第十一話 ―蜜月―



銀八は高杉を白衣に包み込んで抱き上げ、廃ビルを後にした。

そのまま学校に帰ろうかと思ったが、途中で方向を変える。
不審に思った高杉が不安そうな目で見上げてきた。

「銀八、学校、そっちじゃねぇだろ。何処行くんだよ?」
「そう不安そうな顔すんなよ、高杉。
 このままどっかに棄ててこようなんざ思っちゃねぇよ」
「じゃあ、何処へ?」
「ラブホだよ」

サラリと言うと、高杉はぎょっとした顔になった。
さらに不審そうな顔になる高杉の額にキスを一つ落とすと、
耳元で息を吹き込むように囁く。

「もう我慢できねぇんだよ。本当は今すぐここで犯したいけど、
 オマエは外でヤんの嫌だろ?ベッドあった方が背中痛くならねえし、な?」
「何が『な』だよ!ヘンタイ」
「変態でけっこう。でも、高杉クンだって身体熱いだろ?シよーぜ」
「んっ……!ば、か。耳に息かけんな。くすぐってーよ」

照れた顔でそっぽを向く高杉に微笑みかけると、
銀八は一番近くにあったホテルへと入っていった。
本当はSMプレイも楽しめるオプション満載の部屋かとびっきりエロい部屋を
選びたかったのを堪えて、銀八はスタンダードな部屋を選んだ。
スタンダードと言えど、ラブホはラブホだ。ビジネスホテルとは違う。

ふかふかのダブルベッドに、妖しい程に真白いシーツ。
ローションやゴムの完備されたベッドサイド。
腕の中の高杉は若干緊張した面持ちをしている。

「まず、風呂はいるよな?あいつらに触られたんだろ?」
「う、ああ。じゃあ、先にシャワー使うから」

するりと腕から抜け出し、一人で風呂場に行こうとした高杉を抱き止める。

「一人で行くなんてつれない事すんなよ。洗ってやるよ」
「っ!?いい、自分で洗う!」
「恥かしがんなって。色々やっちゃった仲じゃん」

顔を真っ赤にする高杉を無理やり抱きあげると、
銀八はバスルームに向かった。
ゆったりとした浴槽に湯を張り、恥かしがる高杉を後ろから抱えて湯船に使った。
バブルバスの泡に塗れて滑りの良い肌に手を這わせると、
高杉はピクリと身体を跳ねさせる。
逃げないように足で華奢な身体を絡め取り、
触れられた場所を消毒するように撫で上げた。

「ンッ……ァッ」
「色っぽいな、オマエ。くすぐったい?」
「くす、ぐったい。ふっ……ぅ」
「滑りいいもんね、このお湯。まあ我慢してろよ」
「う…あっ!」

ツプリと指を埋め込むと、歯を喰いしばって高杉が震える。
快感を堪えようとする高杉を追い詰めるように、
高杉が感じる箇所を指で突きながら首筋に噛み付いた。

「はぁっ……ふぐ、ンンッ」
「気持ちイイ?痛くない?」
「痛くない……っ、でも、こんな、とこで……」
「身体も洗えて一石二鳥だろ?それと、イヤ?」

じっと見詰めながら尋ねると、高杉は言葉を詰まらせたあとで
ゆるく頭を振った。
唇に口付けて舌を差し込むと、おずおずと高杉が舌を絡めて応えてくる。
すでに熱くなった自分の楔を擦り付けると、高杉はゴクリと唾を飲んだ。
すぐにでも挿れたいのを堪えて、銀八は指で丹念に高杉の入り口を解していく。

