「ぬくもり」





窓の外はひたすら真っ暗な闇だった。
音もない、光もない。ただひたすら寂寞とした景色が続く。
飛行しているのが惑星も何もないエリアだからしょうがないが、
退屈で、なんとなく気が滅入るような気がした。

神威はぼんやりと、故郷の星を思い出す。
年中雨ばかりの陰気な星。
日の光の恩恵を受けられない種族とはいえ、
薄暗い曇空ばかり見ているとウンザリした気分になった。

小さく狭い部屋で弱っていく母と幼すぎる妹。
そして戦闘に飛び回り、戻ってこない父。

何もかもがくだらない、陰気な場所だった。

それでも昔は妹である神楽には優しくしたし、
身体の弱い母を気遣いもして、ちゃんと暖かな場所だと認識していた。
いつからだろう。陽だまりを失ったのは。
きっかけは覚えている。父親を越えようと、殺し合いに興じた事だ。
だが、きっかけに至る理由は覚えていない。


「ぼんやりしてどうした?団長」

塩辛声に振り返ると、阿伏兎が怪訝な顔をして立っていた。
さっきまで思っていた事を綺麗に忘れ、神威はいつもの笑顔で振り返る。

「何か用?」
「いや〜、飯の時間だったから呼びに来たぜ」
「ふぅん。そう。じゃあ行こっか」

神威は阿伏兎と連れ立って、食堂へと向かった。
広い食堂は、人で賑わっていた。
規則があるわけではないのに、地球人はだいたい揃って食事をする。
それこそ一つの大きな家族のように。
春雨に居た頃はてんでバラバラの行動をしていたので、
神威にとってはそれが不思議でならなかった。

席に着き、食事をしながら神威は食堂の中を見渡した。
何かを探すようなその仕草気付き、阿伏兎が訪ねる。

「どうした?探し物か?醤油?塩?それとも水、は目の前だな」
「うん、シンスケ、居るかな?」
「シンスケ?あぁ、ここのボス、ねぇ。いねーな」
「そう。今日もいないんだ」

ぽつりと呟かれた言葉に阿伏兎は少しぎょっとする。

「今日もって、団長いつも探してたのか?」
「うん。シンスケ、なんで来ないんだろうね」
「団長が地球人如きを気に掛けるとはねぇ〜」
「ただの地球人じゃない、サムライだよ」

呆れたような困ったような顔で言った阿伏兎の言葉を訂正すると、
神威は食事途中で席を立ち、ふらふらと食堂を歩く。
金髪ハーフテイルの女を見付けると、神威は近付いて行った。

「ねえ、ちょっといい?」
「っ!お、お前は春雨の夜兎。何の用っスか?」
「シンスケ、いないの?ゴハン食べないの?」
「晋助様はいつも、アタシらとは食べないッスよ」
「何で?」
「別にオマエにとってはどうでもイイ事ッスよ。
 何で、そんな晋助様の事知りたがるッスか?
 夜兎だか春雨の師団長だか知んないッスけど、晋助様に妙な真似したら、
 この来島また子が許さないっす!」
「へぇ、女を殺す趣味は無いけど、殺されたいなら相手になるよ」

神威はナチュラルに凄んで見せた。
血気盛んなまた子にあてられて血が騒ぎ、自然と獣染みた顔になる。
嫌な空気を感じ取った阿伏兎が神威を止めるよりも先に、
武市が口を開いた。

「また子さん、喧嘩はいけませんよ。晋助殿が連れてきた方なんですから、
 鬼兵隊でなくとも、我々の同志みたいなものでしょう。
 それに艦で暴れられたら困りますからね。大人しくしてなさい」
「武市センパイっ、でも、こいつ」
「神威さん。晋助殿ならば恐らく自分の部屋で万斉殿と食事をしてるんでしょう」
「バンサイ?誰だっけ。覚えてないや。
 まっ、いっか。じゃあ後で行ってみるかな」

武市の答えに満足したのか、神威は不穏な気配を失せさせて
また席に戻って食事を始めた。
阿伏兎と武市はやれやれといった面持ちで息を吐く。

「団長。いきなり揉めてくれんなよ?」
「判ってるよ、阿伏兎。揉める気なんてないって」

適当にあしらうようにそう言うと、神威は食事を続けた。
満足するまで食事を喰らうと、
パンと手を合わせ、「ご馳走さま」と言って食堂を後にする。

その足で向かったのは、高杉の部屋だった。


「シンスケ、いる?」

ノックもせず、返事も待たずに神威は高杉の部屋のドアを開ける。
ドアの向こうには、武市の言った通り晋助と万斉が二人でいた。
二人の前には沢山の酒と、少量のおつまみが置いてある。

