「嫉妬心」





辺りは激しい爆音と煙に包まれて、
敵の位置も味方の位置も定かではなかった。
二丁の拳銃を構え、また子は緊張した面持ちを浮かべる。

度胸は人一倍で、銃を手に敵陣に突っ込んでいく彼女には珍しい顔だ。
高杉は横目で彼女を盗み見ると、静かに尋ねた。

「どうした、来島。心配事か?」
「し、晋助様。すいませんッス。ご心配をお掛けするつもりはないッス。
けど、アタシ、不安で。何か、嫌な予感が……」
「お前ぇの予感は当たるからな。用心に越したこたぁねぇ。
 周囲の事ぁいい。自分の目の前の敵の影だけ追え、いいな?」
「はいっス!」

高杉に鼓舞され、また子の銃を握る手に再び力が入る。
表向きには此処に居るのは幕府の手勢だけだと言うことだが、
高杉助の読みでは、相手は恐らく天人と組んでいて、
ここにもその天人共がやってくるだろうとの事だ。
それが不安を増長させているのかもしれないが、それだけじゃない。
どうにも嫌な気分が拭えずに居た。

「万斉センパイ、遅いッスね。手古摺ってるんでしょうか?」
「かもしれねぇな。だが、奴なら大丈夫だ。
 余計な事は考えず、目の前の状況に集中して自分の身を守れ」
「そうですよね!」

視界の悪い中、敵の影を見つけては引き金を絞る。
そんなまた子の隣では、高杉が目で追えないほどの速さで
敵を捌いていた。
予想通り、敵に天人が混じっている。
だが、高杉はものともせずに人も天人も次々と倒していた。
返り血を浴びてはいても、彼には傷一つもない。

嫌な予感なんてそうそう当たらない。杞憂だったんだ。
また子は息を吐くと、強気な笑みを浮かべてトリガーを引いた。

敵はどこから現れるのか、うじゃうじゃと居た。
高杉は心配いらないといったが、万斉は本当に大丈夫だろうか。
そんな心配をまた子が抱いた時、
煙の切れ目から一隻の船を見つける。その先端には、
返り血に濡れた皮のコートを纏ったサングラスの男が立っている。
万斉だった。どうやら、作戦は成功したようだ。

「万斉センパイ!」

思わずまた子は笑顔を浮かべた。
自分と高杉の陽動は上手くいったんだと、一瞬気が抜けた。

それが隙となってしまった。
自分に向けられた無数の矢に気付くのが遅れた。
俄かな殺気を感じて振り返ると、目の前に無数の矢が迫っていた。

だめだ、避けられない。
そう思って反射的に目を閉じた瞬間、ドンと身体に衝撃を受けた。
びっくりしてまた子が目を開けると、
自身は地面に転んでいて、さっき立っていた場所には高杉が立っていた。

「しっ、晋助、さ…ま?」

バラバラと晋助が弾いた矢が床に転がった。
だが、落としきれなかった矢が一本、彼の左肩を貫いている。
また子は顔を青褪めさせる。
たった一本の矢が刺さっただけにも関わらず、高杉は地面に膝を着いていた。

「晋助様ぁっ!!」
「晋助っ!!」

また子の悲鳴に、船で接近していた万斉の声が重なる。
船で接近していた万斉は船から飛び降りると、
三味線に仕込まれた鉄線を操り、矢を放った敵を刻みながら晋助の傍に降りた。

白煙が晴れつつあった。
床には敵の遺体がゴロゴロと転がっていた。
だが、まだ数名は残っている。
また子は怒りを滲ませ、再び銃を構えた。

「こんのぉ〜っ、よくも、よくも晋助様をっ!!」

ドスの利いた声で叫ぶと、腹立ち紛れにまだ生き残っている敵に発砲する。
辺りに硝煙と血の匂いが漂い、起きていた敵が倒れていく。
似蔵も加わり、敵は次々と死体と化していった。

