「再会」






毒々しいネオンが輝く繁華街。
そこら中で水商売の女やホストが往来の人を勧誘している。

本来こういう人が多く賑やかすぎる場所は好かない。
落ち着き、風情のある潜伏先の京都の方が好みだが、
高杉は会談の為しかたなくこの江戸に赴き、帰る途中だった。
その傍らに供は居らず、編笠も被らず、一人で人混みに紛れて歩いていた。

これだけ人がいれば、誰も自分なぞを注視してはいない。
真撰組の姿もないので、何の問題もなかった。
もっとも。もし、この中に彼らの姿があったとしても大丈夫だ。
無能な豚の家畜に見付かるなどヘマは一度たりともない。

気に入りの蝶の模様が入った赤紫の着物姿で、
他人の気配に紛れて高杉は船が迎えに来る約束の場所まで歩いていた。

「おっ、そこの美人のおねーちゃん。わしと一晩どうじゃ?」

底抜けに明るく大きな声が鼓膜を揺らした。
聞き覚えのあるその声に、高杉は思わず声の方を振り向く。
同時に、ど派手な赤いコートに身を包んだ長身の男が飛び掛かってきた。
寸でのところでそれを躱す。
男はそのままべしゃりと無様に地面にダイブした。

「いたたたた。アハハ、素早い身のこなしじゃのう」

痛いと笑いながら、男は顔をあげて高杉を見た。
サングラスに洋装と井出達は昔とずいぶん変わったが、
変わらない顔がそこにあった。戦場を共に駆けた同志、坂本辰馬。

自分の顔を凝視する辰馬に、高杉は薄い笑みを投げかけた。

「よお、辰馬。ずいぶんと久しぶりじゃねぇか」
「ん?おまんは……、誰じゃったっけ?」

笑いながら首を傾げる辰馬に呆れて、高杉はムッとした顔をする。
すると、辰馬はぽんと手のひらを叩いて、高杉を指差した。

「ん?おまん、高杉じゃなかぁ?こらまた久しぶりじゃのう!」

大声で名前を叫ばれて、さすがの高杉も少し焦った。
舌打ちをすると辰馬の腕をとって無理やり立たせ、
そのまま人気のない裏路地へと引っ張り込んだ。

「なんじゃ?こんな裏路地に引っ張り込んで」
「悪いが、これでも幕吏に追われる身でね」
「そうか?そりゃーすまんことをしたのう。
 それにしても、女子の着物ば着ちょるから、誰かわからんかったぜよ」
「どうだかな。本気で誰か忘れていたんじゃねぇか?」
「いんや、それはないきに。わしがおまんを忘れるわけなか」

そう言いながら、辰馬がぎゅっと高杉の手を握った。
辰馬の大きな手に、高杉の小さな手がすっぽり包まれる。

「高杉は相変わらずこんまいぜよ」
「そりゃ馬鹿みてーにでけぇお前にくらべりゃ、な。
 それにあの時からじゃ、幾許も背なんざでかくなりゃしねぇよ」
「それもそうじゃな。でも、本当に会えてうれしいぜよ」

心の底から本気で辰馬がそう思っていることが分かって、
高杉は僅かだが自分の心が揺らぐのを感じた。
よぎった感情を振りほどくように、高杉は辰馬から顔を背ける。

「ん?そっぽ向かんと、もっとよう顔を見せてくれ」

辰馬はそう言って、右手で高杉の頬を包んだ。
正面から二人は見詰め合う。
その途端、辰馬の顔から笑みが消えて、眉間に僅かだが皺が寄った。

「高杉、おまん、その顔……。天人にやられたんか?」
「……まあ、な」
「そうか。それで顔の印象が違ったんじゃな」

辰馬がしげしげと顔を見つめてきたが、不思議と不愉快ではなかった。
上から下まで一通り観察した後で、辰馬はまた笑みを浮かべた。

「にしても高杉、相変わらずべっぴんじゃなあ。
 でも、昔よりも色気が増したんじゃなか?
 昔も綺麗じゃったが、今より清楚な感じで可愛かったのう。
 身体つきも妖艶になったぜよ。
 昔はもっとガリガリじゃったが、今は程良く肉がついた」
「お前、とうとう目までおかしくなったか?美人なんて言葉、男に使うか?
 いくらてめぇに節操がないからと言って、
男まで口説くほどじゃなかっただろう?馬鹿か、てめぇ」
「いやいや、わしの目に狂いはなか。
 ほれ、見い。わしの股間もちゃーんと反応しとるぜよ」

