「Sweet melt」







戦場には暦など無い。
日々、血と土に塗れた過酷な場所だ。
刀を持って戦っていなくても、餓えと精神の疲弊が襲ってくる。
次の正月を迎えられただけでも幸せだというわけだ。

鬼兵隊の総督たる高杉も、仲間と共にそんな戦場に身を投じていたが、
今日はどうにも、隊員の様子が可笑しい。
僅かだが、浮ついた空気を纏っている。
何かあったのだろうかと、高杉は首を捻った。

雪がちらつくような寒さ。この季節に祭りはない。
今日は何日だっただろうかと、潜伏場所の屋敷の壁にかかっている
カレンダーを見遣る。
二月十四日。とくに、何かあるわけではない。

死を前にしたハイというわけではなさそうだし、
戦に身が入っていないわけではない。
もしかすると、なにかちょっとしたいい事があったのかもしれない。
それで気分が上向きと言うのなら、悪い事では無い。
高杉は気にせずに、刀を持って庭に出て素振りを始めた。

「総督!」
「お疲れ様です、総督」

部下数人に呼ばれて、高杉は手を止めて振り返る。
男達は少し緊張した顔をして並んで立っている。
真ん中に立つ勇平の手には、男に不釣り合いな可愛らしい包みが握られていた。

「どうした?」
「あの、これ。チョコレイトです。みんなで用意しました。受けっとって下さい!」
「はあ?チョコ?どうしたんだよ、急に。
 甘い物ならば、銀時にやったほうがよっぽど有効だぜ?」

差し出された包みに高杉は首を捻る。
すると、男の中で背が高い三郎が笑いながら前に出てきた。

「高杉さん、南蛮では二月十四日はバレンタインっていう祭りらしいですよ」
「バレンタインだぁ?なんだよ、それ」
「オレはまた聞きなんでよく知らないんですがね、
 なんでもバレンタインには恋人の日で、愛を誓い合う日みたいなんです。
 それで、大事な人にチョコレートを贈る習慣があるって聞きましたよ」
「愛……」
「ははっ、そう引いた顔をしないで下さいよ。
 深い意味はありません。愛というより、感謝だと思って下さい、高杉さん」

人の良さそうな笑みを浮かべて、三郎が高杉に包みを差し出した。
高杉は珍しく柔らかな笑みを浮かべてそれを受け取る。

「ありがとう。感謝されるようなことはしてねえが、有り難く受け取らせてもらう」
「ありがとうございます、高杉さん」
「総督、愛してます!」
「オレも、総督が大好きッス!」

各々愛の告白染みた言葉を叫びながら、男達はわっと高杉を囲んだ。
「頼りにしているぜ」と笑って答えると、
男達は嬉々とした悲鳴を上げて喜んだ。

「ところで、そんな風習一体誰に聞いたんだ?」
「ああ、あのヒトです。坂本さん」
「あぁ、辰馬か。なるほどな―…」
「あははは、呼んだぁ?」

どこからともなく、頭一個分飛び抜けた長身の男がぬっとあらわれた。
隣に並んだその男を、高杉はじろりと睨み上げる。

「辰馬、てめぇが俺の隊員に妙な風習を吹きこんだのか?
 ったく、奴らに気を使わせるようなこと、言うんじゃねえよ」
「それは違うぞ、高杉ぃ。おんしだって解っちょるだろう?
 おんしの部下は、気を使ったんじゃのうて、まっこと、おんしを好いちょる」

他人にまっこうから言われて、高杉は少し顔を赤らめた。
照れた顔を辰馬に見られたくなくて、ふいと彼から顔を反らす。

「解ってるよ。あいつらは俺を慕ってくれてる。ありがてえ話だ。
 俺なんぞを信じて、ついてきてくれている。感謝したいのは俺の方だ」
「照れちゃって可愛いのう、高杉は」
「るせぇ、可愛いはやめろ。腹立つ」
「あっははは。こっち向け、晋助」

