++++++白い呪い++++++
  第二話 ―別離―


高杉の帰りが遅い。
万斉は珍しく苛立ちながら、艦内を行ったり来たりしていた。

「万斉センパイ、熊みたいッスよ。どうかしたッスか?」
「また子か。いや、何でもござらんよ」
「そうっすか?センパイいつも何でもないって言うから。
 本当の所、なんかあったんじゃないッスか?」

また子が首を捻りながら顔を覗きこんで来た。
女の勘というやつだろうか。居心地悪い視線に万斉は背を向ける。

「さっき、地上に近付いたっスよね?何でッスか?」

何も考えていそうにないまた子の意外にも鋭い突っ込みに、
万斉はサングラスの下で苦々しい顔をした。
それはまた子に伝わってしまったらしく、彼女は顔色を変える。

「ま、さか、晋助様が地上へっ?」
「……」
「そうなんスね?何でっスか?どうして止めないんですかっ?」
「それは……」
「万斉センパイッ!晋助様にもしもの事があったら―…」
「わかってるでござるよ、だが、晋助は……」
「アンタが一番近い距離にいるんスよ!アンタが止めてくれないとっ!」

吊った瞳にじわりと涙を溜めて、訴えかけるようにまた子が叫ぶ。
「アタシじゃ、あの方を止めらない……」
消え入りそうな声で呟かれた言葉が、ズキリと胸を刺した。

それは自分とて同じだ。高杉晋助という男は、自分などには御せない。
御せないどころじゃない。大切だと口にしても、
簡単に流されてしまう。自分は彼にとって、そんなしがない男なのだ。

そう弱音を吐きたいのを堪えて、万斉はまた子の肩を叩く。

「今すぐ司令室に行って艦を地上へ降ろしてこい、また子」
「了解ッス!」

大きく頷くと、また子は猪のように廊下を走っていった。
それを見送ると、万斉は搭乗口に向かった。




久しぶりに降りた地上は、予想よりまだマトモな世界だった。
荒廃ばかりでなく、まだ残る人が息づく場所も有り、
草木も生えていて生命の気配があった。

だが、市街を離れれば瓦礫が山と化す場所も多くみられ、
やはりこの世界の終わりが近い事を予見させる。

「晋助……」

重苦しい重いが胸につかえている。
万斉は自然と足早になった。高杉の姿を探して辺りを徘徊する。

一層荒廃した場所が見えてきた。
人気などまったくない、ただ死んだような場所。
嫌な気配がした。
まさか。そう思いながらも万斉は荒れた大地を走る。
少し進んだ先、瓦礫のように地面に仰向けに倒れる人影を見た。

「し、ん……すけ?」

間違いなく、それは高杉だった。
血相を変えて、万斉は彼に走り寄った。

「晋助っ、しっかりしろ!晋助っ!!」

動かない身体を抱き起こし、確認するように全身を眺める。
怪我は無い。抱締めた身体は弱々しいが脈も体温もある。
それでも胸騒ぎは止まなかった。

「起きてくれ、晋助っ!」

必死の声で呼びかけると、瞼がぴくりと震えた。
長い睫毛が揺れ、美しい薄緑の瞳がゆっくりと表れる。

「ばん、さい……」
「晋助っ、よかった。起きたか?どうしたでござるか?」
「いや、何でもねぇ」
「そうは思えん。何故、倒れていた」

矢継ぎ早に問い掛けるが、高杉は一つとして答えなかった。
万斉は溜息を吐くと、高杉を抱き上げる。
頬に手を添えて、キスをしようとする。
それを高杉の掌が拒んだ。

「つれぬな。キスすらさせてはくれんのか?」
「やめとけ」
「人など居らぬ。お前さえよければ、青姦してもいいでござるよ」
「クククッ、それも悪かねぇが、だめだ」
「何故でござるか?」
「俺の身体には病が巣食っている」

事も無げに吐かれたその言葉に、万斉は目の前が暗くなった気がした。
米神から冷たい汗が伝い落ちる。
信じられないと言う顔で万斉は高杉を見た。

「や、まい?あ、ああ。性病か?まったく、何処の男からうつされた?」
「馬鹿が。お前は俺をどんな淫乱と思ってやがる?」
「じゃ、じゃあ何でござるか?
 ああ、こんな所で寝ていたから風邪でも引いたか?」
「万斉よぉ。解ってんだろ?俺が言いたい事が……」
「解らぬ。皆目、見当もつかない」

脅すような高杉の顔から眼を背け、万斉は惚けた声を上げる。
するとより一層鋭い眼光を向けて、高杉は言った。

「白詛だよ、万斉」

言葉が頭の中で響いた。
信じられない、信じたくない。そんなの嘘だ。
頭の中で彼の言葉を否定するが、嘘を吐いていないのは直ぐ分った。
腕から力を抜け、抱き上げた晋助を落としてしまいそうになった。
慌てて彼を抱き直すと、万斉は走り出した。

