第四話 ―夢の中―

 


一人残された国語準備室で、高杉は暫く呆然としていた。
昼食はまだだったが腹など減らなかった。
身体の中に出された感覚が消えない。
尻から流れ出る生温かな精子の感触。吐き気が込み上げてくる。

「おえっ、げほっげほっ……うぐぁ」

堪え切れずに、空っぽの胃から胃液をびちゃびちゃと吐き戻す。
ぶちまけた吐瀉物がソファを汚した。

「うぅぅっ……」

獣の様な呻き声を上げ、高杉は蹲る。
何故、銀八が嫌がる自分を抱くのか理解できない。
女じゃない。胸も尻もない、痩せて筋張った男の身体。
顔に可愛げもない。片目もない。
ただ、従わせるため、蹂躙して服従させるために抱いているのだろうか。
担任として、登校拒否の生徒がいれば心象は悪い。
だから、不良の自分を大人しく学校へ来させて問題を起こさせない為、
こんな風に屈服する事を強いられるのか?
いや、それは考えにくい。この淫行がばれて不味いのは銀八の方だ。

考えても、銀八がこんな事をする理由が見つからない。
ただ、犯された事を思い出しては自分が惨めになっていくだけだ。

頭の中にさっきの性交の情景が浮かんでは消えを繰り返す。
鬼畜な顔をした銀八、後ろから突かれて情けなく喘ぐ自分。
「殺してやる」そう口走った自分に、銀八は答えた言葉。

“ああ、今度は俺がお前に殺されてやるよ、高杉”

確かに、銀八はそう呟いた。
今度は俺が殺されてやる。一体どういう意味なのだろうか。
まるで、銀八が以前自分を殺したかのような台詞。
そんな覚えは当然ない。大前提として、殺されたら今此処にいない。

あの時、銀八の目は酷く悲しげだった。
見たことのない顔。それなのに、頭のどこかでその表情を見た気がする。
あの瞳に見詰められると、胸が疼いた。
抱き締めたい、そんな気持ちにさせられる。

「馬鹿な……。何を考えているんだ、俺は」

相手は教師の皮を被ったただの強姦魔だ。同情の余地は無い。
自分にそう言い聞かせると、高杉は口許を乱暴に拳で拭った。
それから置いてあるティッシュで濡れた下半身を拭った。
嫌だったが自分で肛門に指を突っ込んで、
中に吐き出された銀八の精子を掻きだす。
そうしていると、出て行った筈の銀八が戻ってきた。

「あれ、自分で処理してるのか?すげー眼福」

間の抜けた台詞を吐いてこちらをがん見する銀八に、
高杉は睨み殺さんばかりの視線を向ける。
言葉を発せずに、銀八を一瞥すると慣れない手つきで高杉は
自分の中に残っている精液を掻きだした。

「そんなチマチマやってっと、一生終わらねえぞ」

銀八は汲んできたお湯とタオルを置くと、高杉の肛門に指を突きさした。
すでに解れた高杉の後孔はすんなりと銀八の節くれ立った指を飲み込むと、
覚え込んだ快感を求めてヒクつく。

「んはっ、……あぁっ いぁっ」
「大丈夫だ。午後から授業あるし、もう盛ったりしねえから」
「んんぅ、ぅぁっ」

壁を引っ掻かれて、高杉は腰をビクビクと揺らす。
中からトロリとした白濁液が零れたのを、銀八は丁寧に拭ってくれた。
ぐったりと倒れ込んだ高杉を抱きとめると、
お湯で濡らしたタオルで全身の汗や、体液を銀八が拭う。
労わるような手付きに、高杉は全身の力を抜いて身を委ねた。

