生まれてすぐに闇の宿命を負った。
二本の足で歩けるようになるとすぐに血を吐く様な修練を
積み始め、6つになると仕事を受け持つようになった。

暗殺から諜報、様々な仕事をこなし
気付けば里の中でも一番優秀な忍びとなっていた。
中には一時的に住まわっていた里の者を根絶やしにする仕事や、
雇い主の敵の城の者を皆殺しにする仕事さえもあったが、
心は生まれた時より既に壊れ、苦しいとも悲しいとも感じなかった。
それだけじゃない。嬉しいや幸せだという感情さえなかった。
仕事で身体を血に染める時だけは、唯一愉しいと感じた。

もとより、闇の異能を持ち深暗の世界に属していた。
一生忍として生き、愛も幸福も知らぬまま遮断された世界の中で
道具として死んで行く事に抗う気は無かった。



++++++第一話  光の導き++++++++



「俺が、武家の子息の子守りですか―…?」

今まで与えられる仕事にケチを付けた事は無かった。
だが、流石に今回ばかりは口から不満の色が零れる。
大人顔負けで戦忍として第一線で活躍してきた自分が子守り?
何かの聞き違いだろうかとさえ思ったが、
生憎そうではないらしい。
忍頭は無機質な瞳で感情の滲まぬ声で「そうだ」と答えた。

「私の仕える主、真田昌幸が次男の今年で御歳4つになられる。
 弁丸様とおっしゃる炎を宿せし童子だ。
 その世話役を是非、年の近い優秀な忍のお前に頼みたいそうだ」
「それは絶対に引き受けないとならない任務ですか?」

珍しく不服の色を滲ませて苦々しい表情を浮かべる佐助に、
忍び頭は無言で頷いた。刹那、佐助からは再び感情が消え、
「解りました。お受けします」と無味な声で返事があった。



翌日、朝餉を済ませた頃を見計らって佐助は昌幸の元を訪れた。
昌幸はおおらかそうな表情の顎に無精髭を生やした男だった。

「そなたが猿飛佐助か。若いのに優秀だそうだな」
「いえ、別に……それほどでもありません」

ニコリともせず、不愛想に答えた佐助に気を悪くした風もなく、
相変わらず豪放そうな笑みを浮かべ、昌幸は続ける。

「闇の力を持つのは本当か?」
「はい。お聞きのとおり」
「ふむ。一度見てみたいものだな」
「それはやめた方がよいでしょう。
 なにせ、俺の闇を見て生き残った者はいませんから」

そう言って佐助は凍えるような笑みを浮かべた。
その瞳はひたすらに冷たく、見る者誰もが怯え、
敵は恐怖のうちに死んでいくという噂に違わないようなゾッとする笑みだった。
だが、昌幸は怯む事も気味悪がることもなく、
相変わらず人懐っこそうな笑みを浮かべていた。

「心強いことだ!安心して弁丸を預けられるわ!」

豪快に笑う男に早くも佐助は調子が狂い始めていた。
昌幸の見透かすような瞳と暖かな声が少し怖く思えた。

「では、さっそく我が息子と引き合わせよう。
 余りの可愛さに頬ずりをしたくなるような美童だぞ、期待せいよ」
「はぁ……」

息子を忍ごときに自慢する昌幸に佐助は内心呆れた。
「弁丸。を連れてきてくれ」
昌幸が侍女にそう命じて待つこと数分、再び障子の戸が開く音がした。


「おお、弁丸。よく参った。ほら、こっちへ参れ!」
「はい、ちちうえ」

デレデレの締まりのない表情で昌幸は弁丸を手招きする。
すると嬉しそうに弁丸と呼ばれた小さな童がトタトタと走り寄った。
確かに、パッチリとした大きな瞳が愛らしい美童だ。
だが、きれいな顔立ちの子供は意外と忍の里には多く、
見慣れていた佐助は然程何とも思わなかった。

駆け寄ってきた弁丸の為に昌幸が腰をかがめると、
ためらうことなく弁丸はその首に抱き着いた。
昌幸はそのまま弁丸を抱き上げると、柔らかな頬にすりすりと
惜しみなく頬摺りをする。

「くすぐったいです、ちちうえ」

キャッキャッと高い声を上げながら弁丸は笑った。
くすぐったがる弁丸に構わず、昌幸は何度も頬擦りを繰り返した。
頬擦りをしながら弁丸は可愛い可愛いとそれこそ何度も何度もそう言っていた。
どうやら彼はとんだ親馬鹿らしい。
過剰なまでのスキンシップに佐助はますます呆れ返った。

気の済むまで弁丸にかまけると、
小さな体を再び床に降ろして昌幸は佐助の方を向かせた。

「弁丸。今日からお前の仕えをする忍び、猿飛佐助だ。
 お前と六つしか年が変わらんぞ」
「まことにございますか?ちちうえ!」
「おう!」
「うれしゅうございます!よろしくたのみもうす、さすけ。
 弁には同じ年ごろの友達がおらぬから、弁と友達になってくれ!」
「と、友達?……そのようなこと、滅相もございません。
 ただ、お仕えさせて頂く隷として扱って下さればいいです。狗と思って結構です」
「そうもうすな、さすけ。色々おしえてくれ」
「は、はあ」

ニコリと弁丸は佐助に笑いかけた。
屈託のない純粋なキラキラした瞳。無条件で向けられる笑顔。
眩しい気がして、佐助は思わず目を細めた。
そんな佐助の様子に構わず、穴が空くくらいじっと弁丸は佐助を見詰め続けた。
弁丸は徐に手を伸ばすと、小さな手で佐助の髪に触れた。

「さすけのかみは珍しい色だな」
「そう、珍しいでしょう。忌み嫌われる血色の髪です」
「何をいう。とてもキレイな夕日の色。弁とちちうえの真田の赤い色だ」
「……」
「キレイだな。弁丸はさすけのかみが好きだ」
「……っ」

この髪を恐れられこそすれど、綺麗だと賛辞を贈られたのは初めてだ。
不覚にも思わず顔を赤くしてしまった。
眩し過ぎる光。この先、この闇である自身はこの光に掻き消されること無く
上手く付き合っていけるのか心配だった。


――まさか、この出会いが生涯の誓いとなるとはこの時思ってもみなかった。
ただ一つ、目映い光に一瞬目が眩んだのは確かだった。










--あとがき----------

佐助と幸村があったのは実際いつか謎ですよね。
私的にはお館様と幸村が逢うよりも以前だと言いなって想います。
佐助は腐れ縁だとかいってたから、けっこう前だと思うのですが……
ちなみに十勇士の二つの柱の一人、才蔵はまだいません。
幼子シリーズは書いてて何だか楽しかったです☆
次回に続きます☆