「もう十分濡れてんな。挿れるぞ、高杉」

戸惑ったように高杉が頷くのを確認すると、
銀八は高杉に自分の方を向かせて、膝に乗せてゆっくりと腰を落とさせた。

「あっ あっ あぁぁっ」

ズプズプとゆっくり銀八の雄を飲み込み、高杉が喘ぐ。
全部入り切ると、細い腰を掴んで下から高杉を突き上げた。

「んあっ うっ ぁっ ぎ、んぱちぃ」
「んっ、高杉、大丈夫か?辛くねぇか」
「だ、じょうぶ。はっ……んんっ」

水面を揺らしながら、銀八は激しく高杉を揺す振った。
快感に髪を振り乱して感じる高杉を抱締める。
高杉の内壁が快感に蠢き、絡み付いて来て気持ち良かった。
甘えるように首に手を回して頬を摺り寄せる高杉の愛らしさに、
胸が切なくなる。

「はぁっ あ、イクッ、ぎん、ぱちっ」
「いいぜ、イケよ。俺もそろそろ、出すぜ」
「ああぁっ」
「くっ、う」

銀八が高杉の中に精液を注ぎ込むと同時に高杉も果て、
くたりと腕の中に倒れ込んできた。
自分のモノを高杉の中から抜き出すと、汚れた身体を洗ってやる。
大人しい仔猫のようにされるがまま高杉は身体に触れさせてくれた。
身体を綺麗にして少し湯船に浸かると、銀八は高杉を抱いて風呂から上がった。

水気をしっかりバスタオルで拭き取ると、
衣服を身につけずに高杉をフカフカのベッドに押し倒す。
高杉はきょとんとした顔で銀八を見上げてきた。

「今度はベッドでやろうぜ。フカフカで気持ちイイぞ」

にっと笑うと、高杉は恥かしそうに目を逸らしたが、抵抗はしなかった。
身体中に自分の物だと示すように痕を付けていく。
さっきの性交で解れた高杉のアナルに、
一度やった直後だというのに浅ましくもまた勃起した性器をゆっくり埋め込む。

さっきよりも激しく、高杉の身体を貪った。
抱きながら指と指を絡めて繋ぎ、激しくキスを交わす。
「愛している」と、今まで言えなかった言葉を何度も告げて、
銀八は再び高杉の中に欲望を放った。

セックスが終わると、高杉に腕枕をして銀八はベッドに横になった。
高杉は逃げ出すことなく、胸に顔を摺り寄せるようにして抱きついて眠っている。

穏やかな時間。ずっと、望んでいた時に銀八は薄く笑んだ。
この満たされたような時間が永遠に続けばいい。
そう願わずにはいられない。

「今までごめんな、高杉。もっと早く、こうしてりゃよかった」

寝息を立てる高杉にそう囁きかけると、銀八は華奢な身体を抱き込んだ。
温もりに包まれながら、銀八もまた眠りに落ちた。




翌日、やりすぎて痛む腰の苦痛に堪えて高杉は何事もなかったように登校した。

廊下の前方から銀八が歩いてくる。
昨日と恋人同士の様に睦みあった事を思い出し、
赤面しそうになるのを堪えながら、高杉はいつものようにしていた。
自分に気が付くと、銀八がやに下がった顔で近付いてくる。

「おはよ、高杉」

誰もいない事を確認すると、銀八は肩を抱き寄せて唇に軽くキスしてきた。
甘い行動に軽く眩暈がする。

「ちょ、銀八、ここ学校だろ?いいのかよ?」
「いいの、いいの。誰も見てねーから」
「あっそ……」

照れくさかったけど、銀八の好きなようにさせておいた。
明確に付き合って欲しいとも言われてない、付き合ってくれとも言ってない。
今、自分と銀八はどんな関係にあるんだろう。
ふと過った疑問を高杉は口にせず、心の内に仕舞い込んだ。

「高杉、今日授業終わったら俺のアパート来いよ。
 学校から歩いて行ける範囲だからさ。鍵、渡しとくよ」
「ん。ヒマがあったら行く」
「ああ。仕事終わったらすぐ帰るから待っててくれよ」

くしゃりと頭を撫でると、銀八は鍵を手渡して去っていった。
手の中に残った鍵を握り締め、高杉は密かに微笑む。

家の鍵を貰ったくらいで何を舞いあがってるんだか。
自分でも恥かしくなるが、居場所を得たみたいで嬉しかった。
別に、銀八との関係に明確な名前なんて無くていいと思えた。

