第十四話 ―自棄―


頭の中が真っ白で何も考えられない。
いきなり居場所を失って、苦しくて、辛くて、何もかもどうでもよくなる。
フラれた原因がはっきりしない。初めから何の約束も言葉も持たないような、
あやふやで、不確かな関係だったから、
銀八の後を追って弁解する事も引き留める事も出来なかった。

「晋助……」

万斉がそっと手を伸ばしてきた。
その手をぼんやり眺めながら、高杉はただ立ち尽くしていた。
逞しい腕に抱き寄せられる。
抱きしめられると、不意に失った銀八の温もりを思い出した。
泣き出しそうになる程の切なさの片隅で、
身体の奥から焦がすような熱が込み上げて身体が疼いた。

もしも自分が万斉をふったら、万斉も今自分が味わっているのと
同じような苦しみを味わうのだろうか。
泣き出したくなるような、叫びたくなるような虚ろ。
そんなものに打ちひしがれる万斉を見たくないと思った。

それ以上に、破滅願望に似た衝動が強く込み上げていた。
酷い男に屈服させられ、好きになって、
相手も愛してくれているという幻想に振り回された愚かな自分に、
歪んだ嘲笑が込み上げてくる。
汚れてしまったのだ。今更、誰と何をしようが構いはしない。

高杉は万斉の首にするりと腕を回す。
腰を密着させると、彼が欲情しているのが分かった。
背伸びをして耳元に唇を寄せると、高杉は息を吹き込むように囁いた。

「相手をしてやってもいいぜ」

その言葉に、万斉は一瞬だけ怪訝な表情を浮かべた。
だが、すぐに鋭い視線を寄越してくる。

「晋助、拙者は生憎と優しい性格ではござらぬ。
 手に入れる為ならば平気で傷心につけこむし、無茶を強いるぞ」
「はっ、傷心。なんのとこか分からねぇな」
「……」
「やるのか、やらねぇのか。それだけ答えりゃいい」

素っ気ない声でそう言うと、万斉は短く溜め息を吐いた。
「後悔をしても知らぬぞ」と、脅すような声で万斉が言う。
それに対して「望むところだ」と答えると、万斉は自分の腕を掴んで歩き出した。

教室に戻ると、万斉と高杉は鞄を手にした。
まだ昼からの授業が終わってないのに、二人揃って鞄を手に教室を出る。

「高杉っ?待てよ、どうした?」

土方が追いかけてきて肩を掴んできた。
高杉は振り返らない。前を見詰めたまま静かに言った。

「調子わりぃから、帰るわ」
「もしかしてカゼか?オレが送ってやるよ」
「いい。万斉はバイクだから乗っけてもらう」
「体調ワリーのに河上にしがみついてられんのか?
 バイクから落っこちたりしたら怪我すんだろ。オレがおぶってやるよ」
「ん、いい。重いし。野球部なんだろ、肩大事にしろよ」

拒絶する様な態度に、土方は手を離した。
「気を付けて帰れよ」と尚も心配して来る土方に高杉は密かに眉を顰める。
逃げるように足早に廊下を歩くと、高杉は万斉のバイクの後ろに乗った。
広い背中に顔を埋めて目を閉じる。
低い唸り声を上げてバイクが走り出す。
頬を乾いた風が撫でる。風が酷く冷たい気がして、高杉は身を震わせた。

「晋助、ホテルに向かうがよいか?」
「……いや、お前ん家でいい。一人暮らしだろ?」
「ああ。では家に向かおう」

風を切ってバイクが走る。
十五分ぐらいして万斉が借りているマンションに辿り着いた。
促されるまま高杉は家に上がり、寝室に赴く。
整然と片付けられた部屋。広いベッド。
銀八の部屋とは全然違う部屋。
万斉の家の事は良く知らないが、学生に相応しくないいい部屋だった。

「飲み物をもってこよう。何がいい?」

鞄とギターを置き、万斉は台所へ行こうとしていた。
「待てよ」と高杉はそれを引き止めると、
上着を脱いでベッドに腰掛けた。

「何もいらねぇよ。それよりもさっさと来いよ」

挑発するように人差指で万斉をこちらに招く。
ふう、と万斉は大きく溜め息を着くとこちらに戻ってきた。
肩を掴まれて、ベッドに仰向けに押し倒される。
万斉は首筋に口付けながら、カッターシャツの中に手を滑り込ませてきた。

節くれ立った手が胸を弄り、小さな突起を手のひらで転がす。
じれったい快感に高杉の唇から甘い吐息が零れた。

「挑発する割に震えているぞ、晋助」
「うるせぇ。余計な口聞いてねぇでさっさとヤれよ」
「まったく、我儘なネコだな。主は」

呆れているのか笑っているのか解らない声で言うと、
万斉が乳首をきゅっと指で抓りあげた。
手で乳首を弄りられながら、敏感な首筋と耳を熱い舌で舐めなれる。
くすぐったさとぞくぞくするような感覚に下肢がじわりと疼いた。

