第十五話 ―面影―


寝不足と体調不良で朝から最悪の気分だった。
学校などサボってしまえばよかったのだが、万斉のバイクの後ろに
乗せてもらって、高杉はちゃんと登校した。

「おはよーございます銀八先生!」
「ああ、おはよ」

華やいだ女子の声、そしてそれに気だるげに返事をする銀八の声。
前から銀八が歩いてきた。ぎくりとして高杉は足を止める。
話しかけようか。どんな顔をしていればいいのか。
銀八は余所見して歩いていてまだ自分に気付いていない。
どうしようか迷っている内に銀八が前を向く。視線があった。

「あ……」

何か言おうと思って口を開いた瞬間、銀八が鋭い瞳を向ける。
憎しみに似た感情を孕んだ赤い瞳が怖くて、高杉は瞳を伏せた。
銀八は何事もなかったようにいつもの顔で高杉の横を擦り抜けた。
銀八の気持ちが解らない。
自分をどうしたかったんだろう。どうして急に冷たい視線を向けるのだろう。
原因は万斉にキスされた所を見られたからだろうか。
別の男とキスなんかしていたから嫉妬して怒っているのだろうか。
もし嫉妬ならばあれは誤解だと弁明すれば銀八は許してくれるかもしれない。
だが、汚らわしい物を見るような銀八の冷たい瞳を思い出すと足が竦んだ。
遠ざかっていく背中ははっきりと自分を拒絶しているようだった。
もう、なにもかも元には戻らない気がした。
まだ帰せていない銀八の部屋の鍵をポケットの中で握り締め、高杉は唇を噛む。

「晋助、行くぞ」

数歩先で立ち止まった万斉が声を掛けてきた。
未練がましい思いを振り捨て、高杉は教室に向かって歩き出した。

これから銀八と顔を合わせる度、胸が締め付けられるような思いをするのか。
クラス担任で顔を合わせる機会も多いと言うのに、ウンザリする。
しかも今日は一限目に国語の授業だ。
始まりのチャイムが鳴る。ペタペタと足音をさせて銀八が教室に入って来る。
出席を取る銀八は、何の淀みもなく自分の名前を呼ぶ。
返事はしない。いつもの事だ。「返事くらいしろよー」という銀八は普段通りだ。
自分との事など、なかった事になっているのかもしれない。

やる気無い顔で授業をする銀八をじっと見詰めた。
目に痛い白衣、銀色の髪、赤い瞳。
こちらを振り返らず、銀八は黒板を向いて授業を続けている。

銀八の姿に白装束に銀髪の若い男の姿が重なった。
何度も夢で見るあの男の姿だ。
最近、夢の男の名前を知った。銀色の男は坂田銀時という名前だ。
もう一人の黒髪の男の名前は解らない。

眠気に襲われて、高杉は瞳を閉じた。

++++++++++++++++++

硝煙と血の匂いの漂う不快な場所。地面に転がっている死体の山。
蝶柄の着物を纏った隻眼の男が血に濡れた刀を手に妖しく嗤っている。

「終わらせてやる。俺が全てこの手で。お前の悪夢も、俺の悪夢も全てな」
「こんな事をして何になる?もう松陽は戻ってこねぇよ」
「それがどうした?俺はただ、壊すだけだ。銀時、てめぇも眠りな」

白い着物を着た銀髪の男に、隻眼の男が飛びかかっていく。
鋭い眼差し。二人とも表情は夜叉そのものだ。
激しく剣と剣がぶつかり合う。隻眼の男が止めの突きを放とうとした。

「銀時ぃぃっっ!」
「高杉ぃぃぃぃっっ!」

二人の男が吠え、互いに向かって走っていく。
どちらの瞳にも憎しみが宿っているように見えた。
隻眼の男の切っ先は銀時という男には届かなかった。
銀時の刀が、隻眼の男の身体を貫く。
途端、腹部を痛みが襲った。
熱い。痛い。刺し貫かれたのは自分じゃない、夢の男だ。
男の名前は自分と同じ高杉。
名前が同じで、容姿が自分と似た自分じゃない男。
それなのに、痛みが身体に蘇る。
もしかして、刺されたのは本当は自分自身なのだろうか―…


