++++++白い呪い++++++
  第七話 ―小夜曲―


「ねえ、聞いた?寺門通、とうとうグラビアどころかAVに出演したんだって」
「誰それ、アタシしらなーい」
「ユキ、お通ちゃんを知らないのっ?」
「もぐりだな。寺門通親衛隊まであって、五年くらい前はスターだったんだぞ」
「知らないわよ〜。てゆーか、そんなスターがなんでAV?」

きゃらきゃらと若い者たちが黄色い声ではしゃぐ。
今は数少なくなったレコードショップ。
極端に減った娯楽を求めてやってきた若者たちだろう。
CDやDVDを手に男女入り混じって楽しげだった。

「知らないのかよ?つんぽっていう凄腕のプロデューサーが
 居たんだけど、そいつがプロデューサーを止めて、
 それ以来、スキャンダル後の転落人生に逆戻りしたんだよ」
「つんぽなら知ってる〜。メガヒット出しまくりの作曲家でしょ」
「今は、自分がデビューして、銀河にも轟く有名っぷりじゃない」
「キャーッ!私もあの歌声、すっごく好きなの!」
「曲が何より素敵。甘くて切ない歌詞に曲、最高」
「顔もハンサムよね。もうチョー素敵っ。
 なんで白詛が流行る前に顔出しでデビューしなかったか不思議」
「私、今日発売のCD三枚買っちゃおっと」

ずらりと並べられたつんぽのCDを手に、
若い女達がレジへ向かって行った。
それをショップの隅から密かに見詰める男が一人。
三味線を担ぎ、サングラスをして青みがかった黒いコートを来た男。
彼の名は、河上万斉。
髪型とサングラスの所為で誰一人として気付かないが、
彼こそがつんぽその人であった。



CDショップを出ると、万斉は寂れた町をフラフラ歩いた。
虚しい気分に包まれる。

「いくら人気が出ようと、晋助。ぬしに届かねば何の意味もない」

高杉がいなくなっておよそ二年。
万斉は最愛の人を連れ去ったと思われる神威を探す為、
宇宙中に名前を轟かせるような人気歌手になり、
幅広い情報とまたは情報を集める資金源を稼ぐという名目の為、
自ら音楽を発信する歌手としてデビューした。

鬼兵隊の残党のトップとして君臨しながらも、
音楽活動に力を入れている。
鬼兵隊の残党のトップといっても大したものではない。
今の鬼兵隊は攘夷活動などせず、
いなくなった高杉の情報を探すだけの集団でしかない。

「晋助。何処に居る―…」

呟いた声は、ビルの隙間を縫う風邪の音に消えた。



「万斉センパイ、仕事お疲れ様っス」

船に帰るとまた子が迎えてくれた。
生返事をしながら、万斉はスタスタと自分の部屋に向かった。
今の自分の部屋は、高杉がかつて使っていた部屋だ。
強引に使わせてもらっている。
本当は、また子だって彼の使っていたこの部屋を使いたいのだろうが、
自分は下っ端だからと、珍しく殊勝にも譲ってくれて、
それ以降はずっと自分の部屋として存在している。

「また子、神威について新たな情報は何か得たか?」
「いえ。すみません。何もつかめなくって……」
「そうか……。拙者もでござるよ」
「晋助様、一体どこに行っちゃったんスかね。
 あの神威ってガキ、晋助様の事、用ナシ扱いしてたんでしょ?
 だったら、アイツが晋助様を連れてくとは考えにくいんじゃ。
 万斉センパイは、どうしてアイツが晋助様を連れてったて考えるんスか?」
「拙者も、白詛に犯された晋助を不要だと言ったあの男の言葉を
 まっこうから受け止めて、あの時は腹を立てた。
 でも、あれは多分嘘でござるよ。アイツは我らを欺く為にああ言った」
「そうだったとして、晋助様を連れ去る目的は?
だって、晋助様は白詛で、もう戦えないし、それどころか―…」

じっとまた子が不安そうな顔で見上げてくる。
万斉はふうと息を吐くと、苦笑を浮かべた。

「また子、晋助は生きている。白詛になど負けはせぬ」
「でも、治療法もないし、アイツら春雨が看病するなんて思えない」
「……大丈夫だ。阿伏兎という男は知らぬが、少なくとも神威は」
「どうしてそう言えるんスか?」
「拙者と、同じだからだ」
「え―…?」

また子の瞳が不審だという感情を覗かせる。
疑うような、困ったような瞳。
無理もない。また子は解っていない。
恐らく、自分と晋助の間に肉体的な関係があったことも、
自分が晋助に恋愛感情を抱いていたことも。
そして、神威も自分が抱えるのと似た感情を持っていたことも―…

