−白い闇−





はらりはらりと雪花が舞う。
湖も凍えるような寒い朝、万斉は珍しく身震いしながら布団を出た。
隣で眠っていた筈の高杉の姿がない。

「晋助?」

まだ早朝だ。彼が早起きなのはいつものことだが、
起きても冬の朝はしばらく布団に包まっている事が多い。
その彼が、何処へ行ってしまったのだろう。
布団の中はまだ温もりが残っている。起きてそう時間は経っていないようだ。
万斉はいつもの服に着替えると、障子をゆっくりとあけた。

「これは、また……」

道理で寒い筈だ。外は一面、銀世界となっていた。
木にも庭にも雪が降り積もり、何処もかしこも色がない世界だ。
サングラスを外してみると、白ばかりの景色が広がって目が痛くなる。
普段はサングラスで闇に染まった世界を眺めている万斉には、
新鮮だが、何処か落ち着かなさを覚える景色。
サングラスを取りに戻ろうとした時、ふいに庭の隅に色を見つける。
雪から点々と顔を出した鮮やかな椿の紅。
そして、その木の下に佇む艶やかな着物の美しい男。
まさしく白に紅一点だ。

「晋助」

新雪を踏みながら万斉は高杉の元へ歩み寄った。
剣呑にこちらを振り返る高杉の手を握ると、ひんやりと冷たい。

「雪の中、羽織も着ずに薄着で居ては風邪をひいてしまうぞ、晋助」

苦笑を浮かべながら、万斉は高杉を自分の方に抱き寄せる。
大人しく万斉の腕の中に納まりながら、高杉はクツクツと笑う。

「風邪なんざ引かねえよ。俺は大ウツケ者だからな」
「何を申す。晋助が馬鹿なら世の中、馬鹿しかおらぬよ」
「頭のキレと出来の話じゃねえよ」
「ならば、鬼兵隊はみな大ウツケの馬鹿揃いでござるな」
「ははっ、ちげーねぇ」

真白の世界の中、可笑しそうに笑う晋助の色だけが鮮やかだった。
景色や人に感慨など抱かぬ万斉だが、
今この時、白に映える高杉を見ていて雪の日も悪くないなどと思った。

手を伸ばして、木枯らしに靡く高杉の髪に触れる。
一束髪を手に取ると、万斉は愛おしげに口付けた。

「やはり、ぬしは美しい」
「美しい、ねぇ。お前は見る目がねぇな」
「ぬしを美しいと言わぬならば、何が美しいと言える?」
「俺ぁ、この白銀の世界が好きだ。音も色もない、
 冷たい様で、どこか不思議と包まれた安心感をもつ、この無の世界が―…」

そう言うと、高杉は思いを馳せるように真白の世界を見詰めた。
その目に憧憬が滲んでいるのを見て、万斉は嫉妬心に駆られる。

高杉の瞳に映るのは、過去の幻。白い闇だ。
このまま白い世界に儚いその身が融けてしまうような気がしてならなかった。
自分の世界に彼を留めるように、抱締める腕に力を籠める。
冷えたのか、高杉の身体は氷のように冷たかった。
もともと彼は低体温だ。これ以上冷えては身体に障るだろう。

万斉は高杉の身体をいったん離すと、コートを寛げた。
コートの下は何も身につけていない。
普段は寒さにも暑さにも強く涼しい顔をしている万斉も、
素肌を凍風が晒されて、僅かにだが流石に眉間に皺を寄せた。

「何やってやがんだ、てめぇ」

少し呆れた顔で高杉が万斉を見る。
万斉は唇の端を吊り上げると、誘うように高杉を手招いた。
高杉は首を傾げて、不可解な顔を見せる。

「早く来い、晋助。拙者が温めてやろう」
「おいおい、寒さで変になっちまったか?」
「いかれてなどおらぬ。コート越しに抱締められても、
 革のコート故、冷たいでござろう。素肌の方がずっと温かい」
「変態の考え方だな」

貶しながらも高杉は万斉の方に近付いてきた。
筋肉質で広い胸に擦り寄る様に高杉が抱きつく。
小柄な身体を抱締めると、大きく開いた襟から露出した肌がじかに触れ、
然程高くない体温の高杉でも熱の塊のように熱く感じられた。
コートで包み込むように高杉を胸に抱く。
雪が降る外に居ると言うのに、寒さは感じなかった。

