第五話 水底の闇 






強い日差しが照りつけ、暑い夏がやって来た。
アクアブルーの水面が太陽でキラキラまぶしく輝いている。
水着に着替えた生徒達がぞろぞろとプールサイドに集まってきた。

「いいね〜プール!女の子の水着姿がただで見られるなんて、最高だね!」

水に浸かりながらへらっとした顔で慶次は女子の方を見ていた。
近くに居た幸村はそんな慶次に憤慨する。

「慶次殿、破廉恥でござる!じろじろ女子の方ばかり見ているなど……」
「わ〜嫉妬かい?大丈夫、俺には幸ちゃんが一番だから」

そう言うと慶次はがばりと幸村に抱き着いた。
その重みで幸村はまだ授業が始まってないのにプールに転がり落ちる。
当然くっついていた慶次も道連れだ。
派手な水柱が上がり、飛び散った水しぶきが太陽にキラキラと反射する。

「ぶはぁっ!」

慶次より先に幸村の方が水面から顔を出した。次いで慶次も頭を出す。

「ごめん幸ちゃん、大丈夫だった?
 幸ちゃんは頑丈だから、俺が抱き付いたぐらいじゃよろけないかと思ってた」
「大丈夫なわけあるかっ!いくら某でもそなた程のデカブツに
 いきなり飛び付かれたりしたら多少はよろけるに決まっておるわ!
 まったく、慶次殿は自分の図体を返りみたことはないのでござるか?
 少しは馬鹿みたいにデカイ図体を考慮して行動して下されっ!」
「あはは、ゴメンってば〜。
 じゃあ、このでかい図体を生かして、幸ちゃんに襲いかかるよ〜」

怒られたのにヘラヘラ笑いながら、慶次は幸村に飛び付いた。
自分より二回り以上は大きな体格の慶次に抱き込まれ、
しかも分厚い胸板でぎゅうぎゅうと押し潰される。

「暑苦しいでござるっ!おやめくだされ、慶次殿っ!」
「幸ちゃんも身体熱いよ〜。冷たい水の中だと丁度いいね。
 お肌すべすべプリプリだし、意外と柔らかい抱き心地っ☆」
「キモイでござる〜っ離さぬかっ!」
「い〜や〜っ!」

バシャバシャ水しぶきを上げて逃げようとする幸村に、
慶次はスリスリと頬ずりをした。
周囲の女子がキャーッと黄色い悲鳴を上げようが、
男子が「男同士でイチャつくな、目に悪いっ!」と野次を飛ばそうが
慶次はお構いなしだ。

「何やってんだよ前田。幸村から離れてやれ」
「旦那ぁ〜、まだ授業始まってないのに何やってんの?
 あと前田慶次、旦那から離れてよね。馬鹿やってると溺れ死ぬよ?」

遅れてプールサイドにやって来た政宗と佐助が、
呆れた顔をして二人に近付いてきた。
その二人の顔を交互に見ると、慶次は少し口の端を吊り上げて笑った。

「どうしたの二人とも。おっかない顔してるねぇ」

挑発する様に笑って慶次が言うと、政宗は少し眉を顰めた。
だが、佐助は相変わらず飄々とした笑みを浮かべたままだ。

「おっかないのはアンタでしょ?前田。
 ほら、旦那を溺れさせようとしてないで、さっさと離してあげなよ」
「イヤだっていったら?」
「う〜ん、明朝になったら無言でプールに浮かぶことになるかな?」
「ははは、怖い怖い。さすがにそれは勘弁だね」

お手上げといわんばかりに幸村から離れ、慶次は降参と手を上げた。
佐助は目を細めてニコリと笑う。

「懸命だねぇ。いがいと慎重派なワケ?」
「ん〜、命かけるのは好きな子守る時って決めてんだ、俺。
 喧嘩には本気になるけど、命までは掛けないってね。あ、でも恋愛は押しの一手だから」
「そ。押しの一手ねぇ。どーでもいいけど、相手のことちょっとは考えないと、
 その好きだって子に迷惑かけたり悲しませるだけだよ。どっかの誰かさんみたいに、さ」