いきなり名前で呼ばれて、驚いて高杉は辰馬を振り返る。
腕を掴まれて引き寄せられ、いきなり口の中に何かを入れられた。

「っん、甘……」
「ははは、わしからのバレンタインチョコじゃあ」

辰馬は高杉の柔らかな唇についたチョコを指で拭いながら、男らしく笑った。
唖然としている高杉の手には、高級そうな包みが乗せられた。

「晋助。わしゃおんしを好いちょる。受け取ってくれんかのう」

青い瞳がじっと高杉を見詰めた。
高杉は口に入れられたほろ苦いラム酒味のチョコを咀嚼して飲み込むと、
一瞬だけ眉を顰めてから、にっと唇の端を吊りあげた。

「流石は坊だな。高級な味がした。美味かったぜ。ありがたくもらってやるよ」

手渡されたチョコの箱をひらひら振りながら、
高杉は忙しいからとスタスタ立ち去ってしまった。
愛の告白は完全スルーされたが、辰馬は相変わらず呑気に笑っていた。



貰ったチョコを机に置いて、高杉は書類を机に広げた。
そこへ、銀時が声も掛けずノックもなしに入って来る。

「なんだよ、銀時。勝手に入ってくんな」
「いいだろ、別に」

ムスっとした声と顔で、銀時は高杉の真隣りに腰を降ろす。
彼の視線が机上の可愛い包みに向けられた。
それに気付いた高杉は、苦笑を浮かべる。

「なんだよ、銀時」
「別に」
「別に用もねえのに俺の部屋に来たのか?」
「うるせーな。いつ俺が何処で何をしてようが俺の勝手だろ」
「これは俺の部屋だ。お前の勝手で入って来る場所じゃねえ」
「機嫌いいな、お前」
「気の所為だろう?」
「気の所為じゃねーよ。いつもなら、追い出そうとするだろ。
 男からの愛の告白が、そんなに嬉しかったか?俺、モテモテーとか思ってんの?」

銀時が高杉にじとりとした赤い瞳を向けた。
その顔が可笑しかったのか、高杉は筆を置いて笑い声を上げた。

「羨ましいならそう言えよ。ったく、本当に甘いもんに目がねえな。
 そう睨まなくとも、俺一人で食ったりしねえよ。お前にやろうと思ってた」

高杉は包みを丁寧に剥がすと、蓋を開けて銀時に差し出す。
銀時はその中の一つを無言で掴むと、乱暴に口に入れた。
いつもなら、甘い物を食べている時は幸せそうな、毒気の抜けた顔をする
銀時だが、今日は固い表情のままだった。

「なんだよ、銀時。拗ねてんのか」

からかうような口調で高杉が尋ねた。
その言葉に、銀時はギクリとして肩を跳ねあがらせる。
高杉は自分の気持ちに気付いているのかと、銀時は焦った顔を向けた。
チョコを頬張りながら焦る銀時に、高杉はにやっと笑って言った。

「安心しろ。贈り物なんざなくったってみんなてめぇに感謝してる。
 俺も、お前を頼ってるぜ、白夜叉さん。
 お前は隊員じゃねえが、俺達の立派な仲間だよ。みんな認めてる」
「……」

銀時は高杉が自分が本気で彼を好いるという事、
だから、男から愛を込めた贈り物を贈られたことに嫉妬していると言う事に
気付かれているのだと思っていた。
だが、高杉は自分が焦った感情に気付きはしたけれど、
その答えが全然見当違いだったことに拍子抜けした。

鋭いくせに、鈍い。高杉晋助という男の厄介な所の一つだ。

はあ、と大きく溜め息を吐くと、銀時は高杉を胸に引き寄せた。
いきなり抱き寄せられた高杉はぼふりと銀時の逞しい胸に顔からダイブして、
鼻っ柱をぶつけてしまう。

「あにすんだよ、この馬鹿力!」

たいして痛くはなかったが、驚いた高杉は声を荒げて、
胸の中からじろりと銀時の顔を見上げた。
銀時は美しい暗緑の瞳を熱っぽい視線でじっと見詰めたあと、
細い肩に顔を埋めて呟いた。

「バカはおめぇだよ、高杉。
 鈍いんだよ、気付けよ。俺、嫉妬してんの。
 お前の隊員にチョコを貰えなかったことにじゃねーよ、
 お前が色んな男に愛されていて、それを受け取ってるって事にだ」
「え?」
「心が狭いんだよ。俺だけのにしてえ、他の奴に渡したくねえの」

