+++++ 第四話 紅桜+++++ 

春の陽気が注ぐ穏やかな時期、
鍛練を終えた弁丸は縁側に腰かけてぼんやりと桜を眺めていた。

「キレイだなさすけ」

不意にそう言われ、茶を淹れていた佐助は庭先の桜に視線をやった。
淡い紅色の花弁が春風に揺れて吹雪の様に舞い散っていく。
桜は咲き誇りあっという間に散る。
忙しい身の自分の目には留まる事なく、意識して見た事はなかった。
だから綺麗だと思った事はない。

言われてみれば、確かに綺麗だ。
幻想的でまるでこの世とは思えない程に――

「確かに、綺麗ですね」
「うむ!」
「でも……」

『まるで血飛沫の様だ』その言葉を佐助は飲み込んだ。

幼い主の花見気分に水を射してはいけないと、気を遣ってそうしたが、
言い淀んだ先が気になった弁丸は、
「今、なんと言いかけたのだ?さすけ」と続きをせがむ。
言ったら嫌な顔をされるかもしれない。
そう思ったが他に何か言うことも、黙っている事も出来ず、
佐助は思ったままを口にする。

「舞い散る血飛沫のようだなと、思いまして……」

佐助の言葉に案の定、弁丸はきょとんとした。
(やっぱり言うべきではなかった)
慌てて言葉を取り下げようとする前に、弁丸は不意に微笑んだ。

「血の赤は真田の燃える赤だな。臭いはよくないが、
 美しい生命の色だ。きれいという点では、たしかに桜とにておるな。さすけ」

弁丸の言葉に今度は佐助が目を丸くした。

――この人には敵わない。

血は穢れた死の色とばかり思っていた。
だが、確かに弁丸の言う通り生命の意もあるかもしれない。
フッと微笑むと佐助は優しい音色で呟いた。

「本当に綺麗ですね、桜」
「うむ!」

ニコリと笑い返して来た弁丸の微笑みで、桜の花が霞んで見えた。
苦笑を浮かべると、止まっていた手を動かし、佐助は茶を淹れた。

「さすけ、毎年二人で花見をしよう」

そう笑って交わした約束は桜のように儚い言葉。
だけどこの約束が永遠に守り続けられればいい。
柄にも無く、佐助はそんな風に思った。





--あとがき----------

出遅れたお花見の話
短文すぎてもはやなにも言う事もないです。ただただ駄作な一品(苦笑)