鋭い佐助の視線が自分の方に流れ、政宗は更に苦々しい顔をする。
佐助をジロリと睨みつけ、政宗は幸村の方へ向き直った。
水中にいる幸村にそっと手を差し出す。

「Hey!大丈夫か?幸村。ホラ、掴まんな」
「政宗殿、かたじけのうござる」

自分より一回りは大きな節くれ立った手に、幸村は手を伸ばした。
だが、目があった瞬間、急に気恥かしくなってパッと手を引っ込める。
政宗が怪訝そうに自分を見詰めていたが、
何も言えずに幸村は逃げるように顔を反らした。

「旦那、早く上がらないとセンセー来て怒られちゃうよ?」

笑いながら佐助が手を伸ばして来る。
安心できる温かい手。無意識にそっちに手を伸ばし、幸村は掴まった。
その手を掴むと、佐助がひょいとプールサイドへ幸村を引き上げる。
幸村も佐助が引き上げてくれるのに合わせて自分の身体を水から上げる。
双子の様に息の合ったタイミング。
引っ張る方と這い出る方、互いに力や負荷を最小限しか掛けず
幸村は水面から上がった。

「すまぬな、佐助」
「ハイハイっと、いいってことよ」

互いに笑い会う二人のコンビネーションの良さに、政宗は所在ない手を降ろす。
幸村はハッとして、政宗の方を見た。

「あの、政宗殿もありがとうございまする」
「いや、結局オレは何もしてねぇし……」

静かにそう呟くと、政宗は幸村に背を向けて離れた。
その背中を幸村は不安げに見詰める。
だが、佐助の視線を感じて幸村は慌てて政宗から視線を反らした。


水泳担当の前田利家が来て、授業が始まった。

身体を水に慣らす自由遊泳という名のサボタージュ。
せっかくの楽できる時間に真剣に泳ぐ者は少ない。
慶次の伯父でもある利家は同じく体育教師の武田信玄と違い、
茫洋として甘い所があるので、こういう時間は特にサボりたい放題だ。

それもで気まじめに泳いでいる幸村を、政宗はプールサイドの
梯子に凭れてぼんやりと眺めていた。

日光に晒されることが多いだろうに、以外にも白い肌。
綺麗に筋肉が付いた薄く、華奢な肢体。
水に濡れて張り着いた水着の所為で、尻のラインがまるわかりだ。
小さいが、吊りあがっていてぷりっとした可愛らしい尻だ。
思わず政宗はにやけた。

だが、不意に、さっき手を差し出したのに拒否された事を思い出す。
あんな風に拒否されたり、視線を反らされるのは辛い。
ずっと懐っこく、嫌がられたことは一度も無かった。
それが突然あんな風な態度を取って来たのは、やはり告白の所為だろうか。

もし、意識されているのならまだいい。これからいくらでも発展させられる。
だが、生理的嫌悪を抱かれたのならどうだろう。
二度と、今まで通りふるまっては貰えないのではないだろうか。

昔もそうだったが、幸村はどうも恋愛に奥手過ぎる所がある。
告白は時期尚早だったかもしれない。

後悔したが、覆水が盆に返る事なし。
幸村に告げた言葉をデリートすることはできない。
溜め息を吐いて政宗は俯いた。

揺らめく水面に映る自分の顔がニヤリと笑った気がした。
着ているハズのない蒼い陣羽織。
真一文字に結んでいた筈の口が動いている。

“ウ バ ッ テ シ マ エ”

水面の男はそう言って、ニヤリと口の端を吊り上げる。
気分が悪くなって、政宗は拳を水面に叩き付けた。
揺れていた男の顔が散って、波紋を描く。
元に戻った時は、眉を顰めた本来の自分の顔が浮かんでいた。

溜め息を吐いて政宗は空を仰いだ。
水の冷たい蒼は見飽きた。そもそも泳ぎは嫌いだし苦手だ。

水泳の授業などさっさと終わってしまえばいい。
再度、政宗は大きく息を吐き出した。




ぼんやりと一人でプールの隅に居る政宗を、
密かに幸村は視界の端に映していた。
思い悩む様な顔の政宗に、胸がチクリと疼いた。

声をかけようか。そう思ったが、なんとなく躊躇われた。
夢の所為だ。自分と政宗によく似た二人の男の夢。
愛し合っているように布団で睦み、そして戦場では仇同士の様に戦う。
あんな夢を見た所為で、政宗の顔を見ると動揺してしまう。

