++++誘い香+++++






天人が平然と横行し、幕府は腐れた世の中。
辻斬りだの、攘夷志士のテロだの、天人による殺戮だのの物騒な話は絶えない。

高杉晋助はキセルを着物の袖から取り出し、深く吸い込んだ。
足元に転がっているのは、死骸。
この世で最も醜い人間共の亡骸の山々だ。
地球人だけではない。亡骸には天人の亡骸も多々ある。
みな身を刻まれて死んでいる。刀に手を握っているところを見ると、
闘った末に負けて死んだのだろう。
致命傷のみが刻みついた身体からは、
殺した相手が相当の腕前の者だったことが察せられる。
みな息絶え、政府に応援や助けを呼ぶ間もなかったのか、
高官の屋敷だと言うのに、これだけのことがあっても館の中は静かだった。

「ククッ、俺が入る前にどこぞの酔狂な輩が殺ったか」

刀を鞘に納めると、高杉はゆっくりと歩き出した。
ここでは貸切で幕府と天人の密談が行われていた筈だった。
だが。闖入者によりそれは阻止されたようだ。
その闖入者を拝みたくて、高杉は死の気配が漂う館をゆっくり歩いた。

死体の中には女、子供はない。みな、屈強そうな男ばかりだ。
恐らく、使用人と家内を全て取っ払い、
重鎮とその護衛だけで会談が行われていたのだろう。

(まだ、微かに気配がある―…)

気配を殺して、高杉は奥の間に進んだ。
廊下にもいくつかの死体がゴミのように転がっていた。

ふと、高杉は思う。助けを呼んだが、助けに来た者も殺されたのかもしれない。
密談にしては館にいる人の数が多すぎる。
闖入者を捕えるべく出撃した者すべて、その刃に倒れたのかもしれない。

「そこにいるのは誰だ?」

すらりとした声が離れた奥の間から聞こえていた。
高杉は足を止め、意識をそちらに向ける。
足音なく気配が近付いてきた。視界に長いコートの裾が揺らぐ。

闇から姿を現したのは、夜だと言うのにサングラスをかけ、
耳にはヘッドフォンをつけた、青みがかった髪の長身の青年だった。

「ほう、まだ人が潜んでいたでござるか。
 ふむ、お主はどうやら家畜ではなく、獣のようでござるな。
 静かで美しいながら、凄味のある旋律が聞こえてくる」
「旋律、ねぇ。お前は耳がいいようだ。俺の足音を拾うなんざ、
 常人にはできねぇぜ。クククッ、
 さしずめそのヘッドフォンは不快な音から逃げる為の小道具か?」

高杉の言葉に、サングラスの下で男は目を細めた。
整った眉にわずかだが皺が寄せられる。
何も答えない青年に、高杉は問いかける。

「お前がここのブタ共を殺したのか?」
「いかにも。死合うてもらった。……お主、できるな」
「さぁて、な」
「いやいや、謙遜など要らぬよ」

平坦な声でそう言うと、男は背中の刀を引き抜いた。
間髪入れずに高杉の懐に切りかかる。
高杉も懐から刀を抜くと、やすやすとそれを受け止めた。
顔を近付けてきた男が、刃を交えたまま愉しそうに笑った。

「拙者の見立て通りだ。良い音色をしている」
「てめぇもいい面ぁしてるじゃねぇか。俺は高杉晋助だ。てめぇは?」
「拙者の名は河上万斉」
「やはり、な。最近巷で噂の人斬り万斉か。若いな」

高杉は刀を退いた。万斉も刀を降ろす。

「お主が高杉晋助、か。名は聞いてるでござるよ。
 鬼兵隊の総督。鬼のように強い男だと。ここには攘夷で入ったので?」
「まぁな。どこぞの野良狼に先を越されたようだがな」
「ふっ、それは済まぬことをしたな」
「ぬかせ。思っちゃねぇだろう?お前は、何故刀を振るう?」
「ただの退屈凌ぎでござるよ」
「退屈凌ぎねぇ。それだけじゃねぇだろ。
腐った世界の悲鳴をただ黙って聞くに堪えない。違うか?」

薄緑の瞳に見透かすように見詰められ、万斉は口を噤む。

「俺はぁ、この腐りきった世界をぶっ壊す。
世界中の首を?ぎ取って地獄へ連れて行ってやりてぇのさ。
万斉、お前もよかったら俺と来ないか?でかい花火を打ち上げようぜ」
「ふむ……」

万斉は暫く考え込むように腕を組んでいた。
だが、暫くすると腕を降ろし、口元に笑みを浮かべる。

「拙者は日本の行く末になど興味はない。
 だが、主の奏でる音は非常に興味深い。いや、主の魂に惚れたと
いっても過言ではない。よかろう、共に行こう。
 但し、拙者は飼い犬にも下僕にもならぬ。対等が条件だ」
「対等でけっこう。俺はそう大層な人間ではねぇからな」