「くっ……」
「晋助。大丈夫か?」

短く呻く晋助の身体を支え、万斉が彼を覗き込む。
顔色が悪い。瞬時に、矢の刃に毒が塗ってあった事を悟った。
殲滅を終えた似蔵と武市とまた子も駆け寄ってくる。

「万斉センパイっ、晋助様はっ!?」
「毒矢を受けているでござる。急いで船に戻るぞ」
「船の医者には連絡をしておきました。
 晋助殿を連れて急いで戻りましょう、万斉殿」
「ああ。晋助、ちょっと失礼するでござるよ」

万斉は晋助に刺さった毒矢を引き抜き、
着物を肌蹴させると、傷口に自分の唇を付けた。

「うっ……くっ…」

傷口から血を吸い上げて、毒の混じった血を吐き出す。
高杉は顔を顰め、万斉を睨んだ。

「よ、余計な真似、すんじゃねぇ」
「余計ではござらんよ。晋助は身体が小さい。
 少しでも毒を抜いて応急処置をした方がよかろう」
「はっ、この俺が、毒如きでへばるか…よ……」

無理に立ち上がろうとする高杉に、万斉は溜息を吐く。
毒が身体を巡るのを防ぐため、腕の付け根をきつく布で縛ると、
万斉は高杉をひょいと横抱きにした。

「ば、んさい、てめぇっ」

高杉が鋭い眼差しを向けるが、万斉はお構いなしだ。
唇に人差し指を当てると、黙るように促す。

「晋助、もう喋るな。毒が回る。大人しくしていろ」

諭すように万斉がそう言うと、高杉は短く舌打ちし、
万斉から顔を背けるように彼の胸板に顔を押し付けて動かなくなった。
万斉は満足げな笑みを浮かべると、高杉を抱いて急ぎ足で歩き出す。

羨ましそうな顔でまた子が万斉に駆け寄る。

「万斉センパイっ。そういうのは下っ端のアタシの仕事ッス。
 アタシが晋助様を連れて行くッスよ」

口を尖らせて手を出してくるまた子に万斉は笑う。

「これは拙者の仕事だ。また子は一応は女。
 晋助を抱いて返るのは少し無理がある。拙者に任せるでござるよ」
「ちょっ、センパイっ、一応ってなんスか!?」
「すまぬ、失言でござったな」

会話しながらも急ぎ足で万斉は舟に向かった。
さっきまで黙っていた似蔵が万斉の左側に並ぶ。
張り詰めたような空気を纏った似蔵に、また子もつられて苛立った。
二人に挟まれた万斉は相変わらず涼しげな顔をしていたが、
サングラスの下でじろりと似蔵を睨んだ。

「何か用でござるか?似蔵」
「いや、一番下っ端は俺だからねぇ。その荷、俺が運んでやるよ」
「けっこう。晋助の事は拙者が一番よく知っている。
 奴の世話は拙者の仕事でござるよ。それこそぬしに任せられぬ」
「……そうかぃ。……」

横を擦り抜けて行った似蔵が蚊の泣くような声で何かを呟いた。
だが、あまりに小さな囁きだったのでそれは風の音に消えて
また子には聞こえなかった。
だが、聴覚の優れた万斉にはその言葉はしかと聞こえていた。

ムカツク野郎だ。確かに似蔵はそう呟いた。
下っ端扱いされた事にでは無い。直感でそう思った。
声に不穏な色が混じっていた。思慕からくる嫉妬。

万斉は眉間に皺を寄せる。
何も映さない筈の瞳に、映る高杉晋助という篝火。
奴の目には、一体どのように晋助は映っているのだろうか。

罪な男だな、晋助。
心の中で呟きながら、万斉は急ぎ足で医務室に向かった。




医務室ですぐさま処置が行われた。
毒は全身を麻痺させる致死効果のあるものだったが、
処置が早かったので命に別条はないとのことだった。

「万斉様、この薬を飲ませさえすれば、大丈夫ですよ」

医者の言葉に、付き添っていたまた子も武市も似蔵も安堵を浮かべる。
万斉は医者から薬を受け取ると、晋助の口許へ持っていった。

「晋助、薬を飲め」
「う……っぁ……あ」

口の中に薬を入れてやるが、高杉は身体に力が入らない様で
薬を飲み下せずにいた。
口の端から薬が転がり落ちる。涎に濡れた薬を万斉は掌で受け止めた。

「身体が麻痺しているから、飲み込めないのでしょう。
 万斉様、水に薬を溶かして飲んで頂いてはどうでしょうか?用意します」
「いや、けっこうでござる」
「ちょっ、万斉センパイっ!断ってどうするんスか?」
「そうですよ、万斉殿。晋助殿が薬を飲み損ねて喉を詰まらせたらどうするんですか?」
「はは、そんなことは拙者がさせぬよ」

