どれだけその命を大事に思っているか、アンタは解っていない。
この戦国乱世の世の中だし、命なんて本当に儚く散っていく。
それは仕方のない事かもしれないけど、そう割り切れない時だってある。

「いい、一つだけ約束してよ。一人で逸って死なないって―…」

“わかってる”笑って、旦那はそう約束してくれた。
それなのに―…


「真田ァァァッ、幸村ぁァッ!!!」
「伊逹ェッ!政宗ぇぇェッッ!!!!」


あの男を見るなり走り出し、先の上杉との戦で負った傷も忘れて、
旦那は二槍を手に真っ直ぐ独眼竜の方に走っていく。
傷も疲れも忘れて、瞳に奴を映してまっすぐ、あの男の元へ。
互いに知らず知らず満面の笑みを浮かべて牙を交える竜と虎。
“ダメだ旦那、戦うな、戻れっ、戻るんだ!”
そう叫んだ俺の声は、届かなかった。

見詰め合う二人の至福の笑みが憎かった。
互いだけを見詰め、他の介入を赦さない二人だけの世界が忌まわしかった。

「旦那っ、ダンナァッ!!」

伸ばした手は虚しく空を引っ掻いた。
俺の目の前で、白い肌が六爪に裂かれて鮮血が散った―…




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第一話 ―狂った歯車―




「ん―…」

長くてフサフサとした睫毛が震え、薄茶色の綺麗な瞳が姿を見せた。
幸村はぼんやりと辺りを見渡す。
障子から透けて入る光。その強さからみるとどうやら、時刻は昼時のようだ。
身体が重く、起き上がるのが酷く億劫だった。
瞳だけ動かして辺りの様子を探る。見知らぬ和室。
だが、満ちている仄かな匂いはよく見知ったもので不安は感じなかった。
腹には包帯が巻いてあり、服は戦装束ではなく、
真新しい白い寝着を纏っていた。


ゆっくり障子が開き、明るい黄昏色の髪を光に輝かせながら
佐助が入室して来た。その右手には水が組まれた桶と手ぬぐいを持っていた。

「おはよう旦那。やっと起きた?珍しいね、旦那が寝坊するなんて」
「さ、すけ―…」
「まあ、その傷じゃ無理ないよね。大丈夫?起きられる?」
「あ、あ……佐助―…」

肩膝をついて幸村の枕元に座すると、佐助は桶を置いて手ぬぐいを濡らす。
幸村はゆっくりと身体を起こした。
まだ寝ていた方がいいと佐助がやんわり制したが、幸村は起き上がった。

「此処は?俺は負けて怪我を負ったのか?」
「うん、そうだよ。此処は俺様の隠れ家だ」
「隠れ家。そうか、どうりで佐助の匂いがすると思った」
「おいおい、俺様そんな体臭なんて匂わせてないよ。失礼だね」
「いや、本当に僅かだがお前にだって匂いがある。仕事の時は大丈夫だが」
「旦那ってば動物みたいな嗅覚してんだから」
「賛辞として受け取っておいてやろう。
 それより、政宗殿に負けたと言うのなら、何故俺はまだ生きている?」

平然とした顔で天気でも尋ねる様に問い掛けられた言葉に
佐助は俄かに顔を曇らせる。鶯色の瞳が鈍い光を宿した。
それを隠すために佐助は瞳を閉じて、静かな声音で呟く様に応えた。

「あんなの、負けじゃないよ―…」

第一声は幸村の問いに答えたと言うよりは、自分に言い聞かせる風だった。
目を開けると佐助は、そっと手を伸ばして幸村の柔らかな薄茶髪を撫でる。
撫でられると普段は嬉しそうに瞳を細めたり笑みを浮かべる幸村だが、
今は難しい顔を浮かべてジッと佐助の鶯色を見詰めていた。
探る様な瞳に困ったような笑みを佐助は浮かべた。

「旦那は既に満身創痍で最初からまともな勝負じゃないって
 解ってたから独眼竜は止めを差さなかった」
「そうか、万全の状態で決着をという心意気、流石は政宗殿。
 やはり、あの方こそ我が生涯の宿敵に相応しい御人だな」

さっきまでの表情を一転させ、上機嫌に幸村は微笑んだ。
その微笑みに佐助の瞳に冷たい焔が宿る。
心に巣食った闇がゆっくりと広がって自分を侵食していく。
底冷えのする様な感覚と、静かな苛立ちが沸き起こる感覚がした。

「なに嬉しそうな顔してんの?そもそも怪我しるのを知っていて
 勝負を仕掛けてきたのは独眼竜だろ。
 奴が一方的に悪いのに嬉しそうな顔をして―…
 ねえ、そんなにアイツが好き?」

