何もない。ただ死の匂いだけが漂う空っぽの世界。
それはまるで今の自分の姿を映し出しているようだと思った。

憎しみも怒りも嘘のように消えた。
それはけして、いい意味ではない。むしろ否定的な意味だ。
この手で全てを壊すと言う誓いも崩れ落ち、世界が先に破滅した。

それは胸が梳くわけでも、悲しいわけでもなく、
只管に空っぽなだけだった。




++++++白い呪い++++++
 第一話 ― 終焉 ―



白咀と呼ばれる死の病が江戸に流行って三年以上の時が流れた。
高杉は上空を飛ぶ宇宙船からぼんやりと地上を見詰めていた。
荒廃した世界を眺める薄緑の瞳は、何処か憂いを帯びている。

「晋助……」

ロングコートを揺らしながら、ゆっくりと万斉が近付く。
高杉に寄り添うように並ぶと、万斉は彼の整った横顔を見詰めた。

「幕府はもはや機能しない。中枢に巣食う天人どもも、
 資源が枯れ、利益の旨味を失ったこの星にはもはや用済みだ。
 もはや、我らが手を下さずとも、全て滅ぶでござろう」
「そうだな。天導衆も将軍家を去った。
 こんな死の星なんざ、どいつも興味をもたねぇよ。
 逃げ出す金のない貧民と、弱い奴を餌にするチンピラ共しかいない」
「晋助、ぬしはこれからどうするつもりでござるか?」
「フッ、さぁ、な」

万斉の問いに素っ気なく答えると、高杉は踵を返して歩き出した。

「待て、晋助。何処へ行く?拙者も供をしよう」
「供なんざいらねぇよ。何に襲われるってんだ?」
「強いぬしの事だ、暴漢の心配はせぬよ。だが……」

言い淀んだ万斉は、何かを感じ取っているように見えた。
予感でもあったのかもしれない。
高杉はふっと口元を綻ばせて万斉に近付く。
胸に手を置くと、少し背伸びをして彼の唇に口付けた。

「晋助?珍しく積極的でござるな」
「そうか?珍しくもあるめぇよ」
「いや、素面のぬしから誘ってくれるなど珍しいよ」

万斉は高杉の細い腰に腕を回して自分の方に抱き寄せた。
そして今度は自分から彼に唇を寄せる。
そのまま行為に及ぼうとしたが、高杉に止められる。
高杉の細い人差し指が、戒めるように唇に触れた。

「これ以上はナシだ」
「それはまた随分と無体な話だな」
「悪ぃな、俺はちょっくら地上に降りてくる」
「なっ、酔狂な。地上は白咀が蔓延している。
 感染経路も原因もわからぬのだぞ。やめておけ。危険でござる」
「ちょっと体力や気力に自信があるくらいなら駄目だが、
 屈強な奴らはかかっちゃねぇだろ。現に鬼兵隊の奴らも殆ど無事だ。
 ヅラも捕まっちゃいるが未だ健在だし、真撰組もまだ生きている。
 銀時のところのガキ共も、達者じゃねぇか」
「そうかもしれんが、原因はあくまでも不明だ」

サングラスの下で目を細め、渋い顔をしている万斉に高杉は微笑みかける。
今まで見たことのないような、酷く穏やかな顔だった。

「行く理由があるんだ。止めるな、万斉」
「晋助……」

高杉の殊勝な表情に何も言えなくなった。
抱きしめていた手を力なく降ろし、無言で離れていく背中を見詰める。

「しん……っ」

名前を呼び、手を伸ばしかけた。
だが、高杉を引き留める事ができないまま、万斉の手は所在無く宙を漂った。




荒れ果てた地上。まるで自分が生きてきたのとは別世界のようだ。

ゴーストタウンを歩きながら、高杉は幽かに嗤う。
白咀、白の呪い。世間では原因不明の奇病と言われているが、
自分はその正体を知っていた。

病が流行りだす直前、その病の元たる男と対峙していたからだ。

「銀時。お前は何処を彷徨っている?」

答えのない問いかけを呟く。
期待した返事などないことは承知だったが、そうせずにはいられなかった。
ただ、風が吹くばかりで声なんて聞こえない。
滅びた街を思わせる景色。人っ子ひとりいない。