++++++++++++++++++++

「っ!」

声にならない叫びを上げて、高杉は勢いよく立ち上がった。
クラスメイトが一斉に高杉の方を見る。

「どうした高杉。居眠りして悪夢でも見たか?」

銀八が面倒臭そうに尋ねる。高杉は辺りを見回すと小さく息を吐いて
席に着いた。どうやら、また妙な悪夢を見ていたらしい。
背中にじっとりと嫌な汗を掻いていた。

本当にあれはタダの夢なのだろうか。
腹に蘇る痛み。刀を握った手の感触。全てが生々しい。
自分と同じ名前、銀八と似た名前。顔だって似ている。
彼らは自分達自身なのではないだろうか。
何度も繰り返し見てきた夢はあまりにリアルで夢と思えない。
まるで、現実に起きていた事の様な気がするのだ。
高校生として学校に通っている自分が偽物のような気がしてくる。

馬鹿な妄想に囚われ掛けて、高杉は首を振った。
銀八が喋る声が遠くに聞こえる。クラスメイトの声もぼんやりしている。
目の前には、血に塗れて争う戦の光景が蘇る。

なんだというのだ、一体。
高杉は席を立ちあがった。気分が酷く悪い。教室に居たくない。
出て行った自分を銀八は呼び止めはしなかった。
拒絶されている。そう感じた。

「おい、待てよ高杉っ!」

フラフラ宛てもなく廊下を歩いていると、土方が後ろから追いかけてきた。

「何の用だ?土方。授業はどうした?」
「便所っつって抜けてきた。それより、高杉。どうしたんだよ?」
「……別に。どうもしねぇよ」
「顔色悪いぜ、風邪か?」

心配そうに覗き込んでくる土方の顔が一瞬だけ銀八とダブった。
二人は何となく似ている。背恰好も丁度同じくらいだ。

貧血を起こしたのか、足元がふらつく。
よろけてこけそうになったら、
咄嗟に土方が抱き止めてくれた。優しい腕に思わず縋りつきたくなる。

「おい、大丈夫か高杉」
「あ……あ。放っておいてくれ」
「馬鹿ヤロウ、そんな状態のお前をほっとけるわけねぇだろ!」

そう言うと、土方は自分を抱き上げて保健室に向かった。
拒否したら、優しい土方の事だから「悪かった」とすぐに解放してくれるだろう。
だが、温かくて大きな手を振り解けなかった。
高杉はそのまま黙って保健室に運ばれた。

保健室に保健医はいなかった。今日は出張で留守だと銀八が言ってたのを思い出す。
誰もいない保健室のベッドに土方は高杉を横たえる。

「誰か、保健医の代わりの先生呼んでくるから待ってろ」

そう言って出て行こうとした土方の袖を高杉は反射的に掴んでいた。
土方が驚いた様に自分を見詰める。

「な、高杉……?」
「……誰も呼ぶな」

じっと土方を見詰めると、土方が身を屈めて抱き締めてきた。

「なあ、高杉。そんな顔すんなよ。辛そうな顔、見てられねぇ」
「辛そう……。そうか、辛いのかもな、俺は」
「何かあったのか?オレでよけりゃ話してくれよ」

応える代わりに、高杉は土方の身体に腕を回した。
甘えるように頬を摺り寄せると、土方の身体がビクリと強張る。
震える手で、土方が強く抱締めてきた。
藍色の瞳がじっと見詰めてくる。土方は至極真剣な顔をしていた。

「高杉、お、オレはお前のことが……その、す……」

顔を赤らめてうろたえながら、たどたどしく土方が告げる。
「お前が好きだ」と。
その言葉には答えずに、高杉は土方に回した腕に力を込める。
途端に、ベッドに押し倒された。
焦ったような手付きで土方の手がカッターシャツの中に滑り込んでくる。
銀八と同じくらいの大きさの手が胸を弄る。
銀八に触れられているような錯覚に襲われて、身体が敏感になった。