二人は死骸だらけの屋敷を共に出た。
寝静まった街をゆったりと歩き、停泊している船へ向かった。
この時万斉は、この場所が自分の終の住処になるなどとは思ってなかった。
ただの退屈凌ぎで、少しこの高杉晋助という男の向かう道を
覗いてみようと、そんな風に考えていたに過ぎなかった。





静かな川の畔、浮かぶ屋形船に万斉はゆっくりと近付いた。

高杉と共に行動するようになって数週間が経った。
だいたい一緒に行動する事が多いが、
今回は一人で大きな仕事をこなし、今しがた帰ってきたばかりだ。

この船で待っているという文を受け取り、
帰るなり早々に着替えて参上した次第だった。

我ながら不思議だと万斉は思った。
元来、人間は好かない。醜い場面ばかりが立ち嫌いといっても過言でない。
昔から何をするにも一人でいることの方が多かった。
人の下につくことなど考えたこともない。
それが、今では対等な立場と口では言っても、
高杉晋助の配下に着いたも同然に動いている。

自分でも不思議だった。彼の何がそんなに自分を惹きつけるのか。
思想だろうか?全てをぶっ壊すと宣った過激な思想。
いや、違う。日本を腐っているというのには激しく同意だが、
壊すというのには興味などない。
高杉晋助が手を下さずとも、この国は何れ滅びるだろう。
それでは、彼といる事で自分が強い敵と死合えることか?
それも違う。彼といなくとも、人斬りは続けられる。
むしろ、彼の命に従わなくていい分、より動きやすいだろう。

だったら何故、彼と居るのか?
最初の理由は、かつて攘夷志士を束ねたという総督たる男、
高杉晋助の魂の音色に興味をもったからだ。
だが、こんなにもずっと行動を供にする気はなかった筈だ。

さっぱり答えは出ない。
無理に出す必要もないと、万斉は考えるのをやめた。
直感とノリとタイミングで生きていくのが自分だ。
考える事は自分の仕事ではない。

立ち止まった足を再び進める。万斉はコートの裾を翻して歩き出した。



船に入ると、窓枠に腰かけて高杉が座っていた。
片足を窓枠に上げている所為で、
着物の合わせが捲れて、際どい所まで見えそうだった。
いつもは布の下に隠れた太腿がチラリと覗いていた。
その白さに思わず目を奪われる。

態とやっているのか無自覚かは謎だが、
もしも態とならば、とんでもない性悪猫だ。
じっと凝視するのも如何なものかと思い、
万斉は目を逸らそうとしたが、そうできずにいた。
すると、高杉がにやりと口の端を吊り上げる。

「どうした?早く座れよ」
「ああ……。では、失礼致す」

並べられた膳の前に万斉は腰を下ろした。
窓枠に座っていた高杉も正面の膳に腰を下ろす。
美しい薄緑の瞳が自分を映し出すのに万斉は不覚にも
胸が高鳴るのを覚えた。
思わぬ鼓動の乱れに戸惑いながらも、
酒を片手に妖艶に笑う高杉に酌をしてもらい、杯を傾ける。

「よくやった、万斉。俺の見込んだ通りの働きだ」
「いやいや、それは至極光栄でござるな」
「謙遜すんな、てめぇは大した男だよ。
 何か、褒美を取らせねぇとな。多くの物はないが、
 てめぇが欲しいもんを一つ言え。用意するぜ」

高杉の言葉に、万斉はサングラスの下で瞳を光らせる。
望むだけならタダだと、唇を開いた。

「では一つ。晋助、ぬしを頂こうか」

低い声で放たれた言葉に、晋助は動揺しなかった。
にやりと唇の端を上げて妖艶に笑って問い返す。
「欲しいのは俺の命、か?」と。

「いや、そうじゃない。ぬしの身体でござるよ」
「……ほう、男色、か?」
「そのような気はござらん。今まで女しか抱いたことはない」
「じゃあ、何故だ。何故お前はこの身を望む?」
「はてさて。拙者にも判らんでござるよ。
 ただ、ぬしを抱いてみたいと思った限りだ。不足か?」

くくっと喉の奥で高杉が嗤う。
薄緑の瞳を上げて万斉を見詰めると、高杉は大声で笑った。
ひとしきり笑った後、自分の膝を叩くと彼は立ち上がった。

「よし、場所を変えるぞ。布団がねぇと腰が痛くなる」
「え?」
「宿へ行く。ついてこい」

冗談のつもりはなかったが、
まさか鬼兵隊の隊長たる彼がこんなふざけた誘いに
乗ってくれると思ってもみなくて、万斉は少したじろいだ。

だが、願ってもない好機だと、気を引き締めて彼と共に船を降りた。




仄かな灯りが灯され、中央に厚みのある布団が敷かれた部屋。
万斉は少しだけ緊張した面持ちで布団の横に座していた。

「来いよ、万斉」

高杉は布団に横たわると、指をくいくいと引いて万斉を誘う。
一つ呼吸をすると、万斉は誘われるまま高杉に近付いた。
緩く着た女ものの着物に手を掛け、白い首筋に唇を寄せる。
舌で舐め上げると滑らかな感触がした。
色っぽい吐息がすぐ近くで聞こえ、下半身が熱くなるのを感じた。

