「未来の約束」







朝日が窓から差し込み、眩しさで目が覚めた。
時計に目をやると、まだ八時になっていない。
普通の人はとっくに起きて活動している時間だが、
低血圧の自分にとってはまだまだ休止時間だ。

大きな欠伸をして、二度目を決め込もうとした。
その時、勢いよく障子の襖が開く。

「おっはよー銀ちゃん!」

耳が吹っ飛ぶような大声。
外に居たスズメはきっと、今ので一目散に逃げて行ったのであろう。
チュンチュン鳴いてた声が一斉に止んだ。

「あ〜、うるせー。神楽ぁ、銀さんは二度寝するから静かにしてて」
「だめアルよ〜、起きて、銀ちゃん」
「おはようございます銀さん。ほら、さっさと布団から出て下さいよ」
「新八までなんだよ〜。夜遅かったんだ。寝かせろよ」
「駄目ですよ。今日は依頼を受けて屋根の修理に行くんでしょ?」
「何時でもいいっつってたじゃん。昼から行くわ」
「朝から行くって連絡しといたネ」
「ちょっ、何、銀さん聞いてないよ。んなこと。
 朝はいかねぇよ。昼からだって。何勝手に電話してんだよ!」
「今日はとっとと仕事終わって、家でパーティするアルよ!」
「そうなんです。だから早く終わらせましょう、銀さん」

にこにこ笑う二人に、俺は首を捻る。
パーティなんてするようなイベントあったっけ。
まったく思いつかなくて何となくカレンダーを見た。
日付は十月十日。
ようやく、思い当たる節を見付けた。

「気付きましたか?銀さん今日誕生日でしょう?」
「だから、みんなでお祝いに誕生パーティするね」
「あーなるほど、な。わかったわかった。
 んじゃ起きて、とっとと仕事してきますかね。神楽、新八、あんがとな」

二人の頭をくしゃりと撫でると、布団から這い出て洗面所に向かった。
誕生日を意識して過ごすなんて何年振りだろう。
産まれてきたことを他人に祝ってもらうなんて随分久しぶりだ。

照れくさいのを隠しながら、いつも通り俺は仕事に向かった。



三時ごろからお妙の道場に集まり、
盛大とまではいかないが賑やかなパーティが開かれた。

食卓には大きなケーキといつもより豪華な料理が並び、
お登勢、キャサリン、たま、お妙、新八、神楽の馴染みのメンツに加え、
桂や長谷川さん、さっちゃん、九兵衛や月詠、辰馬と陸奥までもが顔を出した。

馬鹿みたいに笑って、ケーキを食べて、酒を飲んでと、
産まれてきたことを「おめでとう」と祝ってもらって、
とても楽しくて、幸せな時間だった。

だが、心の底で漠然と思う。
ここに、アイツの姿もあったらいいのに――と。

何処で何をしているのか、生きているのか死んでいるのかさえあやふやだ。
まあ、アイツが死んでしまっている可能性はゼロに近い。
自分の定めた念願を達成するまでは、何度殺されても死なないだろう。

高杉、お前は今日が俺の誕生日だってちゃんと覚えてるか?
心の中で尋ねてみたところで、答え何て聞けない。
まあ、覚えているわけがないか。と寂しい結論をつけ、
高杉という名前を頭の外へと追いやった。




夜十一時を過ぎて、神楽や新八が寝てしまってパーティはお開きになった。
眠った神楽を負ぶって万事屋へ帰り、布団に寝かせてやる。

夜風に冷めた酔いが少し冷めたので、
一人で飲み直そうと、銀時は酒を手にベランダに出た。
空には半分に欠けた月が浮かんでいる。
空気は澄み、雲一つない夜は半分の月でも十分に明るかった。

闇にふわりと白い煙が漂う。
煙は屋根の下あたりから登っていた。なんとなく手すりから身を
乗り出して下を覗き込んでみて、煙の正体に気付く。

女物の派手な着物に、口に咥えたキセル。
黒髪の男がゆっくりとこちらを見上げて、妖艶な笑みを浮かべる。

「た……かすぎっ?」

叫びそうになるのを堪えて、押し殺した声で名前を呼ぶ。
一階に走って行こうとしたがまどろっこしくなって、
俺はベランダの手すりを乗り越えた。
直ぐに捕まえないと、風に乗って消えてしまう煙のように
フッといなくなってしまう。そんな妄想に駆られて無茶をした。

「てっ」

二階から飛び降りたわりには控えめな着地音だったのはいいが、
足の裏に少しだけ衝撃と痛みが走る。
鈍っている自分の身体を実感させられた瞬間だ。

痛みに少し眉を顰めた自分に、高杉はクツクツと笑い声を上げた。

「おいおい銀時ぃ。無茶すんじゃねぇよジジイが」
「だーれがジジイだ。テメーと変わらねえだろーが」
「俺ぁお前と違って鍛えてるんでね。肉体的には若けぇよ」
「ぬかせ。つーか、テロリストがこんなところで何してんだよ?」