相談したくもあったが、
夢の一部が酷く破廉恥な感じだったので口に出すのが恥かしかった。
それに、あの夢をどう受け取ったらいいのか自分自身も解ってない。

あんな夢、忘れてしまったらいい。
そう思う者の、誰かが“忘れてはいけない”と叫んでいるような気がして、
忘れてしまう事も出来なかった。

熱心に泳いでいたのに急に立ち止まってあらぬ方向を見詰める幸村に、
佐助は心配そうな顔をして近付いてきた。

「ぼんやりしてどうしたの、旦那?なんか変だよ?」
「なんでもない、佐助」
「そう?ならいいけど。もしかして、プールの噂聞いちゃったとか?」
「プールの噂?なんだ、それは」
「あれ、知らなかったのか。だったら余計なこと言わない方がよかったかな」
「気になるではないか、佐助。話してくれ」
「う〜ん、ま、いっか。話しちゃうよ?」
「ああ」

乱れてしまった髪の毛を掻き上げ、佐助は神妙な面持ちを作った。

「じつはね、このプールには亡霊が出るらしいんだ。
 第五コースを泳いでいる奴が、急にど真ん中で足つっちまったりとか、
 おぼれたりするなんて事が相次いでいるのさ。
 第五コースから黒い手みたいなのが出てるのを目撃した奴もいるらしいぜ」
「そ、そんな怪談話があったのか?恐ろしいな……」
「やっぱ言わない方がよかった?」
「……平気だ。もう子供ではないぞ。怖くなどあるか。それにただの噂だろう?」
「そ、ただの噂だよ。だから大丈夫だよ、旦那」

笑いながら佐助が肩を叩いてくれたので幸村はホッとした。
幽霊など出る筈がない。そう思っていたのだが―…




「潜水の練習をするぞ〜、コースに着いてくれ」

潜水だけでどれだけ泳げるかを計ると利家が言い出して、
渋々だが生徒達は言われたコースに着いた。
1から6コースに立ち、利家の笛の音で一斉にみんな進む。
大抵8メートル前後で、10メートルもすすめば優秀といったところだ。
そんな中、佐助は12メートル程の好記録を叩きだした。

「すごいぞっ、佐助」
「まあね。俺様って天才だからね。それより次は旦那でしょ?がんばってね」
「おう!」
「旦那なら25メートル泳ぎ切れそうだよね」
「うむ、25メートルは無理かもしれぬが、頑張るぞ」


幸村は不幸にも、コースは噂の第五コースだ。
だが、さっきまで何も起きてないし大丈夫だろうと、
特に気にもせずに幸村はプールの壁を蹴って潜水で進んだ。

空には雲が出てきた所為か、水の中は薄暗くて不気味だった。
自分の進む速度が早いのか、隣を泳いでいる生徒の姿すら見えない。
不思議なことに、聴覚が悪いわけでもないのに、
自分の口からゴボゴボと泡が漏れる音が聞こえるだけで、
水の中にいない生徒の声も、他の泳いでいる人の水音も聞こえない。
潜水だから派手な音はしないだろうが、
まったくの無音などということがありえるのだろうか。

不思議なことはいくつかあったが、順調に中間地点を越えてようとした。
その時、足首に何かが巻き付く感触がした。

ぞっとするような冷たい手の感触。驚いて、幸村は肩越しに後ろをみた。
紫がかった瞳で昔の姫という雰囲気をまとった綺麗だが薄暗い女が、
自分の足首を握っていた。
黒い髪を不気味に漂わせ、水底に沈むその女はあきらかに生者ではなかった。
驚いて目を丸くする幸村に、女は地の底から響く様な、
物悲しくそれでいて恐ろしげな声で囁きかける。

“冥い根の国に一人は寂しいの。貴方も、きて―…”

プールの底が真っ黒になり、ザァッと影絵の様な手が伸びてきた。
危険を感じとった幸村は必死に上に向かって泳いだ。

“行かないで。市を置いて行かないで―…”

