++++++白い呪い++++++
  第三話 ―略奪―


静かな時間が過ぎていく。
自分の身体が死に向かっている事に恐怖は無かった。


夜中に不意に目を覚ました高杉は、隣で眠る万斉に目をやった。
白詛の罹患を知ってから、ずっと傍らを離れない万斉。
そして船を離れようとしない鬼兵隊の連中。
みんな、酔狂な奴らだと思った。

自分など、力を失えば従う価値も守る価値もないものだ。
夜の廊下、風呂場に万斉に運ばれる途中に
神威と擦れ違った時の事を思い出す。
あの時、本当は薄らだけど意識があって、
二人の会話を耳にしていた。

“シンスケもゴミだよ”
神威が平然と吐いた言葉に笑いが零れる。
その通りだ。今の自分は生ける屍だ。
神威の言う通りだと自分でも納得する。
なのに、何故、万斉は傍を離れないのか。

「お前は本当に馬鹿な男だよ、万斉」

髪を撫でながら、高杉は笑った。
いつまでも過去に猛執に囚われた男を愛した哀れな男。
弱る自分を見て苦しむ万斉を見ていると、僅かだが胸が痛かった。
そんなはずはない。もう心など無い筈だ―…
胸を掻き毟り、高杉は大きく息を吐いた。


鏡に映る自分を見る。
黒かった髪は白に変わり、目は鋭さと光を失い始めている。
顔は随分と穏やかになっていた。
穏やかというよりは虚無に等しいのかもしれないが、悪くはない。

生きる目的はもうない。胸の中も空っぽだ。
得るものもなかった中途半端な復讐劇の果て、
最期は病によって徐々に死んでいく。
修羅の自分には多少穏やか過ぎるが、無様な死にざまという点では
ある意味似合いの最後だと嘲笑を浮かべた。

死すことなく永遠に孤独を彷徨い、自分の手で壊れる世界を見続ける
銀時よりは随分とマシな結末だろう。

復讐を糧に修羅に堕ちて生き続けた高杉にとって、
もはや復讐するまでもなく荒廃した世界をこの目で見ただけで
達成感などなくても満足だった。

万斉の隣で瞳を閉じる。
このまま目覚める事が無くても、構わなかった。



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深い森の中。不自然に落ちた一冊の手帳。
拾い上げたそれは自分の良く知る人物、坂田銀時の物だった。
ページを捲ると、白詛、ナノマシン、滅亡などの
見知ったワードが綴られていた。

いきなり自分にひょっこりと会いに来た時から、
嫌な予感はしていた。
手帳を見て、全てに合点がいった。

攘夷戦争の折、単独行動が目立った銀時。
あの時もそうだった。
厭魅。呪符を纏った気味の悪い天人。
獣の姿をしたいかにも力押しという風情の軍勢の中、
一際異彩を放っていた厭魅が率いる僧侶のような格好の連中。

押し寄せる猛者を切り抜け、あの時、銀時は一人で彼を討ちに行った。
銀時は多少怪我をしていたものの、ちゃんと相手の息を止めてきた
ようだったので安心していた。
だが、それが甘かったようだ。敵は、銀時に棲みつていたのだ。

そう、厭魅の本体は恐らく小さなコア。
たしか奴らはナノマシンで人為的に病気をばら撒き、
人を死に至らしめていた。
恐らくそのナノマシンは銀時の傷口から彼の体内に入ったのだろう。
それに気付いた銀時はかつての仲間に別れを告げ
自分一人で何とかしようと、真相を探っていたのだ。

最後のページを捲ると、“キノコ食ったら、ハラ超痛て”と書かれていた。
なんとも銀時らしい間抜けな最後の言葉だ。

「何がキノコ食ったら、だよ。
 どうせてめぇで終わらせようと、切腹でもしたんだろうが……」

あざ笑ってやるつもりだったのに、声が震えた。
痛いくらいに拳を握りしめ、動けなくなる。
暫くその場に立ち尽くしていると、嫌な気配を感じた。

茂みの中から気配を感じて、葉を掻き分けて中を覗く。
そこには、血痕と血塗れの刃が落ちていた。
その中心には男が蹲っている。
包帯を顔に巻き付けた、袈裟のような黒衣を纏った男。

「お前は……ぎ」

名前を呼びかけた瞬間、男は立ち上がり飛び掛かってきた。
気味の悪い赤く光る瞳が自分の姿を捕える。
咄嗟に刀を引き抜き、応戦をする。
鋭く重い独特のその太刀筋には確かに覚えがあった。

