第六話 波紋 





あと一限で授業が終わる。
一日の最大の山場、六限目の始まりを告げるチャイムが鳴った。


五限目にプールで溺れてから保健室に連れてこられた幸村は
保健室で一人で眠っていた。

運がいいのか悪いのか、恐れられる保健医、明智光秀はいない。
そのお陰で治療はしてもらえないが、
学校で一二を争う危険地帯の保健室でもゆっくりと眠れる。
もとより寝付きのいい幸村は、消毒液に満ちた白一色の
辛気臭く居心地の悪いこの空間でも、爆睡していた。

六限目も半分を過ぎた頃、保健室に一つの足音が近付いて来ていた。
ノックもせずに教師不在のプレートが掛かった保健室のドアが不躾に開けられる。
入って来たのは学ランを羽織り、
白のタンクトップを着た学園でも不良と名高い、長曾我部元親だった。

明智がいないのを幸いと、保健室で昼寝を決めた元親は一番奥のベッドへと
ズカズカ進んでいった。
締めてあるカーテンを開き、元親は眉を顰める。

「何だ、先客がいるじゃねーか……」

自分が来たことに気付かずに、奥のベッドでスースーと可愛らしい寝息を
立てている幸村を一瞥すると、元親は彼を起こさないように
幸村の隣りのカーテンを静かに開けて、ベッドへ寝転がった。
そのまま惰眠を貪ろうと元親は目を閉じたが、どうにも眠れない。
幸村の寝顔があまりに無防備で幼なかったせいだろうか、
急に下半身に熱が溜まり、股間の辺りが苦しくなってしまった。

「あ、やっべ。真田に勃つなんてそうとう溜まってやがんな、俺」

恥じらいもせずに自分の股間に手を伸ばし、
パンツに手を突っ込むと既に熱を持っている自分の雄を扱いた。
暫く上下に擦っていたが、全くイケそうになく、元親は溜め息を吐く。

「あ〜ダメだ。気分が乗らねぇ。ここは、いっちょ責任とってもらうか」

ニイッと口の端を吊り上げ、悪人面で微笑むと元親はベッドから起き上がった。
保健室の入り口に鍵を掛けると、壁際の奥のベッドで眠る幸村の枕元に立つ。
ズボンのジッパーを開けて一物を取り出すと、幸村の顔の上に跨った。
顎を掴んで半開きの口を無理やり開かせた。
それでもまだ起きない幸村の口の中に元親は怒張した自分の性器を突っ込んだ。

「んっ……むぅっ!?」

口の中に広がる青臭い匂いと苦みと生臭さに幸村はパチッと目を開いた。
自分の口にとんでもない物体が捩じ込まれているのに気付くと、
幸村は大きな目をさらに真丸に見開いた。

「むぅっ、んんっ!?」
「うはっ、喋んなよ、真田。くすぐってーじゃねぇかよ」
「んんんんっ!!!」
「オラ、さっさとしゃぶんな。じゃねーと終わらねぇぜ?」
「んぁっ、ふぅぅっ!!」

元親の雄を口の中から抜かせようと、幸村はガブリと歯を立てた。
局部に走った痛みに、元親は思わず叫び声を上げる。

「うおっ!?いってぇっ!!何しやがんだ、噛むんじゃねぇっ!」

元親は幸村の頬を平手打ちすると、喉のさらに奥深くに自分の性器をつっこんだ。
軌道を塞がれた幸村は呼吸ができず、手足をジタバタして暴れた。
だが元親は容赦なく、幸村の喉の奥まで竿を突っ込む。

「舌遣いが下手クソなら、喉でしめつけてくれよ」
「ぐっ……うぅっ、んぐぅ……っ!」

目尻に涙を溜め、幸村は息苦しさに呻き声をあげた。
バタつかせてた手足が徐々に弱々しくなっていく。
やがて、身動ぎ一つしなくなった。
このまま窒息死すると幸村が本気で恐怖しはじめたその時、
元親は急に自分の雄を幸村の口の中から引き抜いた。

「う゛えぇっ、ゲホッ、ゴホゴホッ!」
「なんだ、息が止まっちまってたのか?」
「ゲホッ、ちょ、長曾我部殿っ、某を殺す気でござるかっ?
 そ、それにあのような穢わらしいものを突っ込むなどっ!最低でござる」
「あぁ?アホ面下げて寝てんのが悪いだろ?いいだろ?減るもんじゃねェし」
「減るとか増えるとか、そのような問題ではありませぬっ!」
「つーかよ、まだイケてねぇんだわ。ケツ、借りるぜ?」