冷たい双眸、冷たい声。
幸村は戸惑いを浮かべて佐助の顔を覗う様に見詰めた。

「佐助?どうしたのだ?何を怒っている?」

不安そうな声に苛立ちを感じた。
この人は本当に何も解っていない。驚くほど心の機微に敏感な癖に、
恋愛の事はてんで鈍い。
可愛らしくも感じるけど、こんな時はその鈍感さが憎くて仕方ない。

佐助は右手で細い手首を掴み、冥い瞳で幸村を睨み付けた。

「どうしたじゃないよ。約束したのに。死に急がないって言ったのに、
 アンタはそれを破った―…」

残った左手を幸村の頬に添えた。
柔らかく掴まれた手首、頬の冷たいが優しい体温。
佐助は難しい怒ったような悲しそうな顔をしていたが、
幸村は近付いてくる唇を拒む事が出来なかった。

切なげに眉根を寄せ、佐助はジッと幸村を見詰めた。

「さ、すけ―…」

形の良い、佐助の少し厚めの唇が幸村の柔らかな唇を覆った。
啄ばむように柔らかな唇を自分の口に含み、
抵抗なく開いた唇の隙間から舌を滑り込ませると、
幸村の小さな舌を貪る様に絡め取った。

「んぅっ、…ふっ」

チュクチュクと猥雑な水音が鼓膜に響き、幸村は頬を真っ赤に染めた。
佐助は攻め立てる様に激しく舌を絡ませ、幸村の味を堪能する。
甘美な感触に頭が痺れ、互いに何も考えられなくなる。
ただ熱と涎を貪って求めてくる佐助に、それを拒絶すること無く
受け入れる幸村。
長い間、接吻を交わして漸く佐助は幸村を解放した。
呑み込み切れなかった涎が幸村の唇の端から零れ落ちる。
上気した頬と瞳を潤ませてとろんとした表情とが相俟って、
より扇情的な状態の幸村に佐助は喉を鳴らした。

酸素不足と慣れない快感に解放されてすぐはぼんやりとしていた
幸村だったが、さっきの出来事を認識すると
既に朱の差した頬を更に真っ赤にして、慌てて佐助から視線を反らした。
幸村は着物の袖で唇から垂れた唾液を拭うと、
佐助と瞳を合わせないまま恥じらいの表情を浮かべ、怒った様な声を上げた。

「な、何をする佐助っ!!は、破廉恥なっ!
 このようなことは好きな女子とするものだろう?
 何故、この俺になど……どういうつもりだっ?」
「どういうつもり、か。そうだね、強いて言うなら罰かな……」

鶯色の瞳がジッと幸村の薄茶の瞳を見詰める。
普段幸村に見せる事のない、瞳孔を縦にした冷たい殺人鬼のような冷めた目。
不釣り合いに上げられた口角が薄ら寒い微笑を形作っていた。


(誰にも渡さない―…お館様にも独眼竜にも。
 死なせない。死なせるくらいならいっその事、この俺の闇へ―…)

「約束を破ったらおしおきしないと。ねぇ―…旦那」

強く手首を掴み、布団に幸村を押し倒した。
息が詰まったような短い呻き声を幸村が上げる。


(心も、などと身分違いな事は望まない。俺など、この人に相応しくない。
 だったらせめて身体だけでも奪ってしまえばいい。
 一生閉じ込めて置いたら、こんなにも俺が死に怯える事もない―…)
 

細い首筋に噛み付き、ぬるりと舌を這わせる。
ぞくりと這いあがってくる感覚に幸村の背が震えた。

「くっ、……あっ!やめ、ろ、佐助」

押し返そうとするが、押し倒されてしまえば体格の良い佐助を退けるのは
なかなか困難なもので、佐助の舌から逃れられず幸村は悶えた。
生温かい舌が敏感な首を音を立てて舐め上げ、
下肢が熱を持ち始めて甘く疼いた。

「あっ、ふぅっ くっ……」

自らの口から漏れる情けない声が恥かしくて幸村は思わず唇を噛みしめた。
それがまるで自分への拒否の様に感じられて、佐助は苛立ちを覚えた。

「へえ、旦那って意外と堪え性有るんだね。
 いつも俺様に抱かれてる時はもっと声上げてるからこういうのには全く耐性が
 ないと思ってた。なんかビックリだよ。
 でもね、俺様は忍だからこういった閨での術にも長けてるんだぜ」

意地の悪い笑みを佐助が浮かべた。
獰猛さ、冷酷さ、残忍さ――それらの負の感情を全て混ぜ合わせた
底冷えのする笑みだった。
今までに見た事のない、佐助の深い深い闇に触れた気がした。

あっという間に手を一纏めにして縛り上げると、
箪笥の取っ手に紐を引っ掛けて括り付けた。
拘束されている事に驚いている内に、太腿にも紐がくくり付けられて
あっという間にM字開脚で固定されてしまった。
着物を脱がされて下帯姿にされ、幸村は羞恥に頬を染め上げた。

