++++++白い呪い++++++
  第五話 ―剥奪された時―
 


見覚えがあるけど全く知らない世界。
喧騒も活気もなくなり、人も街も寂れてまるで別世界だ。


一人こんな世界に投げ出された銀時は、途方に暮れていた。
五年後、成長した神楽や新八を見て嬉しさと頼もしい気持ち半分、
寂しさと悲しさが半分だ。

自分が知らない間に成長した二人は、何処か翳を纏っている。
白詛が流行る辛い世界だからしょうがないかもしれない。
こんな世界に二人を残して、
どうして自分は死んでしまったのか、
いや、死んでないにせよ、いなくなってしまったのか。
悔しさと腹立ちが募る。

つい、今しがた病気で変わり果てたお妙の姿を思い出す。
殺しても死ななさそうなくらい元気なあの女が、
すっかり衰弱して別人のようだった。

「俺が、なんとかしねーと」

神楽や新八と一旦別れ、一人で白詛と関わる男・かつて戦った厭魅を
探しながら、銀時は深くため息を吐く。
休憩に河原に腰かけて水面を眺めていると、背後に気配を感じた。

「ヅラじゃねぇか」
「ヅラじゃない。桂だ」
「何の用だよ」
「いや、お前が銀時の知り合いと聞いて話したくなってな」
「あ〜」

知り合いっつーか本人だよ。
そう言いかけた言葉を飲み込み、銀時は桂を見る。

「銀時は何処へ行ってしまったのだろうな。一人でしょい込んで、
 まったく、アイツばかりが業を背負っている……」
「そんなつもりはねぇけど……」
「いや、アイツはいつも貧乏くじだ」

ぎゅっと拳を握って、珍しく桂が真面目な顔で俯いている。
その重い雰囲気に息苦しくなり、銀時は別の話題を振った。

「あ、あーそーいや、銀さんのかつての仲間はどうしてる?」
「?かつての仲間?」
「お前を含めて四人一緒に攘夷してたんだろ?ほら、坂本とか―…」
「ああ、坂本な。坂本は宇宙を飛び回っているから
 今どこで何をしているか詳しくは知らないが、元気そうだぞ。噂も聞く」
「ふーん。じゃあ、もう一人の奴は?」

高杉の名を口にするのがなんだか少し躊躇われて、
銀時は代名詞で尋ねた。
全てを壊すと言っていた男は、勝手に崩壊して死にゆく世界で
何を思って何をしているのだろうかと、ずっと気になっていた。

「もう一人、ああ、俺なら見ての通り健在だろう。ハハッ」

笑いながらそう答えた桂に、銀時はガクッと前のめりに傾く。
誰もお前のことは聞いてねぇよ。内心毒づきながら、
心の底から桂の馬鹿さ加減に飽きれた。
昔からそうだ。桂は馬鹿なうえ鈍い。
辰馬も頭からっぽの馬鹿だが、意外と鋭く切れるところもある。
だからこそ、宇宙を相手に大きな商いを続けていられるのだろう。
だが、桂は真面目なくせに、馬鹿だ。考えすぎる妄想馬鹿。
その考えはいつも斜め上をつっぱしり、てんで見当はずれだ。
かつての仲間の中で真正の馬鹿を決めるならば、間違いなく桂に軍配が上がる。

そんな奴相手に代名詞を使って話を聞き出そうとしたことが悔やまれた。
何度目かになる溜息を吐くと、銀時ははっきりと質問する。

「高杉ってヤツがいただろ。ほら、あのどチビ。あいつはどうしてる?」
「ああ、高杉か。うむ、高杉は―……」
「高杉は?」
「知らん。話も聞かんな」

引っ張って知らないかよと、銀時はずっこけた。
まあ、どこぞで壊れた世界の破壊にでも勤しんでいるのだろう。
そう結論付けて、銀時は考えるのを放棄した。



桂と別れると、銀時は一人夕暮れの街を歩いていた。
少しぶらついたらお登勢の所にでも行こう。
休憩がてらの散歩のつもりだった。

だが、気味の悪い濃い紅色の空が魔を連れてきたらしい。
背後に嫌な気配を感じて、銀時は勢いよく振り返る。
背後には雨でもないのに大きな傘を差して立つ男の姿があった。

見覚えのある姿だ。薄紅の三つ編みににこやかな顔。
吉原で自分達を襲い、鳳仙の戦いでは野次を飛ばしていた少年。
今ではすっかり青年となり、背も伸びているが間違いない。
神楽の兄・神威だ。

「やあ、銀色のお侍さん。坂田、銀時?だっけ」

今の自分の姿は別の人物のように映っているはずなのに、
神威は間違えることなく名前を呼んできた。
動物の勘なのだろうか。彼の眼には
どうやら自分は元のままの姿で映っているらしい。

「変だな。昔とちっとも変わってない。五年前のままだ。
 行方不明になってるって風の噂で聞いたけど、何してるの?」
「るせーよ」
「人でも、探してるのかな?」
「神威っつっな。なんで地球に居る?
 ここにはもう、てめぇが戦いたい相手はいねぇだろうが。
 神楽やりにきたってんなら、容赦はしねぇよ」
「俺の事はどうでもいいよ。ね、誰を探してるの?」
「てめぇには関係ねぇだろーが」

