「恋煩い」







 
「坂田銀時に今日会ったよ」

口の端を吊り上げながら似蔵が笑って言った。
窓に腰掛けていた高杉は緩慢な動作で振り返る。
薄緑の瞳は妖しげな色を湛えていた。

「へえ、で、どうだった?」
「鈍った腕だったよ」
「ほう。だが、取り損ねたんだろう?」

意地悪な高杉の言葉に、似蔵は言葉を詰まらせる。
苦々しい表情に、高杉は満足げな顔で笑った。

「てめぇじゃ銀時には勝てねぇよ。鈍ってようが、
 奴の本能は死んじゃねぇ。白夜叉は息づいてる」
「……嬉しそうだねぇ。光が揺らいでるよ。そんなに好きかい?白夜叉が」

俄に高杉の瞳が鋭く光る。
苛立ちの滲んだ視線が似蔵を射抜く。
似蔵は肩を揺らして笑うと、高杉の足元にひざまずいた。

「あんたの心を震わすなんて、憎い男だよ」

似蔵の手が床に無造作に降ろされている高杉の右足を掴んだ。
すべすべとした足を似蔵は愛しいげに撫でる。
ゴツゴツした指が脹ら脛を這う感触に、高杉は僅かにびくりと震えたが、
笑いながら似蔵を見下ろしていた。高杉の視線を感じながら、
似蔵は這いつくばって高杉の足の甲に唇を寄せ、愛しげにキスした。

「おいおい、犬かよてめぇは……ククッ」
「あんたの為なら、犬にでもなんでも成り下がるよ。触れてもいいかぃ?」

ざらりとした舌が足の甲から這い上がり、足首か脹ら脛を這い上がって膝を舐める。
引き結んだ高杉の唇から色っぽい吐息が零れる。
その声と表情に似蔵は股関を張らせる。

「抱いていいかい?」

すがるような手付きで細い腰をまさぐりながら、似蔵が高杉に懇願する。
だが高杉は酷薄な笑みを浮かべて、似蔵の腕からするりと逃げた。

「今回は成果をあげてねえだろう?やれねーよ。
 そういう科白は、何かを成し遂げた奴が言うもんだぜ。
 それに生憎、俺ぁ爛れてはいるが安売りはしてねぇんだよ」
「つれないねぇ。でも、そんな高潔な所も気に入ってるよ」
「大した買いかぶりだな……」

感情の無い声でそう吐き捨てると、高杉は窓から降りた。
似蔵を残して部屋を去る。



高杉が自室へ戻って来ると、部屋の前には万斉が居た。
独りになりたい気分だった高杉は内心舌打ちをする。
見ていないフリをして、彼の横を擦り抜けて部屋に入ろうとした。
だが、万斉の腕が自分を捕えてそれを阻止する。

話しかけるのも億劫で、無言で「離せ」と万斉を睨んだ。
こっちの感情を察していただろうが、万斉はそれを無視して更に腕に力を入れる。
節くれだった指が手首に喰い込み、僅かだが痛みを覚えた。
不機嫌な顔でサングラスの奥の瞳を睨む。
だが、相変わらず万斉は涼しい顔をしていた。

「晋助」
「何だ?」
「あんな男に好きにさせるなど、趣味が悪い」
「見ていたのか?覗き見たぁ趣味が悪いのはそっちだろう」

構わず自由な左手でドアを開けて部屋に身を滑り込ませる。
後をついて、万斉も自分の腕を捕えたまま入って来た。
ほんの少しだけ、万斉の瞳が不機嫌に揺れる。
それを見ていると、堪らなく愉快だった。
珍しいこともあるものだと、からかいたくなる。

万斉は部下の中の誰とも違う。
唯一、自分のことを振り回す部下だった。
部下、その言葉すらも当てはめられないのかもしれない。
剣の実力もあり、それだけでなく音楽プロデューサーという
社会的名誉も金もある男が、どうして自分についているか時折不思議に思う。
思い通りにならない所や、自分に対して臆することなく
ズケズケと物事を言う所は気に入っている。
だが、時折無性に腹が立って仕方ない。
取り澄ました冷静な顔を崩してやりたいなどと、子供じみた意地悪心が芽生えるのだ。

クククと喉の奥を鳴らして高杉は笑う。
万斉の胸倉を掴むと、挑発する様な瞳でサングラスの奥の彼の瞳を覗きこんだ。

「悔しいのか?似蔵に触れさせた事が気に喰わないか?」
「拙者はそういうつもりで言ったのではない……」
「じゃあどういうつもりで言ったんだ?えぇ?言ってみろよ?」
「相手ぐらい選べと言ったんだ。そのうち、似蔵に押し倒されるぞ」
「下らねぇ。そうなったって俺は構いやしねぇよ」

吐き捨てるように言うと、万斉が眉間に皺を寄せて顔を歪めた。
その顔を見ていると気分が良かった。
ますます、虐めたくなる。

「悔しいんだろ?だったらお前もひざまづいてみせろ」

腰を降ろすと、誘うようにつったっている万斉に向かって足を差し出した。
短い裾がヒラリと捲れて、白い脹脛は露わになった。
来いよと伝えるように、万斉の目の前で足をひらひらさせる。
口の端を吊り上げて馬鹿にしたように笑うと、万斉は溜息を吐いた。