鍵を大事にポケットにしまいこんで教室に入る。
すでに来ていた土方が心配そうに駆け寄ってきた。

「高杉、お前昨日あの後大丈夫だったか?」
「あの後?」
「夜兎高の奴らに変なことされなかったかって話だよ」
「ああ……、その事か」

嫌な目にあったが、もう今となってはどうでもいい事だった。
銀八が助けてくれたから犯されずに済んだし、
何より、あの一件で銀八が自分を大切に思ってくれている事が知れた
歪んだ感情をぶつけられ、無理やり身体を暴かれて憎んでいた筈の
相手におかしな話だが、自分も銀八が好きだとも気付けた。

「何ともねぇよ。大丈夫だ。ワリィな。心配させて」
「そ、そうか。よかった」
「ありがとな、土方」

心配してくれた土方に礼を言うと、高杉は自分の席に着いた。
珍しく早く着ていた万斉が何か言いたげにこっちを見ている。
高杉は視線を向けてくる万斉の方を振り返った。

「何だ?万斉」
「いや、昨日本当に何事もなく、無事ですんだのか?晋助」
「どういう意味だ?万斉」
「夜兎校の連中は大人しく引き下がる輩には見えなかった。
 ぬしが強いとは言え、一人で無事に逃げ切れたとは思えぬ。
 それに、銀八先生がぬしを迎えに行くのを拙者、目撃したでござるよ。
 ぬしも、銀八も学校には戻らなかった。二人で、何をしていた?」

サングラスの下で鋭く瞳が光る。
見透かすような瞳から視線を逸らし、高杉は「別に何も」と答える。
すると、珍しく万斉は怒ったような顔をして手首を掴んで来た。

「晋助、まさか、ぬしはあの男と……」
「邪推するな、何もねえっつってんだろうが」
「いや、そうは思えぬ。もしそうだとするなら、止めておくがいい」
「なんで、だよ」
「あの男は何かしら、危険な音がするからだ」
「なんだよ、それ」

曖昧な理由に溜息を吐くと、万斉の手を振り払って高杉は校庭に目をやった。
銀八と付き合っていても、万斉にとやかく言われる覚えはない。
万斉は友人であって恋人でない。恋愛にまで口を出されたくはなかった。




放課後になり、高杉は鞄に荷物を纏めて席を立った。
万斉も荷物を纏めて席を立ち、自分の方へ近付いてくる。

「晋助、放課後一緒に映画でも観にいかぬか?」
「ワリィ。今日は用があるからパス。じゃあな」
「そうか。ではな」

残念そうな万斉に申し訳ないと思いつつ、高杉は一人で学校を出た。
銀八のアパートに向かって歩いていると、
嫌な奴が前から歩いてきた。

薄紅の三つ編みに蒼い瞳。神威だ。
気付かれる前に踵を返そうとしたが、運悪く気付かれてしまう。

「やあ、シンスケ」

ニコニコ笑いながら愛想よく声をかけてくる神威に、
高杉は無愛想な表情で応えた。

「昨日の今日でよく声をかけてくるな」
「ああ、ごめんネ。怒ってる?」
「怒らねえ道理がねぇだろうが」
「そうだね。本当にごめんネ」

神威がずいと距離を縮めてくる。見た所、今日は保護者はいないらしい。
タイマンなら勝負は五分五分といったところか。
腰が痛い分不利だが、いざという時には喧嘩する覚悟を固め、
高杉は神威の動きに警戒した。

神威は敵意を見せないまま近付いてくると、
高杉の髪を一束手にとって、口付けてきた。
意味不明な行動に面喰って何も言えずにいると、神威は笑って言った。

「昨日は阿伏兎に触らせちゃったけど、俺はアンタを他の奴らに触らせる気はない。
 今日は昨日のこともあるし何もしないけど、今度は俺一人で行くから。
 シンスケ、俺はアンタが気に入った。アンタを俺だけのにするよ」
「は?」
「言いたい事はそれだけ。じゃあね」

