「戯れ」





静かな暗闇を一隻の宇宙船がゆっくりした速度で航行する。
眼前に見えるのは小さいが碧く美しい星、母なる地球だ。


分厚いガラス越しに碧の宝石を見詰める晋助に、
背後から足音を忍ばせて一人の少年が近付いていた。
気配も足音もほぼなかった。
だが、少年の存在に気付いた晋助は背中を向けたまま声を掛ける。

「何の用だ?」
「ありー見つかっちゃった」

薄紅色の髪の少年・神威はにこにこと愉快そうに笑いながら後頭部を掻く。
ゆっくりした足取りで晋助の隣に並び、
神威も彼と同じように硝子の向こうを見詰めた。

「気配も足音も消して近付いたんだけどね。どうしてわかったのかな?」
「いくら存在感を消したところで、殺気がでてりゃ気付かれるさ」
「殺気、ねぇ。そんなの出てた?」
「微弱だがな。お前は俺を殺したがってたようだからな」
「殺したいわけじゃないよ。闘いたいだけかな」
「ふっ、どっちだって一緒だろう?死ぬか、生きるかなんだからよ」
「それもそっか。でも、今はしないよ。借りを返さなきゃね」
「貸しをつくった覚えはないがな」

興味無さそうに晋助はキセルを取り出し、深く吸い込んだ。
神威から顔を背けて、彼とは反対方向に紫煙を吐き出す。

「そうだ、暫く同行するんだから自己紹介くらいしないとね。俺は―」
「神威、だろう?そして連れが阿伏兎だったな」

不意に名前を呼ばれ、なおかつ紹介してない副団長の名前までも
覚えていた晋助に、神威は青い眼を丸くした。

「へえ、驚いた。アンタ、俺の名前を憶えてたんだ。阿伏兎のことまで」
「あの阿呆提督がしつこく名前を呼んでたからな。嫌でも覚えるだろうさ」
「ふぅん。そっか。アンタ、意外と周りの人間に興味あるタイプなんだ。
 俺はダメだな。強い奴にしか興味ないし、すぐ忘れちゃうよ」
「俺も他人になんざぁ興味はねーよ」
「じゃあ、なんで俺を助けたりしたんだい?
 あんな敵だらけの状況でさ、けっこう命がけの行動だったでしょ?」

宇宙から目を逸らし、神威はじっと晋助の横顔を見詰めた。
晋助はキセルを手に眼前で光る惑星を見詰めたまま答える。

「言っただろう?どうせ踊るならとんでもねぇ大馬鹿とだってな。
 お前はあんなところでくたばるには惜しい逸材だった。それだけだ」
「そっか。アンタも大概バカなんだね」

ふふっと神威の唇から楽しそうな笑い声が零れた。

「ねえ、お侍さん。アンタ、名前なんだっけ?」
「聞いてどうする?興味ないんだろう?」
「ううん、アンタには興味が沸いたんだ。イジワルしないで教えてよ」
「高杉晋助だ」
「高杉、晋助ね。うん、じゃあシンスケって呼ぶかな。いい?」
「構わねぇよ。好きなように呼べ」
「へへっ。シンスケ、ね。うん、すげー気に入ったよ」
「そりゃあ結構なこって。もう夜も遅ぇんだ、
 名前を聞いて満足したろ?ガキはとっとと眠りにいきな」
「えー、子供扱い?俺、十八だよ。もう一人前だって」
「馬鹿言うな。俺よりもずっと年下じゃねぇか。
 お前が一人前なのは戦闘能力だけだよ。中身も頭も餓鬼さ」
「そうなの?俺と晋助ってそんなに年齢違うのかい?いくつ?」