恥ずかしがりながらも、素直に銀時は気持ちを口にした。
高杉は一瞬キョトンとしたあとで、盛大に笑い声を上げる。

「くっ、っはははっ!馬鹿だな、お前。
 俺の隊員は俺に恋愛感情なんて向けてねえよ。敬愛ってやつだ」
「どうだかな。高杉さ、三郎のこと好きなのか?それとも辰馬?」

銀時が不安そうに高杉を見詰める。高杉は驚いた声を上げた。

「俺が三郎を好いてるだと?部下だから大事だが、そういうんじゃねえよ。
 辰馬に至っては論外だ。あんなモジャ好きじゃねえよ。
 銀時、俺が好きなのはてめぇだよ。じゃなきゃ寝たりしねえよ」
「それ、ホント?」
「そうに決まってんだろ?馬鹿みたいな嫉妬してねえで、チョコ食えよ」
「……高杉から欲しい。今日は愛する男に女がチョコ贈る日なんだろ?」
「そうらしいな。辰馬が言ってた。でも生憎、チョコなんざ用意してねえ。
 今から町に行って買いに行くわけにもいかねえし、な。どうしたもんか……」

高杉は少し考えた後、閃いた様にぱっと目を開いてにやりと笑った。
徐にチョコに手を伸ばして口に入れると、
銀時の首に腕を廻して、厚ぼったい彼の唇に自分の唇を重ねた。
そして、自分の口の中にあったチョコレートを舌ごと銀時の口の中に入れる。

銀時は侵入してきた高杉の舌を絡め取ると、
自分の舌で包み込んできつく吸い上げた。

「んっ……ふぅ」

高杉の唇から艶っぽい声が漏れる。
細い腰を抱き寄せて、身体を密着させながら銀時は高杉の唇を貪った。
チョコが融けきったあと、漸く二人は唇を離す。
銀時の唇と自分の唇を結ぶ銀糸を舐めとると、高杉はまた笑った。

「俺からのチョコだ。美味かったろ?」
「すげー美味かった」
「銀時、こんな南蛮の風習に乗っかって伝えなくとも、
 俺はお前が好きだ。今はこんな状況でチョコ一つ満足に用意できねえ。
 だが、戦争が終わったらチョコの一つでも用意してやるよ」
「マジで?約束する?」
「ああ、約束してやるよ。だから今日はこれで我慢しろ」
「また口移しで食わしてくれるなら、我慢してやるよ」
「バーカ。サービスは一回限りだ。自分で食え」
「つれねえこというなよ」

銀時が今度は自分から高杉の唇を奪った。
そのまま二人は畳に雪崩れ込み、身体を重ねた。
部屋には甘いチョコの香りが漂っていた。

早く戦が終わって、平穏な日が訪れればいい。
高杉も銀時も、いつかバレンタインというけったいなイベントに乗っかって、
普通の恋人同士のように馬鹿みたいに浮かれてチョコレートを渡したり、
渡されたりする日を想像して目を閉じた。






--あとがき----------

バレンタイン第一弾はsweetがテーマです。
というわけで、両想いラブラブの攘夷時代の銀高。

何気に三郎は高杉好きっていうのが私のツボです。
三郎だけは鬼兵隊の中でも高杉を総督ではなく、
高杉さんと呼んでいるのがポイントです(笑)
白夜叉な銀さんは拗ねやすく嫉妬深そう。
今の銀さんも嫉妬深いですが、嫉妬するとSに目覚める感じがします。
もちろん白夜叉もSですが、今の銀さん見たいにねちっこいSでなくて、
ちょっと乱暴な暴力的なSなイメージです。

ところで2月14日はもとはキリストの祝いの日だったそうです。
外国では女からという決まりもなく、
贈り物もチョコに限定するわけじゃないみたいですよ。
チョコを贈る様になったのは明治の「チョコを贈ろう」的な
キャッチフレーズが元になっているとか……
商品を売ろうとした明治の陰謀ですね(爆)
でも素敵な風習ですよね。チョコ大好きですので☆