そう言うと、元親はいきなり幸村の上に圧し掛かって来た。
慌てて押し返そうとしたが、元親の力は強くビクともしない。
元親自体を怖いと思ったことはないが、迫られることがとても怖かった。

「いやだっ、やめて下されっ!」
「大声出すなよ。人が来るだろ?」
「ならばっ、話して下されっ」

喚く幸村の首を元親がぐっと掴んだ。
脅すなどという生温い締め方では無い。殺意すら疑いたくなるような力で
喉を締め上げられ、幸村の顔が苦痛に歪んだ。

「ぐっ……うっ、かはっ」
「苦しいか?だったら騒ぐんじゃねぇよ」

更に強い力で締められて、幸村の身体から力が抜ける。
重みと間近で聞こえる息遣いに力を失っている幸村の身体が震えた。
舌舐めずりをする銀狼の様な男は、
碧い瞳をぎらつかせて、幸村の首筋に舌を這わせた。
ぬるりとした感覚に、幸村の背筋を悪寒が走った。

元親は幸村の身体をうつ伏せにして、幸村のズボンからベルトを抜き取ると
そのベルトで手首をベッドの柵に拘束した。

「な、なにをっ……解いてくだされっ、長曾我部殿っ!」
「るっせぇって言ってんだろ?ちったー黙ってな」

苛立った声でそう言うと、幸村の後頭部を掴んで枕に顔を押し付けた。
窒息しかけた幸村が咽ている間に、元親はパンツ事ズボンを降ろし、
幸村の尻の穴に長い指をむりやり埋め込んだ。

「ひぐっ!あ…ぐっ…いや……痛っ」
「流石にキッツイな。まあ、あんた疎そうだし初モノだろ?
 って、答える余裕なんざねぇか。俺も別にあんたの性歴なんざ知りたくねぇしな」

カラカラと豪快に笑いながら、元親は幸村の後孔にもう一本指を突っ込んだ。
元親が二本の指をバラバラに動かすと、幸村は苦痛に顔を歪めた。
引き攣れるような痛みと、ナイフで刺される様な痛み。
気持ち悪い圧迫感に幸村の頬を涙が流れた。
すると、元親は顔に欲を滲ませて笑う。

「いいねぇ、そのツラ、ゾクゾクくる。まどろっこしいのは嫌いなんでね。
 あんま慣らしてねぇが、喰わせてもらうぜ?
 俺の可愛いムスコ噛んだんだから、おあいこだろうが?」

そう言うと、元親は凶悪にそそり立った摩羅を幸村に見せ付けた。
肩越しにそれを目にした幸村は、更に怯えた顔をする。

「いやだっ、お願いでござる、おやめくだされ長曾我部殿ぉっ!!」

縛られた手を解こうと暴れるが、
ベルトが擦れて手が痛いだけで戒めはまったく解けそうにない。
太腿の上に元親が腰を降ろすと、もう抵抗らしい抵抗はできなかった。
みっともなく叫ぶより他は無い。
尻を乱暴に掴まれ、固くて熱いものを菊座に押し付けられる。
このままでは本当に不味いと、幸村は顔色を失い懇願した。

「いやっ、本当におやめくだされっ、後生でござる……」
「だめだ、勃っちまった責任をとりやがれ。
 あんたが悪いんだぜ。間抜け面下げて呑気に寝てやがるから
 つい、狼が子羊を襲うような妙な感覚がでちまったんだ。
 それに、嫌だって言われれば言われるほど、余計そそられるってもんよ。あきらめな」

無情にそう言い放つと元親はその先端を幸村のナカに埋め込もうとした。
その時、保健室のドアが乱暴に蹴り開けられた。
怖いほどの笑みを浮かべて中に入って来たのは、
教室で授業を受けているはずの猿飛佐助だった。

「ちょっとチカちゃん。ウチの旦那を苛めないでよねぇ」
「おう、猿飛じゃねぇか。苛めてねーよ。同意の上だぜ?」
「どこが?ホント、それ以上すると赦さないぜ?」

佐助の萌黄色の瞳が元親を映しだす。
その瞳の奥に揺らぐ感情に、元親はふっと笑みを零すと
すんなりと幸村から離れた。

「悪かったよ。慶次じゃねぇけど、邪魔する主義じゃないんでな。
 さすがに目の前で初めてを奪っちまうのは酷すぎるよな」

後頭部をボリボリと掻くと、邪魔ものは消えるぜといって元親はベッドを下りた。
ドアで仁王立ちになっている佐助の横を元親は通り過ぎる。
その時、彼は佐助の耳元でそっと囁いた。

