第三話  ―底なし沼―


ゆっくりと意識が覚醒した。
目覚めた幸村は、両腕を前で一纏めに拘束されていることに落胆した。

さっきまでの事が悪い悪夢だったら良かったのに。
そう思ったが、身体の痛みと見慣れぬ部屋がそうではないと告げる。
佐助とは、恋仲ではないがひょんなことから関係を持ち、
今までに数度抱かれた事があった。
その時は全て、自分から望んだか若しくは何となく互いにそういう状況に
雪崩れ込んだのであって、佐助に望まれたり強要された事は無い。

乱暴にされたのも、無理矢理抱かれたのも初めてだった。
佐助はいつでもどんな時でも自身が良くなる事よりも、
自分を気持ち良くすることを考えてくれた。

その佐助が、いきなり自分に自分に牙を剥いた事実は、
幸村の心酷く傷付けた。

(佐助は、俺を見限ったのだろうか―…)

此処にこうして囚われている理由が見えない。
佐助が何を思い、自分をここに閉じ込めておくのかが解らなかった。
お館様はどうしているだろうか。
佐助は自分を何故此処へ連れ込み、閉じ込めておくのだろうか。
自分はいつまでここに居なくてはならないのだろうか?

全ての理由が解らず不透明だ。
抜けだす見通しもない状況に恐怖と不安を覚え、幸村は自分を抱締め震えた。




「猿飛佐助、参りました」

障子越しに佐助の影が映るのを眺め、信玄は少し腰を浮かせた。
そのまま立ち上がろうとしたがまた椅子に座り直し、
一つ息を付いてから信玄は佐助に声を掛ける。

「よくぞ参った佐助。して、幸村の所在は?」
「申し訳ない、真田の旦那の行方は相変わらず掴めません」
「そうか―…」

佐助の答えに信玄は落胆した。
謙信と戦ったのち、幸村と別々に撤退したのが失敗だった。
幸村の率いる一群は奥州の独眼竜と遭遇し、
そのまま幸村と交戦になり、そのまま幸村は行方をくらませた。
幸村が戻らない屋敷はまるで火が消えた様だ。

(早う戻ってこい幸村。そなたの居らぬ屋敷は光が射さぬ)

誰かが居ない事をこんなに寂しく思うのは昌幸が死んだ時以来だ。
幸村が居なとまるで心に穴が開いた様だ。
その元気な姿がまたこの屋敷に戻ることを信玄は心より祈った。



信玄の屋敷を後にして山を歩いていると、鋭い殺気を感じた。
視線を感じた木を見上げると、男が一人見気に凭れて立っていた。

前髪を邪魔にならない様に左に撫でつけた短い短毛の男。
少しだけ長い後ろ髪を紐でくくった切れ長の瞳の端正なその男は
漆黒の忍に身を包み、冷たい瞳で佐助を見下ろしていた。

「佐助」
「才蔵。何怖い顔してんの?」
「何を呑気に!幸村様が居なくなったと言うのに何を落ち着いている?」
「落ち着いてなんていないぜ。でも、焦ったってしょうがないだろ」
「もっとも、だな。やはり、見つからないのか?」
「ああ、済まない才蔵、俺様も尽力を尽くしているけど―…」
「そうか―…。幸村様……」

佐助は木の上から遙か向こうの山を見詰める才蔵にチラリと視線を向けた。
よく見ると目元は少し腫れて顔色も優れない。
隠しているが眠れていないのだろう。
体調管理は常に万全な才蔵らしくない。
どんな時も感情を見出さずに任務を遂行する才蔵も、
流石に幸村の事となると話は別らしい。

本人は認めないだろうけど、少なからず才蔵は幸村に懸想している。
生真面目で堅気な才蔵のこと、決してその気持ちを告げることはないし、
認めることさえもしないだろう。
他の十勇士に言っても「あの才蔵が?お前と一緒にするなよ」と
笑われるだろうが、同じ想いを抱くからこそ、
才蔵の敬愛の中には恋心が滲んでいるのが判る。

十勇士は誰しも、少なからず幸村に何らかの愛を抱いている。
海野や望月は自分の子や弟のように親愛を抱き、
小助は憧れに似た深い敬愛を、
そして、自分と才蔵と元は敵方の忍で暗殺に来た鎌之助は恋愛を―…。