(欲情している―…、拙者が?……まさ、か)

人間は嫌いだ。女経験は豊富にあるし、性欲処理に女を抱く事もする。
だが、欲情も愛したことも一度もない。
人間など皆、一皮剥けば醜悪な欲の塊でしかない。
汚らしい音を撒き散らせ、自分を不愉快にする肉の塊。
そんな認識しかなかった。
それが、今、自分は目の前にいるこの男に欲情している。
己が肉体の一部は確かに熱を持ち、触れたいと言っている。

この男の奏でる魂の音色は壮絶に美しい。はっきり言って聞き惚れた。
本人自身の容姿も音色に違わぬ美を纏っている。
絶世の美女と紹介されても可笑しくない程、美しい容姿だ。
だが、だからと言って自分は男色では無い。
美しいからと言って男に手を出す趣味は無いのだ。
なのに、どうしてだろう。こんなにも目の前の男に焦がれている。

滑らかな肌に手を滑らせ、胸の飾りに触れる。
掌の下で筋肉質だが薄い胸がぴくりと震えた。

「つっ……ぁっ……っぅ」

不意に漏れた声を高杉は噛み殺していた。
誘っておきながら、自分が喘ぐのは我慢がならないようだ。
声を押さえられるのは面白くないと、執拗に胸の突起に触れると、
淡い桜色から紅色に色付き、固く尖る。
切なげに眉根を寄せる高杉の表情が、ほんのり上気した白い肌が、
時折漏れる高い声が、とても美しいと万斉は思った。

もっと見たい。もっとその声を聞きたい。
高杉の着物を剥ぎ取り、万斉は白い肌へ舌を這わせた。

「んっ、……く、やめ、ろっ……」

高杉の手がくしゃりと万斉の髪を握り、顔を引き剥がそうとする。
弱々しい手付きだったが、自分を見下す眼光は鋭く、
明らかに怒りを滲ませていた。

「何を怒る?晋助」
「恋仲じゃねぇんだ、愛撫はいい……とっととぶっ込めよ」

色気もムードもない言葉だったが、
自分に敵意を向けるその表情は煽っているようにしか見えなかった。

「了解した」

触れていたいという気持ちを押さえ、万斉は高杉の着物を全て脱がせる。
真白な下帯びに手を掛け、するりと外した。
下半身を露わにしてやると、高杉はついと顔を反らす。
それが嫌悪なのか羞恥なのかはわからなかった。

万斉は自分も服を脱ごうとコートに手を掛けた。
その気配を感じ取った高杉が冷たい言葉を放つ。

「さっきも言ったが、俺達は恋人同士じゃねぇ。
 お前が望んだ報酬に身体をくれてやっただけだ。脱ぐな」
「……ああ、そうであったな」

上下など無い。最初に取り交わした約束などもう反故になっていた。
自分はもうとっくに高杉晋助という人物に囚われているのだ。
身体も、心も。
命令をされれば、無条件で従う。そんな風になっている自分を思い知る。

長い指に唾液を絡めると、万斉は少し遠慮がちに
高杉の菊座に指を埋めた。
固く閉じたそこを傷付けないようにゆっくりと指を埋める。

「ふぅっ、うぅ……」
「すまぬ、痛かったか?晋助」
「構いやしねぇよ。続けろ……」

少し苦しそうな表情が気になったが、万斉は行為を続けた。
指一本がスムーズに行き来するようになると、二本目を差し込む。
ナカは解け始めて、湿った水音が部屋に響く。
相変わらず高杉は声を我慢している様だった。

「も、いい……、とっとと挿れろ、万斉」
「いや、もう少し解さねば痛むぞ」
「俺が、いいっ、てんだ。愚図愚図すんじゃねぇ」
「無体を強いる気はござらぬ。大人しくしていろ、晋助」

不平を漏らす高杉を無視し、万斉は丁寧にナカを濡らした。
指三本がスムーズに入るようになるまで、慎重に拡張していく。
初めは眉を顰めていた高杉だったが、やがて欲に滲んだ表情を見せる。

「よし、そろそろよかろう」

指を引き抜くと、とろりとした粘液が糸を引いていた。
それを嘗めとると、万斉はズボンの前を寛げて
自分の雄を取り出す。
万斉のモノは高杉のよりもずっと大きかった。
体格差を鑑みても大きさに差があるのは仕方のないことだが、
それを差し引いても、万斉のモノは大きい。