「何用でござるか?」

平坦で有りながらも、不服そうな響きを含んだ声で万斉が問う。
神威は相変わらずへらへらしたままで答えた。

「うん、キミには関係ないかな。俺が用があるのはシンスケだから」
「そうつれぬ事を申すな。拙者にも聞かせてくれぬか?」
「え〜、邪魔だよ。出てって欲しいな。ね?」

獰猛な蒼い瞳が万斉を射抜く。
だが、万斉は少しも怖じる様子は無く、神威の方を向いたまま動かない。

こいつも面白そうだと神威は思ったが、
銀髪の侍や晋助程では無いので、それほど万斉には興味が沸かなかった。
しかし、邪魔をするなら仕掛けるのも悪くないかもしれない。
そう思い始め、身体を動かし掛けた瞬間に晋助が立ち上がる。

「万斉、今日はこれで終いとしようや」
「晋助?」
「酒は充分だ。少しはガキの戯れに付き合ってやらねぇとな」
「ならば、拙者も……」
「いいから、てめぇは食堂にでも行って飯でも食ってこい」

万斉は晋助の言葉に若干不服そうな顔をしていたが、
大人しく神威の隣りを擦り抜けていった。
擦れ違いざま、神威の耳の近くで低く万斉が呟く。

「晋助に手出しをしたら容赦はせぬ」

宣戦布告にも似た言葉に、神威は口の端を吊り上げて「怖い怖い」と
茶化すように笑った。


万斉が何食わぬ顔で出ていくと、晋助は神威の方を見た。

「で、この俺に何の用だ?わざわざ部屋まで来るたぁ、何事だ?」
「んー用は無いかな。ただ、シンスケはいつも食堂にいないからさ」
「ああ、集団行動は苦手でね」
「ふーん。俺もだけどね。ゴハンちゃんと食べた?酒だけなの?」
「俺にゃ酒があれば充分なんだよ」
「ちゃんと食べないから華奢なんだよ、シンスケ」
「華奢、ねぇ。てめぇの方が目方は軽いだろうが」

クツクツと馬鹿にしたように笑う晋助に、神威はヘラヘラした顔で言う。

「俺はまだ一応成長期の途中だから。これからおっきくなるよ。
 でも、晋助はとっくに成長期なんて終わってるでしょ?
 それなのに肩幅もそんなにないし、手足も細い。
 将来、間違いなく俺より細くて小さくなるよ。シンスケは」

かなり良闇に近い言葉だとゆう自覚は有った。
だが、晋助は相変わらず不敵な笑みを浮かべたままだ。
艶やかに微笑み、「そうかい。そいつぁ楽しみだ」と軽くあしらわれる。

「ちぇ。俺ってこう見えても意外と口も立つんだけどね。
 鳳仙の旦那を怒らせるくらいだよ。なのに、
 シンスケにはちっとも勝てないや。口では勝てる気もしない」
「そう不貞腐れるな。俺の方がお前よりも長く生きてるだけの話だ」

晋助は笑いながらくいっと酒を煽った。

「絵になるね。シンスケが酒飲んでると。
 やっぱり男は女じゃなくて酒に溺れる方が絵になるよ。
 シンスケ、お酒は好きみたいだけど、女の方はどうなんだい?」
「女なんざ興味はねぇよ。神威。お前はどうなんだ?
いや、お前はまだ餓鬼だからまだ女の味は覚えてねぇ、か。童貞か?」
「ははは、冗談でしょ?俺はとっくに童貞卒業してるって」

笑ってそう言うと、僅かだが晋助は表情を崩した。
はっきり判らなかったけど、少し面喰ったような顔をしていた様に思う。
その顔が可愛く思えて、神威はにやりと笑った。

「十五になる前に適当にヤッたよ。あ、相手の女死んじゃったけど」
「ほう、意外だな。そんなに早ぇとは思わなかった」
「早いかな?普通だと思うけど。シンスケは幾つで捨てた?」
「さあ、な……。忘れた」
「本当かな?遅いから恥かしくて言えない、とか?
 俺も教えたんだからさ、教えてよ。こういうのは平等じゃないとね」
「……」
「黙ってる気?じゃあ、吐かせちゃうぞ」

凶悪な笑みを浮かべると、神威はいきなり晋助に飛び掛かった。
殺気がなかった所為か、酒が回ってぼんやりしていたのか、
晋助は簡単に押し倒された。

「シンスケの唇って艶々してて美味しそう」

舌舐めずりをすると、神威は齧りつくように晋助の唇を奪う。
柔らかく甘美な感触。貪るように、自分の唇で晋助の唇を包む。

「んぅ……っ」

晋助の唇からくぐもった声が漏れ、鼻から甘い吐息が漏れた。
薄緑の瞳が怒りに似た色を帯び、晋助は手で自分の身体を
押し返そうとしてきた。
細いその手首床に押し付け、構わず神威はキスをする。
小さな舌を長い舌で絡め取り、きつく吸い上げると
自分の身体の下で華奢な晋助の身体が震えた。
生温かい感触が心地よくて、キスを続けていると、
舌にピリッと小さな痛みが走った。
同時に口の中に血の味が広がる。

