++++++白い呪い++++++
  第八話 ―守護者たち―



「銀時が、過去から来ちょるらしい」

辰馬が告げた言葉に、高杉の瞳が揺れた。
半分眠っている状態の頭に、その名前が強く響く。

神威に与えられる薬の副作用か、白詛の悪影響か、
はたまた自分自身の気力の無さの反映か、
ほとんど覚醒がなく、気力もない生ける屍状態だった身体が
力を、思考を取り戻して行く感覚。

高杉は瞼を開けて、じっと辰馬を注視した。

「おお、起きとったがか?高杉」
「た…つま。お前、性懲りもなくこの部屋に来るとは
 いい度胸だな。神威に見付かりでもしたら、殺されるぜ?」
「はははっ、大丈夫じゃ。そんな抜けた真似はせん」

ニコニコ笑いながら、辰馬がベッドに腰掛ける。
寝てるのか起きているのかも曖昧な自分に命がけで会いに来るなんて、
相変わらずもの好きで変わった男だと、呆れる。
能天気に笑う辰馬をじっと見詰めた後、高杉は彼に目を向ける。


「辰馬……。少しの間でいい。俺を連れ出せるか?」
「高杉、……何故じゃ?」
「……銀時に、会いたい」

その答えに対して、辰馬は押し黙った。高杉はぎゅっと拳を握る。

「いや、忘れろ。てめぇの手を借りる気はねぇ。
 俺は自分の力で此処から出て、銀時に会う」
「死ぬかも知れんぞ。病気の事もあるが、神威が許さんぜよ」
「かもな。でも、行くぜ」
「何故、銀時に会いに行きたい?」
「さあな。ただ、何となく。アイツとはきっちりケジメつけねぇと。
 そう思ったけど、残念ながらこっちのアイツは
 俺とちゃんと話す前に消えちまったから、代わりを務めてもらうのさ」
「銀時と、戦うがか?」
「ハッ。安心しろ。この状態の俺に剣なんざ握れねえよ。
 どうひっくり返っても俺の手で銀時を殺せる見込みはねぇ、安心しな」
「銀時の事は心配はしちょらん。おまんの事じゃ」

がっしりと辰馬が肩を掴んできた。
サングラスを外した青い瞳が揺れ、顔つきは険しかった。
初めて見る感情を剥き出しにした辰馬の表情に、高杉は目を伏せる。
黙っていると、辰馬に頬を包み込まれ上を向かされる。
唇に暖かいものが触れた。
それが辰馬の唇だとわかったけど、嫌だとは思わなかった。

「ンッ……」

神威とは違う、優しく包み込むようなキス。
名残惜しそうにゆっくりと唇を離すと、辰馬は静かに言った。

「わしが連れ出して銀時に会わせちゃる」
「いいのか?そんな約束して」
「ああ。二言はない!ただ、一つだけ約束しとうせ」
「約束?」
「必ず、生きて戻ってくること。
 銀時に殺させるのはもちろん、途中で病気で死んでもだめじゃ」
「……馬鹿だな、お前も。お前が神威に殺されるかもしれないんだぜ。
 なのに、俺の命の心配たぁ、相変わらず御人好しな男だ」
「アハハハ、銀時ほどじゃなか。
わしゃ自分の利益の事を考えちょるからのう」
「そういうことにしといてやるよ。約束するさ」
「よし。じゃああとはわしに任せ!」

ドンと胸を叩く辰馬に、高杉は微笑みかけた。
「ありがとう」と囁くと、辰馬は酷く満足そうに笑った。




荒れた大地。
殺伐とした場所で一人、銀時は待っていた。
桂に「二人で話したいから此処に来てくれ。待っている」と言われてやって来たが、
それらしき人影どころか、人っ子一人いない。

他の人の目には別人として映るようになる装置をつけていて、
確かに他人の扱いを受けている。
だが、病気で視力が弱ったお妙には自分だと言う事を見抜かれた。
ということは、もしかして桂も
自分が坂田銀時だと気付いているのではないだろうか。