「おや、万斉殿」

回廊を歩いていた武市が庭に佇む万斉の姿に気付き、声を掛ける。
万斉の腕の中で高杉がびくりと身体を震わせた。
離せと言わんばかりに腕を突っぱねてきたが、万斉は気にせず
高杉の身体を抱締めたまま突っ立っていた。

「おい、てめぇ万斉、離せ」
「嫌でござる。晋助は温かい。ちょうど懐炉代わりになる」
「俺で暖をとろうたぁ、いい度胸じゃねぇか」
「晋助こそ、冬場は布団の中でしょっちゅう拙者で暖を取るではござらぬか。
 それこそ冷たく冷えた手足の先を拙者の素肌にくっつけてくる癖に。
 晋助が自分からくっついてくれるのは嬉しいが、あれは正直やめて欲しいでござる。
 晋助の手先はいつも凍えて氷のよう故、拙者、いつも心臓が止まりそうな思いだ。
 まあ、それで晋助が寒く無くなるならと我慢している次第にござるよ」

ここぞと言うばかりに文句を言う万斉に、高杉はムッとする。
その間にも、武市がこちらに向かってくる気配があった。
高杉は何とか万斉から離れようとしていたが、
体格が一回り以上大きな万斉の力には叶わずに、やがて諦めたように直立した。

「おや、万斉殿。それは―…」

万斉の隣りに立った武市は、不思議そうに万斉を上から下まで眺めた。
膨れたコート。四本の足首。万斉が明らかに服に誰かを入れていることも、
着物の裾と足首からその人物が高杉晋助であることも明らかだった。

「武市か。これは猫でござるよ」

万斉は動揺など見せず、さらりとそう言った。
高杉は何も知らないフリをして、万斉に抱きついたまま貝のように黙っていた。
武市は相変わらずの無表情で、じっと万斉を眺めている。
それから納得したような顔でポンと手を打った。

「ああ、冬は寒いですからねぇ。猫を抱いていれば暖かい。
 まあ、ワタシなら、体温の高い少女を抱いて暖をとりたいですがねぇ」
「キモッ!その発言マジでキモいっス!このロリコン!」

武市の後ろを歩いていたまた子が庭に出てきて、彼を非難した。
武市を侮蔑の目で見た後、また子は万斉に目をやって顔を顰める。

「ちょっ、万斉センパイ。アンタ、何してんすか?」
「何って、さっきも言った通り猫で暖を取っている」
「また子さん、ワタシと万斉殿の会話を聞いてなかったんですか?
 それとも単細胞馬鹿だから、もうさっきの会話を忘れたんですかねぇ」
「誰が単細胞だっ!ヘンタイ共には言われたくないっス!
 つーか、それって、猫じゃないっスよね?晋助様っスよねっ!?」

膨らんだコートを指差し、また子が叫ぶ。
万斉は少し煩そうな顔になって、「猫のようなものでござろう」と投げやりに答えた。

「いやいや、全然違うからっ!晋助様に失礼っス!
 猫呼ばわりして、しかも晋助様で暖を取ろうなんてどんだけ厚顔無恥なんスか?」
「暖を取っているのは拙者でなく、寒がりな晋助の方でござる」
「嘘つけっ!晋助様っ、今アタシが助けますからっ。しっかりして下さいっ!」

また子は万斉の腕とコートを引っぺがすと
高杉の腕を引っ張って万斉のコートから彼を引っ張り出した。
万斉はすぐにコートの前を閉めると、残念そうな表情を浮かべる。

「大丈夫ですかっ!?晋助様っ」

心配そうに覗きこんでくるまた子を一瞥すると、高杉は「ああ」と短く答えた。
その直後、高杉は外気の寒さに小さなくしゃみを漏らした。

「くしゃみする晋助様も萌えっス……じゃなくって、
 晋助様、本当に寒がってたんですか?すみません、アタシ全然気付かなくて」
「拙者の言った通りでござろう?晋助が暖を取っていたと言っただろう」
「また子さん、晋助殿に風邪をひかせるつもりですか?」

ここぞというばかりに避難する男二人をまた子が睨み付ける。

「なんスか、二人してアタシを悪者扱いとか酷いっス!
 晋助様、ごめんなさい。また子、晋助様が寒がりだなんて知らなくて」
「まあ晋助は薄着の露出狂だし、拙者達の前ではカッコ付けて寒そうな顔一つせぬからな」
「ちょ、万斉センパイ!アンタどんだけ無礼な男なんスか!
 露出狂とか言うんじゃないよっ!それに、カッコつけてじゃなくて
 アタシらに心配かけないためにっスよ!カッコつけなくても晋助様は素敵だから!」
「また子は晋助を贔屓目に見過ぎだ。拙者から言わせれば晋助は我儘な仔猫だ」
「猫……、確かに晋助様は黒猫っぽいっすよね……。
 じゃなくってっ!晋助様はどっちかっていうと獅子っスよ」