「って〜。噛み付かれちゃった。シンスケは猫みたいだね」
「…はぁっ、っ、しつけーんだよ、お前の接吻は」
「そう?女は失神する位悦ぶけど。
 で、どう?シンスケも自分の初体験について話す気になった?」
「なるわけねーだろ」

少し潤んだ目で晋助が自分を睨んだ。
その顔はまるで挑発しているようにしか見えない。
唇の端から垂れた自分の血を舌で舐めとると、
晋助の鎖骨に唇を落として、舌を這わせた。

「ふ、はっ…この、やめろ、馬鹿が」
「嫌だね。教えてくれるまで止めないよ」

湿った舌で卑猥な水音をさせながらくっきりした鎖骨の窪みや、
首筋を舐め上げると、晋助が悶える。
声を我慢する顔も、その仕草も艶めかしく色っぽかった。

女に溺れる男はみっともないだなんて言いながら、
自分が今まさに女ではないが一人の人間に溺れかけている。
魔力のような魅力を持つ晋助に、神威は獣染みた瞳を細めた。

荒々しく背中を抱き寄せ、首筋に、鎖骨に、胸に紅を刻む。
白い肌に栄える赤が鮮やかで美しかった。

「くっ、っぁ、そん……なに、聞きてぇかよ?俺の初体験」

見当外れな晋助の言葉に、神威は一瞬キョトンとした。
晋助は驚くほど鋭い心眼とも呼べるほどの洞察力と、
読心術を持っていたが、どうやらこういう色恋的なものには
それは作動しないらしい。
くすりと神威は笑い声を漏らすと、晋助の肌から唇を離した。

「うん、教えて」
「……二十歳過ぎてすぐぐれぇだよ」
「え?それホント?」
「ああ。嘘じゃねぇ。女を抱いたのはそれくらいだ」
「奇跡的じゃん。妖精さんみたいだね」
「悪かったな」

少し拗ねたようにそっぽを向く晋助が異常なまでに可愛かった。
体当たりするようにその身体に抱き付くと、
胸辺りに神威はすりすりと頭を擦り付けた。

「シンスケって、真面目なんだね」
「昔は多少、な。今ではすっかり変っちまったがな」

少し遠い目をして晋助が呟く。
懐かしそうな寂しそうな瞳に、神威は少し動揺した。
自分までも郷愁に駆られてしまいそうになる。

「どうした?神威。クク、子供頃でも思い出したか?」

晋助に胸中を見抜かれて、神威は驚いた。

「本当にすごいね。見えない目に秘密でもあるのかな?」
「さてな」
「ふふっ。シンスケはやっぱ面白いや」

笑いながら晋助の薄い胸板に顔を埋める。
ふわりと甘い香りがした。
花みたいなその香りが、母親の面影を脳裏に蘇らせる。
柔らかなその肌の温もりと感触が心地よくて、動けなくなる。

何も言わず、晋助が髪を梳いてくれた。
優しい手付きは、母のそれとよく似ていて、心地良くなる。

「ねぇ、シンスケ。今度俺と一緒にゴハン食べようよ。
 シンスケがいないと、退屈だからさ」
「いいぜ。付き合ってやるよ。食う量は合わせねぇが、
 お前がアホ面で飯を頬張っている所を見ていてやるよ」
「約束、ね」
「ああ」
「なんか、眠くなって来ちゃった。このまま寝ていい?」

甘えたように尋ねると、晋助はつれなくも立ち上がった。
がっかりした顔で晋助を見詰めていると、
晋助は胡坐をかいて座り、手招きをして来た。

「来いよ、膝でよけりゃ貸してやるよ」

妖艶な笑みで誘われた途端、神威は晋助の太腿に頭を預けた。
晋助の手が、また優しく髪を撫でる。
気持ち良くて、自然と欠伸が出てきた。
そのまま欲望に流されて神威は瞳を閉じる。

瞼の裏に映る、幼い頃の生温い夢。
こういうのも悪くない。そう思えた。






--あとがき----------

高杉の前では子供で素直な神威が好きです。
神威は吉原の話しの発言を聞いていると、
かなり大人の男な感じの発言が多いのでぜったいに
女経験あると思います。

逆に高杉は手慣れてそうに見えて、
辰馬が高杉と遊郭に行った時の話を聞いていると
昔はかなりの奥手のようでしたので、
童貞捨てたの意外と遅いかなと思いました。
多分、昔は松陽先生を取り戻すのに必死でそんなどころじゃなかった気が。
可笑しくなってから、やけ気味に女抱くようになったり、
キセル吸うようになった気がします。