ゆっくりと高杉は歩いていた。だが、不意に足を止める。
勢いよく背後を振り返った先のビルに、人影を見た。

すぐに人影は消えてしまったが、確かに感じた。
直感の赴くまま、高杉は崩れかけたビルに入った。
ビルには当然もう電気など通ってなかったが、シャッターも窓も破損し、
所々剥がれた壁もあって、光が差し込んでいた。
薄暗がりを歩いていた高杉はピタリと足を止め、唇を吊り上げる。

「よお。ずいぶんと久しぶりじゃあねぇか」

そう言って顔を向けた先には、黒い衣と呪札を身につけた影がいた。
影は手に持つ杖で固い床を規則的に叩いた。
シャンと高い金属が掠れる音が廃墟に響く。

高杉は腰に提げていた白刃を抜く。
それと同時に、とびかかってきた影に切りかかった。
杖と刃が混じり合い、火花を散らす。
影はとてつもない怪力で、高杉をビルの外へと弾き飛ばした。

「くっ……!」

土ぼこりを巻き上げて後ろに滑りながら、高杉は体勢を整える。
地面を蹴ると、鋭い一太刀を影に浴びせた。
この影こそが、白詛を蔓延させた人物だ。
人、と表現していいのかは別だが、ともかく呪いの根源だ。

「相変わらずの腕前で、俺はぁ嬉しいよ。なぁ、銀時」

にまりと笑いながら、高杉は切っ先を向ける。
銀時と呼ばれたその黒衣の人物は動揺することなく、
操られた傀儡のように高杉に切りかかって来た。

「はあぁぁぁっっ!!」

高杉の白刃が、男を貫いた。
だが、それは致命傷になどならず、ただ腕を貫いたに過ぎない。
逆に相手の振りかざした杖が、高杉の脇腹に当たった。
直撃は避けたが、高杉はゴホゴホと激しくむせた。
それでも、高杉の顔から笑みは消えない。

「もう終わりとしようや、銀時」

口許を拭って、高杉が低く構える。
笑みは消え、鋭い眼差しが黒衣の男を捕えた。

空気が凪いだように静まり返る。
数秒後、両者は同時に地面を蹴っていた。
互いの一閃が放たれる。
高杉の太刀は僅かに男には届かなかった。
刀が折れて、地面にカランと無機質な音を立てて落ちる。
同時に、自分の周りを禍々しい黒が包んだ。

「俺の負けだよ、銀時。俺の牙は、折れちまったようだ」
「……」
「銀時ィ。どんな形でも、俺は、てめぇの手で終わりたかったんだ」

身体に病魔が巣食い始めるのを感じながら、高杉はただ満足そうに微笑んだ。
ゆっくりと澄んだ青空が遠ざかっていく。

黒衣を纏った男が、顔に巻きつけられた自らの包帯を毟りとった。
真白い髪に、光を失った瞳。
色素は変わり、多少やつれたが、依然と変わらないその顔が懐かしかった。

「ばかやろうが―…」

音にはならなかったが、黒衣の男の口は確かにそう呟いた。
男の顔に失ったはずの表情が蘇り、酷く悲しげな顔をしていたように見えた。

「すまねぇな、銀時。殺してやれなくて―…」

ほっとしたような、悲しそうな声でそう呟くと、
高杉はそのまま仰向けに地面に転がった。
それを見届けると、黒衣の男は再び包帯で顔を隠して去った。


一人になった高杉は、ぼんやりと辺りを見回す。

賑わっていた町にも関わらず、草木は枯れ、建物は瓦礫と化していた。
すっかり変わってしまった街並み。
それなのに、空には昔と変わらない蒼穹が広がっている。

「松陽先生。俺は先生にはもう、会えないだろうな」

自分は何もなしてない。
幕府中枢を潰し、世界中の首を取ることは敵わなくなった。
だが、すでに数人の末端の首を刈った手は、醜い虫けら共の血と、
自分に踊らされ、守って死んでいった人の血で真っ赤だ。

「こんな中途半端じゃ、先生には会えない」

そう呟く声は笑っているのか泣いているのか解らない音だった。

無意識のうちに、その青に向かって手を掲げる。
手を伸ばしても、二度と掴むことのできない空を想った。

やがて意識が薄れ始め、力を失くした腕は静かに地面に落ちた。












--あとがき----------

銀魂映画を見て、感動の勢いで作った作品です。
未来の高杉の件について全然出てこなかったので、
高杉についての妄想を自分でしてみました。

私は、残念ですけど高杉は白詛に罹ってしまっている気がします。
呆気なく滅びて行った世界を見て、
脱力して高杉だけが発病してしまっているんじゃないでしょうか。

初の長編です。頑張って続き書きます。