-修羅 中編-






冷たい牢獄に囚われてどれほどの時が経っただろう。
空に浮かぶ月を見上げ、高杉は息を吐く。

晴れ渡った青空が見たい気分だった。
あの人のようにどこまでも美しく続く青空が。


不意に昔を思い出す。
他の連中は達者でやっているだろうか。
同じ塾生だった二人の男の面影を思い浮かべる。

道は別れたが、後悔はしていない。
ただ、二人とも掴まらずに、健在ならそれでいい。

「銀時……。てめぇはどこで、何をしている?」

ポツリと呟いた声が冷たく反響する。
銀色の髪の男を思い出し、高杉は苦笑した。


一緒に囚われた仲間は全て肉塊になった。

その後、一度牢屋に戻されたが、またすぐに連れ出されて、
自分も身体中を鞭で打たれ、水責めにもあった。
だが、仲間よりはずっと軽い拷問だった。
叫び声も碌に上げない自分に飽きたのか、
兵は再び自分を牢屋に戻して放置されている状態だ。



シャンと金属が掻き鳴らされる音が聞こえる。

足音が無い事が、牢屋に近付く男の存在が誰かを知らせていた。

あの人形のように感情の無い男、朧だ。
自分の身体を縛り上げる麻縄を軋ませて、高杉は牢の入り口を向く。

「もう一人の鬼よ。気分は如何なものか?」
「……ハッ、最高の気分だ。とでも言って欲しいのか?」
「……」

鉄格子越しに自分を見る男に、高杉は侮蔑の眼差しを向ける。

「縛られているにも関わらず俺が怖いか?
 まあ、せいぜいそこから遠巻きに眺めているがいいさ。
 俺はぁなぁ、てめぇ何ぞ恐れねぇよ。死も、だ。
 殺すんならとっとと殺せばいい。俺の仲間のようにな」
「お前は、恐れる物など何もないと言うのか?高杉晋助」
「あぁ、今の俺にはもう何もねぇよ。
 仲間の死も、この身が朽ちることも怖くねぇ。既に、左目を失ったしな」
「本当に、そうか?」

確認するような朧の声に、神経が小波立つ。
何がしたいのか判らない。何を考えているのか判らない。
命令で来たのか、それとも個人的に何か思う事でもあるのか。
朧の表情からは何一つ読み取れなかった。

ゆっくりと朧が牢に近付く。徐に牢の扉が開けられた。
高杉は眉根を顰め、侵入してきた男を見詰める。

「貴様にも恐れる物はあろう。鬼兵隊の総督よ」
「ないと言っているだろう」
「本当にそうか?」

奈落を思わせる真っ黒な瞳が自分を映す。
心を崩さぬよう高杉は密かに深く息を吸った。
怖いものなんて今の俺にはない。そう自分に言い聞かせる。

朧は高杉の正面に立ち、
縛られた高杉を見降ろして静かに言った。

「この牢は、かつてお前の師である松陽を捕えていた牢だ」

思わぬ名前に高杉は不意に瞳を揺らがせる。

「先生が……」と呟く声は風の音に消える程に儚い音だった。
無情な声で朧はさらに言葉を紡ぐ。

「松陽はここで、拷問にあった。さっきの部下のように
 肉体的な拷問だけではない。精神的にもだ。意味がわかるか?鬼よ」

相変わらず無表情のままの朧に、高杉は怪訝な目を向ける。

松陽の名に一瞬は動揺したが、心はまた平静に戻っていた。
ただ、いきなり松陽の話を始めた朧に不気味さを感じてはいた。
恐れという程のものではないが、薄気味悪さを覚えた。

「……どういう、意味だ?」
「知りたいか?」
「……」
「松陽は、男にしては綺麗な容姿だったな。
 ちょうどお前と同じように。まあ、お前と比べると綺麗だと言うよりは
 女っぽくて可憐だったというべきか。お前の凄味のある美しさとは違う」
「俺が綺麗?死んだような目に相応しい腐った審美眼だな」