「ともかく、情報収集に専念してくれ。拙者は少し休むでござるよ」
「センパイ、仕事大変そうっすもんね。明後日からは宇宙ツアーですよね?」
「ああ。宇宙の方が有益な情報が入るだろうからな」
「確かに、神威のやろーは春雨っスから、
 枯れた地球なんかに留まる理由もないし、宇宙に居る方が自然ッスね」
「ああ。晋助の情報探しにツアーに忙しくなる。体力を回復したいから寝るよ。
 ぬしらも忙しくなる。その心積もりで準備と休息を取った方がいい」
「あ、ハイ。了解っス。アタシは元気なんで準備に駆けまわります」

パタパタと忙しなくまた子は去っていった。
彼女の姿が完全に見えなくなってから、万斉は部屋に入る。

「晋助、ただいま」

誰もいない部屋。虚しく自分の声だけが響く。
コートを脱ぎ捨てて、シャワーを浴びて自分の身体の匂いを消すと、
万斉はクローゼットから晋助の着物を引っ張りだした。
鼻を寄せると、ほんの微かだが残り香が漂う。
甘い、花のような香り。

「晋助……」

ぎゅっと着物を抱き寄せる。
どちらかが死ぬまで消して失わないと思っていたわけではない。
だが、少なくとも彼に捨てられない限りは、
彼がこの腕の中から消える事は無いと思っていた。

「晋助、お前は何処に居る。今すぐ、抱締めたい……」

彼を想い、いくつ曲を作り上げただろう。
歌い続けても消して届かないラブソング。
万人が聞いてくれたとしても、愛している人に届かねば意味は無い。

目を閉じて、彼が居た時間を思い出す。
殺伐とした、死と血に満ちた日々だったけれど、
穏やかな時間も、熱情に焦がれた時間もちゃんとあった。

華奢な白い身体。抱き寄せた時のぬくもりと柔らかさ。
思い出すと、それだけで下半身が熱くなった。

「くっ……ぅぁ」

万斉は自分の性器に手を伸ばし、ゆっくりと触れた。
高杉の舌遣いや、指を思い出しながら自分の雄を扱き上げる。
触れた時、普段は冷めた高杉が頬を上気させて、
鋭い眼光を放つ隻眼を熱に潤ませて見上げてくる美しく淫靡な顔を
思い浮かべながら自慰に耽ると、すぐに達した。

手に付着したどろりとした白濁液を眺めていると虚しい気分になる。

「お前に触れられないと、気が狂いそうだ」

飢えて、乾いて、満たされなくて。
砂漠を彷徨っている様な錯覚に襲われる。
手を伸ばしても触れられない陽炎のオアシスを求める気分だ。

せめて、夢で逢えたならと、万斉は瞳を閉じた。



「万斉」

自分を呼ぶ声。懐かしい、深淵に響くような声。
音色が聞こえる。寂しげだが優美なあの旋律。
間違いない、最愛の人の音だ。

万斉はゆっくり瞳を開く。

何もない虚無の闇。その中で唯一の光。
篝火のように美しく燃えるように輝くのは、自分の探し人だった。

「し…んす、け?」

名前を呼ぶと、彼の口元に薄らと笑みが浮かぶ。
息を乱して走り寄ると、所在なさげに両脇にぶら下げられた腕を掴む。
触れた瞬間、幻のように消えてしまうんではないだろうか。
そう思っていたけど。高杉の姿は消えなかった。
腕を掴んだまま、自分の方に抱き寄せると
あっけなく華奢な身体が倒れ込んでくる。
抱き締めると、低いが体温も鼓動も確かにあった。

「夢、なのか―…。またぬしと会えるなんて……」
「そうだな。たぶんてめぇの見ている幻だろうな」
「ははっ、拙者が望んだ幻覚の割には手厳しいリアリティのある
 答えでござるな。夢ならば、もう少し甘くてもよいのでは?」
「クククッ、違ぇねえ」

目の前にいる高杉は依然と変わらない黒い髪をしていた。
間違いなく夢幻だと知ったが、構わない。
今感じている肉体こそが全てのように思えた。

抱き寄せたまま、急くように唇を奪う。
唾液を絡ませ、舌を吸い上げると腕の中で高杉が震えた。
艶やかな唇からは甘い吐息が漏れる。

「ッ……ハァ……っ。珍しくがっつくな、万斉」
「当たり前だ。どれほど長い間触れていなかったと思う?」
「相手は俺じゃなくても、てめぇならいくらでもいるだろうが」
「晋助以外としても意味はない」
「そりゃ大層身持ちの堅いこって。俺にゃ真似できねぇな」