あっけらかんと笑いながら、辰馬は胸を張って身体を反らす。
ズボンの股間辺りが盛り上がっているのが目に入り、高杉は顔を顰めた。

「きめぇ。俺、帰るわ」
「待たんか、高杉。つれないこと言うな。
ほれ、せっかく再会したんだから、酒でも飲もう。な?」
「忙しいんだよ。てめぇと違って」
「ちょっとでいから付き合え。な?」

サングラスをずらし、青い瞳で辰馬が高杉を見詰める。
濃い青の瞳に、ガラにも無く動けなくなった。
万斉にどやされるだろうと思いながらも、高杉は彼に付いていった。



酒場と宿場を兼ねた、所謂連れ込み宿。
辰馬と二人きり、和室で顔を突き合わせて再会の盃を交わす。
けして、目出度い再会では無い。それでも、悪い気分ではなかった。

だが、互いに決別した関係は極めて危うかった。

高杉は一方的に辰馬の話を聞いていた。
高いテンションで、明るい話ばかりしていた辰馬に少し油断していた。
だから、不意にあの話しが出た時、高杉は少なからず動揺した。

「高杉、わしがおまんら置いて出てったこと、怒っちょるか?」

静かな問いに、言葉が返せなかった。
動揺した薄緑の瞳が目の前の男をじっと見詰める。

「銀時も、桂とも離れて、おまんは淋しか?」
「馬鹿言うんじゃねぇ。もう、ガキじゃねぇんだ」
「そうか。わしゃ、今でもおまんを仲間や思うちょる」
「……そうかよ」
「なあ、高杉。おまんが戦場離れるなんざ想像出来ん。
 じゃが、もしできるなら、これ以上傷付かれるのは嫌じゃ。
 だから、わしと商いでもやってみんか?おまんなら大歓迎ぜよ」

甘っちょろい言葉だと思った。
酔った末に出た戯言だと信じたい。だが、辰馬の目は本気だった。

キセルを懐から取り出し、クツクツと高杉は笑う。

「銀時もてめぇも、相変わらず甘ぇこった。
 残念だが、断る。俺にゃ新しい仲間がいる。てめぇらの出る幕はねぇ」

盃を置くと、高杉は立ち上がった。

「仲間が待ってるんだ。返るぜ」
「待て、高杉」

手首を掴まれ、胸の中に抱き寄せられた。
自分よりずっと大きな身体。暑苦しいくらいの体温。
包み込まれる様な温もりに、息が詰まりそうだった。

「離せ、辰馬」
「どうしてもか?」
「ああ。てめぇはてめぇの道を行った。
 俺も、俺の道を行く。例え其処に死体と闇しかなくてもだ」
「寂しい事をいうんじゃな」
「決めた事だ。離せ」

逞しい腕が弱々しく離れて行った。
暑苦しいくらい煩く能天気な辰馬は、こんな時でも静かにだが笑っていた。

高杉は背中を向けた。

「高杉、キスしていいかのう?」
「駄目だ」

つれなく断ると、高杉は手を握って来た辰馬の手を解いた。

「辰馬。俺はぁ、てめぇを怒ってなんざいねぇよ」

出ていく直前、静かにそう告げて高杉は去っていった。
光から逃げるように、闇へ闇へと高杉は進んでいった。



静かな河の近く、革のコートを纏った男が佇んでいる。
青みがかった髪と、ヘッドフォン。そしてサングラス。
待ち合わせの約束をしていた河上万斉だ。

「晋助!」

自分の姿に気付いた万斉が、足早に駆け寄ってくる。

「遅かったではないか。心配したでござるよ」
「ああ、悪い。待たせたな」
「いや、待たされるのはかまわんさ。何かあったのかヤキモキした。
 真撰組にでも出くわしたか。それとも、他の手のものでも?」
「何もないさ」
「だったら何故、遅れてきた?」
「本当に何でもねぇよ。帰るぞ」

するりと隣りを擦り抜けた高杉から、万斉はいつもと違う匂いを感じ取った。
少し変わったコロンの香り。男っぽい香りだった。

「晋助……」

思わず万斉は高杉の手を掴もうとしたが、
そう出来ずに黙って、晋助の背中を追いかけた。





--あとがき----------

公式で坂本と高杉の再会のシーンがないので、自分で書いてみました(笑)
辰馬は高杉を可愛いと思ってたらいいです。
高杉は辰馬が離れて行った事に関しては
自分の道を貫いてなので怒ってなさそうだと思います。

万斉と辰馬が高杉を奪い合っているのとか萌えます。