+++++第二話 囚われしもの+++++


激しく降り注ぐ雨。
雑賀に出掛けた政宗と小十郎の帰りを門の下で二人の男が待ち侘びていた。
最近、織田軍が動きを見せて他国を襲っているという
情報が後を絶たず、不穏な空気が日の本を取り巻いている。

そんな中、隠密の為とは言えたった二人で出掛けた
国主とその右目の事を心配し、左馬助も良直もソワソワしていた。
強い二人の事だから万一の事があっても大丈夫だとは思っているが、
織田軍の卑怯さと残忍さを前にすればもしもの事を考えずにはいられない。


霞んだ視界の悪い薄闇に包まれた路の向こうから、
馬に乗った人影が二つ近付いてくるのを見つけ、左馬助は顔を輝かせた。
はっきりとは見えないが、二つの影は見慣れたもので間違いなく待ち人だ。

「今戻ったぜ」
「お帰りなせぇ、筆頭、片倉様!
 って、……あれ、筆頭、その人、真田の兄さんじゃねぇっすか!?」


降りしきる雨のを掛け政宗が大事そうに抱えるその人物に、
門番をしていた左馬助は驚いた声を上げた。
彼の隣に立っていた良直も驚き言葉を失っている。

「ああ、まあワケありでな。医者を頼む」
「へ、へい!」

まだ驚きを隠せずにはいたが、政宗の命に迅速に反応し、
二人は腕利きの医者を呼びに走った。
幸村を抱きかかえて馬を下りると、奥の和室へと幸村を運ぶ。
小十郎も彼につき従うと、部屋に幸村の為に布団を敷いた。
優しい手付きで政宗は幸村を布団に横たえる。

良直達が連れて来た医者により、すぐさま手当てが施された。
医者によると、常人ならば死んでいたかもしれない可能性のあるくらいの
酷い傷で失血量も多いが、彼は丈夫そうなので取り敢えず安心してもいいとの事だった。

「へえ、見掛けによらずタフなんだな。流石はオレのライバルだぜ」
「日頃、信玄公との鍛錬で鍛えてるのでしょうな」
「違いねぇな。手当てサンクス。もう帰っていいぜ」
「はい。また何かあったら申し付け下さい」

医者は深々と政宗に頭を下げると、包帯と薬の類を置いて退室した。
包帯と褌以外は何も纏わず布団の中に寝かせてある状態の幸村の為に
政宗は小十郎に着替えを持ってくるように命じた。
程なくして小十郎が着替えを手に戻る。
布団を剥いで着替えさせようとした小十郎の手を制して政宗は
その手から着替えの白い寝間着を奪う。

「後はオレに任せな、小十郎」
「いえ、小十郎にお任せ下さい」
「いや、オレに任せてお前は出て行って良いぜ」
「しかし、仮にも敵と二人きりなど。それに……」

政宗が幸村を気にいっている事――それも、好敵手としてだけでなく、
別の面でも気がある事に気付いていたので、素直に引き下がれなかった。

武将としての強さや志だけで無い。
その容姿や人柄全てにおいて惹き付けられているのだろう。
それは複雑な気持ちだった。
なまじ、自分も真田幸村を認めているからこそ余計にそうだ。
自分の眼鏡に適わぬ様なら頭ごなしに批判して諦めさせられたかもしれないのに。

幸村が起きて暴れて政宗に襲いかかることよりも、
むしろ手の早い自分の主人が不埒な事に及ぶ事の方が心配だ。
そんな事、口が裂けても言えないが。



小十郎は口にしなかったが、僅かに顰められた表情と
彼の思考パターンから小十郎が危惧している事が解り政宗は苦笑した。

「安心しな小十郎。さすがにこの傷だ。
 起き抜けや寝込みを襲うような真似はしねえよ、いくらオレでもな」
「左様で御座いますか。なれば、良いのですが……」
「疑った様な目を向けるな。少なくとも今日は手を出さねえよ」
「今日は、と限定されず返すまでと約束して欲しいものですな」
「それは保障できねえな」
「まあ、いいでしょう。では、失礼します」

小十郎が出て行くと、政宗は幸村の身体を抱き起こして寝巻を着せた。
滑らかな白い肌に吸い寄せられるように触れた。
柔らかでキメ細かな肌は今まで触れてきた女のものより上質で、
ずっと触れていたくなる。
その欲望に抗いながら丁寧に服を着つけて再び布団に横たえる。
身体はまだ酷く冷たい。
体温を上げないと体力も落ちる一方だ。だから、しょうがない。
政宗は自分にそう言い訳する。

「チッ、しっかりしろよ。幸村」

布団の中に入り込むと、政宗はそっと華奢な身体を抱締める。
氷の様な体温を温める様にぎゅっと抱締めた。





冷たい雨はもう感じない。
冷え切った筈の身体が穏やかな温もりに包まれている気がした。

(ああ、温かい―…)

人肌の温もりに、身体が暖かく軽くなっていく。
安堵に包まれ、不意に大切な人の顔が思い浮かび、無意識の内にその名を口ずさんだ。

「さ、すけ……」


不意に幸村の唇から零れた名前に政宗は顔を顰めた。
あんな危険人物と間違えられるのは不本意だ。
それに、これほどまでに幸村が愛おし気に名を呟いたことも気に喰わない。

(まさか、奴とデキてんのか―…?)