「大事なのもわかるけどよ、偶には男らしく攻めたらどうだ?
 うかうかしてっと、別の奴に取られて後悔することになんぜ」
「なんのこと?」
「さぁな。これ以上のお節介は野暮だろーが」

意味ありげに笑って去って行った元親に佐助は肩を竦めた。
元親が完全に見えなくなってからドアを閉め、
佐助は顔を真っ青にして幸村に駆け寄った。

「旦那っ!」

拘束されている手を解いて幸村を抱き起こすと、
不安げな瞳で幸村を覗き込む。

「大丈夫?旦那。手、痛かったでしょ?ごめんね、俺様すぐに気付かなくって」
「さ、すけ―…」

いたいけな仔犬の様な瞳で、幸村は佐助を見上げた。
その弱々しい、いつもとは全然違う表情に佐助は密かにドキリとした。
押し倒してモノにしたい衝動を必死に呑み込むと、
佐助は慰めるように幸村を胸の中に抱き込んだ。
筋肉質だが細い腕がぎゅっと自分の身体に回された。
抱締めた身体から震えが伝わって来て、佐助は眉根を寄せる。

「すまぬ、だが、もう少しこうしていてくれないか―…?」
「いいよ。旦那が落ち着くまで俺様がずっと抱締めてたげる」

こういうことに免疫がないせいで、何をされるか解らず余計に怖かったのだろう。
気丈で精神力もある幸村には珍しく、心底怯えているようだった。
好きな人が弱っているのを見て、可哀相だと思うのと同時に、
可愛いと思っている自分もいて、佐助は自分のドSっぷりに嫌になった。
ベルトの所為で赤い出血班が幸村の白く細い手首に浮かび上がっている。
その様が酷く扇情的に目に映った。

(何考えてんだ、俺は。あんな事があった後に旦那に何をする気だよ―…)

はぁっと溜め息を吐くと、幸村の身体がビクリと震えた。
回されていた腕がゆっくり離れて、幸村は弱々しく佐助を押し返した。

「す、すまぬ。佐助の優しさについ、甘えてしまった。
 もう、大丈夫だ。授業に戻ってくれ。俺は先に帰ることにする……」
「何言ってんの?旦那が帰るなら俺様も帰るよ?」
「いや。甘え過ぎていた。呆れられてもしょうがないと思う」
「呆れる?俺様が?ああ、さっきの溜め息のこと……?」
「ああ。男の癖に、みっともないと思われて当然だな……」
「ちょっと、俺様そんな風になんて思ってないよ。
 違うよ、さっきの溜め息は俺様自身へだよ。また、旦那を守れなかったから―…」

辛そうに佐助は俯いた。佐助にそっと幸村は手を伸ばす。
そして、もう一度彼の身体に腕を回した。

「佐助はちゃんと俺を助けてくれた。
 お前がもし来てくれなかったらと思うと、ゾッとする。ありがとう、佐助」
「旦那―…」

自分の為に微笑んでくれた幸村に、佐助は目頭が熱くなるのを感じた。
ぐっと歯を食いしばって溢れる感情を堪えると、佐助は幸村を抱き上げた。

「帰ろう旦那。どうせ六限目なんてあと半分くらいだし、
 鞄、持って抜け出てきたんだ。ね、六限目は片倉センセの歴史だし、
 あとでちゃんと理由を離せばあの人なら解ってくれるよ。帰ろう!」

きょとんとする幸村を抱き上げ、佐助は保健室を飛び出した。
その足で下足室から抜け出ると、家へ直行した。



外では雨が降り始めた。
しとしとと、じっとりとした嫌な雨が窓を濡らす。

元親に触れられた身体を洗いたいだろうと、帰るとすぐに佐助は風呂を沸かした。

「風呂、入ったよ旦那」
「あ、ああ、すまぬ、佐助……」
「どうしたの旦那。蹲っちゃって」

ソファで膝を抱えて座り込む幸村に、佐助は首を捻る。
頬を真っ赤に染めて蹲る幸村に近付き、佐助はそっと肩に触れた。

「気分でも悪いの?」
「ちが、う。身体が、変なのだ……」
「変?」
「熱い……」
「あ、ああ。そういうこと、ね」
「浅ましい……。無理やり触られてこんなふうになるなど……」