「銀時だろ、てめぇ。ククッ惨めだな。精神を喰われたか?」
「……」
「馬鹿だよ、お前は」

左手で持っていた手帳をひけらかすと、僅かに男は動揺した。

「腹が痛いと書いた後、これを見付けたガキ共が心配するといけねぇからって、
 慌ててキノコを喰ったなんてふざけた言葉を書き足したんだろう?」
「……」
「ぐっ!」

片手では抑えきれずに、腕の中から刀が弾き飛ばされた。
衝撃で無様に尻餅を着き、喉元に杖を押し当てられる。
男が杖を振りかぶると、自然と笑い声が漏れた。

「クックッ、いいぜ、殺せよ。俺はなぁ、お前に殺されたかったんだ」

瞳を閉じて、死を覚悟した。だが、一向に杖は振り下ろされない。
目を開けると、男は自分に馬乗りになったまま固まっていた。

「……か、すぎ」
「銀時?」
「う……、くっ、高杉」

はっきりと銀時の声で名前を呼ばれる。
男は包帯を乱暴に剥ぎ取って、懐かしい瞳で自分を見た。

「銀時。意識が戻ったのか?」
「高杉、手帳を、届けてくれ。厭魅のナノマシンに、俺の身体は
 乗っ取られちまった。間もなく、江戸に、いや、世界中に
 殺人ウィルスがこの俺の身体を媒介して巻き散らかされる。
 へへっ、腹ぁ切ったが遅かった。もう、俺の身体じゃねぇ。自分じゃ死ねない」
「銀時……」
「てめぇに殺されるのも、無理そうだ。
 今度てめぇが牙を剥いたら、俺は意識をのっとられて逆にてめぇを殺す」
「そんな事はやってみねぇとわからねぇよ」
「俺を殺せんのは、一人だけだ―…」

まっすぐに銀時が自分を見詰めた。
少し痩せた頬に手を伸ばすと、温もりは薄かった。
よく見ると、髪も銀ではなく真っ白な色をしていた。

弱々しく笑いながら、銀時が手を伸ばしてくる。
大人しくしていると、ぎゅっと抱きしめられた。

「高杉、もう、世界は終わる。こっちの力ではどうにもならねぇ。
 時間を、変えない限りはもう、だめだ。
 頼む、この地球から一刻も早く逃げてくれ。白詛になんてなるんじゃねぇ」
「舐めたことを言うな。俺は、先生の―…」
「頼むっ!宇宙船、持ってんだろうが!
 お前を、俺の手にかけて殺させないでくれ、生きてくれ、高杉―…」

珍しく弱々しい、消え入りそうな声だった。
何か言おうと口を開いた瞬間、言葉は肉厚のある唇に飲み込まれた。
冷たいかと思った唇は、まだ以前の温もりを宿したままで、
それが胸を締め付けた。

「ふっ、……んぅ、ぎ、んとき」

これが最期だと言わんばかりの、長く重い口付け。
唾液に交じって、僅かにしょっぱさを感じた。

「元気でな、高杉」

泣きそうな笑顔でそう言った瞬間、銀時は風のように消えた。
残っているのは手帳だけだ。

「本当に、馬鹿だな。逃げねぇよ、俺は。きっとお前をこの手で殺す」

手帳を拾い上げると、一番近くにあったコンビニに入る。
そこの店員に「腹痛でここのトイレを借りた坂田銀時の落し物だ」と告げた。


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はっと高杉は目を覚ます。
どうやら夢を見ていたらしい。高杉は息を吐いた。

白詛が流行りだす直前に銀時と会った時の夢を見るなんて、
限りなく女々しい話だと自嘲気味に嗤う。

「銀時、先に逝くのはやっぱり俺の方らしいな」

高杉は笑いながら呟いた。
隣りには苦悶の表情を浮かべた万斉が眠っている。
起こさないように頬にキスをすると、気配を殺して高杉は部屋を出た。


「こんな真夜中に何処行くの?シンスケ」

廊下からヌッと現れた影に呼び止められる。
黒いチャイナに薄紅の髪の少年が壁に凭れて立っていた。

「神威、か。虫ケラの行方なんざてめぇには関係ねぇだろう?」
「あ、俺が青いお侍に言ってたこと聞こえてたの?
 起きてたんだ。全然気付かなかったよ。も〜人が悪いな、シンスケは」
「はっ、てめぇほどじゃねぇよ、神威」
「で、何処行くの?死神と逢瀬かい?」
「まぁな。てめぇの死に場所くらい、てめぇで決めたいのさ」
「それも侍魂ってヤツ?でも、それはあんまりにつれないんじゃないの?」
「万斉やまた子、武市にか?かまわねぇよ。
 奴らは俺とは違う道を行く方が良い。俺とくる必要はねぇ」
「サングラスも猪女もロリコンもどうでもいいよ、シンスケ」
「じゃあなんだ?」