「く、やっ、はな、せ。佐助」
「ふふん、嫌とか言ってるけど既に下帯、湿っちゃってるよ」
「あ、やぁっ」

下帯の下で窮屈そうに勃ち上がり、先っぽが当たっている
辺りが湿ってしまっていた。佐助が布の上から掌でゆるゆると刺激すると、
ヌチャリと淫猥な布摺れの音が立った。

「いあっ、やめ、ろ。さすけぇ」
「もっと触って欲しいって言ってるようにしか聞こえないよ。
 旦那って顔に似合わず意外と淫乱だよね。
 縛られちゃって興奮してる?もうぐしょぐしょに濡れちゃってるよ」
「そんなわけ、なっ、あぅ…はっ、あぁっ」

否定する幸村の股間を緩急を付けて佐助の手が責め立てる。
既に達してしまいそうになっているそこをピンと意地悪く佐助は
指先で弾いてやった。
その衝撃さえ快感に捕えて、幸村は首を仰け反らせる。
その様子にクスクスと笑いながら佐助は下帯をシュルリと解いた。
ゆるりと鎌首を擡げた幸村自身から透明な先走りが零れている。
それを指に掬い取ると見せ付ける様に佐助は指を自分の口に含んだ。

「よせ、汚ない……」
「旦那が出したものだし、汚なくなんてないよ。さて、と―…。
 それじゃ、拝ませてもらいますよっと」

そう言うと佐助は枕を幸村の腰の下に入れた。
枕の所為で尻が高い位置に上げられ、秘部が光の元に晒される。

「いやだっ、やめろ、解け佐助っ!」

恥かしさでわあわあと喚く幸村を無視して、佐助は幸村の菊座に指を這わせた。
ゾクゾクと駈け昇ってくる快感に幸村の内腿が小刻みに震える。

「はっ、あ あくっ、くすぐったい」

四肢を拘束されている所為で身を捩る事も赦されず、
佐助の指から逃れる術もない。
下肢が更に熱を帯び、幸村の性器は天に向かって勃ちあがって蜜を更に溢れさせた。
陰茎を先走りが伝い落ち、尻の割れ目を滑ってすぼまった場所に垂れた。
そのくすぐったさに幸村は甘い吐息を漏らした。

「最高だよ、旦那。すごく可愛い」
「やっ、はな、せっ」

みっともない己の姿を想像して幸村は情けなさに苛まれた。
それを嘲笑うかのように佐助は幸村の大きくない性器をぎゅっと握り込み、
ゆるゆると強弱を付けて扱き上げる。
グリグリと亀頭を親指で責めると幸村は大きくわななき、射精感に襲われた。

「やぁ、はぁっ、で、でるっ!!」

ブルリと震え、幸村が吐精しようとした瞬間、
佐助はぎゅっと幸村の性器を握り込んだ。

「ひゃぁぅぅっ、あっ、なぁっ、いあっ!?」
「まだイッちゃダメ。ちょっと我慢しててね」

細い紐を取り出すと、幸村がイけないように佐助は根元を縛り上げた。
出そうだった所を邪魔され、幸村の大きな瞳からボロボロと涙が零れた。

「あ、やっ いやだ、苦しい、さすけ、さ、すけぇ」

甘ったれた涙声を上げて解放を訴えるが、
佐助はただ悪魔の様な微笑を浮かべるだけだ。
佐助の手がさらに強い刺激を与え、幸村を追い詰めていく。
脚を閉じることも許されず、動けない状態では身を捩って快感を逃がすことさえできない。
唯一自由の許された口からは叫びとも喘ぎとも取れない、
動物の様な悲鳴が絶え間なく漏れ続けた。
その声に耳を傾ける佐助の顔は何処かうっとりと熱に浮かされたようだった。

「いやだぁぁぅぁっ も、やめて くれぇっ、はぁ あうぅっ」
「叫んでも泣いても許さないよ。お仕置きだからね
 だって、アンタは俺様との約束を破って、俺様を傷付けたんだから」

頭の中で、狂った歯車が妙な音を立てて廻っていた。
闇が精神を支配されるのを感じながら佐助は抗う事もなく、闇に身を委ねた。

愛しい人が目の前で泣きじゃくる様を眺めながら、口元には歪んだ笑みが浮かべられた。







--あとがき----------

何が書きたいか解らない、ただ、闇色な佐助が書きたかった作品の一話目です。
幸村が死ぬ事を佐助は極端に恐れていると思います。
普段なら幸村にこんな事はぜったいしないでしょうが、
幸村を喪う位ならと、真っ暗な闇に呑み込まれる佐助。
書いている私がこの話の結末が解らない状態です(笑)