強姦したというのに、優しく後始末をする銀八を不思議そうに高杉が見詰める。
高杉の身体を拭き終えた銀八がソファの吐瀉物を見つけて、
困ったような顔を浮かべた。

「吐いたのか?高杉」

低い声音に咎められている気がして、高杉はびくりと肩を震わせる。
無言で銀八を睨み上げると、大きな手が自分に向かって伸びてきた。
反射的に目を瞑ると、優しい掌が頭を撫でてきた。

「……っ?」
「悪ぃ、気持ち悪かったか?」
「……」

項垂れた顔で見詰められると、これ以上文句は言えなかった。
高杉は舌打ちをすると、素早く衣服を纏って準備室を出た。


午後からの授業は受ける気などしなかった。

体調はすぐれないし、身体のあちこちが痛む。
それなのに運悪く体育の授業だ。
サボろうか。そう思ったが、銀八の怒りを買うと何をされるか
分からないので、しょうがなく授業には出た。

体操着に着替えもせずに、体調が悪いと見学を決め込む。
外でサッカーをするクラスメイト、壁に凭れてぼんやりと見詰める。

「晋助、どうしたでござるか?」

万斉が顔を覗きこんでくる。
高杉は視線を反らすと、「何でもねえ」とつれなく吐き捨てた。
教師がすぐ近くに居ると言うのに、煙草を取り出して咥える。
体育教師の松平がジロリとこちらを睨んだ。
だが、素知らぬ顔して高杉は煙草に火をつけて紫煙を吸う。
それから唇の端を吊り上げて見せると、松平は顔を赤くして高杉の
喫煙を黙認してくれた。

ビビらそうと思って不敵な笑みを浮かべたが、
妖艶な笑みと受け取られてしまったらしい。
面白くなかったが、喫煙できるならまあいいと思う事にした。

万斉が少し呆れたような困ったような顔でこちらを見降ろしている。

「なんか文句でもあるのか?万斉」
「ああ。晋助、一つ忠告しておくぞ」
「あん?」
「ぬしは自分では気付いてはおらぬが、美しい容姿ゆえ、
 男にそうやすやすと微笑みかけては、誤解を招いて押し倒されるぞ」
「……なんだと?馬鹿にしてるのか、てめぇ」
「いや、怒るな。拙者はぬしを心配してるのでござるよ」
「ふん、ぬかせ」

そっぽを向くと、万斉は困ったように笑った。

「まあいい。何があっても、ぬしは拙者が守る」
「てめえは俺の下僕か、ばーか」
「いや、下僕のつもりは毛頭ないが、
晋助は何事にも囚われず、我儘に振る舞うのが一番似合っている」

触れてきた万斉の掌に、高杉は頬を摺り寄せた。
大きな掌から伝わる体温が優しく感じられて、思わず瞳を閉じる。
万斉が自分に寄り添い、肩を貸してくれた。

「い、い……、てめぇは授業に、もど……れ」

眠たくなった高杉が途切れ途切れに言うと、万斉は苦笑した。

「このような状態の晋助を放ってはおけぬ。
 拙者が胸を貸す故、少し眠るがいい。本当に体調が悪そうだ」
「い、や……でも」
「いいから休め、晋助」

優しく落ち着いた声に眠りにいざなわれる。
そのままゆったりと眠りに落ちようとした時、背筋が凍てつくような視線を感じた。
高杉はハッと目を見開き、視線を感じた背後、情報の窓を見上げる。
二階の教室には、白衣が見えた。
午後の陽ざしにギラギラと反射する銀色の髪。
冷たい紅の双眸で見下ろすのは、国語の本をもった銀八だった。

ぎくりとして、高杉は万斉から離れた。
視線を感じ取った万斉は、不可思議だといった表情で銀八を見返す。

「もうコートへ戻れ、万斉」
「いや、でも」
「戻れつってんだろーが!」

語尾を荒げて万斉の手を払いのけると、高杉は紫煙を深く吸った。
やれやれ、と肩を竦めて万斉はグラウンドに戻っていく。
ぼんやりとそれを見詰めている内、瞼が落ちてきた。