心配そうに覗きこんでくるまた子と武市に笑い掛けると、
万斉は掌に乗っている薬を自分の口へと放りこんだ。
次いで用意してある水を口に含むと、高杉に口付ける。

「んぅ……ぅ、ふっ……!」

怒ったような薄緑の瞳が睨んできたが、
容赦なく開いた唇に自分の舌を捩じ込み、薬を落とす。
それから口に含んでいた水を流し込んで、舌を使って
薬を喉の奥に押し込んでやると、大人しく高杉は薬を飲み下した。
飲み込み切れなかった水と唾液が、
高杉の唇の端からつっと垂れるのを自分の舌で拭いとると、
態とらしく柔らかな唇を食んでからようやく自分の唇を離す。

「ちょっ、万斉センパイっ!何やってんすかっ!!」

目の前で大好きな高杉の唇を奪われたまた子が、
カンカンになって大声を張り上げる。
それに対して、万斉はしれっとした顔で答えた。

「何って、薬を飲ませただけでござる。他意はない」
「他意はないって、そのサングラスの下でエロイこと考えてたんじゃ」
「接吻ごときでそんなに騒ぎたてることではござらんよ」
「いや、騒ぎ立てることっスよ!」
「てっとり早い方法をとったまででござる」
「嘘付けっ。したかっただけだろっ!万斉ヘンタイッ!」

また子が怒鳴るが、馬耳東風で万斉は晋助の方を見詰めた。
毒の影響で発熱しているらしく、睨んでくる瞳は潤んでいて頼りない。

「ば、んさい。てめ……この、助平が」
「けっこう。約得でござったよ。それより眠れ、晋助。
 薬がすぐ効く訳ではないから、身体が辛いだろう。寝室へ運んでやろう」
「チッ……。さっさと運べ」
「了解した」

拗ねた顔をしながらも手を伸ばして来る高杉を抱き上げると、
万斉は医務室を出た。
少し歩き始めた所で、よっぽ身体が疲労していたのか高杉は眠ってしまっていた。
万斉は早足で高杉の自室へと向かう。

その後ろを、足音と気配を殺して似蔵がつけてきていた。
万斉は溜息を吐くと、後ろを振り返る。

「何か用か、似蔵」
「気に入らないねぇ」
「ほう、それは拙者のことかな?」
「そう。アンタだ。あの人を穢すような真似、しないで欲しいねぇ」
「穢す……か。拙者はゴキブリか何かでござるか?」
「似たようなもんだろう?」

似蔵が閉じていた瞳を開いた。
灰色に濁った瞳。光を映さないただの曇り水晶が鋭い光を放つ。
万斉は肩を竦めると、踵を返した。

「拙者、急いでいる故失礼致すよ」
「待ちなよ、まだ話しは終わってないだろう?」
「貴様の下らぬ嫉妬心に付き合うはないでござるよ、似蔵」
「嫉妬……ねぇ。アンタも同じだろう?」
「拙者が嫉妬?下らぬ。そんな感情はない」
「どうかな?じゃあなんで、医務室であんな蛮行に及んだんだぃ?」
「また子にも言ったが、てっとり早かったからだ」
「本当にそうかい?」

嫌らしい声でそう言ってくる似蔵に、万斉は目尻に皺を寄せる。
だが、何も言わずに彼を無視して立ち去った。
似蔵も、これ以上は追ってはこなかった。



部屋の布団に高杉を寝かせると、万斉はその隣に寄り添った。
柔らかな黒髪を梳きながら、そっと顔を近付ける。
眠る顔に僅かだが安らぎが滲んでいるのを見ると、
胸の中が少しは満たされた気がした。