「いやいや、ヅラに限ってねぇよ。アイツ、馬鹿だし」

それにしても待っていると言いながら待たせやがって。
来たらまず文句を言ってやろうと、銀時は腕を組んでふんぞり返った。


荒れた大地を強い風が撫でる。
風の音に混じって足音が聞こえた気がして、振り返った。
砂埃が舞う中、長身のシルエットが見える。
あれは桂ではない。見覚えのあるシルエットに、銀時は固まった。

「お、おい。テメーは、坂本辰馬っ!?」
「おー金時ぃ。久しぶりじゃのう」

五年前とまったく変わらない姿で現れたのは、紛れもなく辰馬だ。
しかも、また人の名前を間違っている。
普段ならイラッと来るところだが、今はその変わらなさにホッとした。

「辰馬、テメーにはどうやらこの装置は効かねぇらしいな」
「装置?なんのことじゃ?」
「いや、なんでもねぇ。それより何でテメーが此処に?ヅラは?」
「おお、ヅラは来んぜよ。銀時、おまんに会いたい奴がおる」
「会いたいヤツ?」
「おお、こいつじゃ。おい、出てき」

辰馬に呼ばれ、一つの影が辰馬の後ろから姿を現す。
自分よりもさらに白い髪の小柄な男。
その姿をはっきりとした銀時の瞳が、丸くなった。

「た、たか、すぎ……?」

愕然としながら見詰めると、高杉は不敵な笑みを浮かべた。

「よお、銀時。過去から御苦労さまなこって」

ククッと喉の奥で高杉が笑う。
その表情は、自分が知っているどの高杉とも一致しなかった。
今、自分のいる現代の高杉と比べると、以前の攘夷時代の高杉に近い。
だが、それとも少し違う、何処か世捨て人な雰囲気を纏っていた。

気をきかせているつもりか、辰馬は高杉と自分を置き去りにして、
視界に入らない場所へと姿を消した。

だが、二人きりで残されても気不味いだけだった。
現代では敵同士だからというのも有るが、あきらかに白詛に身体を
蝕まれた高杉を前に、気づまりだったというのが一番の理由だ。

それを見抜いたように、高杉は嗤って言った。

「ザマぁねぇだろ。俺はこの通り、壊れかけだ」
「……」
「てめぇよりも見事な白髪だろう?」
「俺のは銀髪だっつってんだろ。それ、冗談のつもりか?笑えねぇよ」
「そこは笑っとけよ。みっともねぇ姿だってな」

何でも無い風に笑う高杉に、腹立たしいやら悲しいやらで、
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
困ったような顔をする自分に、高杉は少し優しく微笑む。

「一目、てめぇの馬鹿面を拝みたかっただけだ。
 その間抜けな声を聞きたかっただけだ。
 会いたくもねぇ相手に会わせて悪かったな。じゃあな」

一方的にそう告げると、高杉は背中を向けた。
以前よりも細くなった背中、毒々しさの消えた穏やかな顔。
真っ白になってしまった髪。

てっきり、高杉は白詛が蔓延する世界でも
自分の居る時代と変わらず世界の破壊に勤しんでいるなど簡単に考えていた。
それなのに、いきなり突き付けられた事実は、
予想と真逆で、どうしていいか解らない。

遠ざかろうとする背中。
二度と会えなくなる。そんな暗い予感が過ぎった。

「高杉っ!!」

直ぐ近くに居るのに、声を張り上げてその名前を呼ぶ。
簡単に折れそうなか細い手首を掴むと、自分の胸に手繰り寄せた。
白くなってしまったが相変わらず絹のように滑らかな髪に
顔を埋めると、絞り出すような声で告げる。