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艶やかな蝶の着物の黒髪の青年と、黒いジャージに白い着物の銀髪の青年。
互いの手には真剣が握られていた。

「銀時ぃ。もはや誰にも俺は止められねえ」
「そんなこと、分からねえだろうがっ!高杉、もうやめろっ!」
「相変わらず甘い男だな。ククク、命取りになるぜ」
「ほざけっ!」

高杉と銀時と呼び合う二人の男は、
白刃をぎらつかせながら互いに切りかかる。
互いだけを見詰めあい、血を流しながら激しい剣戟を繰り返す。

「これで終ぇだ、銀時っ!」

高杉が繰り出した一撃が、銀時の腹に突き刺さる。
口から血を吹き、銀時が膝を着く。

「安心しろ、寂しくねえようにてめぇの仲間も後で送ってやるよ」

不敵に笑って刀を掲げる高杉に、銀時はかっと目を見開く。
立ち上がると、反射的にがらあきの高杉の懐へ刀を持ったままつっこんだ。
ずぶりと嫌な音と感触がした。
小柄な高杉の身体が銀時に向かって倒れる。
銀時の肩口に高杉が頭を預ける。
刀を握る銀時の腕には、生温かい液体が伝ってきた。

「た、たかすぎ……っ」
「ククク、ようやく終われる……、な」

ゆっくり顔を上げた高杉の顔は、狂気などなかった。
ただ、穏やかで安らかな笑みが浮かんでいる。
高杉が銀時の背中に腕を廻して、刀が刺さったままの身体を密着させる。
肉に刀が喰い込む嫌な感触がして、高杉は吐血する。

「たかすぎっ、高杉ぃぃぃぃっっっ!」

銀時の悲痛な絶叫が荒野に響いた。


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「高杉っ!!」

誰かが自分の名前を叫んだ。
誰が名前を呼ぶのか。確かめようと目を開いた瞬間、
側頭葉にバンと何かがぶちあたり、酷い衝撃を感じた。
目の前がチカチカして、一瞬真っ白になる。

「お、おいっ、すまねぇ!大丈夫か高杉っ!」

叫びながら走り寄って来たのは、野球部のエース土方だ。
ぐらりと傾いて倒れそうになった高杉を、
筋肉質な土方の腕が抱き抱える。
ぐらぐら揺れる視界の端には、頭にぶち当たった物が移った。
ころころと転がるサッカーボール。
どうやらド下手な奴が蹴ったボールがサッカーコートから飛んできたらしい。
どんな蹴り方をしたら、校舎に凭れて眠っている自分の頭に
グラウンドから飛んできたボールがブチ当たるというのか。

高杉は苛立ったが、怒る元気など無かった。
寝起きの頭にブチ当たったボールの所為で、頭がぐらぐらした。

「っ……」

土方の手を払いのけて立ちあがろうとするが、起き上がる事すらできない。
足元がふらついて、土方の腕の中に崩れた。

「おっと、大丈夫か高杉」
「……大丈夫とは言いがてえな」
「うっ、本当にすまねえ。俺がよそ見してボール蹴っちまって」
「ノーコンボールはてめえの仕業か……」
「ああ、大丈夫か?あ、いや。大丈夫じゃなかったんだったな」

強面で恐れられている土方が、眉尻を下げてオロオロした顔をしていた。
情けない顔に思わず噴き出す。

「笑い事じゃねえよ。立てるか?」
「ん、ああ、いや。このまま放っておいてくれ。コート戻れ」
「放っておけねえよ。頭に当たったし、やべえんじゃねえか?」
「後で保健室へ行く」
「今行った方がいいだろ?」
「立てそうにねえ」
「わかった」