幸村に追いすがるように黒い手が身体に絡み付いてくる。
溺れる。恐怖が幸村の脳裏を過った。





「ねえ、利。いくら幸ちゃんでも上がって来るの遅くない?」

プールを眺めていた慶次が顔を顰める。
隣りに立っていた佐助もまさかとは思いつつ嫌な気配を感じていた。
二人の会話を聞いた政宗もフェンスから離れ、プールの方に近付く。

「オイ、幸村の奴、プールの真ん中辺りから進んでなくねぇか?」
「まーくんもそう思う?俺もそんな気が……」
「まさか、真田の奴溺れているのか?」

慶次は慌ててプールに飛び込もうとした。
だが、何か様子が変だと利家は慶次を制して「某が行くぞ!」と叫ぶ。
二人がそう揉めている間に、佐助が真っ青な顔してプールに飛び込んだ。

「真田の旦那ぁっ!!」

物凄いスピードで幸村の影が揺らぐ場所まで泳ぐと、佐助は中へ潜った。
中に潜った佐助は幸村を捕える黒い手を睨み付けた。
幸村の身体を抱き寄せ、黒い手を手刀で切り裂く。
恨めしそうな顔をする姫君を鋭い瞳で睨むと、
“ここはアンタの居場所じゃないよ”と告げた。
女は一瞬悲しそうな目をしたが、佐助を恨めしそうに睨んで消えた。

「ぷはぁっ!」

幸村を抱いて浮かびあがると、プールサイドまで泳いで幸村を引き上げた。
青白い顔でぐったりとした幸村は、呼吸が止まっている様だった。

「幸村ぁっ!」
「幸ちゃんっ!」

慶次と政宗は慌てて横たわる幸村に駆け寄った。
取り縋ろうとする二人を佐助が思い切り突き飛ばした。
幸村の呼吸の有無を直ぐに確かめると、佐助は顎を掴んで
なんの躊躇いも無く直接、幸村の唇に自分の唇を重ねた。
心配そうに覗き込んでいた女子は一斉に黄色い悲鳴を上げる。

「う―…」

パチリと幸村の大きな目が開いた。
そのまま幸村は飛び起きて、口から水を吐き出す。

「ゴホッ ゲホッゲホッ!」
「旦那っ、よかった。大丈夫か?」

ホッとした表情を浮かべ、佐助は幸村の背中を優しく撫でた。
ぼんやりした顔で、幸村が佐助を見上げる。

「さ、すけ?俺は、溺れたのか?」
「うん。無事でよかったよ。災難だったね」
「あ、あ。なんだか、すごく、だるい―…」

そう言うと、幸村はまた目を閉じてしまった。
幸村を自分の方に抱き寄せると、額にそっとキスをしてから抱き上げた。

「前田センセー、旦那のこと保健室連れてっていいですか?」
「おう、もちろんだ猿飛。すまんな、溺れている真田を助けるのも、
 人口呼吸も某がすべきところなのに、全部お前に任せてしまって……」
「いや、センセーに旦那の唇奪われる方が嫌なんで」
「ははは、そうかぁ。猿飛は本当に、真田を大事にしているな。
 よかったな。二人が出逢えたのはきっと運命だな」

笑いながらそう言う利家の瞳が何処か見透かすようで、
佐助は思わず目を反らした。

「んじゃ、失礼しまーす」

ひらひら手を振ると、佐助は逃げるように更衣室に消えた。
政宗はその後を追おうとしたが、チラリと振り返った佐助と目が合うと、
後を追うのをやめて、大人しく授業に戻って行った。