みな幸村を目映い光と愛し、命よりも大事に思っている。
その幸村が姿を消したことには誰もが嘆き落ち込んだ。
忙しい仕事の合間を縫って、皆幸村を捜すことに奔走している。
そんな他の奴らには悪いけど、幸村を隠したことを言う気はなかった。

「じゃあ、俺様は他の命があるから」
「ああ。俺も仕事の合間に幸村様を捜す。必ず見つけ出すぞ、佐助
 あのお方は俺達の光だ。失ってはならない」
「わかってる。必ず見つけるさ」

佐助が頷いたのを確認すると、才蔵は森の木立に姿を消した。
才蔵の姿が完全に見えなくなると、佐助も走り出した。

どうしてこんな事になったのだろう―…
山を駆けながら自分に問いかける。

はじめは、約束を破った幸村へのほんの仕置きで隠れ家へ幽閉した。
傷を癒すにも丁度良いと思っていたし、自分の無謀を省みてもらいたかった。
ただ、それだけの筈だった。
なのに、一度光を自分だけのものにしたら途端、手放すのが嫌になった。
自分の闇が心の全てを飲み込み、どんな時でも最優先にして
大事にしていた光の全てを奪って滅茶苦茶にした。
自分だけのものにしたい、二度と外へ出したくない。
醜悪な独占欲が尽事なく溢れ出してきた。

どうせ自分が外へ放ち自由にしたとしても、
所詮彼は虎の元で牙を研ぐ若虎で飼われている事に変わりない。
すぐまた戦場へと駆けだしてしまうだろう。
その若く燃え上がる命を賭して、信玄の為に戦うのだろう。

光を失うのが怖かった。
他の誰かの手で消されるくらいなら、闇に閉じこめてしまおう。
たとえ、その先に待つのが絶望としても―…

こんな事をして隠しても、そう遠くないいつか、ばれる日が来るの。
信玄は非常に鋭い。才蔵の眼力も侮れない。
いずれは、自分が幸村を捕らえていることに辿り着くだろう。
そうしたら、命はない。この身に待つのは破滅だ。
いや、優しい幸村の事だから手討ちにはされないかもしれない。
だが、追放は免れないだろう。
追放を受ければ不要の忍として多分、里から処分される。
その日が来るまでの間、独占欲を満たすくらい許されるだろう―…

早く気付かれたい。
そして、この醜き闇の手から幸村を連れ出して欲しい。
ずっと気付かれたくない。
永遠に愛しい存在をこの腕に抱いていたい。
二つの相反する願望が胸で渦巻き、心が鈍く痛んだ。



襖の扉が開いて、佐助が中に入ってきた。
その手には盆が載せられ、土鍋が乗っかっていた。
自分の姿に幸村の瞳が怯えて揺れ、佐助は苦笑を浮かべた。

「やだな、旦那。怯えないでよ。俺様がアンタを殺すハズないでしょ」
「そう、だな―…」
「お腹空いたでしょ?食事持ってきたよ」

佐助は枕元に盆を置くと、幸村の背中に手を添えて起き上がらせた。
土鍋の蓋を開けると、温かな白い湯気がふわりと立ち上る。
木製のレンゲでお粥を掬うと、息を掛けて冷まして幸村の口元へ運んだ。
反射的に幸村は口を開けると、佐助がレンゲを傾ける。
鶏でしっかり出汁の取られた人参入りの卵粥はとても美味しかった。
毒がもられているとか疑う余地もなく、幸村は口に含んだ粥を咀嚼した。

「本当は肉とか魚を食べて体力をつけて貰いたいけど、
 まずは消化に良いものからね。滋養が付くように卵粥にしたんだ。
 さ、もっと食べて。全部食べて早く体力を回復させないとな」
「ああ。すまぬ」

背中を抱く優しい手。いつもの佐助の手だった。
その事に安心して、ついいつもと同じように自然体になっていた。
食事を終えると、相変わらずの優しい手つきで手当をしてくれる佐助に、
うっかりと幸村は疑問を口にしてしまった。
それが、佐助の怒りを買うなどとは思ってもみなかった。