「嘘だっ、そんなもの、嘘に決まっている!」

全力で走りながら、万斉は叫んだ。
腕の中から自分を見上げて、風に消えそうな小さな声で高杉は
「嘘じゃない」と呟いた。
聞こえないふりをしながら、万斉は艦に急いで戻った。




艦に戻ると、万斉は高杉を抱いたまま医務室に走った。

「おい万斉、降ろせよ。自分で歩ける」
「黙っていろ!」
「おいおい、随分乱暴な口聞くじゃねぇか。いいから降ろせ」
「駄目だ!」

抱き上げた高杉と口喧嘩をしながら、艦内を走る様は些か異様だったのだろう。
騒ぎに気付いた武市とまた子、部下たちがわらわら集まって来た。

「おやおや万斉殿、貴殿が焦った顔をするなど珍しい」
「ちょっ、万斉センパイ。何してるんッスか!
 う、羨ましい……じゃ、なくて、晋助様に無礼な真似をっ!」
「煩い、どけっ!」

普段怒った顔などまったく見せない万斉が怒鳴ると、
ざわついていた周囲は一斉に静かになった。
怯えた顔をする者までいたが、構わず万斉は医務室へ走った。



医務室に飛び込むと、万斉は医者にすぐ高杉を診察させた。
高杉が白詛だと言った事は告げず、地上に降りたから念の為だと言って、
嫌がる高杉から無理やり採血させて、検査に出した。
検査中に身体に怪我が無いか確認してもらうと、
腹に大きな内出血が出来ているのが見つかった。
幸いろっ骨の骨折はなく、内臓も無事そうだったが酷い痣だった。

「晋助、ぬしがこんな傷を作るなど、誰が……」
「ククッ、さあ、誰だろうな?」
「ふざけてないで答えてくれぬか?」
「誰だっていいだろ」

頑なに何も語ろうとしない高杉の隣に座ると、
万斉は柔らかな髪に触れた。

結果が出るまでの間、不安でしょうがなかった。
ぬくもりを確かめるように、ベッドに座す高杉の手を握る。
医者がぎょっと顔をしていたが、構わなかった。

血液の検査がようやく終わった。
カルテを手に戻って来た医者の青褪めた表情から、
結果は聞かずともすぐに解った。

「ざ、残念ながら……、白詛、です」

震える声で医者が口にした途端、今度こそ万斉は目の前が真っ暗になった。
白詛――それは余命先刻と同じだった。
あと半月を待たずして、高杉晋助は死ぬ。

動揺する自分達を余所に、高杉は一人涼しい顔をしていた。

「わかったろう、万斉。俺には寄るな。部屋に籠る」

立ち上がってさっさと何処かへ行ってしまおうとした高杉を、
万斉は抱き止めた。

「待て、晋助。拙者は―…」
「染らねぇとはかぎらねぇ。俺には近付くな」
「そんな事を言わないでくれ。お前の傍に置いてくれ―…」
「そんな趣味はねぇよ」

つれなくそう言って高杉は去ろうとしたが、
急に激しく咳き込んで高杉は崩れ落ちた。

「し、晋助様ぁっ!!!」
「晋助殿っ!?」

医務室までやってきた武市とまた子が血相を変えて飛び込んでくる。
二人とも高杉にとり縋って、顔には涙を浮かべていた。

「ば、万斉センパイっ、晋助様、どうしたんっスか?」
「また子……。それは……」
「話して下さいよ!アタシら、仲間じゃないッスか!!」

涙目で懇願され、万斉は静かに「白詛だ」と呟いた。
その瞬間、また子も武市も地面に崩れ落ちる。
嘘だ、と喚く二人の声が、痛々しい音楽となって聞こえて苦しかった。
万斉は唇を噛みしめる。
すると、高杉は息を上げながらも立ち上がった。

「万斉、全員をここへ集めろ」
「晋助……」
「隠すつもりだったが、てめぇらの所為で隠せそうもないからな」
「承知、した」

言われた通り、船員が集められた。
その中には春雨第七師団の神威と阿伏兎の姿も有った。

高杉は皆の前で自分の病のことを明かした。
そして、鬼兵隊の解散を告げ、それぞれ好きに生きろ、そう命じた。

資金を路銀として全員に配布し、好きな物を持って何処へでも行け。
そう告げたが、鬼兵隊のものは誰一人、その場を去らなかった。

「晋助様、アタシらは晋助様とずっと一緒にいます!」
「そうですよ、晋助殿。誰も、この船は去りません」

また子と武市から始まり、皆が口々にそう告げる。
高杉は一瞬だけ眉根を顰め、消え入るような声で笑った。
「ふっ、揃いも揃って、この船は馬鹿ばっかだな」と。
そう言って笑ったその顔は、酷く綺麗だった。