土方は何が分かったのだろうか。ボンヤリと彼を見上げていると、
いきなり身体がふわりと浮きあがった。
同時に男共の野次と、女共のキャーッという黄色い声が上がる。

「え?な?」

自分が土方に抱きあげられたというのに気付くのに、
頭がぼんやりしていて時間がかかった。
校庭でお姫様だっこという屈辱を受け、高杉は珍しく慌てた。

「ちょっ、てめっ降ろせっ!」
「うおっ、暴れんなっ!落とすだろうがっ!!」
「落とせよっ!」
「こらっ、高杉。大人しくしろって、保健室に運ぶから」

手足をジタバタさせる高杉を抱き上げて、土方は保健室に向かった。
コートで唖然とその様子を見ていた万斉が土方の元へ走り寄る。

「晋助を離すでござるよ、土方」
「てめぇは河上だったな。断る」
「拙者が晋助を保健室まで運ぼう」
「断るっつってんだろ。俺がぶつけちまったんだ。俺が連れてく」
「いや、拙者が連れて行く」
「俺が行く」
「晋助はぬしの物では無いぞ」
「てめぇのでもねーよ」
「拙者のものだ」
「いや、俺がぶつけたから今回は俺のだ」
「ふざけたことを。晋助は拙者らのリーダーでござるぞ」
「カンケーねーよ、今は俺のだ!」

みっともない“俺のもの”宣言に、黄色い声が更に大きくなる。
周囲のクラスメートが奇異の目を向けていた。
突き刺さるような視線に、高杉は溜息を吐く。
土方は自分を離してくれそうにもない。この状態で留まる方が
よっぽど目立つ。さっさと保健室に連れて行って貰った方が
よさそうだと高杉は判断した。

「万斉、下がれ。今回はこいつに責任を取らせる」
「……晋助」
「……万斉」
「了解した……」

渋々万斉が引き下がる。
フンと鼻を鳴らすと、土方は高杉を抱き上げて保健室に行った。


薬品臭い保健室のベッドに、丁寧な手付きで土方が高杉を寝かせる。
嫌に優しい、壊れモノを扱うような手付きに高杉は肩を竦める。

「硝子細工じゃねーんだ。もっと粗雑に扱えばいいぜ」
「いや、お前、華奢だしよ……」
「嫌味か?小せーっていいてーのか?」
「わ、ワリィ、気に障ったか?」
「別に……」

高杉はぼんやりと天井を見詰めた。
視界が揺れる。もどしそうな程じゃないが吐き気がした。
ボールが当たった所為じゃない。
貧血状態なのだろう。昨日から胃袋に入れたのはおにぎりだけだ。
分かっていたが、食べる気はしなかった。

高杉はぐったりとベッドに沈みこんだ。
その様子を見ていた土方が本格的に焦った表情を浮かべる。

「お、おい。マジで大丈夫か?当たり所、悪かったんじゃ……」
「いや、確かにボールで頭を打ったが、その所為じゃねえよ」
「本当か?くそ、こんな時に限って保健医もいねえ。きゅ、救急車を」
「焦んなよ。貧血だ。朝から体調が優れねえ」
「そうなのか?」
「ああ。だからこのまま寝る。六限目は出れたら出る」
「そうか。俺も付き添ってやるよ」
「あぁ?んでだよ……」
「いや、保健医いねえし、一人じゃあぶねーだろ?不良がきたらどうする?」
「不良、ねえ。俺がその不良だがな」
「お前は不良だけど、不良じゃねえ」
「意味が分からねえな。で、不良が来たら何が危ない?撃退できるさ」
「いや、お前そんな状態だし。いいから、とっとと寝ろ」
「クククク、可笑しな奴だなぁ……」

土方の低い声を聞いている内に眠たくなってきた。
高杉はそのまま眠りに落ちる。今度は、妙な夢は見なかった。













--あとがき----------

土高とか自分的には萌えます。
しかし話しが混沌として来ましたねえ。どうしよう(笑)
神威とかも出てくる予定です。
銀八は銀時より若干外道だと思います。
優しい先生ヅラして、実は酷い所があるとか。