ウインクして見せると、神威はそのまま立ち去っていった。
告白紛いの言葉に思わず眉間に皺が寄る。
どういうつもりか理解に苦しんだ。
まあ、もしさっきのが告白だとしても、応える気はない。
銀八と恋人に近しい間柄になった以上は、他の男に身を委ねる気などなかった。

高杉はまっすぐ銀八の家に向かった。
合鍵で家の中に入ると、部屋は銀八の吸っている煙草の匂いで満ちていた。
床には布団が敷きっぱなし、脱いだパジャマが放置しぱなっしの
汚い部屋だったが、なんだか気持ちが落ち着いた。

ソファに置いてある洗濯されていない昨日着ていたらしい白衣に包まる。
白衣についた銀八の匂いを嗅ぎ高杉は目を閉じた。
眠気に襲われてウトウトしていると、銀八が帰ってくる。
時間はまだ六時を過ぎたばかりだ。随分帰宅だと少し呆れる。

「ただいまー。って、何その可愛い行動。猫かオマエは」

白衣に包まっていた高杉を指差して、銀八は笑いながら口許を覆う。
恥かしい所を見られて顔を赤らめながら、ぶっきらぼうに高杉が言った。

「おかえり。銀八、帰って来るの早くねえか?ちゃんと仕事してんのかよ」
「失礼だな。ちゃんと仕事してるっつーの。
 高杉が来るから、遅くなったらお前が寂しいと思って早く帰って来たんだよ」
「別に、寂しくねーよ」
「どーだが。夕飯作るから、一緒に食おうぜ。好き嫌いないよな?」
「ない」
「じゃあ、ちゃっちゃと作るから待ってろよ」

銀八はエプロンを身につけると、冷蔵庫からタマネギと三つ葉と鶏肉、卵を取り出した。
ご飯を炊くと、手際良く野菜を刻んでいく。

「上手いもんだな。銀八、料理出来るんだ」
「まあね。男一人暮らしだから料理ぐれーできねーと」
「何かいがい……」

手際の良い銀八の手元を高杉はじっと見詰めていた。
キッチンにトントンとリズミカルな音が響く。
出汁のいい香りがして、あっという間にふわふわな親子丼が完成した。

「いただきます!」
「いただきます」

銀八と顔を突き合わせて、高杉は親子丼を口に運んだ。
ちょっと甘めの味付けだが、暖かくてホッとする味がする。

「美味い……」
「だろ?今時の男は料理もできねぇとな。残さず食えよ」
「うん」

家では銀八の家みたいに安い食材で作った料理は出ない。
いい食材で家政婦が作ったちゃんとした料理が出されるけど、
冷え切った自分の家より、銀八と二人でご飯を食べている方がずっと美味しかった。
満たされた感覚。食後にゆっくりテレビを見てくつろぐ時間も、
面倒な後片付けを手伝う時間も、酷く幸福な時間に思えた。

「そろそろ、帰った方がいいか?高杉」

九時を過ぎた頃、銀八がそう尋ねてきた。
そう尋ねる割に、銀八の腕は自分の身体を捕まえるように抱き込んでいる。
背後から抱締めてくる銀八の胸に頭を摺り寄せると、
高杉は身体を捻って銀八の唇を奪った。

「帰らねえ。まだ、いる」
「今帰らないと、多分帰れなくなるけどいい?」
「帰れなくてもいい」

そう答えると、銀八が舌を口の中に差し入れてきた。
自分も舌を絡めて唇を吸いあうと、
銀八は熱くなった股間を押し付けて、その場に押し倒して来る。
そのまま縺れ合いながら、高杉はゆっくり快感に溺れていった。












--あとがき----------

やっときた甘いターン。
優しいのに慣れてない高杉は、照れてしまうと思います。
大人な高杉からとはまた違う、ちょっと初心な高杉を
お楽しみいただけたらと思います。