晋助はじっと露わになった万斉の下肢を見詰めた。

「どうした?晋助。拙者のが余りに大きいので怖じ気ついたか?」
「はっ、誰がそんな事を言ったよ。
 てめぇのなんざ大したこたぁねぇよ。まあ、少しはでけぇが、な」
「フッ、そうか。では、いざ」

強がった口を聞き、態度もでかいが、
万斉は高杉が僅かに引き攣っていたのを見逃さなかった。

普段から纏う妖艶さから手慣れていると思ったが、
意外と彼は奥手らしい事を知る。
恐らく女を抱いた経験も男に抱かれた経験もあるだろうが、
そう爛れている訳ではないようだ。

華奢な身体を正面から抱すくめ、そっと布団に押し倒す。
細い足を掴むと左右に割開き、固い先端を入り口に押し当てて
慎重に熱い胎内へと身を進めた。

高杉は首を仰け反らせ、唇を噛みしめて声を耐えていた。
顔には苦悶が滲んでいる。やはり、痛むのだろう。
少しでもそれを紛らわせればと、万斉は高杉の前髪を払い、額にキスを落とす。
刹那、高杉はびくりと震え、珍しく驚いた様な顔で自分を見た。

「晋助、痛いだろうが、少し堪えてくれ」
「っ、くっ、……ぁっ、気遣いなど、いらねぇ!」
「そう言うな。拙者は、お前に苦役を強いるつもりはない」
「……変な男だな、お前は」

ふっと高杉が息を吐いた。柔らかな吐息と表情。
見慣れぬその顔に、万斉はドキリとする。
息と共に身体の余分な力も抜けたのか、ナカの窮屈さが緩和した。
万斉は細い腰を抱き寄せると、ゆっくりと全てを高杉の胎内に埋め込む。

「クッ、これは、またなんとも―…」

高杉のナカの具合は驚くほど良かった。
正直、今まで抱いたどんな女よりも心地良い。
熱く絡み付く秘肉も、キュッと締め上げる締まりの良さも最高だった。

より深く繋がろうと、もっと快感を得ようと、
万斉は自らの腰を動かす。

「あぁっ、はっ……んぁっ、ぁぁ」
「つっ、とても良い音だ、晋助。甘やかなラブソングのような」
「や、めろっ、気色ワリィ……ぁっ」
「おっと、これは済まぬ。気が散ったか?」

万斉は自らサングラスを取り、情欲に滲んだ瞳で高杉を見詰めた。
万斉の素顔を見た高杉がポツリと呟く。
「思った通りだ」と。

「何がだ?晋助」
「いや、お前はきっと端正な顔をしていると思っていた」
「それはそれは、恐悦至極だ」

不敵に笑うと、万斉は激しく高杉を突き上げた。
声を堪えるのを止め、高杉は髪を振り乱して嬌声を上げる。
万斉もまた息を上げ、獣のような呻き声を漏らした。
一度理性を手放した高杉の色気は壮絶で、自分も押さえが効かなくなっていた。

「んんっ、あぁぁぁっ、はっ、あっ」
「くうっ、し…ん、すけ……、しんすけっ」

顎を掬いあげ、高杉の艶やかな桜色の唇を奪う。
舌を滑り込ませ、吐息まで奪うように深く、深く口付けた。
小さな舌を絡め取り、吸い上げる。
くぐもった声を飲み込み、互いの唾液を交わした。

「いっ、くっ、アァッ、ひぁぁぁぁっっ」

高杉が悲鳴に似た声を上げ、気を失うまで万斉は
己の雄で、その身を漁り続けた。



行為を終え、気絶したまま眠ってしまった高杉を万斉はそっと抱き寄せた。
筋肉質だが華奢な身体を腕の中に収めると、甘い香りがした。

「晋助。拙者はもう、ぬしの傍を離れられぬよ」

はっきりわかった。自分の心は囚われている。
そっと高杉の頬を包み込むと、万斉は唇を奪った。
愛している。そんな陳腐な言葉を吐きそうになって、
慌てて声を飲み込む。

言葉の代わりに高杉の手を取ると、そっと口付けた。
「この命はお前に捧げよう、晋助」
眠る高杉にそう誓うと、万斉もまた甘い香りに包まれて眠りについた。







--あとがき----------

本編で万斉と高杉の出会いがまだえがかれて無いので、
自分で捏造してみました。
万斉は高杉と唯一対等に近い仲間ですので、
出会いも特別かなって思ってます。
万斉はきっと良い所の坊っちゃんでしょうね。
身形もいいし、何となく品?格?がある気がします。
サングラスの下は切れる系の美形と信じてます。