愉快そうに笑う高杉を万斉は恨めし気な目で見つめる。
高杉がいなくなってから今まで、こちらがどんな思いだったか
少々は鑑みて欲しいものだ。
身を引き千切られるほどの苦しみと空虚。
聞こえてくる音楽はどれも虚しく響き、通り抜ける。
何もない。死んでいるに等しい時間だった。

「抱いてもよいか?晋助」

焦がれて焦がれて、どうしようもない。
自分でも呆れるほど、性急に高杉の身体を求めていた。
抱き寄せた細い腰を弄り、着物を脱がせようとする。
だが、細い腕がやんわりとそれを遮った。

「万斉。俺のことなんてもう、忘れちまえよ……」
「……そんな事を言うな、晋助。忘れられぬ」
「宇宙に轟くほど人気の歌手になったんだろう?
 良い女も、煌びやかな世界も、音楽も手に入れた。満足だろう?」
「満足な筈がないっ!!」

つれない高杉の言葉に、万斉は思わず声を荒げる。
一瞬驚いた後、こちらの感情を伺うような薄緑の瞳が見上げてきた。
サングラスを外して、その瞳を見詰め返した途端に
感情が堰を切って流れ出す。

「晋助、お前がいなければいくら歌っても意味が無い!
 お前に届かないならば、どんな曲も詩も意味なんてないんだ!!」
「万斉……」
「何処に居る、晋助。教えてくれ―…っ」

目頭が熱くなるのを感じた。
頬を流れる雫が熱い。泣いているのだと気付いて自分で驚いた。
もっと驚く事に、慰めるようにその涙を細い指先が拭ってくれた。

「万斉、瞳ぇ、閉じろ」
「嫌だ。目を閉じたら、幻であるお前は消えるのだろう?」
「消えやしねぇよ。だから言う通りにしろ」

やんわりと命令され、万斉は瞳を閉じる。
その途端、柔らかな手が自分の頬を包んだ。

「俺が今見ている景色、てめぇに見せてやるよ」

高杉がそう言った瞬間、風が通り過ぎた。
「目を開けろ」と言われて瞼を持ち上げた瞬間、
真っ暗な闇と、その中に浮かぶ青と白の惑星を見た。
青い星、地球だ。

「もうすぐそっちに行く、万斉。会えるかどうか、解らねぇけどな」

寂しげに高杉が微笑む。堪らず万斉は高杉をぎゅっと抱締めた。
だが、抱締めた身体は光となって闇に消えた。





「晋助っ!晋助ぇぇぇっっ!!!」


自分の絶叫で万斉は目を覚ました。
声を聞きつけたらしく、また子が心配して駈けつけてくる。
ドア乱暴にドンドンと叩きながら、また子が叫ぶ。

「万斉センパイッ!?どうしたんスか?センパイッ!!」

現実に引き戻された気分だった。
さっき見たのはやはり、夢だったのだろうか?

万斉はベッドの上でゆっくりと身を起こす。
ふわりと甘い香りが漂った。
不思議に思い、その匂いが何処から放たれているのか探る。
匂いが濃い場所は、自分の胸や腕だった。
高杉の着物に染みついた僅かな残り香と同じ香りだ。

万斉は起き上がると、部屋のロックを解除した。
ドアを壊そうとしていたのか、ドアの前には椅子を手にしたまた子が
立っていた。

「あ、センパイ。よかった、無事なんスね!?」
「ああ、何もござらんよ」
「センパイ、珍しく叫び声なんて出すから。心配で」
「それは悪い事をしたな」
「いえ。無事ならいいんス。じゃあアタシ、宇宙ライブの準備に戻るんで」
「いや、用意はしなくていいでござるよ」
「へ?」

吊りあがった目をまん丸にして、また子が万斉を覗きこむ。
万斉はにやりと笑って言った。

「ツアーは中止だ。晋助が、地球に近付いて来ている」
「えっ!?えぇぇぇつ!?どこ情報っすか、それぇ!」
「晋助に聞いた?」
「はあ?アンタ、夢でも見たんじゃ……」

不審がるまた子に万斉は不敵に微笑んだ。
三味線を手にすると、万斉は即興のセレナーデを奏でた。










--あとがき----------

万斉は高杉や辰馬と違って、精神的にだけでなく、
肉体的にも一途そうです。
好きな人が出来たら、その人以外は抱かない。
たとえ性欲が溜まっても、風俗なんかいかなさそうです。
万高、素敵な組み合わせですが、万斉が報われる気がしない(苦笑)