高杉がまた子を庇って矢を受けた時、少なからず嫉妬した。
くだらない嫉妬だと解っている。
高杉は冷酷に見えて、本当は情に厚い男だ。
大切に思っている仲間が傷付くのは耐えられないのだろう。

分かっていても、面白くない。
自分もまた子や武市が怪我を負ったりしたら多少は心配するが、
それは自分の一番大事な人が無事の状況でのことだ。
一番傷付けられたくない人が傷付くくらいなら、
他の誰が倒れたっていいと思っている。

「また子を庇って怪我などするな、晋助」

ポツリと呟くと、クツクツと押し殺すような笑い声が上がった。
眠っていたと思っていた高杉が、薄く瞳を開く。

「そりゃまた随分と、来島に失礼じゃねぇか?万斉」
「晋助。起きていたでござるか……?」
「つい、さっきだがな」
「まったく、聞かなかったことにして欲しいものでござるな」
「いや、聞いちまったもんはなかった事にならねぇよ」

愉快そうに笑いながら、高杉は腕を首に絡めてくる。
誘うような瞳に、万斉は苦笑を浮かべた。

「晋助。そんな風に誘われると襲うぞ」
「おいおい、怪我人を襲うのか?この変態やろう」
「変態は酷いでござるな」
「多くの部下の目の前でキスかます奴ぁ、変態じゃなきゃなんだ?」
「生憎、嫉妬心が強いのでな」
「涼しい顔して、あぁ、怖い怖い。ククッ」
「身体を毒に犯されている割によく喋る。眠っていろ、晋助」

華奢な身体をそっと抱締めると、万斉は布団に横たわった。
胸板に高杉が頬を摺り寄せてくる。
ドキリとしたが、怪我人相手に襲いかかる訳にもいかず、必死に理性を堪える。
高杉に怪我さえなければ、間違いなく圧し掛かっていただろう。
胸板に摺り寄せていた顔を上げ、高杉が耳朶に唇を寄せてくる。
甘い吐息がくすぐったくて、理性が崩れそうになった。
それを分かっていて態と、高杉は唇を近付けてくる。
毒を流し込むように、優しく甘ったるい声音で高杉が囁く。

「万斉、てめぇは特別だ。来島とも武市とも、似蔵とも違う」
「……それは、光栄でござるな」
「くくくっ、俺はてめぇを買ってるのさ。
 だから、下らねぇ嫉妬するんじゃねぇよ。まあ、感情を揺らがせる
 てめぇも珍しくて面白れぇがな。ともかく、信頼しているぜ、万斉」

だから襲うなよ。と、意地悪く高杉が囁いた。
クシャリと前髪を掻きあげると、万斉はお手上げと言わんばかりに両手を見せる。
すると、高杉は満足そうに微笑んで寝入ってしまった。

「本当にタチの悪い猫に掴まったものでござるな」

苦笑を浮かべながらも、万斉は満たされたような顔で高杉を抱き寄せた。
無防備に寝入った高杉への劣情を己の中に押し留め、
今は自分だけのものだという錯覚に溺れた。







--あとがき----------

高杉は今の鬼兵隊も大事に思ってるでしょうね。
仲間庇うことだってあるでしょう。
万斉と似蔵は同じ人切り同士でもなんとなく仲が悪そう。
強いのは間違いなく万斉。
銀さんと似蔵は銀さんが紅桜有りでも余裕勝ちでしたよね。
まあ、桂がやられた直後は頭がプッツンしてたのであっさりやられましたが、
あれはトップギアでなくロウギアの銀さん、しかも銀さんは仲間に何かあると、
途端に弱くなるらしいので。しょうがないと思います。
一方万斉は万全の銀さんと戦って、結構良い勝負でした。
ので、万斉のが強いと思います。
晋助に逆らうのも、意向返しするのも万斉ぐらいですね。
万斉はやっぱり特別な存在だと思います。