ついと銀時がそっぽを向くと、神威が妖しく笑った。

「タカスギ、シンスケとか?」

神威の言葉に、銀時ははっとした顔で彼を見た。
攻撃圏内に踏み入り、彼の胸倉をつかんで問い詰める。

「てめぇがどうして高杉の野郎の事をしってやがんだ!」
「あれ、可笑しいな。俺がシンスケと組んでるのは
 将軍暗殺の件で知っているはずだけどな。可笑しいな。
 あ、もしかしてこの時代のアンタじゃなくて、過去のアンタだとか?
 うん、それなら見た目が五年前と変わってないのも納得だ」
「んな事ぁどうでもいい。高杉は何処にいる?
 つーか、高杉とつるんで何を企んでいるかを聞いた方がいいか?」

まさか、宇宙と地球の最凶の二人が手を結んでいるなんて寝耳に水だった。
自分に接触してくるなどと、どうせよからぬことを考えているに違いない。
白詛も脅威だが、弱り目の地球にとっては奴らも匹敵するほどの脅威だ。
銀時は鋭い瞳を神威に向けた。
神威は相変わらずニコニコと微笑んだまま答える。

「何も企んでないよ。ただ、アンタの顔が見たかったってとこかな?」
「ふざけんじゃねぇ!何を考えてやがる!?」
「やだなぁ、本当だってば。だって、企てる相棒がいなくなっちゃったんだんもん」
「……どういう意味だ?」
「シンスケはね、白詛で死んじゃったよ。残念だったね」
「な……んだって……。う、そだろ?」

にやりと笑って神威が吐いた言葉に、銀時はよろめいた。
間抜け面を下げる銀時をせせら笑うような顔で神威が見詰める。

「嘘じゃないよ。今から二年くらい前かな。
 あ、死体は俺がもらっちゃった。今はもう残ってないけどね」
「た、高杉が病気なんかで死ぬはずねぇだろぉがぁっ!!」

高杉は世界を壊すまでは死なないと、本人も、右腕的なポジションにいた
万斉という男も言っていた。
世界はほとんど壊れかけているが、まだ完全に壊れたわけでない。
それに、高杉が病気で死ぬところなんか想像もできなかった。

全力で否定する銀時に、神威は冷たい視線をぶつける。
冷笑を浮かべたまま神威は続けた。

「知った風な口、聞くなよ。
 シンスケの何を知っているっていうんだい?お侍さん」
「てめぇこそ、奴の何を知ってるっていうんだよ!
 あいつが病で死んだってんなら、証拠を見せやがれっ!」
「証拠ね。ごめん、ないや。だってさ、俺が貪っちゃったから」
「は?」
「死姦させてもらっちゃった。あんまり激しくやったから
 もう死体なんてぼろぼろになっちゃってさ。まともに残っているの
 なんて髪の毛くらいかな。それももう、二年も前だから風化しかけてるけど」

笑って告げられたその言葉に、銀時は目を血走らせた。
血が流れるほど拳を握りしめると、神威に飛び掛かる。

「てめぇっ、ふざけた事ぬかしてんじゃねぇぇぇっっ!!」

怒りに任せて拳を振りかざした。
だが、冷静さを欠いた拳は容易く神威に避けられてしまう。

「あはははっ、その顔鬼みたいだよ。怖い怖い」

ひらりと拳を躱して、電柱の上に飛び上がる。
神威はちょこんと電柱のてっぺんに座ると、銀時に手を振った。

「今のアンタと闘う気はしないや。じゃあね、お侍さん」
「なっ、待ちやがれっ!」
「バイバイ」

電柱によじ登って追いかけようとしたが、神威は空に待機させていた
船に乗って去って行ってしまった。


「クソッ……なんだよ、こんな―…」

遠ざかる船をただ立ち尽くして眺める事しか出来なかった。
がくりと膝を折ると、銀時は地面に座り込む。
握りしめた拳からは、空よりも暗く濃い赤が滴っていた。

「高杉……」

呟く声が情けなく震えた。
こんな結末を知るくらいならば、聞かなければよかった。
喉の奥に苦々しいものが込み上げる。

昔、一度背を向けて逃げた報いだろうか。
一番大切な人を救うことが出来なかった。
高杉の凛とした顔を修羅に染めた悍ましいまでの狂気からも、
激しく苦しい復讐心からも、そして、白詛からも―…

過去の自分には救えっこないとも、関係ないとも思えなかった。
会いたい。死んだなんて嘘だと言って欲しい。

「俺が、変える。こんな腐った結末で終わらせねえ」

未来を変えてみせるという誓いを込めて、
銀時は腰に差してある木刀を握り締めた。













--あとがき----------

神威VS銀さんを実現。
神威はああみえて、意外と嫌味をいいまくれそう。
案外頭が回りそうですよね。
嘘も上手につけるタイプです。
ヅラは昔から鈍ちんなんで、銀さんがこそあど言葉使うと、
全く会話は成り立たないと思います。