「必ずお前も助けるから」と。

胸に、高杉が零した息が当たった。
高杉は背を丸めて、笑っていた。
笑う場面じゃねぇだろとつっこもうとした時、高杉がふいに顔を上げる。

「馬鹿だな、お前。一人で背負いこむんじゃねぇよ」

そう言った高杉の顔は、昔共に戦っていた時の顔と寸分違わなかった。
張り詰めていたモノが緩むのを感じた。
自分も気付けば口許を緩めて、笑っていた。

「バーカ、姫を助けんのは王子の役目だろ。大人しくしてろ」

そう言って、高杉の頬に触れる。
ひんやりとした体温が掌に伝わった。
けれども、それは自分にとっては日溜まりの様に思えた。

大丈夫、出来る。
たとえ戦場に立つのは自分一人だとしても、一人じゃない。
かつて、共に戦場を駆けた仲間も、
逃げ出した後で辿り着いた場所にできた絆も、
すべてが自分の背中についていてくれるから―…




「すまなかったな、辰馬」

去っていった銀時を見送った高杉がポツリと呟いた。
珍しい殊勝な言葉に辰馬はにこりと笑う。

「いんや、気にするな。しかし、おまんこれからどうするんじゃ?」
「どうするも何も、帰るさ」
「……神威の所へ、か?」
「ああ。世話になったな」

軽く頭を下げると、高杉は踵を返して船着き場へ歩き出した。
その腕を坂本が捕える。

「行くな……」

低く呻くような声で辰馬がポツリと言う。
握ってくる手は加減が無く、ギリギリと音がする程に強かった。
手首に痛みを感じたが、高杉は薄く笑みを浮かべて、
いつもの落ち着いた声で尋ねる。

「何故、止める?」
「あの男の所へ帰っても、また囚われるだけぜよ」
「……だが、そのお蔭で白詛を患って二年経った今でも生きている」
「解っとう。じゃけど、あんな状態、生きとるとは言わんぜよ。
 おんしだって窮屈に思っとるんじゃなか?
 いつ開発されるかわからん薬を待って、死んだように眠り続ける。 
 おんしはそれでいいがか?本当は、自由にしていたんじゃないんか?」
「確かに、な。俺は生きる事に執着なんざねぇ。
 半死の状況で生きながらえるより、本当はとっとと楽になりたかった。
 だけど、神威は俺に生きていて欲しいらしい。
 だったら、あいつにこの命をくれてやってもいいと思った」

振り返って高杉は辰馬に微笑みかけた。
すると、辰馬の手の力が無くなり、ゆっくりと離れていった。

「決心がついとるんじゃな。高杉」
「ああ」
「わかった。わしも死んどるんと変わらん言うたが、
 おまんに生きていてほしいと思っちょる。それがおまんにとって
 苦痛であっても、神威と同じことを願っとるぜよ。
 本当なら、わしの元で治療したいが、神威の所と決めとるんじゃな?」
「ああ。悪いな」
「昔からつれんぜよ、高杉は。ははっ、またフラれたか」
「お前みてーな脳天気の節操なし、生憎好みじゃないんでね」

見事に振られたと哂う辰馬に背を向け、歩き始める。
まだ笑い声を上げながら、辰馬が後ろからついて来た。

「じゃあ、せめて艦まで送らせてくれんか?」
「いや、遠慮しておく」 
「ほがなつれん事言うなや。ケジメじゃき」 
「てめぇ、神威にぶっ殺されるぞ」 
「大丈夫、大丈夫」
「しょうがねぇな。まあ、殺されそうになったら、
 俺が割って入ってやるよ。老いぼれは若人の盾が似合いだ」
「あっははは。おんしみたいなこんまいのじゃあ、
 でっかいわしの盾にはなれんぜよ。もうちっと大きくなきゃのう」