「あっ……ンッ」
「高杉、肌すげーきれいだな。スベスベして、柔らかい」

感触を愉しむように触れる掌が擽ったくて、高杉はぴくりと腰を揺らす。
もどかしいくて、早く下半身に触れて欲しくて
強請るような顔で土方を見詰める。

「なあ、ベルト、外してくれよ」
「お、おう」

緊張した顔で言われた通りに土方が高杉のズボンのベルトを外す。
ズボンと下着を脱がされて、下半身を土方の前に晒させられる。
緊張気味の土方を相手にしている所為か
手慣れた万斉の時と違って、下半身を晒すのを恥かしいと思った。
少し頬を赤らめて、じっと見詰めてくる土方の視線から逃れるように目を逸らす。

「おい土方、あんまジロジロ見んじゃねぇよ」
「照れてるのか?高杉、お前って意外と純で可愛いな」
「なんだよ、意外って」
「あ、ワリ。なんか、モテるだろうし、経験ありそうだから」
「お前は、どうなんだ」
「……あんま経験ねぇ。男抱くんは、その、初めてだし」
「怖じ気ついたか?なら、やめてもいいぜ」
「冗談言うなよ」

土方は自らのカッターの前を肌蹴て、ズボンを降ろすと覆い被さって来た。
すでに熱く固く怒張した土方の雄が自分のモノに触れる。

「こんな状態なんだよ、やめられるかよ。お前の事、好きなのに」

好きだと言う真摯な声が胸に響いた。
傷だらけで乾いた心に、水の様に彼の言葉が潤いを与えて癒す。
こんな優しい男に好かれて、悪い気はしない。
なにより、彼はやはり銀八と被る。

銀八。そう呼びそうになるのを堪えて「土方」と高杉が囁く。
土方の重みも、銀八と殆ど変らない。
その重みがとても心地よくて、うっとりとした。
間違っている。土方にだって酷い仕打ちだ。
そう思っても、銀八を重ねた土方を身体が求めてやまない。
ローションで濡らしたわけでもないのに、勝手に後孔が湿り気を帯びる。
性器からも先走りをトロトロと零しながら、
触れてくる土方の手に高杉は愉悦に顔を歪めた。

「あっ、はぁっ あぁ」

学校の保健室だというのに、声を堪え切れずにあげる。
土方の指が慎重にゆっくりと胎内に入って来る感覚にさえ感じて、
びくりと腰を跳ねさせた。
一本の指でじっくりナカを掻き混ぜると、二本目の指が挿入される。
硝子細工の様に優しくナカを押し広げる指はもどかしい快感を与えた。
もっと固くて太い物で貫かれたい。荒い息を吐きながら、高杉は腰をくねらせる。

「はっ、 ひ、じかたぁっ、も、いいから、いれろ」
「あ、でも、ちゃんと解さねぇと傷付けちまう」
「いっ、から。もう、もたねぇ。早く、突っ込めよ」

妖艶な高杉の顔に煽られて、土方はごくりと生唾を飲んだ。
指を引き抜くと、高杉の入り口に自分の雄を宛てがう。
だが土方は挿入せずに高杉から離れた。

「ひじかた?」

お預けを喰らった高杉は珍しくキョトンとした顔で土方を向ける。
その顔のあどけなさにさらに煽られた。

「あ、ちょっと待て。ゴム、つけるから」
「別に、妊娠しねぇからなくていいけど。持ってんのか?」
「ああ、まあな」

土方が制服のポケットからゴムを取り出して装着するのを、
高杉は不思議そうに見つめる。

「お前、奥手そうに見えて意外とそういうの常備してるのか?」
「バカッ、ちげーよ。んなもん常備してるかっ!
 総悟のやつが、この前にいつでもそういう事できるようにって、勝手に寄越してきた。
 使ってなくて、いれっぱなしだったんだけど。まさか、役に立つとはな」
「沖田ねぇ。アイツ、お前に気があるのか?」
「まさか。オレをからかったり陥れるのが好きなんだよ、アイツ」

