
していたら、身体を悪くするだろう。
結局根負けして、自分から晋助の元へと戻る。


ドアを開けると、ハッとした顔で晋助が自分を見た。
見開いた瞳がまた揺らぐ。こんなにも変化を見せるのは珍しかった。
一瞬だけ晋助は眉根を寄せると、チッと舌打ちしてそっぽを向いた。

「何戻って来てやがる。出てったんじゃねぇのか?」

拗ねたような声に苦笑が漏れる。
さっき彼が奏でていた旋律の意味が解った気がした。
窓辺に座ったままの晋助に歩み寄ると、彼の手首を掴む。
それから強引に桟から自分の胸の中に、
華奢な晋助の身体を引き摺り降ろして、強く抱締めた。

「身体が冷えている。風邪をひいてしまうぞ、晋助」
「てめぇはいちいち煩せぇんだよ。母親か」
「そんなつもりはござらぬ。柄でもない」

冷たくなった頬を包み込み、キスをしながら窓を締める。
薄く開いた唇に舌を差し込んで、歯列や上顎をなぞると
腕の中で晋助は身悶えた。
舌を絡ませれば、応じるように晋助の熱い舌が絡み付く。
体温は低いが、口内の温度はとろりと熱い。
小さな舌を自分の舌で包み込んで吸い上げると、くぐもった声が漏れた。

「んぅ……っふ、ぁっぅ」

晋助の腕が自分を逃すまいとするように首に絡み付く。
唇を重ねたまま畳へと押し倒し、身体を重ねた。
薄く開いた緑の瞳が、誘うように潤む。
すぐに脱げてしまう着物を脱がせて、自らも服を脱いだ。
直接肌と肌を触れ合わせると、滑らかな感触が心地いい。

「ぁっ、ば、んさい」
「晋助、そのような声で呼ばれると、 
 ぬしに愛されているのではないかと錯覚してしまうでござるよ」

甘く自分を呼ぶ声に苦笑すると、
晋助は意外にもからかいもせずに視線を逸らした。
それがますます錯覚を起させ、何とも言えない甘い気分になる。
白夜叉を忘れられない晋助に対して抱いた怒りが融けて、
ただ、今自分が彼の傍にいる喜びにだけ浸る。

白い肌に自分のものだと証を付けると、
晋助も同じ様に自分の肌に唇を寄せ、赤い痕をつけてきた。

柔らかな肌を楽しみたかったが、自分の性器が痛いくらいに張り詰めて
いるのが堪え切れず、性急に晋助の股に擦り付ける。
ネチネチと湿った感触。柔らかな晋助の太腿を擦り上げると、
晋助は甘い呻き声をもらす。

自分から下帯びを解き、晋助が足を開いた。
誘いこまれるまま、蜜壺とも思える後孔に舌を寄せる。
犬のように菊座を舐めて刺激すると、晋助の内腿が痙攣した。

「ふっ、ぁっ……いい、舐めんな」
「いや、少しでも濡らしておけ、晋助。無理はさせたくない」
「んんっ、っはぁっ」

舌を差し込み、唾液を流し込む。
押し広げるように、蠢く肉襞を舐め上げると晋助は仰け反った。
充分そこが解れて濡れている事を確認すると、
ゆっくりと自分の雄を埋めていく。

「くっ……はぁっ、万斉っ」

太い部分を飲み込むと、あとはすんなりとナカに入った。
足を掴み、身体を揺す振った瞬間にさっきの戦いで出来た傷が疼く。

「ぐっ……っ」

鈍い痛みに顔を歪めると、晋助が自分を見上げてきた。
嘲笑うような笑みを浮かべていたが、
その瞳はどこか気遣わし気で、心配している様な顔だった。

「怪我人が、無理してんじゃねーよ」
「ふっ、大丈夫。これしきの傷、なんともないでござる」

強がりなどでは無い。傷の痛みよりもずっと快楽が勝っていた。
誘われるがまま、奥深くへと導かれ、快楽を求める。
腕を投げ出していた晋助が身体を起こし、
ぎゅっと背中にしがみついてきた。

「万斉……。てめぇは、俺の、だ―…」
「ああ、最初からそうだ。何処にも行かぬ」
「俺を、裏切るなっ。あっ、はぁ……いい、な?」
「考えた事もない」

女の声を我慢せず、歌うように喘ぐ晋助の身体を抱締める。

「あぁっ、しんすけっ」

きゅっと晋助の中が搾取するように収縮する。
感情が昂り、己の精子を晋助の中に放った。
射精して萎えた自身を引き抜くと、ナカに放った精子を処理しようと
ぐったりしている晋助の穴へ手を伸ばす。
それを拒否するように、晋助の手が止めた。

「どうした?晋助。腹を壊すぞ」
「構わしねぇよ。どうせお前は明日休むんだろ?俺も休む」
「添い寝でもしてくれるのか?」
「ああ。怪我なんざしてきた馬鹿ヅラの阿呆を
 一日中嘲笑を浮かべながら見ていてやろうと思ってな」
「それは随分とサービスのよい話しでござるな」
「くくくっ、なんなら子守歌もおまけしてやるぜ?」

妖艶に笑みながら、晋助は紫煙を吐き出す。

「では是非に。では拙者は腹を下した晋助の腹を撫でてやるとしよう」

腕の中に晋助を抱き寄せて、柔らかな髪を撫でた。
笑い声を上げると傷が少々痛んだが、
腕の中にいる愛しい存在の所為か痛みも甘く思えた。






--あとがき----------

真撰組動乱変のその後話です。
万斉が「白夜叉の守りたいものは―…」と晋助に尋ねたのは、
未だ銀時を忘れられない晋助への当てつけに違いないです。
そして去り際、拗ねた晋助に「奴らの音に聞き惚れた」と
止めを刺す万斉はすごく意地悪でかっこいかったです。
晋助の傷をあんだけ抉れるのは彼くらい。
銀さんを気に入ったと言うより、晋助に当てつけしたんだなと
私は解釈してます。
だって、万斉と銀さんはどう考えても相容れないです。
銀さんの強さを認めたかもしれないが、
万斉は依然として銀さん自体は認めてなくて、疎ましく思ってそう。
戦っている時の、晋助晋助と晋助を連呼しまくりなのは、
今は俺が彼氏アピールだと思います(笑)