不思議そうに顔を覗き込んでくる神威に
晋助はうっとうしそうな表情を浮かべながらも答える。

「二十七ぐれーだよ」
「え、そうなの?十くらいも違ったんだ。
 意外だな。晋助はもっと若く見えるよ。顔かな?身長のせいかな?」
「お前の目が腐ってる所為だよ」

素っ気なくそう答える晋助に、神威はまた笑い声を上げる。

「ねえシンスケ。シンスケの横顔ってキレーだね」

幼い顔立ちの割には声変りが終わった男らしい声で、神威が言う。
晋助はその言葉に眉を顰める。

「やっぱりてめぇの目は腐っていやがる」
「そんなことないって。シンスケ、すごくキレイだよ」
「……」

穴が空くほど見詰めてくる視線に気付き、晋助は神威に背を向けた。

「ありー、照れた?」
「馬鹿は休み休みに言え。餓鬼の言葉に動揺なんざしねぇよ」
「ふーん、そう。ね、じゃあこっち向いてよ」
「断る」
「やっぱり照れてるんだ?」

にやけた声を上げる神威に晋助は溜息を吐いた。
からかわれるのは性に合わないと、仕方なく神威の方を向く。
刹那、青い瞳が目前に近付き、唇に生暖かいものが触れた。

「っ……ふっ!?」

自分の唇を塞いでいるのが神威のそれだと知り、晋助は瞳を見開く。
獣のような青い鋭い瞳に映る動揺した自分の姿。
ガキに後れをとるなんざ、情けない話だと、舌打ちしたい気分だ。

まったく予想外の行動だった。
やすやす神威に背を向けたのも、何の策もなしに振り返ったのも間違いだった。
年端もいかない、世の中を知らないガキだと思って油断していたのかもしれない。

晋助は神威を引きはがそうとした。
だが、とんでもない力で手首を掴まれ、そのまま床に押し倒される。
手首に食い込む指がミシミシと音を立てていた。

意外にも、手慣れた舌使いの接吻だった。
肉食獣が食らいつくような乱暴さの中に、巧妙な愛撫が混じっている。
ガキの癖になんてキスをしやがると、高杉は苛立つ。
抵抗しようとしたが、神威の舌遣いに力が抜けた。

生暖かく長い舌が自分の舌に絡みつく。
生き物の様に蠢く舌に歯列や上顎をなぞられて、
不覚にも高杉はびくりと身体を震わせた。

遠慮なく唾液を絡められ、舌を吸い上げられて目尻に涙が滲む。

「んぅっ……ふっ、っぁ」

下半身からぞくりと快感がのぼりつめた。。
馬乗りになって、神威は貪欲なキスを繰り返してくる。
見開いた瞳は、真性の獣そのものを思わせる。


――このままでは本当に喰われてしまうんじゃないだろうか。
恐れが頭を過った時、ブーツがカツカツと床を鳴らす音がした。

「おーい、団長。なにやってんのー」

気の抜けた塩辛声。視線を上げると、
神威の部下の阿伏兎が自分達を見降ろしていた。
神威はむっとした顔をしながらも、高杉から唇を離す。

「なに、阿伏兎。邪魔したら殺すよ?」
「バーカ、何やってんだよアホの団長。殺されるのはオマエだっつーの。
 見てみろよ、艦長さん怒っちゃってるだろ?
 ほら、とっとと離れた離れた。喉、かっ捌かれるぞ」
「えー、ホント?シンスケ、怒ってる?」

ニコニコ笑いながらも、機嫌を伺うような瞳が覗きこんで来た。
高杉はジロリと瞳を神威に向けると、ドスの効いた声を出す。

「たりめぇだ。今度こんな馬鹿やらかしたらぶっとばす」
「えーっ」

珍しく口を尖らせ、神威が拗ねた顔をする。
高杉は一つ息を吐くと、立ち上がって少し肌蹴た着物を直した。

「お前が何か成果を上げた時にゃ、望む褒美をくれてやるよ。
 それまでは少し大人しくして居ろ、神威」
「あっ、初めて名前で呼んでくれたね。嬉しいよ。
 ふふっ、褒美が欲しいし、大人しくしてるよ、シンスケ。おやすみ」
「ああ」

楽しそうに笑いながら、神威はスタスタと去っていった。
阿伏兎も神威を追って歩いていく。
だが、途中で足を止めると踵を返し、高杉の方を振り返った。

「おやすみ、高杉の旦那」

表情に混じった不穏な色を晋助は見逃さなかった。
“団長に近付くな”そう警告しているような目をしていた。

「誰があんな年端もいかねぇ餓鬼に手ぇ出すかよ……」

その後ろ姿を見送りながら、晋助はポツリと呟く。





--あとがき----------

最近の漫画の銀魂で、神威が高杉の事をシンスケと
呼んでいた事に萌えて作った話です。
神威、すごく高杉に懐いてましたね。
最初、高杉についてきた時は本当は戦いたいけど、
助けてもらったからしょうがなくついてきた感じだと思ってましたが、
今ではかなり下僕根性的なものが沁みついている気が……
いえ、下僕は言い過ぎですね。
綺麗なお姉さん(お兄さんですが(笑))大好きって感じですね。