黒猫と言ってしまったことにまた子は慌てながら自分でフォローを入れる。
だが、武市も万斉も追い込むように、
「最初にいった黒猫が本音ですね」「ああ、まったくその通りだ」などと囁き合う。
そうやって三人が喧嘩する傍で、また高杉はくしゃみを漏らした。

「あっ、晋助様ごめんなさい。寒いっすよね?
 そうだ、暖を取るならまた子で取って下さいっ、晋助様っ!」

また子はガバリと晋助に抱きついた。
猪の様な体当たりを喰らって抱きつかれ、高杉は密かに咽る。
力加減を知らぬまた子はぎゅうぎゅうと高杉の華奢な身体を抱締めた。
息苦しかったが、温かくもあって高杉は抵抗せずにいた。
だが、代わりに万斉が高杉をまた子からひっぺがす。

「ちょっ、何するんスか!」

せっかく憧れの高杉に正当な理由で接近できていた所を邪魔されて、
また子が口を尖らせて万斉を睨みつけた。
万斉は再び腕の中に高杉を匿いながら言った。

「一生貰われる宛てがないとはいえ、嫁入り前の女子が男に抱きつくな」
「ちょっ、貰われる宛てがないとか酷いっス!
 でもアタシ、晋助様以外の男になんて興味ないっスから!」
「晋助は拙者のもの故、また子は一生結婚できぬよ」
「ちょっ、なんスかそのジャイアンな台詞。
 万斉センパイの口から出ると違和感バリバリな台詞っスよ」
「そうか?拙者、これでいて独占欲が強い」
「ええっ?そうはみえないっスけど。物欲とかなさそうっス」

不思議がるまた子の前で、万斉は高杉の髪に顔を埋める。
項にかかる絹の様な黒髪を払うと、唇を付けて項を吸い上げた。
甘いチクリとした痛みに、晋助がぴくりと肩を竦ませる。
声は堪えたが、色っぽい吐息が唇から零れた。

「し、晋助様、色っぽいっス。男だったら、アタシ勃起してるっす」

あまりにはしたないまた子の意見に高杉は珍しく呆れた顔をした。
そんな表情すらも、また子にとっては素敵に見える。

「つーか、万斉センパイ、なに羨ましいことしてんスか!どういうつもりっスか?」
「晋助は拙者のものだという目印をつけた。
 雪の世界に晋助を連れていかせはせぬ。白になど攫わせはせぬよ」
「白にさらわれる?……あ、ああ……そういうことっスね」

白と聞いてすぐにまた子は白夜叉を連想した。
黒を塗りつぶす白い闇。いつも大事な人の心を占めてしまう憎らしい存在。
今、高杉晋助と共にいるのは自分達なのだと、強く心の中で繰り返す。
また子の隣で黙って一連の行動を観ていた武市も、
万斉やまた子と同じような顔立ちをしていた。

三人の気持ちを感じ取った高杉は口許を緩めた。

「くくくっ、俺は何処にも行きゃしねぇよ。俺の居場所はここだ」

するりと高杉は万斉の首に腕を廻す。
少し背伸びをすると、万斉の右頬に軽く唇を寄せた。
頬にキスされて、多少だが驚いた顔をする万斉の耳元で高杉は囁く。

「寒ぃな。てめぇで暖めろ、万斉」

高杉が誘うような瞳で見上げると、万斉は心得たように頷く。

「了解した、晋助。部屋に戻ろう」

軽々と高杉を抱き上げると、万斉は固まっているまた子と武市に背を向け、
まだ布団が敷きっぱなしの部屋に向かって歩き始めた。
白い雪に足跡を残しながら急ぎ足で歩く。
その足跡は、まもなく降りしきる雪に消された。









--あとがき----------

リクエストありがとうございましたv
遅くなってしまってごめんなさい。
雪に因んで、冬の話しに仕上げました。
鬼兵隊はみんな晋助様が大好きだと思います。
紅桜の時、切られた高杉を庇うように武市が前に出た所、
また子が高杉に縋り付く所、
高杉の横に何気に万斉が並んでいた所、全て萌えでした。
鬼兵隊が公式でも活躍する日が来る事を祈ってます。
つたない話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。