ゴムを着けると、土方は高杉の入り口に自分のモノを押し宛てた。
固い先端がゆっくりと身体の中に入り込んでくる。

「くっ、キツッ……。大丈夫か?たかすぎっ」
「あぁ、ンッ だいじょうぶ、だ」

気遣いながら挿入して来る土方の優しさに後ろめたさを覚える。
土方は本当に自分を大切にしてくれている。
だけど、自分は銀八を想いながら彼に抱かれている。
酷い、最低な行為だ。自分でもそう思うけど、とめられない。

「動くぞ」

律儀に尋ねてくる土方に頷く。土方が自分の腰を掴みながら、
激しくピストン運動を始めた。
摩擦と突き上げられて生じる快感に溺れながら、高杉は銀八を思い浮かべていた。

「あぁっ、っ あっ あっ」
「うっ、 はぁ、たか、すぎ」

切なげな声で名前を呼ばれる度、胸が小さく痛んだ。
それでも快楽には抗いきれずに、高杉は自ら淫らに腰を揺らして喘ぐ。

「あっ、もう、むりだ。い、く……あぁっ」
「あっ たかすぎ うぁっ」

土方の雄がナカでビクビクと震えた。彼の顔が悦に歪む。
土方もイッたのだと思うと、僅かばかりだが罪悪感が薄れた。
倒れ込んで来た土方の身体の重みを感じながら、高杉は目を閉じる。
土方の腕が身体を抱締めてくるのが心地良かった。
このまま眠ってしまいたい。そんな欲望に負けそうになる。
ぎゅっと拳を握ると、高杉は身体を叱咤して起き上がる。
土方の腕からするりと抜け出て、汚れた部分をティッシュで拭った。
幸いシーツはそれほど汚れていない。汗が染みて涎が落ちているが、
精液や体液の類は大丈夫そうだ。
高杉はベッドサイドに腰掛けて素早く制服を纏うと、立ちあがった。

「待てよ」

自分に倣ってゴムをティッシュに包んで捨て、服を着て身支度を整えていた
土方が腕を掴んできた。気だるげに高杉は振り返る。

「何だ?」
「あ、いや、その。ゆっくりしてけよ。疲れてんだろ?」
「いや、いい」
「オレはもうちょいお前といたいんだけど……」
「ごめん」

謝るよりほかなかった。
優しさに縋っただけ。本当にそれだけだ。
後悔した。自分は真剣な土方の思いを弄んだのだ。
合わす顔がなくて、高杉は逃げるように保健室を出て行った。



教室に帰れない。保健室にも戻れない。
高杉は屋上へと向かった。
学校中は授業中でわりと静かだ。音楽室から聞こえるピアノの音。
グラウンドでは体育に勤しむ学生の声。
それ以外は殆ど音がない。

一人屋上に寝転がって空を見上げる。
「銀八……」
名前を呼んでも、当然返事は無く虚しく自分の声が響くだけだ。
大切な居場所を失くした気がして寂しかった。
未だに棄てることも返すことも出来ずにいる、
銀八の部屋の鍵を握り締めて身体を丸める。

「どうしたのシンスケ。元気ないね」

突然明るい声がふってきて、高杉はハッと顔を上げた。
フェンスに座って、三つ編みの男が自分を見下ろしている。神威だ。
にこにこと愛想よく笑いながら、神威が歩み寄って来る。
彼に襲撃された記憶は新しく、警戒すべきなのだろうとは思った。
だが、どうにもやる気が起きない。例え神威が襲ってきても、
万斉とねて土方と寝て、今更男に抱かれた経験が増える事ぐらいなんでもないと思えた。
自棄の滲んだ瞳を向けて、感情の無い声で高杉が尋ねる。

「何の用だ?」
「今度は俺一人で会いに行くって約束でしょ?
 前も言ったけど、俺はアンタが気に入ったアンタを俺だけのにするよ」
「はっ、寝言は寝て言えよ。まあ、いい。で、どうする?」

高杉の言葉に、神威は目を開いた。
獰猛な青い瞳が、じっと高杉を映しだしていた。











--あとがき----------

次で最終話の予定です。