殊勝なことを言ってやったのにデリカシーの無い答えが返ってきて、
ムカついて高杉は辰馬の脛に蹴りを入れた。
「痛っ」と言いながらも、辰馬はまた笑い声を上げた。




「シンスケッ!」

連絡を受けて船着き場に戻っていた神威は、
高杉の姿を見ると走り寄ってきた。
その隣に立つ辰馬を、殺意が滲んだ青い瞳が睨む。

「シンスケを勝手に連れ出すなんて、覚悟はできてるよね?」
「アッハハハ、怖い顔じゃのう。
 そう怒るなや。ちゃあんと高杉は元気に帰ってきたじゃろう。なっ?」
「ダメ、許さない」

にこりと笑顔を浮かべると、神威は腰を落として拳を握った。
その拳が辰馬に向かって繰り出される前に、高杉が神威の手に触れる。

「やめろ、神威」
「どうして止めるの?シンスケ。その男に惚れちゃった?」
「馬鹿。誰がこんないい加減な男に惚れるかよ」
「じゃあ、殺しちゃっていいよね?」
「いや、駄目だ。勝手に外に出たのは俺の意向だ。辰馬は脅されて
しょうがなく俺を連れ出した。ちっと、地球に野暮用があったからな」

高杉の言葉に、神威は少し殺気を和らげる。
だが、全然納得した顔をしていなかった。
高杉はククッと笑うと、神威の傍にゆっくりと歩み寄った。
細くなった腕を伸ばして、神威の首に絡める。
少し背伸びをして、神威の頬に軽く唇で触れた。

「ったく、ついこの間までガキだったクセに、すっかりでかくなっちまって。
 キスしようにも、わざわざ背伸びしねぇとならねぇな」
「シンスケは、出会った頃と変わらない。小さいままだ」
「うるせぇよ。放っておけ」

拗ねたような声を出すと、高杉はぎゅっと神威にしがみつく。
耳元に唇を寄せて、「久しぶりに歩いて疲れた。ベッドまで連れて行け」と
神威に囁いた。
すると、神威は少し嬉しそうに笑って、高杉をひょいと抱き上げる。

「もちろん。オヒメサマ」
「姫はありえねぇ。きもい」
「そう?眠り姫じゃん」
「そんな上等なモンじゃねぇよ。俺は」
「ハイハイ。じゃあ仔猫ちゃんってことにしとくよ」

上機嫌で神威は高杉を抱いて艦まで歩き始めた。
辰馬は黙って、それを見送る。

辰馬の視線に気付いた高杉は、神威の肩ごしに辰馬を見た。
口元に薄らと笑みを浮かべて、音を出さずに唇を動かす。
その言葉が解ったのか、辰馬はサングラスを外してニカッと笑った。

完全に高杉と神威の姿見えなくなると、辰馬は去って行った。



艦に着くと、神威は高杉をゆっくりとベッドに横たえた。
待機していた医療班がその身体に手際よく生命維持に必要な装置を
取り付けていく。

傍らで神威はずっと高杉の手を握りしめていた。
処置が終わり、高杉の瞳が眠気に負けて塞がりかけても、
見張るような瞳を向けたまま、ずっとか細い手を握り続けている。
高杉が不意にその手を握り返し、ひとさし指で神威に近付くように促す。

「なぁに?シンスケ」
「もうお前に何も告げずに何処にも行きはしねぇよ」
「信じていいの?」
「ああ。俺ぁ気紛れだから、またフラリと出かけたくなる時が
 来ると思うが、その時はちゃんとお前に言ってから、出かけるよ」
「約束してくれる?シンスケ」
「ああ、約束だ」

約束という言葉に、神威は満足したように笑った。
相変わらず握ったままのてのひらの熱いくらいの温もりを感じながら、
高杉はまたしばしの眠りについた。









--あとがき----------

この話を見ていると、高杉が三股のど淫乱(苦笑)
しかし、高杉さんはフリーダムですので、
好きな時に好きな人に甘えて誑かします。
ちゃんと全員に別々の情を持っての行動です。
次回、最終回の予定です。