高杉は不敵に笑って嫌味を返すが、朧が動じることはない。
ただ淡々と言葉を続ける。

「ここで、何があったと思う?高杉晋助よ」
「知るかよ……」
「慰みものにされたのさ。定々様がそれを許したのだ」

ざわりと全身の毛がよだつのを感じた。
目の前が真っ赤に染まった気さえした。
何かの冗談だ。自分を怒らせる為の作り話だ。
そう思いたかったが、朧に嘘を吐く意味も嘘を言っている気配もない。
肩が怒りに震えた。聞きたくない。
だが、耳を塞ぐことができずに高杉は朧の言葉を聞き続けた。

「お前と再会した時には首だけだったから知らないだろうがな。
 それは凄惨なものだった。殴る、蹴る、首を絞めるは日常的だった。
 他には同時に何人もに刺し貫かれたり、異物を挿入されたりもしていたな。
 晒されていない首から下には暴行の後が残っていた。
 着物に隠れる場所にしか痕はないから、民衆も知らないだろうがな」

平然とそう言ってのけた朧に、
高杉は憎悪が滲みだすのを止められなかった。
胃が燃え上がるように熱くなり、頭がズキズキとした。
高杉は端正な顔を崩し、羅刹のような表情を浮かべて吠える。

「てめぇら、よくも、松陽先生によくもぉぉぉぉっっ!」
「あの容姿だったからな。そうなってもしょうがあるまい。
さぞや、生まれてきたことを後悔しただろう。哀れな最期だ」
「先生が何をしたぁっ!?ただ、俺達子供を教え導いただけだ!
 それ以上は何もしてねぇ!虫すら殺さないような人だったんだっ!」
「そうだったな。善良な男だった」
「だったら何故だ!?」
「運が悪かったのさ。天に見放された、それだけだ」

朧の言葉に、高杉は自分の中で一本の糸が切れた音を聞いた。

「うおぉぉぉぁぁぁっっ!!」

高杉の口から獣の如き咆哮が迸る。

傷だらけの身体を起こすと、地面を蹴って朧に飛び掛かる。
上半身を縛られた状態にも関わらず、高杉は素早かった。

そのあまりにも俊敏な動きに、朧は高杉を躱し切れず、
胴体にぶち当たられて硬い地面に転がった。
高杉は倒れた朧に跨り、その喉元に喰らいつく。

頸動脈を狙ったが寸でのところで避けられた。

だが、首の肉にしっかりと噛み付き、その肉を引き千切った。
鮮血が散り、床や高杉の頬を赤く染める。

朧は舌打ちすると高杉の細い首を掴み、逆に地面に叩き付けた。
背中を強かに打ちつけた高杉の唇から、乾いた咳が漏れた。


「やはり鬼だな。その状態で喰らい付かれようとは……」
「鬼はてめぇらだろうがっ!松陽先生に、ふざけた真似をっ!
 許さねぇ、絶対に許さねぇぇっ!ぶっ殺してやる!」
「その状態で何が出来る?
 武器を奪われ、身体を縛り付けられたお前が、
 この私を殺せると思っているのか?貴様は馬鹿ではあるまい」

高杉に跨ると、朧は首を絞める手に力を入れた。
高杉の表情が苦悶に歪む。
窒息死寸前まで追い詰めてから、漸く朧はその手を離した。
細い喉がヒュッと鳴り、苦しそうに高杉が咽返る。
朧の光の無い瞳が苦しげな高杉を映しだした。

「松陽の弟子、高杉晋助よ。貴様は片目を失い、仲間を失ってもなお、
 ちっぽけな復讐心で吠え続けるのか?
 いつまで天にはむかう気だ?
いつまで牙をたて続ける。何の意味をなさぬだろう」
「ごほっ、がぁ、だ、まれ、下衆が……」
「そう睨むな。安心しろ、お前も松陽と同じ道をたどる。
 醜い獣どもに肉を漁られ、やがて民衆に晒されて惨めに死ぬ」

朧の手が高杉のズボンに手を掛けた。

「なっ、にを……」
「言っただろう?肉を漁ると」

朧は相変わらずの無表情だが、目にギラリとした光が宿っていた。
その表情は硬質で残酷で、高杉は思わず肩を震わせる。

ごつごつとした手が、ズボンを降ろした。
白い褌とノースリーブという総督型無しの姿にされ、
高杉は羞恥に顔を歪ませる。
かさついた朧の手が、白い太腿をゆるりと撫で上げた。