「ひぅっ……んぁっ……くっ」

唇を噛んで上がりそうになる嬌声を噛み殺す。
なんとなく、万斉に女みたいに鳴く自分を見られるのが嫌だった。

「声をあげるがいい、晋助。拙者は聞きたいでござる」
「っ、冗談じゃ、ねぇ。誰が女みてぇに喘ぐ、かよ」
「痩せ我慢はよせ。晋助は感度が良好でござるから辛かろう」
「るせぇ、黙ってろって、いってんだろ」
「素直じゃないな。まあ、耐え忍ぶ主も美しいでござるよ」

面白がるように、万斉が乳首を責め立てる。
耳を嘗めていた舌が首筋、鎖骨を辿って赤く色づき勃った乳首に触れる。
ちゅっちゅっと音を立てて乳首を吸い上げられ、
舌先で転がされてどうしようもなく腰が疼いた。

「んんっ、くぅ……っぁ」

万斉の髪を掴んで引き離そうとするが、万斉は無視して更に激しい
愛撫を繰り返す。
腰をびくびくと跳ねさせて感じながらも、高杉は声を堪えた。
足の爪先を丸めて沸き起こる快感を我慢する。
口に含んでいない方の乳首を弄っていた万斉の手が胸を滑り、
脇腹を撫でながらゆっくりと下に降りてきた。

器用に片手でベルトを引き抜き、万斉の手がズボンに侵入する。
下着とズボンを降ろされ、下半身を外気に晒された高杉はぶるりと震えた。
すでにねっとりと濡れてテラテラと光る先端に、万斉がほくそ笑む。
おもむろに万斉は高杉の雄を口に含んだ。
舌先でチロチロと亀頭を舐め上げられて高杉は目を見開く。

「あぁっ、 やめっ!」

身体を撥ね起こして万斉を退けようとしたが、腕で簡単に制された。
そうしながらも万斉は口を使って高杉の性感帯を刺激する。
じゅぶじゅぶと淫靡な音を立てて竿を唇で扱き、時に先端を強く吸い上げる。
強い電流に似た快楽が背中を駈け上り、高杉は激しく身を捩らせた。

「ふっ……く、ぅぅっ」

手で口を塞ぎ、声を押さえるのに精一杯だった。
ぴんと爪先を張り、内腿を震わせて高杉は仰け反った。

「ば、んさいっ やめ、ろ 出るっ!」

射精感を催して、慌てて高杉は万斉を引っぺがそうとした。
だが万斉は離れてくれない。カリ、と男根を歯で刺激した。
射精感が込み上げて来て堪えられず、高杉は精液を万斉の口内に放った。
喉を鳴らして万斉がそれを飲み下す。

「し、んじらんね。飲むかよ、ふつー」

射精してぐったりしながら、高杉は呆れた声を上げる。
万斉は「なかなか美味でござったよ」と笑うと、ベッドサイドから
ローションを取り出して指に絡めた。
ボトルを傾けて高杉の入り口にもローションを掛ける。

「冷てぇな、何しやがる」
「ああ、潤滑剤だ。尻穴に入れるのだから濡らさねば切れるぞ」
「……なんだよ、こんなもの常備しやがって……」
「晋助、拙者は主と違って童貞ではござらぬぞ。
 一人暮らしで親もいないのだから、これくらい置いてあって当然だ」
「……あっそ」
「ゴムは、付けた方がいいか?」
「いらねぇよ。ただし、ナカに出すなよ」
「了解した。保証はせぬが努力はしよう」

万斉のぬめった指が肛門から身体の中に侵入して来る。
何度されてもなれない圧迫感に高杉は息を詰める。
固い中を無理やり拡張するように万斉の指が二本侵入して来て、
ナカでばらばらに蠢いた。

「くっ……ふっ」
「キツイか?晋助。まあキツいと言われても止めぬがな」
「だろう、な」

万斉は器用に指をくの字に曲げて内壁を引っ掻いてきた。
ぞくぞくした快感が背筋を這い、おもわず腰を揺らす。
長い指が奥深くまで探るように動き、しこりをひっかいた。
前立腺を引っ掻くように責められると、声が押さえきれずに上がる。

「あぁっ ふぁ」

だらしなく開いた唇から涎が枝垂れ、目尻は涙で滲んだ。
丹念に中を解すと、万斉はズボンの前を寛げて猛った己を取り出す。
銀八ほど太くは無いが、長さがあって太いソレに高杉は身震いした。
快感への期待か、銀八以外のモノを受け入れることへの恐怖か。
自分でもわからない。
抵抗はしなかった。抵抗したって力の抜け切った身体じゃ
自分より一回り以上体格が大きく背も高い万斉には敵わない。
何より、途中で放置されたら身体がどうにもなりそうになかった。