幸村を更衣室のベンチにタオルを敷いて寝かせると、
自分のタオルで身体に着いた水滴を拭ってあげた。

濡れた長い髪が白い肌に張り付き、艶めかしい雰囲気を出している。
その色香に身体がズクリと疼くのを感じたが、
必死にそれを堪えて佐助は幸村の身体から水気を拭った。

「旦那、寝ているとこ悪いけど水着、脱がしていい?」

耳元でそっと息を吹き込むように囁いてみると、
ピクンと肩を跳ねさせて幸村は眉を顰めた。しかし、起きる気配がない。

「もぉ、止めてよ旦那。そんな色っぽい顔してると俺様、
 自嘲できなくなっちゃうよ。昔と違って、俺様を縛るものはもうないんだから―…」

佐助は苦笑いを浮かべながら、こっそり柔らかな頬にキスをした。

保健室に連れて行くには着替えさせないといけない。
海パンに手を掛けて脱がせようとした瞬間、
はかったように幸村が目を覚ました。

「あ、旦那……起きちゃったの?」
「……佐助、お前、何をしているのだ?」
「あ〜、いや、これは誤解だよ。けして、そーいうことしようってわけじゃ……」

鋭い瞳を向けてきた幸村に、佐助は顔を引き攣らせた。
取り繕うと焦る姿が一層不審さを増している。

「破廉恥なぁぁぁっっ!!!」
「ちょっ、旦那っ、わーっ、まったまった!」
「問答無用っ!」
「待てってんでしょーがっ!俺様、アンタを保健室に連れてこうとしただけだって!」
「ん?保健室……?」
「そうだよ。溺れた後、だるいって言ってねちゃったからさ。
 流石に水着のまま保健室はイヤでしょ?着替えさせようと思って」
「なんだ、そういう事だったのか。すまぬ、佐助」
「い〜え。解ってくれたらそれでいいよ。もう身体は何ともないの?」
「……いや、何だか、眩暈がする……。身体の生気を吸い取られたような感覚だ」
「なるほど、ね。やっぱり保健室で休んだ方がいいよ。
 俺様が連れてってあげるからさ、さっさと着替えちゃってよ」
「ん―…。ああ、すまぬ。頼むぞ、佐助」

幸村は佐助からタオルを受け取ると身体を軽く拭いて、着替えた。
頭が妙にフラフラして気分が悪かった。
なったことはないが貧血の様な感覚だ。目の前が弧を描いて揺れている気さえした。

制服に着替えると、幸村は佐助の腕に倒れ込む。
それをしっかり抱き止めると、佐助はお姫様だっこで幸村を抱き上げた。

「な、肩を貸してくれたらよい。抱っこされるなど……」
「いいからいいから。旦那はゆっくりしててよ」
「うぅ……しかし」
「旦那って軽いからさ、全然平気だよ。落っことしたりしないって」
「そうか、では、頼む」

こてんと幸村は佐助の胸板に頭を預けた。
見た目はすらっとしているが、存外、佐助の身体付きは大人っぽい。
肩幅も幸村より広く、胸板は筋肉の発達は幸村の方が良いかもしれないが、
広さと厚みは佐助に軍配があがる。
ずっと一緒に暮らしているけど、今まで意識したことが無かった佐助の
男の部分に、幸村は思わずドキリとした。恥かしくなって幸村は目を伏せた。

胸はドキドキとしていたけれど、佐助に抱きあげられて
運んでもらっている内に心地良くなってきて、幸村はウトウトし始めた。
保健室に着く頃には、幸村は半分眠りかけていた。
瞼が半分塞がっている幸村を、佐助は保健室のベッドに横たえた。

「旦那、だんなぁ、だんな〜っ」
「ん、あぁ……すまぬ……つい、安心してしまって」
「安心ねぇ。喜ぶべきか嘆くべきなのか……」
「どういう意味だ?」
「い〜え、こっちの話です。それより、先生呼んだ方が良い?」
「いや……、眠たいだけだ。少し、眠る」
「ん。じゃあ、俺様ついててあげるね」
「いや、お前の勉学まで邪魔する訳にはゆかぬ。授業に出てくれ、佐助」
「そう?俺様としては旦那の傍にいてあげたいけど、
 旦那がそういうならアンタの分までしっかりと授業を聞いてくるよ」
「ああ、すまぬ。頼んだぞ、佐助」
「ハイハイ。頼まれましたっと」

そう言うと佐助は幸村の額にキスを落として、保健室を出て行った。
一人になると、幸村は瞼を閉じた。
その裏の闇に、プールの水底を思い出した。
背筋の凍えるような闇。あの女は一体誰だったのだろう―…。
思い出すとゾッとしたが、何故か悲しい気持ちでもあった。

悲しい気持ちを抱えたまま、幸村はそのまま眠りについた。
深く眠りこんだ幸村は、保健室に近付く鬼の気配に気付くことはできなかった―…









--あとがき----------