不貞腐れた顔で高杉を見る。
たまたま通りがかったのか、夜襲でもかけに来たのか、
もっと別の用があるのか。
表情からは何一つ掴みとれない。

ただ、どんな理由でも会えてうれしかった。
たとえ祝いの言葉など聞けなくても、
特別な日に、高杉と会えるただけで、それだけで嬉しかった。

そんな自分の胸の裡を知られるのは、弱みを握られるみたいで癪だと、
態と不機嫌な顔をして、警戒したような瞳を向ける。

「物騒なコト考えてねぇだろーな」
「さて、な。まあ、この世にとびきりの馬鹿が産まれた日くらいは、
 俺のようなただの法螺吹は、大人しく一般人として過ごすつもりだぜ」
「え……」
「銀時、誕生日おめでとう」

そう言って笑った高杉の顔に、昔の面影を見た。
その瞬間、居ても立ってもいられなくなってぎゅっと高杉を抱き締める。

「て、テメーが俺の誕生日を覚えてるなんて、意外だなっ」
「俺はぁ誰かさんと違って薄情じゃないんでね」
「ぬかせ薄情モンがッ!こんな時くれーしか
 会いに来てくれねークセによ。テメーの誕生日祝おうにも、
 どこにいるかちっとも教えてくれねぇし、連絡手段ねぇし」
「ククッ、そりゃあ悪ぃことしたなぁ?銀時」

可笑しそうに嗤う声を掻き消すように、艶々した唇を奪う。
高杉がくぐもった甘い吐息を零す。
久しぶりの接吻に興奮して下半身が熱くなる。
ディープキスをかましながら、抱き寄せた細い高杉の腰を弄る。

「あっ……ふっ、ぎ、んときぃ」

唾液に濡れた唇を離し、高杉が俺の名前を呼ぶ。
それだけでイキそうなくらい興奮した。
固くなった雄を高杉の太腿に擦りつけながら、また唇を交わす。
普段は体温が低い高杉の身体も熱もっていた。
足で股間辺りを擦ってやると、苦しげな息が唇から零れる。
やらしく唇の端から涎を垂らしながら、喘ぐように高杉が言った。

「ぁっ……さ、かんな、バカっ……ここでする、気かよ」
「何だよ、いいだろ?それでも」
「いいワケねーだろ、馬鹿が」
「今抱かなきゃ、今度お前にいつ会えるかわからねぇだろうが」
「……銀時」

情けないくらい声が震えた。
同情されたのか、高杉が珍しく優しく背中を叩いてきた。
子供をあやすようなやり方だったけど、嫌じゃなかった。

「高杉」

これ以上ないくらい身体をくっつけて抱き寄せる。
高杉の華奢な身体が軋むくらい強く抱締めても、
この手から擦り抜けてきそうな恐怖が脳裏から離れない。
そんな自分の気持ちを読んだように、高杉の腕が背中に廻された。
少し潤んだ瞳で見上げられ、ドキリとする。
背伸びして高杉が自分から唇を重ねてきた。
柔らかな唇を食みながら、口に侵入してきた舌の感触を味わう。
もし自分と高杉の逢引きを見ている奴がいたら、
どんだけキスすんだよと突っ込まれるくらい、何度もキスした。
これだけ唇を重ねても、高杉の唇が離れるとすぐ恋しくなる。

それなのに、天の邪鬼な心は憎まれ口ばかり叩く。

「こんな時間に来やがって。迷惑なんだよバーカ。
 なんでわざわざこんな時間に来るんだよ。
日付、もうすぐ変わるっつーの。意味わかんねぇよ」
「どうせなら印象に残るように、
一番最後に“おめでとう”って言ってやろうと思ってな」

そう言って悪戯っぽく笑う高杉を可愛いいと思った。
まだこんな笑い方が出来るのに、
どうして高杉はこんなにも自分から離れた場所に居るのだろう。
色んな感情が溢れて来て、勝手に口が動き出す。

「お前がテロリストなんざしてるうちに、 
俺はぁ結婚適齢期を逃して、どんどん腐っていく。
もうドロッドロに腐って、結婚なんてできねぇよ。ゴミ箱行きだ」

より一層強く高杉を抱き寄せる。

「何回誕生日越えたら、お前と居られるようになる?」

苦しげな声でそう尋ねた自分に後悔した。
馬鹿にされるのがオチな質問だと。
だけど、意外にも高杉は柔らかな笑みを浮かべて言った。

「再来年の誕生日、三十路にはお前の元に行ってやるよ、銀時」と。

「マジか?」
「俺はぁできねぇ法螺は吹かないぜ」
「や、約束だかんなっ!ぜってーに約束だぞ!」

念押しすると、高杉が頬に軽く口付けてきた。
触れるだけのキスをしたあと、高杉はするりと腕から抜ける。

「死ぬんじゃねぇぞ、高杉」
「お前もな、銀時」

相変わらず捻くれ者の高杉は素直に頷きはしなかったけど、
返って来た言葉は確かな肯定のように思えた。
他愛ない嘘染みた約束だったとしても、
テロリストからのプレゼントとしては上出来だと笑った。






--あとがき----------

銀さんは二十代って事しか解ってないですけど、
私の中では銀さんは27歳設定です。
攘夷戦争が十年も前の話しで、あの時の銀さんが
十代前半とは思えないので、多分16か17くらいだと思うんで、
その年齢ぐらいが妥当かなと思います。
本編で銀さんと高杉が和解する日は来るんでしょうかね?
銀さんは寂しがり屋なので、高杉が誕生日を祝ってくれないと
きっと拗ねるます。(笑)