泣き出しそうな顔をする幸村の横に腰を降ろし、
佐助はそっと細い背中を撫でた。

「浅ましくなんて無いよ。しょうがないよ、
 多感なお年頃なんだからさ、あんな風に刺激されたら勃起しても変じゃないよ」
「ほんとうに、そうか?」
「そうそう。旦那が普段疎過ぎるだけだって……
 辛そうだね、旦那。俺様がなんとかしてあげよっか?」
「なんとかって、どうするんだ?」
「ぬいたげる。自分でやるより、人にしてもらった方が気持ちいいよ」

そう言って佐助は笑うと、幸村の股間に手を触れた。
ズボンの前を寛げ、少し固くなった幸村の性器をゆるゆると上下に扱く。

「うぁぅっ、はっ、さ、さすけっ!?」
「いいから、じっとしてて。俺様が楽にしたげるから」
「いぁっ、し、しかし、こんな汚い真似、お前にさせられぬっ」
「汚くないよ、旦那のだもん。俺様は平気。でも、旦那が嫌ならしないよ?」

じっと佐助は上目遣いで幸村を見詰めた。
捨て犬の様な哀れさを滲ませたその表情に、幸村は何も言えなくなる。

「いや、じゃ、ない……。たのむ」
「ホント?ありがとう、旦那」

微笑を浮かべると、佐助は遠慮なく幸村の雄を扱き上げた。
先走りが零れてその手に絡み付き、擦り上げる度にジュブジュブと淫猥な音が響いた。
幸村は初めての感覚に溺れ、抵抗すること自体を忘れた。
今まで感じたことのない快楽に頭が真っ白になる。
あられのない女みたいな声が漏れ、悦に滲んだみっともない顔をしているのも
気にはならず、ただ、佐助の手がもたらす快感に身を委ねた。

「ああぁっ、いぁっ、さすけっ……出るぅっ」
「いいよ、出しちゃったら楽になるから」
「あぁあぁぁっっ」

ガクガクと内腿を震わせると、幸村は勢いよく精液を噴き上げた。
射精したあとの倦怠感にぐったりとして、向かい合って座る佐助の肩にそのまま倒れ込む。
佐助は顔に飛んだ幸村の白濁液や自分の手に絡み付く精液を美味そうに舐めると、
茫然としている幸村を抱き上げて風呂場に行った。

「ゆっくり身体流して来なよ。着替え、置いとくからさ」

そう言うと、佐助は幸村を置いて台所へと姿を消した。
精液が飛んでしまった衣服を軽く水で流してから洗濯気に突っ込むと、
幸村は身体に湯を掛けてから温かな湯船に浸かった。

「最低だ。佐助の好意に甘えてあのような事をさせるなど……」

あの時は快感に犯されて何も考えられなかったが、
理性が戻ると汚らわしい自分の甘えに涙が出てきそうだった。

風呂の小さな窓を雨粒が激しく叩く。力強い雨音が耳に心地悪かった。

プールで溺れて佐助に助けられ、
保健室で眠っていれば元親に襲われ、また佐助に助けられる。
極めつけは、自分の欲望の始末まで佐助にさせてしまった。

「本当にすまぬ、佐助……」

元親に触れられた時は酷く怖かったけれども、
佐助に触られた時は少しも嫌じゃなかった。
もしかして、自分は佐助が好きなのだろうか―…

だったら何故、政宗の告白に返事を出来ずにいるのだろうか。
友達でなくなるのが怖いからだと佐助は言った。
だが、これも佐助が言っていたが政宗は振ったからといって
相手を嫌いになって友達であることまで否定するような、度量の狭い男では無い。
自分もそう思う。政宗は短気な所はあるが、気前よく鷹揚としている。

じゃあ何故、友達でいて欲しいと言えないのか―…

何度か見た妙な夢が心の淵に小波を立てる。
自分と政宗に似た男同士の濡れ場と果し合い。
正反対であるはずの二つの行為で交わる感情は同じで唯一
焦がし、焦がれるような恋慕のみ。

それを見守る、いや、常にその自分に似た紅の武士を見守る
存在も、近頃見えていた。
それが、佐助によく似ていたのだ。

二人の男。そして紅の武士。この夢は何を暗示しているのだろうか。

ざわざわと水面が揺れる。波紋を描く湖面は鎮まることなく、
幸村の胸をざわめかせ続けていた。












--あとがき----------