「う…あっ」
「ほう、良い声で鳴くのだな。感じたか?」
「く……っ!」

歯を食いしばり、高杉は朧を睨みつけた。
朧の指が褌の上から高杉の性器を握り込む。
ぞくりと背筋を震わせ、高杉は青褪めた顔で朧を見た。
朧が褌を解き、高杉の下半身を晒す。
大きくない高杉のモノを握り込むと、上下に扱いた。

「あくぅ……っふぅ!」

よがり声など上げられないと、高杉は必死に歯を食いしばるが、
時折、女のような甲高い悲鳴が唇から零れる。

「フッ、仇に喘がされるなど。
 貴様の今の姿を松陽が見たら、どう思うだろうな?」
「あぅっ、しょ、よう、せんせ……」
「もっとも、松陽も男共に嬲られて声をあげていたがな」

朧の言葉に、快感に流されかけていた
高杉はハッと我に返って瞳を見開いた。
憎悪に滲んだ刃のような薄緑の瞳が朧を捕える。
喰いしばった歯で唇からは赤い血が滲んでいた。

「このっ、ふざけるなぁっ、死ね、死ねっ、死ねぇぇぇっっ」

低い声で高杉が口汚く叫ぶ。
拘束されていない足を振り上げ、朧に蹴りを飛ばす。
高杉の足は朧の鳩尾に的確に入った。
気絶するほどのダメージは与えられなかったが、
朧は咳き込み、僅かだが苦悶を滲ませた。

「ぐっ……この状況で、抵抗か。大した男だ」

朧が高杉の足首を掴んだ。
今度は左足を振り上げてまだ暴れようとする高杉の足の間に身体を
滑り込ませると、潤滑剤もつけずに乾いた指を無理やり
後孔へ捩じ込んだ。

「ひぐぅっ……い゛あ゛ぁっ……」

引き攣れるような痛みに、高杉の唇から呻きが零れる。
痛みに顔を歪ませる高杉に構わず、朧が胎内に埋めた指を動かす。
その度に激痛に襲われ、額から汗が流れる。
朧の節くれ立った指が内壁を引っ掻き、痛みだけではなく
妙な圧迫感と僅かな快楽をもたらす。

僅かにナカが解れ出すと朧は直ぐに指を抜いた。
そして、自分のモノを取り出して高杉の入り口に宛がう。
意地っ張りで気丈な高杉も、流石に顔を青褪めさせた。

「やっ、め……ろっ」

みっともなく全身が震える。
天人だが容姿は人間と変わらない。
当然、股にぶら下がっているイチモツも人と同じだった。
だが、酷くグロテスクな生き物のように思えた。

「やめろっ、触るな、触るなっ!」

高杉は足をジタバタさせて暴れ出す。
細い足首を掴むと、朧は高杉をひっくり返して俯かせた。
そして尻に自分の性器を宛がう。
高杉はびくりと肩を震わせて、朧を振り返った。

「いっ、や、……めろっ、やめろぉぉぉぉぁぁぁっ!!」

縛り上げられた身体を揺さぶり、高杉は必死に抵抗した。
だが、それを嘲笑うように朧は高杉を捩じ伏せて、
無理やり硬くそそり勃ったモノをぶち込んだ。

「がぁっ、ぅあ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁっ!!」

濡れていない入り口が裂け、痛みに高杉は絶叫した。
赤い血が流れ出て、床にパタパタと落ちる。
朧が肉を裂くように乱暴に突き上げる度に、高杉から悲痛な声が零れる。

まるで喰われている様だと高杉は思った。
酷くおぞましく、汚らわしい。
吐き気を覚え、堪え切れずに胃液を口から吐き出す。

「げぇっ、ごほっごほっ……いや゛、だっ」

下半身を襲う激痛よりも、憎い男に貫かれている事実が
高杉を絶望させる。
こんな目に遭うなら、殺された方が遥かにマシだと思った。

「こっ、……ろせよ」
「生憎だが、お前は群衆の前で首を晒して死なねばならぬ」
「今すぐ、やれ……っ」
「断る。刑の日取りはもっと先だ。
 言っただろう?お前は松陽と同じ運命を辿ると。
 その身が果てるまで肉を貪られ、やがて惨めに死んでいく」
「あっ、……せ、んせ……」