「水を差すようで悪いけど、第七師団は去るぜ」

阿伏兎がつれない声で場の空気を壊す言葉を口にする。
その隣に立つ神威も、ニコニコ笑いながら辛辣な台詞を吐く。

「そうだね。俺も去らせてもらうよ」

万斉は二人に冷ややかな視線を向けた。
また子と武市は今にも飛びかからん雰囲気を纏う。
だが、高杉が「好きにしろ」と笑って答えたので乱闘騒ぎは起きず、
神威と阿伏兎は無言で部屋を出て行った。



高杉の部屋に医療設備が運び込まれた。
うつるといけないからという高杉の配慮で、立ち入り禁止令が出たが、
万斉は構わず高杉の部屋を訪れる。

「晋助」
「よお、万斉か。立ち入り禁止だと言わなかったか?俺は」

不機嫌な顔で見詰めてくる高杉に、万斉はくすりと笑う。

「拙者には聞こえなかったでござるよ。いや、拙者だけでは無い。
 誰もそんな命令など危機はせぬよ、晋助」
「ったく、酔狂な連中だな」
「捻くれ者のぬしの部下だからな」
「チッ……」

高杉が不貞腐れたように背中を向けて寝転がる。
万斉はベッドに上がると、背後から高杉を抱締めた。

「晋助……」
「なんて声出してんだよ、万斉」
「ぬしが死ねば、拙者も死んでしまうだろう」
「馬鹿ぬかすな。てめぇは俺より若いし、普通の仕事も出来る。
 音楽プロデューサーとして本腰を入れろ。
 サングラス外して髪をおろしてりゃあ、誰もお前が
 人切り万斉だなんて解らねぇよ。つんぽさん」
「冗談を言うな。ぬしが居なくなった世に興味はない」
「甘えるなよ」

つれない高杉の顎を掴むと、無理やり自分の方へ向ける。
抵抗しようとする高杉の唇を奪い取ると、
高杉の瞳が大きく見開かれた。

「ンッ……はっ」

高杉の口腔に舌を滑り込ませて、唾液を注ぐ。
滑った水音を立てながら、執拗に口の中を弄ると、
形の良い艶やかな唇から甘い吐息が漏れる。
存分に柔らかな口内の味を楽しむと、万斉は漸く唇を離した。
ツッと銀糸が二人の唇を繋ぐ。
指で拭う事はせず、重力に任せてシーツに銀糸が落ちるのを見ていた。

「っぁぅ……はぁっ、はっ。ば、んさいっ、てめぇ!」

キッと鋭い瞳が向けられた。
だが、動揺せずに万斉は優しい笑顔を浮かべて高杉を見詰めていた。

「この、大馬鹿がっ。俺に触れるな!」
「拙者にうつすのが怖いか?」
「くっ……調子に乗るなよ。てめぇなんざどうでもいい……」
「だったら目くじらを立てるな。そうしたいからしたまででござる」

腕の中から逃れようとする高杉を自分の方に向け、
万斉はぎゅっと胸の中に高杉を抱き込んだ。
柔らかな髪に顔を埋めて、万斉は少し震えた声で囁く。

「拙者も白詛にしてくれ。地獄までもついていこう、晋助」

高杉を押し倒し、万斉は首筋に唇で触れた。
きつく吸い上げて、赤い痕を残す。
自分の印を刻みつけるように、胸や鎖骨にも痕を点けた。

「ぁっ、万斉、病人相手に盛るな」
「いやだ。抱かせてくれ、晋助」
「しょうがねぇ奴だなぁ。こいよ、万斉」

高杉が迎え入れるように腕を開いた。
万斉が誘われるまま身体を重ねると、腕が首に絡みついてきた。

体温や鼓動を確かめるように万斉は高杉に触れた。
その度に甘く漏れる声や、びくりと跳ねる身体が艶めかしい。
すぐにでも高杉のナカに入りたかったが、
もっと強く高杉の事を覚えておきたくて、いつも以上に
執拗な愛撫を繰り返し、長々と前戯に耽った。

下半身に触れる頃には高杉はくたりとしていて、
欲しそうに下の口がひくついていた。
指を差し込むと、ナカの肉襞が蠢き絡み付いてくる。

「んはぁっ、っあぁっ、イクッ」
「指だけでか?晋助、いつも以上に今日は感じやすいな」
「お、まえが、ネチネチ攻めるから、だろっ」
「それは済まぬことを。早く欲しかったなら言ってくれればいいのに」
「くっ、あぁぁっ、うぅっ、覚えてろよ、ヘンタイッ」
「いやいや、それほどでもござらぬよ」