面倒臭そうに高杉が尋ねると、神威はニコニコと細めていた瞳を開き、
青い瞳でじっと睨むように高杉を見た。

「俺と地獄めぐり、するんじゃなかったの?」

そう言った声は、怒っている様な笑っている様な、
それでいて何処か寂しげな声だった。
捨てられた子供みたいな顔だと高杉は思った。
思わず伸ばしそうになった手を、ぎゅっと握ると青い目から
逃げるように高杉は背を向ける。

「こんなガラクタと地獄巡りもねぇだろうに。じゃあな」

そのまま去ろうとした高杉を追って、神威は地面を蹴った。
素早く前に回り込むと、腹に拳を叩き込む。

「ぐっ…はっ、て、めぇ、かむいぃぃっ!」
「シンスケが隙を取られるなんて相当弱ってるね、残念だよ」

前のめりになる高杉を抱き止めると、
神威は高杉の首の血管を爪で傷付ける。
白廊下に花のような鮮血が散った。

「俺を、殺したかったのか?」

クツクツと高杉が笑いながら尋ねる。
神威はニコニコとした顔に戻っていた。
無邪気なのに何処か冷静な声が質問に答える。

「いつまでも未練たらしくいられるのは嫌なんだ。
 どうせなら、心の中から消した方があいつらも楽でしょ?」

その言葉に神威の真意を悟ったのか、高杉の瞳が驚きに揺らぐ。
神威は一層深く笑むと、高杉の首に手套を入れて彼を気絶させた。
完全に力を失った身体を抱すくめながら、
髪の毛の襟足を少しだけ切り取って床にぶちまけた。

「オイオイ、なにやってんだよ団長?」

呆れた顔で阿伏兎が尋ねたが、神威は答えない。
高杉の耳に唇を寄せて、神威が低い声で囁いた。

「シンスケは死にたがりだよね。
こんな病気にかかってサ。でも、死なせてなんてあげないよ」

宣戦布告にも似た恐ろしい言葉に、自分が言われたわけでもないのに
阿伏兎はぞっと背筋を震わせた。

「行くよ、阿伏兎」

神威は手に持っていた高杉の柔らかな白髪を血の上に撒いた。
そして阿伏兎や第七師団を率いて
この戦艦に収容されている自分の戦艦に乗り込む。

五日も有れば、医療設備を整えるのも、
発信の準備をするのにも十分だった。
万斉らが嫌う天人の技術の粋を集めた舟に乗り込み、
高杉の戦艦から離脱した。

出発日は予め高杉の部下らに告げていた。
高杉の姿を見られさえしなかったら、怪しまれずに出向できる状況は
整えられていたので、離脱は容易なものだった。



自分の部屋に設置させた医療ベッドに高杉を横たえ、
神威は高杉の唇を奪う。
目を覚ました高杉は、今まで見たことのない驚いたような顔をしていた。

「神威、何を企んでる……?」
「やだな、知ってるでしょ?シンスケは鋭いから気付いただろ?」
「……」
「シンスケの命は俺のもの。シンスケも俺だけのものだよ」

顔に似合わない歯の浮くような台詞に、高杉は眉根を寄せた。
神威はクスリと笑うと、これ以上喋るなと戒めるように
また高杉に口付ける。
吐息さえも奪うようなキスを繰り返していると、
高杉の唇から甘い声が零れ落ちた。

「キレイだよ、シンスケ。髪が白くなっても変わらない。
 カナリアみたいなキレイな声、森みたいなキレイな瞳、
 桜色のキレイな唇。雪のような白いキレイな肌。本当に、キレイ」
「……ぁっ、はっ。そ、んな口説き文句、どこで覚えた?」
「俺こう見えても経験豊富だから。ジゴロになれるかな」

高杉の頬を肉厚で高体温な掌が包んだ。
その温もりに、高杉は眠気を覚えて瞳を閉じる。
状況を理解できてない今のまま意識を手放すのは不味いと
解っていたが、衰弱した身体は睡魔に抗えず、高杉は眠りに堕ちた。

「おやすみ、俺の眠り姫」

髪をひと房手にとって口付けると、神威は医療装置のスイッチを入れた。
ベッドサイドに腰掛けると、チューブに繋がれた腕を握り、
神威もまた一緒に夢の中へと沈んでいった。













--あとがき----------

万事屋よ永遠なれで、
「キノコ食ったら、ハラ超痛て」という銀さんの書き残し、
あれはきっと、切腹した直後、最後の言葉を残そうとして、
思わず本音を書いてしまったけど、
新八や神楽が心配しないように、キノコの部分を書き足して、
ちょっと笑える内容にしたのだと私は思ってます。
そう考えたら泣けてきます……

桂に会いに行った銀さんは、高杉にもちゃんと会いに行っている
かってにそう妄想してます。
神威は高杉を簡単には死なせなさそう。
神威は高杉を自分でも気付かない内に大事に思ってる筈。