万斉はゆっくりと自分の前に腰を降ろすと、片膝を着いて座る。
尖った彼の顎に足の甲で触れた。
下着が見えるか見えないかギリギリの角度で足を上げた格好に、
万斉の喉がゴクリと鳴る。

「舐めろよ」

短く命令すると、万斉はふうと長く息を吐き出した。
怒っているのか呆れているのか、それともそのどちらでもないのか。
表情のない顔から彼の感情は伺えなかった。

「了解した」

万斉が恭しい手付きで自分の足を手に取る。
それから長身を折屈めて、足の甲に口付けを落としてきた。
そのまま唇が足の甲を滑り降り、指先に触れる。
万斉は足の指を口に含むと、指の間を湿った舌で舐める。
ぴちゃぴちゃと卑猥な水音を響かせながら、
生温かい舌が器用に指を愛撫する。
ぞくりとした快感が生き物のように足元から這い上がってきて、
高杉は背筋を震わせた。
伸ばした背筋を保って居られずに、後ろに手をついて仰け反った。

「ふっ……はぁっ、っぁ」

唇から思わず声が漏れる。
自分の顔を伺うように万斉はちらりと目線を上げた。
冷酷な色を放つ感情の無い瞳に見つめられ、
高杉は小さく舌打ちを漏らす。
部下の前で威厳のない姿を見せるのはプライドが許さなかった。

女めいた喘ぎを聞かせるのが嫌で、唇を引き結ぶ。
その瞬間、万斉の目が獲物を見つけた獣のようにぎらついた。

「うぅ……ぁっ、くっ……」

指の隙間を舐めたり、指先を軽く噛んで万斉が高杉を追い詰める。
後ろに着いた身体を支える手が震えた。
足元から熱がせり上がって来て、身体の中心が熱を帯びて
ずくりと甘ったるく疼く。
自分の股間が形を持ち始め、固くなっているのに高杉は嫌悪した。
快感を少しでも逃がそうと頭を緩く振る。
絹のように滑らかで細い黒髪がさらさらと揺れるのを、
万斉は欲の滲んだ瞳で見つめていた。

指先を弄んでいた舌が足の裏をくすぐるように舐める。
キレイ並んだ歯が踵を甘く齧る。
巧みに与えられるじれったい快楽に高杉は息を荒くして身悶える。

「も、いい……やめろ」
「何を申している、晋助。舐めろと言ったのはぬしだ。止めぬよ。
 拙者がぬしに誓った忠誠を示して見せよう。似蔵よりも固い忠義心をな」

逃がすまいと足首を掴まれ、無遠慮に舌が這う。
さっきよりも激しく、ねっとりと蠢く舌に性器からは先走りが零れた。
だらしなく口を開き、涎を枝垂らせて高杉は呻く。
やがて万斉の舌は脹脛を這いあがり、膝を舐め回す。
水音やリップ音を響かせながら、甘噛みしたり、舌で皿を弄ったりされて、
むず痒い感覚に襲われた。

「ううっ……ぁぁっ、や、めろっ」
「いい声だ。もっとその音色を聞かせろ、晋助」
「あ、くしゅみな……」
「悪趣味?それはぬしだろう、晋助。似蔵などに触れさせて。
 そんなに男が欲しいなら、拙者が抱いてやろう」
「馬鹿、言ってんじゃねぇ。似蔵には抱かせてねぇだろうが」
「このままでは時間の問題だと思うがな」
「てめぇ、俺をどんな淫乱だと思ってやがる」
「否定できるのか?白夜叉を想いながら色んな男に抱かれているのだろう?」

万斉の言葉に高杉は口籠った。その様子に万斉は鼻を鳴らす。
万斉は肩に掴みかかると、少し乱暴に高杉を畳に押し倒す。
ぼんやりとしていた高杉は簡単に組み敷かれてしまった。

乱れた着物から万斉は手を滑り込ませて、柔らかな白い腿を撫でる。
なだらかな手付きで腿を撫でていたかと思えば、
足の付け根を刺激するように指先で押す。
緩急のある手に翻弄されて、高杉は身体を跳ねさせた。
喘ごうと開いた口には舌を捩じ込まれて、自分の舌を絡め取られる。
重力に従い流れ込んで来た唾液を飲まされ、
逆に自分の唾液を飲まれて、頭の芯が痺れてくる。

執拗な口付けとじれったい愛撫で身体が限界だった。
熱を吐き出したくて、もっと確かな快感が欲しくて腰が疼く。

素直に求めれば、万斉は恐らく簡単に快楽を与えてくれるだろう。
だけどそうするのは癪だった。
身体は確かに万斉の雄を求めている。だが、心は違った。
今は、誰にも触れられたくない。抱かれる事を強く拒んでいた。

「どけよ、万斉」

忌々しげに命じると、万斉は薄く笑った。

「ここで止めて処理に困るのは晋助であろう」

そう言うと、万斉は高杉の性器を下帯びの上から握り込んだ。
すでに先走りでしとどに濡れ、布は湿った感触がした。
ぬめりとした液体と布で先っぽが擦れて、高杉は下腹をヒクつかせた。