ずぶりと熱い先端が身体にめり込む。
容赦なく侵入して来る万斉を高杉の身体は従順に受け入れた。
熟れた秘肉が蠕動して万斉の雄に絡み付く。

「あく……ぅぁっ あぁっ」
「晋助。主のナカ、熱くてキツくて最高だな」
「はっ、 へんたい、が」
「男はみな、好きな相手には変態でござるよ」
「ぬかせ、ばかっ、くはっ あっ」

仰向けで股を大きく開かされて、万斉を受け入れさせられる。
ふられた自分にお似合いの無様で屈辱的な格好だと、高杉は嘲笑を浮かべた。
万斉が覆い被さって来てキスをしようとした。
何気なくそれを避けて横を向くと、頬に唇が軽く触れてきた。
腰を掴まれて、万斉は激しく巧みに腰を動かす。
オクまで突き上げられて、高杉は喉を逸らして喘ぎ声を上げた。
強い快楽に頭の芯まで蕩けて真っ白になる。
ただ只管快楽を貪って、高杉自身も腰を振った。

「あぁっ、 も、イクッ ばんさいぃっ」
「はっ、しんすけっ」

ドクンと万斉の男根が自分の中で脈打った。
ナカに出される。慌てて高杉は万斉のモノを引き抜こうとするが遅かった。
勢いよく腸壁に熱い精子が叩きつけられる。

「あついっ、 あっ あぁぁっ」

射精された瞬間、高杉も自らの先端から熱を吐き出してイッた。
ぐったりして目を閉じていると、万斉が圧し掛かって来る。
まだ彼のモノが自分の中に居た。

「……終わったなら抜けよ、馬鹿」
「一度きりで終わりにはさせぬ」

そう言うと万斉は高杉をうつ伏せにした。
精液がどろりと尻の穴から垂れ落ち、白い太腿に伝った。
ぼんやりしている高杉を万斉は後ろから貫く。
「あぁっ」と切なげな声を上げて高杉は身を捩らせる。
後ろから激しく抜き差しを繰り返していると、高杉の雄はまた勃起していた。

もういい。何もかも忘れたい。何も考えたくない。
二ラウンド目に突入する気は無かったが、高杉は万斉の誘いに応じた。
何にも抗うことなく、自分も欲望に忠実に腰を振った。
そうしている内に全てが真っ白になって、何時の間にか高杉は気を失っていた。



高杉が目覚めると、窓の外には夕闇が広がっていた。
隣に万斉の姿は無い。シャワーの音が聞こえている。
身体を綺麗にしているのだろう。

自分の身体をチェックする。
来ていた赤いカッターとズボンはベッドサイドの机に綺麗に
折り畳んで置かれていた。
自分自身は全裸で、身体には白い液体が付着した跡がある。
身体は汗と精液とでベタベタしていた。

「晋助、起きたのか?」
「起きたのかじゃねえよ。放置しやがって」
「すまぬ。勝手に風呂に入れるのも気が引けてな。
 身体を拭いてやろうと湯とタオルを持ってきたが、
 シャワーでも浴びた方がよいでござるか?」
「あたりめーだろ。中にまで出しやがって。出すなっつっただろ」
「いや、済まぬ。出すつもりはなかったが、つい。
風呂は自由に使うとおい。着替えを置いておく。湯船をはろうか?
主が風呂に入っている間に飯も用意しよう。今日は泊まっていくだろう?」
「ふん」

鼻を鳴らすと高杉はベッドから起き上がった。
腰や足の付け根がいたくてふらつきそうだったが、しっかりと床を踏みしめて
万斉の横を擦り抜けて風呂場へ向かった。

熱いシャワーを頭から浴びながら、高杉は溜息を着く。

ぽっかりと空いた穴を埋めたかった。
夜、一人で眠りたくなかった。家にも帰りたくなかった。
ただ、それが理由だ。
万斉とのセックスは悪くなかった。
女慣れしているのか、モタつくことは一切なかったし、
テクニックもあった。

ただ、焦がれるような瞳で見詰められるのが少し怖かった。
万斉の心を踏みにじっているような気がしたからだ。
だからといって罪悪感は無い。互いに性欲処理をしただけ。
貪ったのは向こうで、身体を食い散らかされたのは自分の方なのだ。



風呂から出ると、食事が出来ていた。
食欲はなかったが出されたものを残すのも失礼だと全部食べた。
ダラダラと過ごして夜は万斉と一緒にベッドに入ったが高杉は中々眠れなかった。

隣に寝転んでいる万斉に手を伸ばす。だが、すぐに手を引っ込めた。
ギュッと拳を握り締め、高杉は只管夜が明けるのを待っていた。












--あとがき----------