「佐助、お館様はどうしていらっしゃる?」
「どうって、別に傷を負ったワケじゃないし元気だよ」
「そうかよかった。早く、お館様の元に戻らねば。
 きっと心配を掛けている。それに戻って、お館様の為に戦いたい―…」


いつも、口を開けば呪文の様にお館様、お館様―…
あの人よりも、自分の方がずっと大事にしているのに。

心が冥い闇に蝕まれる。
幸村の細い手首を掴むと、佐助はそのまま彼を布団に押し倒した。
冷たい瞳に射貫かれて、幸村は怯えた。
いつも笑顔を浮かべ本心は見せない佐助。
その彼に怒りに似た瞳を向けられるのは初めてだった。
捕食する獲物を見詰める狩人の瞳。
背筋をゾッと冷たいものが走り抜けていく。


佐助は幸村の喉に歯を立てて噛みついた。
ぶるりと幸村が震えたのが唇越しに伝わってくる。
そのまま鎖骨に唇を滑らせ、肌へ鼻を寄せた。
鼻孔から若い肉体の匂い、汗の匂い、そして甘い香りの混じった幸村の
匂いが入ってくる。
その匂いを堪能するように佐助はすんすんと犬のように鼻を鳴らした。
敗にまで満ちるその香りだけで摩羅がズクリ疼き、熱を帯びる。

乱暴に着物の胸元を広げると、佐助は胸の突起に吸い付いた。
舌で転がすように甘噛みすると、幸村の口から悲鳴に似た声が漏れる。

「あっ、ひぅっ さ、すけぇ―…!」
「旦那―…」

着物の帯を奪い取ると、寝間着を脱がせて細い肢体を外気に晒す。
羞恥と恐怖に滲んだ瞳から逃れるように無理矢理その身体を俯せにすると、
袴の前を寛げると、下帯を奪い去って晒された幸村の菊座に亀頭を宛がった。

期待と不安に幸村の身体がビクリと震える。
入り口に軟膏を塗りつけると、一気に佐助は狭い胎内へ押し入った。

「うあぁぁぁぁっ!!!」

激しい痛みと圧迫に、幸村の口から堪らず悲鳴が零れる。
幸いにも入り口も内部も裂傷は免れたが、無理に押し広げられたナカが
ヒリ付いた。熱くて固いものが埋め込まれた下腹部がズクリと疼く。

「あ、だんな―…」

細い腰をグッと掴むと、容赦なく佐助は揺すぶった。
貪るように夢中で腰を打ち付けると、幸村はガクガク震えた。

「あっ あっ あぁ――!」

律動に合わせて幸村の口から漏れる嬌声に、更に一物が熱と硬度を増す。
ゴリゴリとナカのしこりを亀頭で擦り上げると
背を弓なりにしてビクビクと幸村は痙攣した。

「ああっ さ、さすけっ―…!」
「だんな、だんなぁっ」

愛しさの混じった声で呼ばれ、幸村は身体が熱くなるのを感じた。
尻の肉に腰をぶつけるように何度も寄せては引いてを繰り返す。
その度に頭を貫くような快感に、幸村は絶頂を迎えて
胎内を収縮させた。
一際強く内壁が佐助の摩羅を締め付けると、佐助も同じように果てる。

「くっ…うっ」

熱い子種をナカへとぶちまけると、失神した幸村からずるりと
一物を抜き出した。
そっと傷だらけの幸村を抱き締め、頬をすり寄せる。

(この刻がずっと続けばいい―…)

底なしの闇も愛しい人と二人で堕ちるなら―…
儚く愚かと知りながら、佐助は一人永遠を願った。









--あとがき----------

自分で書いていうのも難ですが何だろう、この作品は……
十勇士捏造です☆霧隠才蔵氏の登場です。
才蔵はクールで無口で切れ長な瞳の美系です。
佐助の様なちゃらさと茶目っけのない、ちょっと暗い雰囲気を纏った
端正なイメージです(笑)
才蔵は佐助と一緒で幸村を慕っていますが、忠犬なので手は噛みませぬ!
救いようのなくなってきた話ですが、どうかもう少々お付き合いくださいませ。