「ああっ、やめろっ イ…クッ」
「おいおい、この程度でイクなどととんだ淫乱ではないか?」
「う、るせぇ」
「ここで気をやられても拙者が困るな」
「ぐぁぁっ、ば、万斉ィィッ、てめェッ!」

ぎりぎりと万斉の手が強く根元を握り締めた。
生理的な涙が浮かんだ目で高杉は万斉を鋭く睨みつけた。
殺気を放たんばかりの勢いで睨んだが、
快感に犯された身体では逆効果で、
熱に潤んだ瞳で強請るような顔にしかならなかった。
万斉は肩を竦める。

「そんな瞳で見詰められるとかえって煽られるだけだ」
「ぐっ、あぐっ、痛ぇ……っ」

更に強い力で根元を締め上げられたが、雄は萎えることなく益々膨れる。
先っぽからは透明な蜜がトロトロと流れていた。
その蜜を指ですくい取ると、万斉は下帯びを完全に取り去って、
露わになった肛門にそれを突き立てた。

「ひぐぅっ、…ふっ ぁぅ」

唐突な圧迫感に高杉は息を詰める。
下半身に思わず力が入ったが、、
容赦なく挿れられた二本の指がバラバラと動くと身体から力が抜けた。

「ひぁっ、んんっ あぁぁ」
「指に脾肉が絡み付いてきているぞ、晋助。そんなにいいか?」
「いあっ、あぁ」

ナカを指で掻き乱されて、思考も身体も蕩け始める。
前立腺を掠める指がじれったくて、もっと強い刺激を求めて腰を揺らした。
万斉は片手で自分の服を脱ぎ始める。
全裸になると、高杉の中から指を引き抜いた。
名残惜し気に卑しく万斉の指に絡み付く秘肉の抵抗を無視して、
ずるりと指が抜けていく。
物足りなさに似た切なさを感じたのも束の間、
指よりも遥かに質量と熱のあるモノが高杉の胎内に捩じ込まれた。

「うあぁぁっ」
「ぐっ、挿れただけでイクとは、ふふっ、そんなに欲していたか?」

万斉の固い性器が侵入してきた瞬間に達して、
締めあげられて痛めつけられた雄から白濁液を吹き上げた自分に、
万斉は嘲笑を漏らした。
それをムカつくと思えないほど、身体は限界に近かった。
はいってきた肉棒に歓喜して、全身が熱く燃える。
快楽に溺れて、射精したばかりだというのに高杉は激しく腰を振った。

「くっ、やはりぬしのナカは極上だ。貪らせてもらうぞ」

舌舐めずりをすると、万斉は高杉の細い腰を掴んで引き寄せる。
既に悦楽の表情を浮かべている高杉を更に責め立てるように、
肉と肉がぶつかり合う音がする程に、激しく自分の腰を打ちつけた。

「あっ あっ ああぁっ もっと、激しくっ……!」
「よかろう。壊れる程に奏でさせてやろう」
「ひあぁぁっ」

互いを求め合い、二人は激しく腰を振った。
遅漏な万斉はなかなかイかずに、高杉は彼が達するまで何度も
イカされて精を吐き出させられた。
長い前戯で過度なまでに敏感になった身体は、
絶頂してはまた盛りを繰り返す。
突き上げられる度に、えもいわれない苦しい程の快感に溺れた。

「くっ、拙者も、そろそろイキそうだ。出すぞ」
「ぁあっ、ああっぁぁぁっ」
「し、んすけ……!」

ドプリと熱い子種が注ぎ込まれる。
腸壁に激しく精液が打ちつけられる感触に悶え、高杉もまた熱を吐き出した。



行為が終わると、急激に疲れに襲われて高杉はそのまま寝転がった。
いたわる様に万斉に背後から抱すくめられる。
腕枕をし、優しく首筋にキスを落とす万斉に僅かに苛立った。
だが、それ以上に安心感に似た安らぎがあった。

“安売りはしていない”

求めてきた似蔵に吐いた台詞に、自嘲が漏れる。

何が安売りはしないだ。こうやって簡単に万斉の手に抱かれている。
つまらない挑発をした報いを受けたにしては、重い罰だ。
白夜叉なんて名前を口にするから、
あの男のことを思い出させたりするから、神経が可笑しくなっていたんだ。

身体を掻き毟り、叫び出したい衝動に駆られた。
だが、優しく温かい腕の感触に思いとどまる。

分厚い胸板に頭を預けると、高杉はそのまま瞳を閉じた。






--あとがき----------

時間は紅桜直前、銀さん隠し子疑惑直後の話です。
似蔵はすごい嫉妬深そう。
万斉も涼しい顔をしてきっと嫉妬深いです(笑)
万斉と似蔵の違う所は、万斉は高杉に逆らうけれど、 似蔵はけして逆らわない所ですかね。
万斉はよく噛む犬ですよ。何事もノリとタイミングの人なので。
そんな万斉を翻弄しつつ、時々翻弄されている高杉っていうのが好きです。