意識が遠のく。朧の声が耳のずっと奥で聞こえた。
このまま気絶した方が楽かもしれない。
高杉は意識を手放してしまおうとした。

だが、朧はそれを許さない。
前髪を乱暴に掴み、痛みで無理やり意識を引き戻させる。

「ぐっ、あ」
「気を失わせはしない。起きたまま地獄を味わうがいい」

そう言うと、朧は自分の腰を高杉の尻に打ちつけた。
血が潤滑剤となり、中でスムーズに朧の肉棒が動くようになっていた。
痛みだけでは無い、確かな快楽が身体を襲う。

「あぁっ……っ」

喘ぎ声が零れ、高杉は歯を喰いしばった。
認めたくない。こんな奴に感じているなど、断じて認められない。

「我慢する事はない。気持ちが良いだろう?そうなるようにしている」
「くっ、ざけんなっ、だ、誰がてめーなんぞにっ、くぅ、あっ!」
「前立腺を攻め立てられれば快楽が生じる。摂理だろう」
「あぅっ、やぁっ……ぁあっ」
「もっと喘げ、鬼よ」

朧は細い腰を掴み、高杉の腰を激しくゆすぶった。
硬い亀頭でゴリゴリと容赦なく高杉の前立腺を抉る。
強い電撃が身体を走り抜け、高杉は全身を震わせた。

「ふぁぁっ、やめろっ、うあぁぁぁっ」

口からは涎が垂れ、目から生理的な涙が零れる。
頭の中がぐちゃぐちゃになるような、激しすぎる快感。
身体がバラバラになりそうだった。
仇である朧に犯される自分を思い浮かべると、死にたくなった。

「あぁぁっ、いやだ、ぁっ、ぎ、ん……と」
「白夜叉の名を呼ぶか、高杉晋助。
 想いでも寄せていたか?鬼が鬼を愛するなどと……」
「ちがっ、お、れは……」
「今お前を抱いているのは白夜叉などではない。
 敵である天人、そして松陽の仇たる男。天導衆が一人だ。
 お前と共に掴まり、肉塊と化した男が今のお前を見たらなんと思う?」
「あ……あっ……」
「その美しき姿で男を誑かし、死に追いやった。
 あの男共を、仲間を殺したのは私達であって、お前でもある」
「ああぁっ、ちがうっ、違うっ、お、れは、俺はぁぁつ」
「お前が剣を取ったは松陽が為。即ち、己の為だ」

無情な言葉に高杉は瞳を見開いた。
朧の言葉を反芻する。そう、自分は己が復讐で戦っていた。
そして、そんな自分を助ける為、守る為に奴らは命を捨てた。
だったら、男共を殺したのは自分ではないだろうか―…

「男を殺し、仇に喘がされる。みっともないと思わぬか?高杉晋助」
「あっ、……俺、は。俺が……」
「種でも植え付けてやろう。まあ、子は成せぬだろうがな」
「なっ!?」
「絶望という種子を植え付けるには、良い案だろう」
「や、めろっ、いやだっ、出すなぁぁっ!」
「その表情、ゾクゾクするぞ。鬼の目にも涙、か」
「あぁあぁぁぁぁぁあああぁっっっ!!!」

ニヤリと朧が笑った。
初めて見た朧の感情の滲んだ表情は、醜悪な化け物のようだった。
同時に、自分の中に朧の精液がゴプゴプと注がれる。

熱い液体が傷だらけの胎内に放たれた瞬間、
高杉の絶叫が牢に響き渡った。








--あとがき----------

後編に続きます。
予想以上に話しが長くなりました。
銀さんと朧の絡み見ていたら、朧と高杉の絡みを書きたくなったので。
朧は高杉と銀さんを「真なる敵」と言って、随分買ってますよね。
下衆な話でごめんなさい。昔は清廉としてた高杉が
どうしてあんなセクシーになったか考えてたら
こんな話が出来上がった始末です。