指でナカのしこりを引っ掻くと、高杉は先端からびゅるっと
精液を吐き出して身悶えた。
その液を自分の性器に擦り付けると、万斉は一気に高杉に肉棒を突っ込む。

「あぁぁぁぁっ!」
「クッ、いい締まり具合だ、しんすけっ。
 拙者も危うくイッてしまうところだったでござるよ」

しなる身体を強く抱締めながら、万斉は腰を振った。
何度もキスを交わし、指を絡めながら互いを求め合う。
いつが最後になるか解らない。そんな恐怖を掻き消す為に、
万斉は激しく高杉を抱いた。



気がつくとすっかり時刻が変わっていた。
まるで今日が世界の終わりのように、飽きることなく抱いた
高杉は疲れて、ベッドに沈んでいる。

万斉は衣服を適当に身につけると、
高杉の身体を洗う為に彼を抱いて部屋を出た。

時間が時間なので艦内は非常に静かだった。
誰もいない廊下を歩いていると、前から神威が歩いてきた。

神威はじろりと万斉を一瞥した後、立ち止まって笑顔を浮かべる。

「やあ、お侍さん。病気のシンスケとしけこんでたの?」
「なに、貴様には関係のないことでござるよ」
「恥ずかしがらないでよ。シンスケとヤるのは気持ちヨカッタ?」
「子供が、そんな事を聞いてどうするのでござるか?」
「別に。あ、子供扱いはナシ、ね。俺もシンスケ抱いた事あるし」

微笑みながら吐かれた言葉に、万斉はサングラスの下で顔を歪めた。
こんな子供とまで寝たのかと、恨めしい顔で高杉を見る。
だが、自分にはそんな事に口を出す権利はない。
嫉妬はするが、それをどうすることおできないのも解っていた。
気にしてない素振りで、万斉は神威の横をすり抜けようとした。

その瞬間、神威が呟く。「まあ、そんなゴミにもう興味ないけどね」と。

聞き捨てならない言葉に、万斉は足を止めて神威を振り返った。
怒りを滲ませた顔で、万斉は低く唸る。

「ゴミだと?晋助をゴミ呼ばわりとは、覚悟は出来ているか?」
「ははっ、白詛なんでしょ。もう死んじゃうじゃん。
 シンスケは相当衰弱している。もうじきに戦えなくなる。
 そうなったらシンスケもゴミだよ。地球のクズと同然になる」
「くっ、貴様っ!晋助に懐いたふりをしてただけか?」
「強いから気に入った。弱くなったらいらないよ」
「傲慢な……。俺は、晋助がどんな状態になっても共にいる」
「へえ、やっぱりサムライって変だね」
「何とでも言うがいい。俺は、晋助を愛している。
 死ぬ時は晋助と共に逝く。サムライだという事は関係ない」

万斉の言葉に、神威は腹を抱えて大声を上げた。

「クッ、アハハハッ!愛なんて、弱い人間の言葉だ」
「弱くても結構だ」
「ふーん、そ、アンタには最初から興味ないけど。
 シンスケにももう興味ないし、俺は第七師団を連れて去るからね。
 まあ色々離れる準備があるから、もう暫くは厄介になるよ」
「勝手にしろ。貴様の力など必要ではないよ」
「そう。じゃあね」

ヒラヒラ手を振って去っていく神威の背中を睨み付けると、
万斉は足早に廊下を歩いていった。



翌日の朝、目が覚めると高杉の髪は白くなっていた。
たかだか一日で、目に見えて高杉は弱っていた。
もともと小食だというのに、腹が減らないと
食事は喉を通らないし、何度か咳き込む様子を見せていた。

数日が経つと身体からは肉が落ち、以前よりも華奢になった。
その痛ましい変化に、健康体の万斉の方が参りそうだった。

万斉は日がな高杉の下で過ごした。
ゆったり読書したり、時折三味線を奏でる高杉の隣で、
ただじっと彼を見守り続ける。
こんなに一日中彼と一緒に居られる事は酷く幸せで、でも、
終わりが見えているのが酷く悲しくて、複雑な気分だった。

弱っていく高杉を見詰める辛さから解放されたい。
そう思ったのが仇となったのか、
白詛になってから五日後、高杉の姿は船から消えた。













--あとがき----------

万高のターンです。
予想以上に長くなってしまいました。
万斉は興奮すると(もしくはつんぽの時は)標準語になるという
原作の設定を活かして、晋助に対しての三人称が
「ぬし」になったり「お前」になったりさせてます。
混乱故のミスではありません(笑)←重要ポイントなのです!
一人称が拙者と俺と使い分けてるのも同じ理由です。
万斉、男らしくてかっこいいですよね。
いつものoffな茫洋とした彼も好きですが、
VS白夜叉の時のロックで獣な万斉も大好きですっ!