邪推が胸を過る。正直もしそうだったら面白くない。
そんな嫉妬を口には出来ない。
それが余計に胸に燻るものを残して蟠りを生み出す。
顎を掴むと唇を寄せた。
唇に触れようとしていたが流石に寝込みを襲うのは悪いと思ってか
政宗の唇は幸村の唇を逸れて頬へと落とされた。





降りしきる雨は漸く小雨になっていた。
しとしとと堕ちる雨音だけが静かな部屋に響いていた。

(長い睫毛だな。綺麗な顔立ちをしてやがる―…)

戦場においては覇気溢れる勇猛な表情ばかり目にするので
暑苦しいという事ばかり先立つが、
こうして大人しく眠っている所を見るとかなり整った繊細で綺麗な顔だ。
まるで精巧な作りの人形の様にさえ思える。

抱き締めながら間近で顔を見詰めていると、
不意に幸村の睫毛が震えた。
短く唸るような声を上げるとゆっくりと瞼が持ち上がり、
薄茶色の水晶の様に曇りない瞳がゆっくりと姿を現した。


「やっとお目覚めか?真田幸村」

自信に満ちた不敵な声に呼びかけられ、ゆっくり意識が覚醒していく。
目覚めた時に飛び込んで来た見知らぬ部屋と
見知った男の顔に幸村の大きな瞳が驚愕に揺れた。

「なっ!伊達政宗殿っっ!?」
「よう」
「な、何故、貴殿が……?」

息が掛かる程の至近距離に彼がいる事に気付いた幸村は
慌てて起き上がると逃げるように距離をとった。
さっきまで政宗に抱き締められていた事に気付いた途端に、
幸村は白い頬を林檎の様に真っ赤に染めた。
その初心な反応に政宗はにやりと笑みを浮かべた。
少し警戒するような用心深い瞳で自分を見詰める幸村に
政宗は不敵な笑みを浮かべて距離を詰める。

「気分はどうだ?傷、痛むだろう?」
「え?――あっ、つぅ……」

思い出したように痛みが全身を走り抜けた。
身体には包帯が巻かれていた。服も戦装束ではなく白い寝巻を着せられている。

「あ、あの。某はいったい……」

明智と蘭丸の襲撃に遭い、崖から滑り落ちた所までは覚えている。
その後の記憶が定かではない。
だが、一つだけわかる。ここは甲斐では無いこと。
目の前のこの男がいるという事は、ここは奥州なのだ。

緊張した面持ちで幸村は政宗を見詰めた。
ふう、と大きく息を吐くと政宗は枕元に置いて有った水を差し出した。

「お前が倒れてたから拾って来た。
 別に虎のおっさんを脅してぇだとか、お前を拷問して情報を得ようとか
 そんな事は考えてねえよ。ただ、偶然お前を見つけてな、気紛れだ」
「気紛れ……」
「yes。だから、警戒すんな。ちゃんと返してやるよ」
「酔狂でございますな。某は敵国の武将に御座る。
 それを、ただの気分で拾われて、手当てをして置くなどと……」
「Ah〜、まぁ、な。あれこれ考えてねえで寝な!
 早く傷を治して、甲斐に帰りたいだろう。だったら大人しくしな」
「……かたじけのうございます。この御恩、忘れませぬ」

幸村は深々と頭を下げた。
着物から覗く細い手首、頭を垂れたせいで髪が前に滑り落ちて晒された項に
政宗は思わずごくりと唾を飲み込む。

(襲いてぇ―…。あの首筋に噛み付いてやりたい―…)

ふいに込み上げた衝動に政宗は苦笑した。
少なくとも今日は襲わないと小十郎と約束した筈だ。
相当な傷を負っている幸村を押し倒して犯したりしたらそれこそ拷問だろう。

堪え切れずに固くなり勃起した自身。
これほどまでに自分がイカレていたとは思いもしなかった。
これ以上ここにいるのは毒だと、
助平心を抑えて立ち上がると政宗は幸村に背を向けた。

「飯、持ってくるから待ってな」
「あ、はい。何から何まで申し訳ございませぬ……」
「気にすんな。アンタはオレのライバルだからな。
 他の奴にヤられちゃ困んだよ。アンタを倒すのはオレだからな、幸村」
「はい」

ニコリと笑い掛けて来た幸村の笑顔に胸が高鳴った。
馬鹿な自分に自嘲気味に笑うと、政宗は幸村の眠る部屋を後にした。









--あとがき----------

政宗は幸村にぞっこんです(笑)
手の早い政宗様ですが、流石に怪我人には我慢。
政宗は好きな子には直ぐに手を出せない様な気がします(笑)
補足:良直と左馬助はアニメのキャラです。
良直はリーゼント、左馬助は丸眼鏡をかけた箒頭です。